順次更新予定
訓練学校の駐車場に辿り着いたアリスと神河原は、バイクを停めると、正面玄関で待っていた道行を見つけた。
「道行さん、お久しぶりです」
「ああ、随分と背が伸びたな。元気そうで何よりだ」
互いに差し出した手で、固く握手を交わす。道行は立場上、神河原の面会に行くことすら出来なかったため、久し振りの再会を喜んでいた。
そんな中、野次馬達が集まって来た。休憩中の訓練生逹だ。神河原の格好が囚人服のままだからか、指を差し、こそこそと何かを話している。
しかし、当の二人は全く気にしていない。
「アリス、初任務ご苦労だったな」
道行に向かい、敬礼する。これで一先ずは任務完了、と言うことなのだろう。しかし、運転手と護衛の二人を死なせてしまったことが悔しかった。
もしあの時、アリスが死んだ二人を助けられたかと言われれば、首を横に振るだろう。それでも、目の前で失われた命を悔やまずにはいられなかった。
「話したいことは山程あるが、どうもそんな時間はないようでな…来たか」
自身の携帯端末の着信を見て、道行は正面玄関から外へと出た。それに付いて行った神河原を見て、アリスもまた彼を追う。
道行を追って訓練学校のグラウンドまで来たアリスは、どこからか風を切り、低く鳴り響く重音を耳にした。直後、一瞬だけ陽の光を妨げるように、黒い何かが上空を横切った。
上を仰ぎ見たアリスだが、まだ三時前だと言うこともあり、陽の光が少し眩しい。快晴の空から降り注ぐ日光に片手を翳して目を庇う。
黒い何かは徐々に彼女達へと近付き、降下する。グラウンドの土が風に煽られ、盛大に砂埃を舞い上げる。風は勢いを増し、アリスは口を閉じて目を細めた。
次第にその形が鮮明になって行く。尾のない角張ったサメのように先端は鋭く、胴にかけて太くなる。四つの円形フレームに囲われたプロペラが左右に二つずつ取り付けられ、その巨体の重量を支えていた。大きさはプレハブ建築の建築物よりも、一回り程巨大だった。
大型輸送ヘリ_BSH-41。戦地へと機動兵装を運ぶための輸送用ヘリで、アリスも仮想訓練の中で何度か乗った経験がある。最大十六機の機動兵装を一斉に運ぶことが出来るこのヘリは、見た目の大きさに反してその重量が非常に軽い。機動兵装六機が力を合わせれば、その巨体を持ち上げることも出来る。
(でも、どうしてこんな所に?)
三人の前に着陸したBSH-41は、その後部ハッチを開く。
「ゆーーー君!」
ハッチが開ききる前に飛び出した人影は神河原へと襲いかかった…訳ではなく、飛び付いた。
「舞香?」
神河原は飛び付いて来た人物を慌てて受け止める。
舞香と呼ばれた人物は白衣に身を包んだ少女だった。神河原よりも頭一つ程小さな少女は、背中まで伸びる桃色の髪を垂らしている。卵型の小顔に加え、小さな口は可愛らしい印象を与える。
まるで犬か猫のように、神河原の顔に自分の顔を擦り付けている。
「大佐、あちらの方は?」
「ああ、彼女は梶咲 舞香。零隊の専属サポート、兼機動兵装の整備担当者だ。歳はアリスよりも一つ下だったはずだが…」
「えっ!梶咲ってまさか、あの梶咲 一馬の親族ですか?」
大佐は首を縦に振る。
梶咲一馬は日本を代表する兵器開発の技術者であり、業界においてその名を知らない者はいない。大合衆国と共同で機動兵装の開発にも携わっていた機動兵装の第一人者でもある。NCSの設計を提案したのも彼だ。ちなみに、彼が初めて開発した銃器、KZM-131のKZMは一馬の名前から取られているらしい。
「驚きました。あの有名な技術者の…」
すっと、梶咲と視線が合う。すると、神河原に抱き付いたまま頭を下げ、
「どうも、佐郷アリス二等兵ですね?ゆー君の許嫁、梶咲舞香です!」
「いや、別に許嫁じゃないけど…」
「もー、釣れないなー」
神河原の腕に抱き付いた梶咲は、頬を膨らませた。
(あざとい…)
「もちろん…『あたしの』ゆー君には手、出してないよね」
驚く程に低く恐ろしい言葉に、アリスは必死に首を横へ振った。
「そう?良かった!これから零隊のサポートをさせてもらうから、よろしくね」
さらりと声色を変えた。
「こ、こちらこそ…」
(この娘、笑顔が怖い…)
差し出された手を握る。思いっきり釘を刺されたアリスだが、別に神河原に手を出す気は全くない…
「神河原特尉!」
ヘリのハッチから現れた新たな人物に、思わずアリスは目を疑った。
「大佐、これは…何であいつがいるんですか?」
「私が選任した零隊の新隊員だ。仲良くやりなさいよ」
含みのある笑顔を浮かべた道行に、アリスは中途半端に開いた口を閉じた。
(何で大久保がいるのよ!)
