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シェル・フレーム'ズ  作者: 雨蔦
1話 函館戦
6/16

順次更新予定

「アリス、道元さんは優しかった?」

 神河原がそう訊ねたのは、護送車両が八王子軍事刑務所を離れ、山道を下ってようやく舗装された道路に出た時だった。

「えぇ、父は優しい人でした。今思えば、あんな人柄の父が戦場で戦っている姿なんて想像出来ません」

「確かに…道元さんは俺にも良くしてくれたよ。色々と面倒を見てくれてな。日本語を教えてくれたのも道元さんなんだ」

「日本語を…?」

「ああ、道行さんから聞いてないか?俺の生まれは日本じゃないんだよ。生まれはイギリス。まあ、血統としては純日本人だけどな」

 これにはアリスも驚かされた。公式の記録としては、彼の生まれは東京とされていた。

「九歳の時に日本に身柄を引き取られた時、面倒を見てくれたのが道元さんだった」

(知らなかった…)

 生前、父は幼いアリスに仕事の話をしたがらなかった。

 だから、自分の知らない父の話を聞くことが、アリスにとっては新鮮だった。今、自分は父の所属していた部隊に配属され、父と話していた隊長と話をしている。少しずつではあるが、徐々に父へと追い付いていることが彼女にとっては嬉しかった。

「あの人は凄い兵士だった。何度も助けられたよ」

「私には、その才能…受け継がれなかったみたいですけど…」

(お父さんの才能を受け継いでいたのなら、今頃は戦場に出て奴と対峙していたかもしれないのに…)

 俯くアリスを、神河原は怪訝そうに見詰めていた。

「アリスのお母さんはイギリス人でしょ?」

「えっ?…あっ、はい」

 突然切り替わった話題に、戸惑ってしまった。

「道元さんがよく『私の妻は美人なんだ!娘も似て美人でね!』って、自慢されたもんだよ」

(お父さん…そんな恥ずかしいこと言ってたの?)

「お恥ずかしい限りです…」

「『特に蒼い瞳と金色(こんじき)の髪が良い!』ってね…何で染めてるの?」

 神河原の声はどこか冷たかった。

「これは…私の髪じゃ、皆嫌っているから…この方が周りからの印象も変わるって、叔父に勧められて…」

「道行さんに強制されたの?」

「…いえ、最終的に決めたのは私です。でも、これで良かったんです。実際に周りから髪について言われることも…」

「なあ、」

 アリスの言葉を、神河原が遮った。

「話していて思ったんだけど、何でアリスは自分自身に対してそんなに悲観的なの?」

「えっ?」

 彼女には訳が分からなかった。

(私が…悲観的?)

「そんな風に…聞こえましたか?」

「聞こえる」

 即答だった。

「自分では気付いてないのかな?」

「まあ、でも確かに、私って…その、自信が全くなくて…」

「それは違うと思うぞ」

 神河原は自分の額を、右手の人差し指でトントンと叩く。

「これはある人の考えに基づいた俺の考え…決して、そいつの受け売りじゃないからな。人が何か行為を成すに当たって、その根本には絶対に《自信》が介在していると思うんだ」

「自信が…ですか?」

「そう、『自分の能力や価値を確信すること』の自信。人って何かしようとした時に、自分には絶対に出来ないことはしないものだろ」

「でも、人って自信がなくて無理だと思うことも、運良く成し遂げることだってあると思います」

「自信がなくて無理だと思っているとは言っても、行動する時には心のどこかで『可能性がある』って、微かで密かな自信を抱いているはずだよ。いわゆる、希望って奴」

 自分の考えを語る神河原の面持ちは真剣だった。

「本当に自信がないなら、人って動くどころか考えることさえしないからね。運良く成し遂げることも、一パーセントにも満たない成功の可能性を実現する自信が、本人の心にあってこその結果だと思うんだ。他人から認められる自信がなければ、人と話さない。物事の行く末を考えた自分の思考に対する自信がなければ、人は決断出来ない」

 アリスには考えつかないような価値観を、彼は淡々と語る。その手元に原稿がないことが、彼の根底からの言葉であることを証明していた。

「何かに成功すれば、他人に褒められれば、人は自信を持つことが出来る。そして、それは次の行為の根本に据えられる。人を動かす時に重要なのは、大それた技じゃなくて相手に自信を与えることだ。自信は誇りに変わる。選民思想なんて、良い例だと思うけどな」

 彼の言っていることを理解するのは、そう難しいことではなかった。自分達が選ばれた存在であるとする選民思想も、その元は自分達の誇り、期待、そして自信があってこその考え方だ。

「アリス、お前が悲観的なのは決して自信がないからじゃない。自信は誰でも絶対に持ち合わせている。お前はただ、自分のことを知らないだけだ。会って一時間も経ってない俺に言われても、ピンと来ないとは思うが、俺はそう思う」

 その言葉には確信が込められている。

「自分に対する無知は悲観的な思考を植え付け、本来持っている可能性を潰す。それこそ、多くの自信を失って、行動の幅を狭めてしまう。道行さんはお前のことをよく知っていて、この零隊に抜擢(ばってき)した。お前はもっと、自分のことを知って自信を持つべきだと思う」

