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前編



 初めにそれを認識したのは、ある寒い日のことだった。

 勉強から疲れた私は食事も適当に済ませてベッドに倒れこんで、そのまま眠りについた。

 気が付けば私は白い部屋に佇んでいた。

 白い部屋にはベッドがあり、本棚があり、テーブルがある。窓もあるが、カーテンは閉じたまま。そして私は――何かに追われていて、ベッドの隅に隠れていた。

 それが何であるかは、理解していたけれど、何であるかは説明できなかった。

 ガチャリ、と冷たいものが私の頭につけられる。

 それを感じて、私は冷や汗をかいた。こんなにも早く見つかってしまうものか――と私は心の中で嘆いた。

 相手は、誰であるか顔は見えなかった。というか、動けなかった。

 そして、引き金はひかれて――。




 そして、目を覚ました。

 気付けばいつもの部屋のいつものベッド。

 けれど、身体は動かない。縄か何かで縛られたような、そんな感覚。

 それが金縛りだということに気付いたのは、それから数十秒後のこと。感覚がもとに戻ってから、自分の状況を思い返して初めてそうだと気付いた。

 枕元で充電しているスマートフォンで時間を確認すると、時刻は午前三時。

 まだ三時間ほど眠れる計算になる。ああ、面倒だなあ。そう思いながら、私は目を閉じる。

 目を開ければ、そこは朝。朝日が差し込める部屋。私は眠くて重たい瞼を擦りながらも、何とか起き上がったのだった。






「お前さあ、それ完全に疲れている証拠だよ」


 私の言葉にそう言い返したのは友人の樋川だった。

 樋川は私にそう言うと、小さく溜息を吐いて、


「そもそも金縛り自体身体が発している危険信号のようなものでな」

「そうなの?」

「危険信号。そう簡単に処理しているかもしれないけれど、それはそんな簡単なことではない。もっと難しく考えたほうがいいんだ。身体がこれ以上無茶したらマズイ、ということ。不規則な生活、過労、ストレスとかで起きると言われている。……ちゃんと寝ているか?」

「寝ているよ、それくらい。七時間はキープしている」

「だったらいいんだけどさ」


 樋川は私の机に座っていたのだけれど、そういって立ち上がる。


「もし改善しないようなら知り合いの医者を勧めるよ。もしかしたら、『別の要因』も考えられるからね」


 そうして樋川は自席へと戻っていった。

 ……別の要因?

 何か別の理由があるというのだろうか。さっき言った要因はすくなくとも考えられないし、もしかしたらその『別の要因』なのかもしれないけれど……まあ、いいや。そう考えても何も解らない。

 だったら今日も睡眠時間を増やしてみることにしよう。そうすれば何か変わるかもしれない。そう思って私は二分後に始まる授業の準備をすべく机の中から教科書類を取り出した。






