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恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか(百人一首 第四十一首 恋の歌)2

                   ◇◆◇◆◇◆


「っしゃいやせー」


いつもと同じように、気だるげな入店の挨拶を背に受けながら、カゴにおにぎりを入れる。今日は梅干しと昆布と明太子の3種だ。

パンは何にしようか、と思いながらパンコーナーに行くと黒髪ボブの少女の姿が見えた。


あ、菓子パンの子。C組、ソフトボール部。


兼盛に教えてもらった情報を反芻しながら、横目で麻耶の手元を確認する。

彼女の右手にはチョコレートドーナツの袋が、左手にはメロンパンの袋がある。どうやら今日はその2つのパンのうちどちらにするべきか悩んでいるようだ。


究極の選択を迫られているかのような難しい表情でうんうん悩んでいる姿を見て、忠は思わずふ、と笑みを零してしまった。

そこで初めて人に見られていることに気がついたのか、麻耶はかぁっと頬を赤らめ、あわあわと慌て始めた。


声が大きくて男子と一緒に騒いでいる姿や、ギャルと一緒にいる姿を見ていたから変な先入観を持っていたが、こうした姿を見ると子犬のような愛らしさを持っているな、と忠は認識を改めた。


「あの、気に障ったらごめん。微笑ましくて、つい」

「い、いえっ。私こそ変なところを見せちゃってすみません」

「邪魔してごめん。俺はもう行くから」


何故か頭を撫でたくなる衝動を抑えながら、忠は惣菜パンを3個掴んでレジに向かった。


「ありゃっしたー」


やはり気だるげな店員の挨拶に背を押され、学校に向かう忠は先ほどの難しい顔をして悩む麻耶を思い出してくすくす笑った。


そりゃ、あれだけ悩みに悩んで買ったパンなら、おいしく食べられるよな。

しかしパン一個にあんなに迷うなんて。

しかも、全身で悩んでいるってオーラばんばん出してた。

女子高生の悩むテーマじゃないだろっ。


彼女が結局どちらを選んでどんな顔をして食べているのか、今まで気になったことなんてないのに、昼休憩にC組まで足を運ぼうと思うくらいには、忠にとって麻耶の印象が変わっていた。


                   ◇◆◇◆◇◆


放課後。

部活が終わった後、忠と兼盛はいつもどおり自主練をしている。


この時間帯になると流石にギャラリーは1人もいないため、集中してサッカーができる。

人の声がほとんど聞こえず、自分と兼盛の「はっはっ」という息切れや、スパイクが土を蹴る音、ボールがネットに吸い込まれるパシュッとしたキレのある音が鮮明に聞こえる。忠は、この時間帯の練習が一番好きだった。


グラウンドに設置されたライトの光のみを頼りに練習をするのも限界が近づいてきた頃、兼盛が息を切らしながら提案した。


「なぁっ、そろそろあがろうぜ」

「…そうだな。続きは明日にしよう」


そろそろ見回りの教師や監督が最終下校を促す頃合だろうと検討をつけた忠は、兼盛の意見に同意した。


「今日は俺が鍵をかけて返しとくわ」


ゴールや周辺に散乱しているボールを全て籠に戻し倉庫に鍵をかけたところで、兼盛がそう言った。


部員の誰よりも遅くまで残っているため、基本的に片付けや倉庫・部室の鍵の管理は二人のうちのどちらかがしているのだが、大抵鍵を職員室まで戻しにいくのは忠の役目だ。

兼盛は教師受けもいいため、彼が鍵を返しに行くと世間話で20分は捕まってしまう。何となく鍵の返却をお願いした身としては、兼盛を放って1人で帰るのも寝覚めが悪いし、かといって二人で返却すると忠は20分間居心地の悪い中空気として過ごさなければならない。結局忠が鍵を返しに行って校門で待ち合わせをして二人で帰る方法に落ち着いていたのだ。


「珍しいな。まぁ、別にいいけど」

「それで、ちょっと用事があるから、先に着替えて帰っててくれねぇ?」

「別々に下校するってこと?わかった。じゃあ、お疲れ」

「おお、お疲れ」


今日コンビニで一瞬菓子パンの子と話したこと、帰り道にでも兼盛に伝えようかと思ったが、用があるなら仕方がない。

急いで話すほどのことでもないし。


汗で濡れた練習着から制服に着替えてさっぱりとした気持ちで部室を出た忠がそう考えていると、見回りの教師とすれ違った。


「壬生、今日も遅くまでやってたんだな、お疲れ。サッカー部とソフトボール部は遅くまで部活するんだな。今の時間、もう生徒はお前達くらいだぞ」

「インハイ前なんで…」

「そうか。ま、暗いから気をつけて帰れよ」

「ありがとうございます。失礼します」


ペコリと礼をして、教師の前を通り過ぎた忠は、少しして足を止めた。


ソフトボール部も残っているって言ってたな。まさか、兼盛は…。


一つの可能性に思いあたったが、だからどうということもない。忠が気にすることなんてこれっぽっちもないのだが、忠の足は自然とソフトボール部の練習場に向かって行った。


目的地に向かう途中で、女子生徒と聞きなれた友人の声がして、忠は思わず物陰に身を潜め、おそるおそる声のするほうへ目を向けた。


1人は、いつの間に着替えたのか、制服姿の兼盛。そしてもう1人は菓子パンの子、もとい運動着姿の麻耶がいた。


「…兼盛。ちなみに二年A組サッカー部」

「かねもり…。あ、先週古文の授業の時出てきたね同じ名前の人。三十六歌仙の一人だっけ」

「平兼盛だろそれ!おかげでサッカー部のやつらにお前がすると蹴鞠だななんてからかわれたわ」

「あははっ、蹴鞠ってっ」

「雅にシュートしろって言われたけど、どんなだって感じだよな」

「雅っ!あははっ」


辺りが暗いせいか、二人は忠に気付くことなく通り過ぎていった。おそらく、倉庫へ道具を戻しに行ったのだろう。

二人の声が完全にしなくなったことを確認した忠は、物陰から出て先ほどまで二人が歩いていた場所に立ってみた。


あの子、あんな風に笑うんだな…。


コンビニでは見たことのない表情をした彼女の姿をぼんやりと思い出した忠は、すぐに自分には関係のないことだ、と打ち消した。


僕にとって彼女はコンビニで出会うだけの関係に過ぎない。あの子はただの「菓子パンの子」だ。


そうだそうだ、と忠はぎゅっと口を結び、足早に校門へ向かった。

・ソフトボール部とサッカー部の練習場は別場所。

・兼盛の特技、超早着替え。

・この後兼盛は麻耶に「校門で待っている」と伝え、鍵を返しに職員室へ。

先生と世間話をして校門に向かうくらいにちょうど麻耶が来るかな、と計算して、結果ドンピシャ。


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