化け物は決して一人ではない。
約一か月ぶりの投稿となりました
お待たせしてしまって本当にごめんなさい!
「正解よ。それを踏まえてあなたはこの二人をどうするの?いっそここで“消しちゃう”?」
イサの答えに頷き、さらなる爆弾をぶっこんでくるマリナは、容姿からは想像できないほどに鬼畜であった。
ここでレオはともかく、アリスを無罪とするのはいかに優男たるイサでもできない。しかし、アリスを殺めれば、おそらくレオは口を開くどころかアリスと同じ道を辿ろうとするだろう。そうなってしまうと『魔槍』とやらの情報もガラハッド家の内情も聴き出せなくなってしまう。
必要な情報の確保と後々の厄介事を避けるにはどうするのが最善か……
「………取り敢えずいくつか質問に答えて貰って、嘘の情報やありもしないこと言ってきたら消えてもらうことにします。一応嘘かどうか見破る魔法とか使えるので」
それを聞いたアリスは、唇を噛み締めながら「そんなの反則よ!!」と言わんばかりに睨みつけてくる。
もちろんイサは嘘を見破る魔法なんて使えないし、そんな魔法があるかどうかも知らない。
が、ここでの効果は絶大だろう。なんたって今の俺はアリスとレオからしてみれば完全な異端児なのだから。自分の知らない魔法の一つや二つ持っていても不思議ではない、そう思えば嘘を見破る魔法もあながち嘘じゃないかも、と思わせることができる。
要はただのハッタリである。
「それとレオにしか質問しないから、アリスは良いっていうまで喋るの禁止な。もし喋ったら二人ともどうなるか…………わかるだろ?」
笑顔でアリスにもちゃんと釘を刺しておく。こういう時の笑顔ほど怖い物はないことを俺は地球にいたころに学んだ。いや、体験したという方が正しい。
アリスが睨むのを止め、こちらと目を合わせないようにしているところを見ると、どうやらこの世界でもその笑顔があるようだ。
「アリスもわかってくれたみたいだしさっそく始めるか。いいかレオ?」
「…………ああ大丈夫だ、問題ない」
━━━ニ十分後━━━
「………今日から少し自重する」
レオから情報を聞き出し終え、イサの口から出た最初の言葉は、自分を戒める言葉だった。その言葉にこの部屋にいるイサを除いた全員が頷く。
聴き出した情報は大きく分けて三つ。
一つ目は、ガラハッド家の戦力だ。今も床で寝ている暗殺者六人がガラハッド家で使い捨てできる程の者達なのかを知るのは、ガラハッド家と対峙する可能性がある俺からすれば必須の情報だった。
二つ目は、他の貴族の戦力だ。ガラハッド家とやり合うことになれば、親密な関係にある家や分家が必ずしゃしゃり出てくることは容易に想像できる。これも必須の情報だ。
そして三つ目が、レオとアリスの魔法についてだ。アリスはただの優秀な火属性魔法使いだったが、やはりと言うべきかレオは格が違った。
「俺の『魔槍』は広範囲殲滅魔法だ。たぶん俺より学園長の方がいろいろ知ってるはずだぜ」
学園長が言うには、現在この世界においてレオだけが使える魔法であり、固有名は『英雄王の槍《グングニル》』と言う名のレアスキルだそうだ。
そもそもレアスキルとは、その名のとおり希少な魔法のことであり、そのスキルの効果は様々で、レオのような広範囲殲滅魔法はもちろんのこと、回復魔法や毒魔法も一応レアスキルとなっている。
しかし、回復魔法は水魔法で決められた型を繰り返し練習する、毒魔法は体内に少しずつ毒を摂取する等々の反復で発現するので努力すれば四人に一人くらいの割合で発現するため絶対数はかなり多い。だがレオのような固有魔法は、努力云々で習得できるものではなく生まれ持つ才能のため世界に数十人という圧倒的な希少性なのだ。そういう意味では純粋なレアスキルと言ってもいいだろう。
もちろんその効果も絶大であり、当時若干十歳のレオが放った魔槍は、樹海を根城に活動していた盗賊団の拠点、村一つを文字通り“消滅させた”らしい。
もはや兵器の域にあるその魔法は、驚くべきことに使用者の魔力を一滴も使わないという破格の特性まで持っていた。
これだけ聞くとどこぞのチート主人公思わせるスペックだが、流石に限界があるらしく━━
「昔は一発で気絶してたけど、今なら一日三発はいけるぜ!」
ということらしい。…………一日三発も打てたらチートだと思うのは可笑しいことじゃないだろう?。あと今の言葉で違う三発を思い浮かべた奴、正直に名乗り出なさい。
