序章
航空自衛隊第九航空団所属のF-15J二機は緊急発進し所属不明機の対処に向かっていた。
既にレーダーは所属不明機を補足している。
数は約十機。
速度はマッハ0.2。
かなりの鈍足である。
「クーガー1より、クーガー2。
所属不明機を補足した」
「ラジャ。
コンタクトを試みる」
「ラジャ、クーガー2」
クーガー1のパイロットはクーガー2が後ろにつけていることを確認すると操縦桿を傾け機体を旋回させる。
「クーガー1より、クーガー2。
バックアップを頼む」
「了解した」
「所属不明機に告ぐ。貴機は日本領空を侵犯しつつある。直ちに領空外へ退去せよ。
警告に従わない場合は、敵対機として迎撃する。
繰り返す、此方は日本国航空自衛隊所属~」
全周波数で英語やロシア語、韓国語や中国語で呼び掛けたが依然レーダーに映る所属不明機は進路を変更する様子はない。
だが、パイロット達はそこで現実離れしたそれを捉えることになった。
目視で確認できる距離になって、パイロットはそれが航空“機”ではないことに気がついた。
「巨大な、鳥?
く、クーガー2?」
「クーガー1、同じく目視している。
どちらかと言えば竜だな。
なんだ、あれは?」
「わ、わからん。
接近し確認すると」
「…了解 」
東洋の海に異常な魔力の渦が一時的に出現した事に対して、急遽確認のために基地を飛びだったのは王国でも精鋭と呼ばれている航空団所属のハーマー上級空騎士以下十騎であった。
だが、王国から東に向かった地点にあるのは魔の海と呼ばれ常に濃霧に覆われている海域でのみ。
そして、その海域に入って出てきたものがいないことから悪魔がすんでいると言われている海域である。
「ハーマー上級空騎士!!
暫く進めば魔の海に差し掛かりますがどういたしますか!?」
副官がハーマーの乗るワイバーンに近づき声をあげた。
「いや、心配することはない。
いや、逆に心配すべきか…」
「?」
副官はハーマーが何を言ったのか理解できないように首をかしげた。
「魔の海を見てみろ」
「どういう事でありますか!?」
「いいから見ろ」
「魔の海になっ……」
副官は何かを口にだしかけたが、途中から不自然その声が途切れ目を見張ったまま固まっていた。
何故なら常に濃霧に覆われているはずの海には、濃霧…いや雲一つない青空が広がっていた。
「魔の海が晴れている……?」
「ああ、そうだ」
「いったい何が……」
「取り敢えず、情報を集めろ」
「りょ、了解」
部下たちに指示を出し終わり、自らの愛騎を旋回させようとしたところでワイバーンの羽ばたきに混じる妙な音がハーマーの耳に入った。
「……」
「ハーマー上級空騎士?」
「静かに……」
「?」
「上かっ!?」
音の出どころを掴んだハーマーが顔を上空へ向けた。
そして、それを見つけた。
「剣!?」
はるか上空を飛ぶ何か。
遠すぎてハーマーの視力をもってしても、シルエットを見ることしかできなかったがそのシルエットは剣のように見えた。
剣はハーマー達の上空を悠々と飛び抜いて行く。
この世界で空を飛べる(人や物資を載せて飛べる大きさのもの)のは下から、グリフォン、巨鳥、ワイバーン、飛竜と言ったものがよく知られている。
だが今上空を飛び去ったものは、どれにも見えなかった。
それに今の奴は魔の海からでてきたことから、さらに何なのかがわからなくなっていた。
「ハーマー上級空騎士!!
再び来ます!!」
副官の声で後方を確認すると先程飛び去った、あの剣が旋回し高度を此方にあわせて再び接近していたのが見えた。
ーー大きいな。
それに、翼を動かしていないーー
その一瞬の隙に剣は、ハーマー達を追い越しありえない上昇能力で距離を広げた。
「通信魔術師!!