 その日の夜。

 私はいつものように眠りについた。

 ……はずだったのに、そこは昨日と同じような光景が広がっていた。

 何で? どうして? 昨日よりも早く眠ったはずなのに……。

 けれど、今度は動くことが出来る。だからこそ、私は立ち上がり、振り返る。


「――遅かったね」


 そこに居たのは、すべてを黒で埋め尽くした人間だった。

 その人間は見たことの無い銃を構えていた。


「……あなたは?」

「それを君に言う必要は無いだろう? だって君はここで死ぬのだから」

「なぜ殺すの?」


 私は質問を投げる。影が質問に答えたタイミングでさらに質問を投げかける。それは言うならば、キャッチボールに近い。

 影は溜息を吐く。

 そうして、銃を再び私のほうへと向けた。


「何度も何度も煩いんだよ。煩わしい、と言ってもいいかな。いずれにせよ、君がここで死ぬのは規定事項ってこと」

「……答えてくれそうにはないわね」


 理解するしかなかった。

 今回はあきらめるしかない。起きて、再び機会を探るしかなさそうだ。


「そう。理解してくれて嬉しいよ。出来れば起き上がることなくそのまま死の瞬間を待ってほしかったのだけれどね」


 私の額に銃口を打ち付ける。


「さあ、死ぬがいい」


 そして影は引き金を引いた。



 ◇◇◇



 学校に到着して、私は樋川に再び提案しようとした。

 どうやら樋川は状況を理解していたようで――私がそれを言い出す前に、名刺を一枚私に差し出していた。


「その名刺に書かれている先の住所に向かうがいい。なに、そんな遠い場所ではないよ。ともかくそこに行くといい。もし心配ならば僕も付いていくよ。不安だと思うならばなおさらだ。夢の状態は精神状態に比例するからね。いい精神状態であれば幸せな夢を比較的見やすいという。逆もしかりだ。今の君の状況は……」

「良くない精神状態だから、悪い夢を見る、と?」

「まあ、簡単に言えばそういう状況かな。夢の状況を聞いた限りだと、それとはまた違いそうにもみえるけれど、取り敢えず『彼』に話を聞いてから、になる」


 樋川に背中を押される形で、私はその場所へと向かうことになった。まあ、もちろん向かうのは放課後だから、すぐに向かうわけではないけれど、これについては言葉の綾だとして受け取ってほしい。



 ◇◇◇



 放課後。

 結局樋川にもついてもらうことになり、私たちは指定された場所へと向かっていた。

 到着した場所は電車で十分余り、栄の繁華街。


「……ここ?」

「そう、ここ」


 裏通りを入って、美味しそうな香りが広がるお店が並ぶ通りへと向かうと、それはあった。

 けれどそこはどこからどう見てもただのみそカツ屋さんにしか見えない。看板も美味しそうなみそカツしか描いていないし。ここに行くとほんとうにあの悪夢を解消できるのだろうか? 正直、ここに行くならば精神科とかに行ったほうがいい気がするけれど……。


「もしかして、疑っているのか? いやいや、疑うことはよくないよ。ここは一番だって。一応言っておくけれど、病院に行っても薬をもらうだけだよ。それも、睡眠薬かな。正確に言えば睡眠導入剤だけれど、それを処方されて終わりだよ。何の解決にもなりゃしない。それどころか、そのままだと君は死ぬよ。確実にね」


 死ぬ? 私が?

 いったいどういうことなのだろうか。全然理解できないのだけれど。


「……それについては、後で『彼』に話してもらうことにしよう。ちょっと齧っている程度の僕が話すよりも、エキスパートである彼に話してもらったほうが君も理解できるだろうから」


 そう言って樋川はみそカツ屋さんの扉を開ける。

 扉の中はカウンター席と座敷があるこじんまりとしたお店が広がっていた。不愛想なおじいさんがこちらを見ている。ちょっと居心地が悪い。


「いらっしゃい。お二人ですか?」


 奥から、扉の開く音を聞いて駆けつけてきた女の人が私たちに問いかける。


「二階に、いますか?」


 樋川はそれを言っただけだった。

 それだけで女の人は、こくり、と頷き私たちを二階へと案内した。


「メニューはあとでお持ちしますね」


 それだけを言って、二階へ向かうよう指示される。

 いったいどういうことなのだろう。あるいは、それが合言葉の一つだとか?

 急な階段を上り、二階へ向かう。二階は畳になっているため、一階の階段前で靴を脱いでいる私たちは、そのまま向かうことが出来る。

 三つ部屋があったが、躊躇うことなく一番奥の座敷へとつながる引き戸を開けた。

 座敷にはすでに人が居た。黒いジャケット、黒い帽子を被った男性だった。スマートフォンを弄って、私たちが来るのを待機しているようだった。

 引き戸が開く音を聞いて目線を上げる。樋川を見て、男性は右手を挙げた。


「やあ、久しぶりだね。……彼女が?」

「ああ、そうだ。こいつが『悪夢』の被害者だ。もしかしたらもう進行度もだいぶ進んでいるかもしれない。だが、僕が聞いても正直『判定』は出来ない。そこまで経験を積んだわけではないからね」