そのかわり他の属性魔法が使えないことと発動までに少し時間がかかるそうだが、それを踏まえてもおつりがくるレベルの魔法である。
そして、ガラハッド家と他の家の戦力だが、その質問にレオが答える前にマリナ学園長からありがたいお言葉を頂いた。
「そんなの聞かなくていいわよ~ どうせ相手の方から白旗上げるんだもの~」
なぜそんなことが言えるのか?と問い詰めたところ━━
「そもそも、この学園とやり合うってことは当然ミアちゃんも出てくるのよ?それに私だってそれなりに強いし~ これでも私、この学園の最終兵器なのよ~」
確かにミアさんは強い。そしてミアさんが動くとなれば、ギルドでミアさんを崇拝している奴らも参戦してくることだろう。
そうなれば王都が半壊するレベルの戦争だ。貴族からしたら何としても回避すべきことになるのは間違いない。
だがそれは、この見た目は幼女中身はBBAのマリナ学園長がミアさんと同じか、あるいはそれ以上の使い手でないと王家にとって相手にすらならないだろう。ミアさんの姉ならそれなりには強いはずだが、いかんせん容姿が………。
「イサ君、なにか失礼なこと考えてない?……自分で言うのもなんだけどこんな見た目でもミアちゃん三人分くらい強いのよ?」
その言葉に残念な子を見る目を学園長に向けるが、イサと学園長を除く全員が頷くのを見て、イサはもしかしたら自分は本当になにも知らないのでは?と焦る。
「………ルティ先生、レオ。学園長の強さを一言で言うと?」
「化け物?」
「最終鬼畜幼女………でしょうか?」
レオはともかくルティ先生に至っては完全にアウトであった。
その言葉に瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうになっている学園長がいたことは彼女の尊厳のため秘密にしておく………。
ちなみに暗殺者六人はかなりの手練れで、ガラハッド家の最高戦力の一つだったそうだ。これを聞いたイサはガラハッド家に負ける気がしなくなった。
「これで質問、もといは終わ取り調べは終わりで、後はこの二人をどうするかなんですが……ルティ先生、お願いしていいですか?」
「ええ、構いませんよ。“家に帰さない”と他の要望はありますか?」
流石と言うべきか、ルティ先生は俺の考えを察してくれたようだ。
「あと、今回のことはこの場にいる人のみで留めてください」
「わかりました。他にはなにかありますか?」
「取り敢えずはそれだけですね……じゃあ後はお願いします」
レオとアリスを連れて部屋を出ていくルティ先生を見送り、やっと一人に━━
「なにやってるんですか学園長?」
先ほどまでルティ先生の隣にいたマリナは、いつの間にかイサの隣にいた。その表情は先ほどまでとは別人のように、最初に会った時のような幼女の表情だった。
「いや~そういえばレオ君とアリスちゃんの“こと”はいろいろ知ってるんだけど、イサ君のことはなにも知らないな~なんて思ってね。この機会に色々喋ってくれたら嬉しいな~なんて思ってるんだけど~」
「喋る?だいたいのことならミアさんから聞いてるでしょう?」
「うん聞いてるよ~。あのおじいちゃんと同じ“ような”魔法を使うってことはね~」
「ような、ではなく同じ魔法です。それが聞きたかったのならさっさと“これ”外して下さい」
イサの体には、レオとアリスを拘束していた学園長のバインドが掛けられていた。それも二人とは比べ物にならないくらいの太さと強度で。
「あら?以外と冷静なのね。これから何されるかわからないのに」
「顔には出さないだけで内心かなり焦ってますよ。………なるほどこっちが本性ですか。俺はてっきりさっきの大人な学園長が本性だと思ってたんですが」
「違います~あんないかにも大人って感じの喋り方は私嫌いでね~、生徒の前くらいしか使わないのよ~。あ、イサ君はタメ口でいいわよ?私もこっちでお話するし」
「………………で、この拘束は一体何のつもりですか?」
さっきも言ったでしょ~、と笑う学園長は、イサにその身を寄せ呟くように口を開く。
「あなたのことが知りたいのよ。それと実は私もレアスキル持ってるの。戦闘向きじゃなくて諜報向きの魔法をね」
「ッッッ!?」
耳になにかを吹きかけられ、抗議の視線を向けるべく唯一動かせる顔をマリナの方に向けると、ほんの数秒前まで幼女だった学園長は、今やイサの目には、大人の色香を盛大に振りまく美しき美女に“見えていた”。
(幻惑魔法ッッ!?!?)