本国に急いで連絡しろ。
魔の海晴れる。魔の海の怪物と我接触指示をあおぐ 」
「了解です」
ーーもう一度くるーー
反転した剣は此方にまた向かってくる。
「後ろを取れば、ワイバーンでも十分対処可能だ!」
回避行動を取ろうとした(そう、見えた)剣の後ろにハーマーは付きワイバーンに攻撃指示を出そうとした。
「その図体では、避けられまい。
終わり……」
ハーマーはそこで信じられないものを見た。
剣が消えたのだ。
ーー何処にーー
その答えは直ぐにわかった。
自分の乗るワイバーンに影ができ、ふと顔をあげれば消えた剣がいたのだ。
「…」
やや間を置いて剣は諦めたハーマーに興味をなくしたように速度をあげ東へと飛び去っていた。
だが、ハーマーにそれを追いかける気力はなかった。
いや、あったとしても決して追い付けないだろう。
「ハーマー上級空騎士、ご無事で」
副官が放心状態に見えたハーマーを心配し、声をあげた。
それにハーマーは答えることなく黙ったままであった。
剣はワイバーンより大きく荒々しい。
それでいて、精錬された武器のようだった。灰色の体に翼に太陽の印がある姿。
いや、武器なのかもしれない。あれからは生きたもの特有の気を感じなかった。
ワイバーンを圧倒する機動力と速度。
魔の海に何がいるのだろうか?あれは、魔の海の怪物なのだろうか?
いや、怪物ではあるまい。
剣を近くで見たとき、確かに人が乗っているのが見えた。
「わからん……」
「はい?」
「一人言だ」
「はぁ」
「帰投する」
ハーマーは愛騎を反転させると、帰路へついた。
「所属不明機?の領空外への退去を確認」
「本部了解。クーガー1クーガー2は帰投せよ」
「クーガー1了解」
「クーガー2了解」
二機のF-15Jは監視を終了し、機首を基地へ向ける
メーケル王国
海洋貿易の中継地として栄える国であり、そのために賑わい活気に満ちている場所である。
急ぎ帰投したハーマーは愛騎を竜舎へ入れると、急ぎ上官のいる兵舎へ向かった。
「空騎士長!!」
執務室に飛び込んだハーマーに、いままで目を通していた書類から視線を向けた空騎士長と呼ばれた女性は目で何のようかと尋ねていた。
「至急ご報告せねばならなくなったことがあります」
「先に通信魔術師からの報告にあった、魔の海のことか?」
「はい」
空騎士長は手に持っていた書類を束ねると、机の中へしまいハーマーに報告するよう促した。
はっ、と答えたハーマーは今自分が見たことを詳細に話した。
魔の海が晴れたことや中から現れた剣と言ったことを話すハーマーの様子が冗談ではなく本気だとわかった女性の目は細められ戦闘時のようや様子であった。
そして、ハーマーが報告を終えた頃には彼女は目を閉じ何かを考え込んでいた。
「まさか、魔の海から攻めてくるのか……
いやまさか、教国でも魔の海の濃霧を払うことはできまい……」
「いえ、まさか
報告にはあげませんでしたが、剣の翼と胴には太陽の印がありました」
教国の兵士やワイバーンには必ず、教国所属を示す記しがついているのだが太陽の印など聞いたことがない。
ハーマーもあの剣が教国の物ではないと思えた。
教国は自らの武を示すため、兵器等を秘匿することをしない。その教国の兵器等にあのようなものはなかった。
(あれと、ワイバーンとの……
……いや、本物の竜だとしても越えられない壁があるな
例えるなら異世界の怪物)
ハーマーの脳内にはそのような、表現が思い付いたが勿論口に出すようなことはしない。
「これから陛下に面会する」
「!?」
王城では緊急で開かれた会議に、国主だったもの達が座り重苦しい空気が漂っていた。
「魔の海が晴れただと?
馬鹿馬鹿しい。
国家の存亡がかかっているときに、妙な話を持ち込むのか航空騎士団は?」
陸軍と海軍の将軍から小馬鹿にしたような声が上がった。
「しかも、ワイバーンよりも竜よりも速く飛ぶ物なんているのですか?」
情報官が、ハーマーを完全に馬鹿にしながら言葉を発する。
ハーマーもまたあれをみず、聞くだけの立場ならばそうしたであろう。
だが、目で見た。部下たちもまた全員がそれを目にしている。
あそこまで近くで見たならば見間違えようにも耳間違えられない。
確かに、いるのだ。
「いや、彼らが見たと言うのだ。実際にいたのでしょう。
まさか、ここにいるのは自らが他国に精鋭だ精鋭だと持ち上げている国の武の象徴であり信頼のおけるものだけで構成された航空騎士団の報告をお疑いか?」
「いや、航空騎……」
「ハーマー上級空騎士をお疑いだと?
ハーマー上級空騎士もまた、航空騎士団の構成員です」
空騎士長の物言いに何人かが青筋を立て、空騎士長に食って掛かろうとしたところで
「やめぬか」
と国王の制止の声が上がる。
「こ、国王陛下」
議論を止め、全員が頭を垂れた。
「興味深いとは思わないか
のう、ハーマー上級空騎士?