着陸したBSH-41のハッチから降りて来た大久保の後ろには、腰巾着の小宮までいる。
道行と神河原へ、順番に敬礼する大久保と小宮。道行の前で態度が激変する彼らの卑怯な性格に、アリスは腹を立てていた。
しかし、道行にとって大久保は優秀な兵士に見えているのだろうか。訓練学校の卒業時、アリスが首席だったのに対し、大久保は次席で卒業していた。
才能があるにも関わらず、努力を欠く彼の性格をアリスは嫌っている。
「全員が揃ったな…早速で悪いが、君達に頼みたいことがある」
零隊の四人が道行の前に整列する。神河原の腕にくっ付く梶咲を含めれば五人だが…
(梶咲さん…ちょっと、邪魔になっていますよ…いい加減離れてあげてください…)
道行は梶咲を無視して、話を始める。
「今から三十分前に北海道の函館基地より救援要請があった。君達には北へ飛んでもらう。戦況の詳細は現地へ向かうまでに説明する。私は護送中の襲撃について調べるため、一緒に付いて行くことは出来ないが、貴官らがこの状況を打破してくれると信じている」
道行の敬礼に四人が応じる。
急ぎBSH-41に乗り込んだアリスは、後部ハッチが閉じるまで彼女を見届けてくれた道行に頭を下げた。その時の彼は大佐としてではなく、叔父として彼女を心配する表情を浮かべていた。
ハッチが完全に閉じると、すぐにBSH-41が離陸し始める。
揺れを感じながら、アリスは零隊の隊員達の顔を見回した。
五年も収監されていた隊長の神河原祐。
差別発言を繰り返す同期の大久保桂。
その大久保の腰巾着である小宮明弘。
神河原に御執心であるサポートの梶咲舞香。
アリスと年齢がほとんど変わらないこの面々に不安を覚えるが、今は考えないことにする。
アリスは改めて周囲を見回す。通常のBSH-41は戦地へと十数台の機動兵装を運ぶために、内部は天井から垂れ下がる機動兵装固定用の機材で一杯のはずなのだが、
「凄い…」
アリスは思わず呟いた。
乗り込んだBSH-41の内部は、一般的なものと大きく異なっていた。中央部には巨大なタッチ操作用のコンソールが備え付けられ、その左右に二つずつ機動兵装の簡易整備台が設置されていた。四つの簡易整備台にはそれぞれ、機動兵装が固定されている。その中にはアリスの機動兵装もあった。
横に並んだ簡易整備台の間には長椅子が取り付けられており、その背後の壁には様々な武器が掛けられている。
まるで小さな移動基地だ。
「神河原さん、お帰りなさい」
操縦席から顔を出したBSH-41の操縦者が、神河原に敬礼して見せる。頭部を覆うヘルメットのせいで顔は見えない。
「平子さん!またこれからもよろしくお願いします」
平子と呼ばれた人物は、了解です、と告げてから操縦へと戻った。
「皆、作戦説明を行う。集まってくれ」
神河原の指示で、隊員達が中央のコンソールを囲む。
(梶咲さんはいつまで隊長にくっ付いているのかな…)
一向に神河原から離れようとしない梶咲は、片腕を彼の腕に絡ませたまま、もう片方の手でコンソールを操作する。スラリとした五本の指を器用に動かし、コンソールの画面上を滑るように走らせる。
画面上に一つのウィンドウが表示される。そこに書かれた《接続》と言う文字に触れると、ウィンドウが切り替わり、コンソール上に映像が映し出される。
『よし、これから状況を説明する』
ウィンドウに映し出された映像に現れたのは、先程別れたばかりの道行だった。映像の背景から、道行が自身の教官室で通信を行っていることが分かった。
『今から四十分程前、北海道の函館基地が北ルセニア連邦によって襲撃を受け、占拠された』
コンソールの四隅に取り付けられたホログラム投映装置から青白い光が放たれ、コンソール上の空間に集まる。映し出されたのは日本地図だった。地図は北海道のある地点を拡大する。
函館基地。北海道南部にあるこの基地は、函館空港から東に離れた山に囲まれる場所に位置している。