一瞬目の前にいる美女に意識全てを持っていかれそうになるが理性と根性でぎりぎり踏みとどまる。
見た目を何一つ変えず、男性はもちろん女性まで虜にしてしまいかねないほどの色香を発現させる魔法などこの世界には存在しない。
それ以前に、イサは警戒を解いていない。警戒している状態で魔法が使われれば気づける自信がある。 レオのような異常者じゃないかぎりこんな人外の影響力を発現させるのは不可能だ。
ならばこれは魔法などではなく━━━
「『魅了』“持ち”か?」
そう呟いたとたん、学園長から放たれていた色香が消えた。
まるで“もともとそんなものが無かったかのように”。
「あなた魅了のこと知っていたのね、………それは予想外だったわ」
マリナはイサの傍からゆっくり離れ、対面のソファに下ろす。それと同時に、イサの体にかけられたバインドも解除された。
しかし学園長の顔には驚きとは別になにかに怯える表情が伺える。
この世界では魅了が使えるのは魔族のサキュバスだけである。サキュバスの特徴は、魅了を生まれながらにして持つことと相手を誘惑して生きてきた種族のためか“異常なまでに発育がいい”ことである。しかしマリナの容姿は発育の遅いエルフそのものであり、サキュバスの特徴とは一致しない。それなのにサキュバスにしか使えない魅了が使える。
(………いや待て、じゃあ妹のミアさんはあんな発育がいいのに学園長が幼女体系なのはなんでだ?そういえばミアさんに魅了なんて使われたことは一度もない…………まさか━━)
今まで考えたこともなかった。鎖国的なエルフであり、魔力保有量はエルフの中でもトップであろうミアさんと学園長がこの王都にいる理由を。
本来交わるはずのない魔族の血とエルフの血、それが意味するのは………
「……学園長とミアさんは魔族とエルフの遭いの子なんですか?」
「残念~違いま~す。ぶぶ~~」
「じゃあ一体━━━」
「十五歳にしては博識なイサ君は、魔物“以外の危険生物達”ってなにか分かるかな~?」
少しバカにした学園長の問い。いつもならその口喧嘩を買い相手を完膚なきまでに叩き潰すイサだが、学園長の言葉の一部に違和感を覚えた。
「以外?まさか学園長はその人外を自分だと言うんですか?」
「私なんてその人外達に比べたらまだ可愛いものよ~。まさか自覚すらないほどの鈍ちんじゃないでしょイ・サ・君♪」
学園長の言葉はあくまでそのままだが、その周囲にある空気そのものはどんどんと冷たく凍り付き、その圧力を増していく。
さながら夫の浮気を追求する鬼嫁、はたまた娘の彼氏に『娘はやらん!』と怒鳴る父親のようなそんな空気を纏い、今から戦争を起こさんばかりのプレッシャーを放っている。……かと思えば━━
「だからイサ君にはミアちゃんと分かれてほしいの。そりゃあ私も恋愛は自由だと思うけど、私と違ってミアちゃんは普通なの。だからって二人の仲を引き裂いていい理由にはならないけど━━━」
といきなりわが子を守る親のように一気にまくし立てる。その言葉はだんだん小さくなって、最後の方はなにを言っているのかわからなくなっている。
流石のイサも、さっきまでの威勢が完全に消えた学園長に驚くがそれよりもっと重大なことがあった。
「分かれてほしいってそもそも俺とミアさんは付き合ってすらいませんよ?」
「え?結婚を前提に付き合ってるってミアちゃんから聞いてたんだけど……違うの?」
「断じて違いますし、そもそもミアさんは俺を親戚の弟くらいにしか見てません。今回の依頼も同年齢の人との付き合いに慣れさせるために俺を推薦したんだと思いますし」
イサのキッパリとした否定の言葉に安堵の表情を浮かべる学園長は歳相応━━いや、見た目相応の穏やかな雰囲気になりつつあったが、半面イサの周りにある空気はどんどん凍り付いていた。
(もう我慢の限界だあのクソバ〇アァァもう一生口利いてやんねぇ!)