「それはその通り。それについては良い判断をしたね。それについても確認しておきますか。……まあ、あくまでもそっちについては簡易判断ですが」


 帽子を被った男は笑みを浮かべたまま、私を見つめる。その表情は帽子と長髪に隠れて見えないけれど、とても恐ろしく思えた。


「……なるほどね。確かに君の言う通りだ。しかしながら、それをどう乗り越えるかは自分自身の気の持ちようだよ」

「気の持ちよう?」


 私は男の言葉を反芻させる。

 男は笑みを浮かべたまま、ポケットからあるものを取り出した。

 それが錠剤であることに気付くまで、そう時間はかからなかった。


「……それは?」

「難しい考えをすべて省いて、一般人にも解りやすく伝えるのであれば『睡眠導入剤』という一言で収まるかな」

「いや、さっき睡眠導入剤は効果が無いみたいなことを……」

「だからこれを使うわけ」


 そう言って男性は鞄の中からあるものを取り出した。二つのヘルメットがケーブルで接続されているそれは、どこかで見たことがあるような代物だった。


「ヘッドマウントディスプレイ。聞いたことはあるだろう? 仮想現実――バーチャルリアリティに没入するために必要なコンソールのことだよ」

「いや、それは解りますけれど……それを使ってどうやって?」

「お待ちどう様でした、カツ丼です」


 そう言って会話を割り入るように入ってきたのは、一階に居た店員さんだった。店員さんはカツ丼を二つ載せたお盆を持っていた。

 そしてそのカツ丼を私と樋川の前に置いていく。


「それでは、ごゆっくり」


 てきぱきと済ませて、店員さんは姿を消した。


「……さあ、召し上がれ」


 そう言って私たちに食事をしろ、と言わんばかりの笑顔を浮かべる男。

 ……まあ、お腹もすいていたし、別にいいかな。そう思って私はカツ丼を見つめる。

 味噌のソースがたっぷりとしみ込んだかつがキャベツの上に載っている、非常にシンプルな構成となっていた。説明しているだけでお腹が空いてきて、もう我慢が出来ない。

 気が付けば私はいただきます、の言葉を言い終えていて、一口目を箸で掴み、それを口の中に放り込んでいた。

 美味しい。

 これはとても美味しい。何というか、やっぱり予想通り味噌のソースは濃いめな味付けだったけれど、その濃いめなソースがキャベツと絡み合うから良い感じ。……それにしても、こんな良い感じのカツ丼を今まで見つけることが出来なかったなんて、珍しいといえば珍しいかも。

 ……まあ、ちょっと敬遠しているところもある、と言うのが事実だけれど。だって女の子がカツ丼を食べる、というのはちょっとハイカロリーだからね。

 さて、カツ丼の話はここでは関係ないので、簡単に済ませておくことにしよう。

 カツ丼を食べ終わった私は男から錠剤を受け取る。


「……これを飲めばよい、と?」

「飲んだ後に、これを装着してくれ。これは、ヘッドマウントディスプレイの受信装置になる。これと、私が装着する送信装置との間で通信を行う。それによって君の夢の中に私が入る、というシステムになっている。なに、そう難しい話ではない。やってしまえば簡単なことだ」


 簡単とは言うけれど……でも、少し気になるといえば気になる。どうして受信装置を被るだけで私の夢に入ることが出来るの?


「それについては……まあ、最先端の技術ということで理解してくれ。説明するのも面倒だ。あまり言いたくはないが……、つまりそういうことだ」


 いや、どういうことなのよ。

 私はひどく突っ込みたかったけれど、もう言わないことにした。私の夢に居る『何か』を撃退してくれるというのだから、これ以上の嬉しいことは無い。


「それじゃ、その薬を飲んでくれ。大丈夫、一応合法な薬だ。安心して服用したまえ」


 その言葉を聞いて――私は薬を飲み、水を飲みほした。

 意外に早く眠気がやってきた。……これって、ほんとうに合法なのだろうか? こんなに効き目が早く来るならば、ちょっと問題がありそうだけれど。

 そんなことを考える余裕も徐々に無くなっていって――気づけば私は夢の世界へといざなわれていった。


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