『祐は知らないだろうが、この五年の間に北海道の土地の内、その大部分が北ルセニア連邦に占拠されている。先月もまた、随分と侵攻された』
北海道を映した地図に赤い線が引かれる。線は札幌などを含む北海道の大部分と、本州に近い函館を含む土地を、はっきりと区切った。線の位置は八雲町、函館より少し北の辺りに引かれていた陸地を隔つこの赤い線…これが今、北ルセニア連邦との境界だ。
先月まではこの境界線が大きく動くことはなかったのだが、北ルセニア連邦は少しずつ日本の土地を蝕んでいた。
しかし、敵は広大な土地を治め、戦力も日本とは比べ物にならない。それが現在に至るまで境界線を維持することが出来たのは、函館基地を含む防衛線が保たれていたからだ。
戦力が劣っても、どうにかして保たれていた防衛戦が崩れた今、日本は危機に陥っていると言う状況だ。
「悲惨な状況ですね…」
神河原の言葉に道行が頷く。
『ああ…今回の作戦は、函館基地の奪還する部隊のサポートだ』
「サポート…ですか?」
アリスは小首を傾げた。
しかし、神河原は納得したように頷く。
「昔と同じように、基地にいる敵の戦力を削れ、ってことですね」
『そうだ。基地を奪還する大隊が通る道を開いてやる…それが今回、零隊に課された仕事になる。一度、青森県の大間基地に降りて、揚陸艇で海を渡ってもらう』
「何故?直接、BSH-41で陸まで運んでもらった方が早いですよね?」
神河原の問いに、道行は苦い顔をした。
『五年のブランクはやはり大きいな…この函館基地にはある特殊な兵器があってだな…』
「対空砲_AAS3ですね」
大久保が道行の言葉を奪った。
「二年前から導入されたもので、今や敵国と近い土地に、必ず一台は設置されているものです!」
アリスには、大久保がどうしてこんなにも得意気に話すのか分からなかった。
(やっぱり、こいつと一緒の部隊とか嫌だな…)
『まあ、その通りだ…兵器に関しては梶咲君の方が詳しいからな、説明を頼むよ』
「了解です!」
相変わらず神河原から離れようとしない梶咲がコンソールに触れる。
彼女の操作でホログラムが、北海道の地図から、兵器目録で見たことのある固定砲へと切り替わった。上へと向けられた砲口は25に区切られている。その砲口には自動追尾型の中距離ミサイルが詰め込まれていた。
「AAS3は設置された地面から五メートルの位置にレーダーが備えられていて、それより高い高度で飛ぶ友軍機以外の兵器を撃墜するの。レーダーの範囲は連邦との境界線を含んでいたから、今まで空からの侵攻をAAS3が頑張って防いでくれた訳」
『しかし、現在AAS3がこちらからの遠隔操作に反応しなくなっている』
「それは…破壊されたと言うことですか?」
アリスに向け、神河原は首を横に振る。
『現在のAAS3は完全な孤立自動制御状態となっている。恐らく、敵がシステムにアクセスしようとして失敗したのだろう。不正アクセスを受けると、AAS3は無差別に範囲内の航空兵器を撃ち墜とすようにプログラムされていたらしい。これは開発者が実際に証言した確かな話だ』
「迷惑なシステム…」
アリスは、ぼそりと呟いた。
つまりは、今現在、函館基地にあるAAS3のせいで敵も味方も、航空兵器が使えないと言うことだ。
しかし、どうして敵はAAS3を破壊していないのか…アリスには、それが分からなかった。敵は航空支援を捨ててまでも、一体何をしたいのか…
「制御…それと技術の奪取ですかね?」
『そうだろうな。敵はまだAAS3を諦めていないようだ』
アリスよりも先に結論を出した神河原に、道行は頷く。
『もしAAS3の制御が奪われれば、盗られるのは航空圏だけじゃない…AAS3の技術は二年前のものとは言え、同盟国である大合衆国にさえ開示していない技術情報だ。敵がこれを大合衆国に向けて使えば、これからの日本の雲行きは悪い方向へと進むことになる』