イサの激怒をプレッシャーとして直に浴びた学園長は、膝をガタガタと震わせた。
そんな学園長の足元には謎の水たまりができていた………。
「じゃあ俺は町の宿に泊まるのでこれで失礼します」
「この部屋で寝ないの?一応あなたの部屋でもあるのよ?」
「いつ襲われるかわからなくなった部屋になんて居たくありませんし」
それに、と続けるイサの視線はマリアの足元と寮の廊下へと続く扉の二か所に交互向けられていた。
「いろいろ必要でしょう、これからのお話やこの部屋の“掃除”とか」
イサの言葉にとたんに顔を真っ赤にするマリア。
それもそうだ、見た目は子供だが中身はかなりの歳を生きたいい大人なのだ。それが女性ともなればその恥ずかしさは男性の比ではないだろう。
「と、とにかく今日は町の宿に行くんでしょ!だったら早く出ていく!私にもしないといけないことがたくさんあるんだから!」
「わかりましたからそんなに押さないでください。あと水たまりを俺の死角にしても今更遅いですよ」
「~~~~~ッッ!」
またしても顔をリンゴのように真っ赤にするマリアに押されながら部屋を出ていくイサと入れ替わりにルティが入ってくる。
マリアが水たまりのあるソファとは別に置いてある椅子に座ると、とたんにアリアが俯き暗いオーラを放出しだす。
マリアと出会ってから一度も暗いオーラを見たことがないルティは、なにかされたのでは?と心配になりながらマリアの様子を探る。
「どうかしましたか学園長?」
「………………………もう………や……。」
「えっ?なんですか学園長?」
ルティの問いに今にも消え入りそうな声で答えるマリアは、目の両端に大粒の涙を作りいつ泣き出してもおかしくない状況だった。
「ちょ、ちょっと泣かないでくださいよ学園長、なにがあったんですか?」
マリアの背中に手を当て、子供をあやすように優しく慰めるルティだが、今のマリアには逆効果だったらしくそれが爆発した。
「もう嫌だって言ったの!!あんな恥ずかしいことまでして収穫ゼロだし!怒ったら中にいたの化け物だし!魅了のこともバレるし!もうこんなこと一生しない!!」
「生徒を化け物扱いするのは止めてください学園長。……それよりも収穫ゼロですか…どうしますか?」
「どうするもなにも“敵対しない”、これが最善としか言えないわよ。な~にが歴代でこれまでにない最高の子たちが集まる年よ、そんなものイサ君一人でどうにでもなるわよ、まったく!」
二人そろってため息をつきこれからの学園生活を想像すると、さらにため息が出る。
当然だ、なにせ本来はいてはいけないはずの化け物を、学生という枠で教師として管理するのだから。
しかしマリアは、不思議とそんな子の面倒を見るのは嫌ではなかった。
面倒ではあるが嫌ではない、という不思議な感情を持つ自分と、学園卒業までにあの化け物がどうなるのかも楽しみになっているもう一人の自分がいることに驚く。
そんな初めての自分を感じたマリアは月明かりの差す窓に目を向ける。いつしかその顔は暗かった歳ほどとは打って変わり、明日が楽しみで仕方がない“教育者”の笑顔になっていた。
「ああ、学園長。その水たまりちゃんと掃除しておいてくださいね」
「私のシリアス(?)を返して!!!」
これにて一章終了となります。
次回二章からはいよいよ学園がメイン舞台となります!
まだヒロインが出てきてないって?大丈夫です!すぐに出てきますから!