それには人が乗っておったのだろう?」
国王自らハーマーに声をかけたことで、ハーマーは床に額をつけるほど頭を下げた。
「はい」
「人が乗っていると言うことは、魔の海には人のすめる場所があると言うことだ。
ハーマー上級空騎士、大義であった」
「はっ」
「ならば、やることは少なくない」
まだ年若い国王は、悪戯っ子のように笑った。
「国交を結ぶ用意をしろ」
「はっ?」
「へ、陛下?」
ざわざわと至るところから、声が上がる。
「それは、陛下魔の海にあるような国など信用なりますか?」
「いや、それよりも例え人がすんでいようとも国があるのかさえわからないのですぞ」
大臣や各大臣の部下達の声が聞こえるが、国王はどこ吹く風である。
「もはや、なりふり構っておれぬよ。
教国やその後ろが敵に回ったのだ。
足並みの揃わぬ連合は今のままでは勝ち目はない。今は少しでも味方がほしい」
言い終わったとばかりに背を向け退室しようとしていた、国王を呼び止める声が上がった。
「どうした、リオン空騎士長?」
「一つよろしいですか?」
国王は首を傾げた。
「いいよ?」
「陛下は何故、国交を結ぶ前に相手の国を探すことや使節団を用意するなどの名を出されぬのです?」
「それを含めて言ったつもりだが?」
「いう、失礼ながら私には陛下はまるで相手から言ってきてそれに対応する準備をせよと、言ってるように聞こえました」
暫く国王はリオンを見つめてやがて満足したのか、うっすらと笑っていた。
「感にすぎないけど、こちらからいく必要はないよ。
そろそろ向こうから来る気がする」
「?」
これには、リオンもまた訳がわからないと押し黙ってしまったがいきなり会議室の扉が勢いよく開け放たれ
そして、一人の文官が転がるようにして会議室へ入った。
「申し上げます、日本国を名乗る魔の海から来た使節団が国交開設の会談を執り行いたいと言ってきています」
会議室にいた面々の視線は、駆け込んできた文官ではなく一斉にそれを言い当てていた国王に向いていた。
「感はたまにはあたるものだな
で、その日本って国は何て言ってきてる?
教国見たいに、いきなり傘下にくだれ何ていってないだろ?」
文官は手に持っていた紙を広げた、読み始める。
わかったことは数個
・日本という島国であること
・日本はこの世界に転移した国であること
・そして、あの剣を持つ国家がこの王国と対等の条件で国交を結びたいといってきていることだけ
あまりにも情報がないが、ただ一人国王は笑っていた。
「いいな。
合おう、会談はなるべく早い方がいい」
「危険です」
「危険は承知だ。
あと、会談には俺も出席するから用意しとけ」
「陛下!!」
「命令だ。
今すぐ準備を始めろ」
国王はそれだけを言い残すと、今度こそ会議室を後にした。
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数名の外務省の役人と海軍と陸軍の軍人は、メーケル王国に上陸し王城へ通されていた。
「名を名乗ってもらおう」
広間で、近衛と名乗った中世ヨーロッパの鎧を纏った男が、使節団になお名乗るように促した。
「日本国外務省の宇佐美です」
「日本国海上自衛隊所属、夜坂海将」
「日本国陸上自衛隊所属、山県一佐であります」
外務省の男はモーニングににたような服だが、後ろにいる軍の将校らしい男達は白い服と緑色の服で王国の将校のようなきらびやかさはなく一般兵と間違われてもおかしくはない。
さらに、王国側に困惑を生んだのは護衛の兵士達だ。
奇妙なまだら模様の服を着込み体のあちら此方に四角い箱をつけているだけで、鎧さえ着ていない。
いや、それだけならまだいい。
下手をすれば襲われるかもしれない場所なのだが、手には黒い筒を持ち腰に護身用のナイフがあるだけで武器らしい武器を一つも持っていない。
「海を渡れるだけあり、蛮族には見えませんがどう見ても怪しいですよ」
ハーマーが初めて見た日本人を見て耳打ちした。
だが、リオンが見る限り戦闘の意思はないように見えた。
「日本国はメーケル王国との国交開設を求めて、ここまで来たと言うことであっているか」
「はい、国交開設のための交渉にまいりました」
「なるほど、魔の海を渡れる人族でありながら随分と丁寧なお客人だな。
ちなみに、失礼ながら聞くが日本はシェン教国の属国等ではないな?」