今のところ、AAS3の技術を有するのは日本だけ…
今の日本が非常に不味い状況にあることがはっきりした。
『連邦は今、制御の奪取を続けているはずだ。それが破られるのが先か、基地を奪い返すのが先か。事態は一刻を争う』
「それなら近くの基地から大規模な部隊を出して奪還作戦を行えば…」
大久保の言葉に、神河原は肩を竦める。
「それで済めば、出所したばかりの俺が呼ばれることはなかっただろうな」
「もう作戦は決行されたんですね?」
察したアリスは道行を見る。道行は苦い顔で首を縦に振った。
『今から十五分前…アリス達から連絡をもらう少し前に、青森県の大間基地から六十四機の機動兵装で編成された中隊が函館基地を奪還すべく、作戦を実行した。結果、六十二機が大破。部隊は全滅したそうだ…』
「全滅…!」
驚くアリスの横で、神河原の表情が険しくなる。
「道行さん、敵の武装は?」
『それが全く分からないんだ。通常なら、機動兵装に取り付けられたカメラに映った敵の姿を、電子脳が本部へと送るはずだが、戦闘の直前で強力な電波障害が発生したせいで、部隊と通信が全く取れなくなった。電波障害が晴れてからは…六十二機の機体信号が消失していた。唯一、一人だけ…機体の損傷が激しく、連絡系統のシステムは壊れているが…生存者がいる』
神河原の問いに道行が答えた。六十四人の内、生き残ったのはたった一人。
作戦が失敗してから、時間は随分と経っている。敵がその生存者の一人を生かしておく意味と言えば…
(餌って訳ね…)
生存者を助けようとする敵を誘い出すための餌。つまりは罠だ。
『現在、大間基地以外からも兵を集め、第二次奪還作戦の部隊編成が行われているようだが、敵の正体も戦力も分からないまま、数だけ集めても一次作戦の二の舞となる可能性がある。そこで、私から上に掛け合って、作戦の決行を遅らせるよう呼びかけた。そして、零隊には第二次奪還作戦の前に偵察、及び第一次奪還作戦部隊を全滅させた正体不明の脅威を排除することを今回の目的とする』
と、突然に道行が頭を下げた。
『すまない…これがどれだけ危険な任務かは分かっている…本当に申し訳ない…』
「止してください、道行さん。日本のため、誰かがやらなきゃいけないんですから。あなたが謝る必要はない」
神河原が告げる。
「私はもう日本防衛軍の兵士ですから」
アリスが頷く。
「任せてくださいよ!」
大久保が親指を立てて、グーサインをした。小宮も頷く。
「私も、出来る限りのサポートをしますので!」
未だ神河原に張り付いた梶咲は、敬礼の仕草をした。
頭を上げた道行は何か言おうと、その口を開きかけたが…途中で何を思ったのか、一度口を閉じる。そして、改めて告げた。
『頼んだ』
作戦説明を終え、各自それぞれの準備をすることとなった。アリスは自分専用機動兵装の調整を行おうとしていた。
機動兵装は操縦者一人につき、専用の機体が一機ずつ配備されている。これは脳から発せられる信号の速度が、人それぞれによって僅かに異なるためだ。各機は個人の信号速度に合わせた動作設定をしているため、もしもアリスが他の操縦者の機動兵装を使おうとしても、脳から発せられる信号速度の差で、体と機体の動きにズレが生じてしまい、思い通りに動かせないことがある。命令と動作のズレが蓄積すれば、最悪の場合に機体が自分の体を潰されてしまう可能性だってあり得る。
プロテクトスーツに身を包んだアリスは、機動兵装の首後ろにあるスイッチを押す。
この時の彼女は、少々不機嫌だった。
原因は主に大久保と小宮。プロテクトスーツに着替える際、一度裸になる必要があるのだが…狭い機内で、それも男性の前で着替えるのに手間取った。大久保と小宮はアリスの裸を見ようとするは、梶咲が注意すれば『イギリス人の裸なんかで欲情したりしねぇよ』と一言。
対して、神河原は一切興味がないと言わんばかりに背を向け、自身の機動兵装をいじっていた。