黙って聞いていた国王が口を開き、質問を投げ掛けた。
「日本はれっきとした独立国であり、そのシェン教国と言う組織には属してはいません」
「それに、後ろの方々がぴりぴりしているようですから申し上げますと日本は、貴国と争うつもりはありません」
まずは、衛生写真で動きが活発化しておりこのメーケル王国が注視しているシェン教国とは関係いことを説明し日本の立場を表明した。
その上で、メーケル王国とはあらぬ争いを生みたくなく対等な国交を結びたいと説明した。
勿論手札は伏せたままではあるが。
「争うつもりはない、か。
だが、そちらがなんと言おうといくらでも誤魔化せるであろう?」
国王は宇佐美と名乗った外交官の言葉づかい等から嘘は言っていないだろうと思いながらも、直ぐには納得しない風を装い部下達にわかるように宇佐美に説明させようとしていた。
「そのご指摘はもっともです。
信じてはいただけないかも知れませんが、日本には近年になるまでは自衛隊と言う必要最低限の戦力しかありませんでした。
今でこそ他国の驚異が増し戦力が充実しましたが、わざわざ自ら侵略戦争を行い急激に支配地域を広げられる程の戦力ら保持しておりません」
これは、かつての大日本帝國の教訓からであった。
いくら強力な軍を保持していようとも多方面に戦力をさけば、それだけ一個の力は弱まる。
いくら領地を広げようとも、地盤をしっかりと築かなければ脆くも崩れ去ると。
「ふむ、ならばそうしておこう。
こればかりを話して本題に入らねばこの、会談の意味がなくなってしまう。
して、同盟のあかつきには日本は此方に何を望まれる」
宇佐美や後ろの軍人達が様子が思ったより、慎重であり高圧的に出ることもなくぼろを出しそうにないために茶番を演じるのを国王は早々に切り上げた。
事前に……魔の海の国の情報を知っているものなどはいるまい、情報がないならば無駄に会談を引き延ばし自らの首を絞めることはないと判断した結果であった。
むしろ、国交の条件を提示させそれを変えるなり付け加えるなりしてできるなら手札を表にさせ国交を開設させる方を選んだ。
「率直に来ますね」
「なら、あちらが腹の探りあいをやめたのなら宇佐美殿条件提示を」
日本側にはメーケル王国の情報があり、茶番に付き合うことでメーケル王国の手札を表にさせようとしていたが相手から直ぐに切り上げられたためそれは叶わなかった。
なら早々に話を詰めるつもりか、夜坂が宇佐美に日本政府からの要望を伝えるように言った。
宇佐美としては、この国王はかなり厄介に感じていた。
国王であることから、外交官のようなことはできて少しだろうとたかをくくっていたが実際に蓋を開けてみれば日本の政治家のような一面を持ち合わせていたのだ。
此方に揚げ足を取らせ、そこをぐいぐいと押し出し攻めようとする。
此方にはある程度情報があると言う切り札があるが、彼方はない。
切り札の存在はばれた様子はないが、勝てない勝負だとわかると勝負を程よく投げ手札を表にさせなかった。
「最初に申し上げましたとうり、日本はメーケル王国と友好的であり対等な国交を持ちたいと考えています」
日本政府が提示した、情報を開示する。
国王はそれを速読し、幾つかの修正案を提示した。
こればかりは宇佐美も内心驚きで満たされた、たった一瞬で日本政府が提示したそれを読み終わると直ぐに修正案を切り出したのだ。
失礼だと言えるかも知れないが、宇佐美はこの若い国王の頭の回転に感心していた。
日本政府が少しでも優位なように提示した条件をあっさり見破り、完全に対等な立場を確立させようとしていた。
(見破られたら、対等なように修正案を出せと言われたが……
あっちから出してくると思わなかった)
それに、決裂しないように国王は日本に対して無理な修正案を出していない。
「少し私的な話になるが、俺はこの美しい国が好きなのだ。
この国に住む領民も同じように好きだ。
それらを心から愛している。
なら、その民の幸せを守るためなら何でもする覚悟だ
あなた方も、祖国に対するそのような気持ちはあるか?」
たしかに、私的な話だが答えを誤れば決裂するような様子が国王には漂っていた。
この日、日本は異世界の国家と初めて国交を結んだ。
読者様からお意見を頂きました、メーケル王国との交渉についてはいづれ加筆させていただきます