(隊長を少しは見習いなさいよ…でも、興味が全くないって言うのは、少し傷付くけど…)
五秒程、ボタンを押し続けると、機動兵装の装甲が開き、人一人分、ちょうどアリスの体の大きさに合った空間が現れる。その中に入ると、機体の装甲が彼女の体を包むようにして閉まる。
首の神経系プラグに、機動兵装の接続用コードが差し込まれる。首から脳にかけて走る、電流にも似た奇妙な感覚に、アリスは顔を歪めた。
(この感覚だけは、いつまで経っても慣れないな…)
機体との接続時に毎度味わうこの感覚は、電子脳とリンクする際に発生する。痛みとも似て異なるこの奇妙な感覚に、兵士の間でも多くの苦情が挙げられているが、開発部は仕方ないとして改善をする気は更々ないようだ。
ディスプレイに《起動》の文字が現れると、続け様に色々な文面が視界に表示される。それらは時間と共に消失した。
機体の動作確認として、両手の指を一本ずつ開閉する。続いて全身の関節駆動、補助動力モーターを稼働させ、異常がないかを確認する。機体は背中と肩の部位が簡易整備台に固定されているため、足を上げて歩く動作をしても、実際はその場で足踏みするだけだった。
機体の動作がいつもより滑らかなことに、アリスは気が付く。訓練学校へと向かう途中、梶咲が既に整備を終わらせたと言っていたが、整備する人間が違うだけで機体の動きが随分と違うことに驚かされた。
特に異常もなく、起動確認の全チェック項目を行ったアリスは機動兵装から降りた。
アリスの起動兵装を固定する簡易整備台の横には、主兵装である一九径式狙撃銃が立て掛けられ、機体の腰には副兵装の十八ミリ口径の自動拳銃と近接戦闘用の振動式ナイフが仕舞われている。これらの武器を手際良く手入れする。
(終わったら…他に何すればいいんだろ…?)
大久保と小宮は未だ機動の確認中。元より彼らと話すつもりはないのだが…梶咲は神河原にくっ付いたまま、起動兵装の説明をしている。
大久保の機動兵装は、両肩に巨大な盾_バリスティック・シールドを備えている。このバリスティック・シールドは肩に付いたアームで、自分や味方を守るよう、自在にその位置を変えて展開することが出来る。
大久保は好んでこの装備を使用しているようだが、戦闘の際には常に敵の攻撃に晒されるため、多くの兵士が好んでは使いたがらない兵装だ。他は一般兵と変わらないKZM-131、そしてアリスの副兵装と同じ、自動拳銃と振動式ナイフを装備している。
対して、小宮の機動兵装も持っている武器は同じ。しかし、彼の機動兵装に搭載された電子脳の中には、広域に及ぶハッキングシステムが搭載されている。
左腕にはその専用パネルキーボードが備わっており、大概の電子機器はものの数秒で侵入し、その制御を掌握することが出来る。機動兵装が相手の場合、プロテクトが厳重なために効果は薄いが、敵の無線通信を傍受したりするなどの支援型の兵装を備えている。電子脳も他の機動兵装に比べて巨大なため、後頭部と背中が少しばかり大きいのが特徴だ。
二機の機動兵装は共に、アリスの機動兵装と同じ深緑の色で統一されている。
「…と言う訳で、機能はほとんど変えていないから、昔の感覚でどうにかなるはずだよ。もっと早くに、ゆー君が戻って来るって聞いていたら私が新型を作ってあげたのに…ごめんね」
「いや、こいつにまた乗れるだけありがたいよ」
梶咲と神河原の会話が耳に入る。
神河原の機動兵装は旧型、日本防衛軍第三世代の機動兵装だ。アリス達のものは第五世代のため、二つも前の機体になる。性能差は随分とあるだろう。
その装甲はアリスにとっても見覚えのある色_紫のカラーコーティングが施されていた。彼女の記憶に残っている父の機動兵装も、目の前のものと同じ紫色だった。
零隊のシンボルカラーなのだろうか?
(戦場で紫色は、随分と目立つ気がするけど…)
形はアリスの機動兵装とほとんど変わらないのだが、一つ異質なものが目に入る。
(あれって…角?)
角とは言っても、片方だけ。左頭部から伸びたその中には精密機器が詰まっているのだろう。
しかし、アリスの見たことがある資料に載っていた第三世代の機動兵装に、角の生えたものなどなかった。
その腰に取り付けられているのは片手持ちのサブマシンガン。近接戦用のナイフに代わって、機体の横には刀のようなものが固定されていた。長い刀身と片側だけに付いた刃から、それが日本刀だと分かる。
梶咲から機体の説明を受けた神河原は、機動兵装の動作確認を始めた。さすがにこの時ばかりはくっ付いていることも出来ず、梶咲は少し離れる。
「あの、梶咲さん…ちょっといいですか?」
「なーに?って、私がタメ語なのに敬語は止してほしいかな。舞香でいいよ、アリスさん」
「それなら、私もアリスでいいよ…あの、隊長の機動兵装に付いている角って、一体何の機能が?」
「ああ、あれ?弾道観測装置だよ。あの内部には三百六十度、全方位を見渡すカメラがあってね、映る弾丸を視界にその弾道と一緒に表示するの」
「凄い機能…これを開発したのって…」
「私のパパ、梶咲一馬って名前を聞いたことあるでしょ?まあ、それが映ったところで普通の人間にはどうしようもないんだけどね。あれはゆー君専用のシステムなの」
「隊長なら使いこなせると…それにしても、あの機動兵装の見た目、まるで鬼みたいだね」
「ふふ。昔、日本防衛軍の間でゆー君が何て呼ばれていたか知ってる?」
「…何て呼ばれていたの?」
「戦場を駆ける紫色の鬼だから《紫鬼》だって」
「そのまんまだね」
二人は互いの顔を見合わせて笑う。
「五年前もあの刀を使っていたの?」
「あの刀?…ああ、超振動刀ね。使っていたも何も、あれがゆー君の主兵装だからね。仕組みはアリスも持っている対機動兵装用の振動式ナイフと同じだよ」
アリスの機動兵装にも備え付けられている対機動兵装用のナイフは、柄の内部にバッテリーが仕込まれており、柄の先端に取り付けられたスイッチを押すことで刃が振動する。振動は人の認識を超える速度で行われ、機動兵装の装甲を断ち切れる程に刃の切れ味が跳ね上げる。
その巨大版、と言うことなのだろう。
「そう言えば、どうして零隊の功績って周りから賞賛されないの?今までの活躍記録を見たけど、日本防衛軍に勝利を齎す英雄達じゃない」
「それは…まあ、ゆー君の性格が影響しているからかな」
「隊長の性格が?」
頷く梶咲はどこか寂しそうな表情を浮かべる。
「ゆー君ってただただ命令に従う、ってことが出来なくてね。与えられた作戦の意図って言うか、自分達が何と戦って、それによってどんなことが起こるのか…それをどうしても考えちゃうの。作戦内容によっては命令に従わないことも多かったからね」
(確かに、それは軍人として大きな欠点だね…)
「だから、上層部からは嫌われ者…彼らは自分の策略を見抜かれるし、命令にも従わないゆー君を忌み嫌ってね。そんなこんなで零隊は影でコソコソとした裏方の仕事しか回って来なくなったの。功績を称えられることなんて尚更ね。まあ、そんなゆー君が軍に残って入られたのは、あなたの叔父さんのおかげなんだけど」
「なるほど…」
「でも、まあ…私はゆー君程、日本のことを考えている人はいないと思うけどね…」
「舞香ちゃんって、本当に隊長のことを慕っているんですね」
「まあ、許嫁ですから!」
しかし、梶咲からの好意に対して、神河原の態度を見る限り、その感情が一方的なものでしかないようにも見える…
「それにしても、舞香の髪の色…それって、染色手術?」
「そうだよ!アリスも同じでしょ?」
アリスが頷くと、梶咲はその桃色の髪を指に絡める。
「今の時代、髪の染色している人って珍しいから。私は周囲から浮かないように、と思って染めたんだけど…」
「じゃあ、あたしはアリスと正反対の理由かな」
和やかな笑顔を向ける梶咲。しかし、その声色は低かった。
(あまり深入りしない方がいいことだったかな…?)
そう思ったアリスは、話題を変えようと辺りを見回す。
ふと、梶咲の長い髪の隙間から項が覗く。
「あれ?舞香は神経系プラグを付けていないの?」
「一応、私の立場は兵器開発者、兼整備士だからね。軍に属していない兵士じゃない以上、義務じゃないし」
「でも、何かと不便じゃない?情報記憶媒体とか使えないし」
「アリス、神経系プラグがどれだけ恐ろしいものか知らないの?あれはね…」
その言葉は、操縦者の平子によって阻まれた。
「皆さん、もうそろそろ大間基地に着きます」
梶咲は肩を竦め、アリスの背中を叩く。
「続きはまた、戦いが終わって時間のある時で!」