「自分のこと…」

「あー、変に熱く語っちゃったな…ごめん」

 頭をガシガシと掻いた神河原は、照れ臭そうに笑顔を見せる。

 アリスは自分の首を横に振った。

「素晴らしい考えだと思います!」

 心からの言葉だった。

「まあ、過信は逆によくないけど、アリスは自身を持ち過ぎるくらいでいいと思うぞ。それに、これは俺個人の意見だ。俺はこの考えに自信を持っているけど、鵜呑みにするなよ。自分でもよく考えてみろ」

 はい、笑顔を浮かべ、頷いたアリスを見て神河原は柔らかに笑う。

「アリスって、笑っている顔が凄く可愛いな」

「へ?えっ…あ、ありがとうございます…」

 顔が熱かった。

 近い年頃の異性から『可愛い』と言われたのは…大久保がいた…しかし、彼女の中では相当嬉しかった。だらしない笑みを浮かべてしまったのではないかと、慌てて顔を両手で覆う。

 先程から話していて、井戸端が神河原のことを『さん』付けで呼んでいた理由が、少しだけ分かる気がした。

「隊長…少し訊ねたいことがあるのですが?」

「何だ?」

 ドンと来なさい、と胸を張った神河原は握った拳で叩く。

「《(くれない)の騎士》と呼ばれる機動兵装をご存知ですか?」

 紅の騎士…あの機動兵装がそう呼ばれていると知ったのは、アリスが訓練生の時だった。訓練生の間で流れた噂で小耳に挟んだ程度で、内容もあやふやだったが、それでもその噂が奴のことだと彼女には分かった。

 五年前、エウトリカ連合の東京都への侵攻。あの時、彼女の目の前で父を殺した敵兵は、中世ヨーロッパの甲冑(かっちゅう)にも似た真紅の機動兵装を纏い、禍々しく巨大な剣を持っていた。

 今でも忘れることが出来ないあの機動兵装だが、軍の兵器目録(データバンク)に検索をかけても、《紅の騎士》についての記録が一切載っていなかった。あまりになさ過ぎて、逆に違和感さえ覚える程に。

(でも、この人なら…)

「《紅の騎士》ね…知っているよ。嫌と言う程に知っている。あいつに妨害された作戦は数多くあったからな」

 やはり知っていた。

「エウトリカ連合所属の機動兵装…道元さんの他、数多くの仲間達から命を奪った野郎だ」

「軍に入って、奴のことを調べようとしたんですが、記録が一切なくて…」

「ああ、奴の情報は少佐以下の階級に公開されていないからな」

(情報が公開されていない?)

「隊長はアクセスできるんですか?」

「そりゃ、俺のアクセス権限は中佐と同じだからな。基地に戻ったら、俺の権限を使って調べてみるといい」

 アリスにとっては、随分とありがたい話だった。

「…零隊にいれば、奴と戦うことは出来ますか?」

「まあ、零隊は前線を飛び回ることが多い分、遭遇率は高くなるだろうな」

 今はエウトリカ連合と休戦状態だが、奴への復讐のために兵士となり、ここまでやって来た彼女は見逃すつもりなど更々なかった。

 神河原は自分の隣に置いていたボストンバックを開けると、中から複数の取扱説明書を取り出す。取扱説明書に限っては、どういう訳か、昔から変わらない紙媒体が用いられている。折り畳まれた説明書を広げ、並ぶ文字列に目を通す。神河原はこれを一分で読み終えると、次の説明書に手を伸ばす。

(この人…文字を読む速度が尋常じゃない…)

 目の動きを見ていると、アリスでは三十秒もかかるであろう文章量を、神河原は五秒ちょっとで読み終える。

 全ての説明書を読み終えた彼は次に、それぞれの電子機器を手に取った。

「隊長…」

「ん?」

「もう読み終わったのですか?」

 当然の如く頷いた神河原を見て、アリスは顔を引き()らせる。

(確かに、天才だ…)

 情報記憶媒体の性能に感嘆の声を漏らす神河原の隣で、アリスはフロントガラスから見えた地下高速道の入り口を眺めた。トンネル内に入り、天井に取り付けられた白色LEDの明かりが後方へと流れて行くのを見詰める。次の明かりが現れ、それもまた同じように後方へと流れて行く…酷く単調な光景だった。

「もうすぐ八王子を出ます」

 運転手がそう告げる。

 何事もなく初任務は熟せそうだ、と思って安心し切っていた。

 しかし、事はそう上手く運ばれてはくれない。

「何だ?」

 助手席に座る武装した兵士が違和感を訴えた。

 アリス達の乗った護衛車両の前を走るタンクローリーを見て言っていることは分かった。水素が積まれたそのタンクローリーに、何の違和感を感じたのか、武装した兵士は目を凝らす。


 直後、その後部に積まれたタンクが突然、縦半分に割れた。


 半分に割れたタンクの破片は路上に放り出され、護送車両の進路を塞ぐ。しかし、運転手がハンドルを慌てて切ったことで、ギリギリ(かわ)すことが出来た。後方で急ブレーキをかけた車両同士が衝突する音が聞こえた。

 体勢を立て直した護送車両は、止まることなくスピードを上げた。

 ところが、フロントガラスに二つの穴が穿ち、車両の走行が大きく乱れる。不安定な運転はすぐに収まったが、速度は一転、急激に落ちていた。

「どうしたんですか?」

 アリスが運転手に声をかけたが、返事はない。

 運転席を覗こうとしたアリスだったが、神河原が後ろから彼女の頭を手で押し下げた。それと同時に、フロントガラスが割れ、頭上を何かが通り過ぎる寒気を感じた。

「下手に頭を出すな。運転手達(かれら)はもう死んでる」

 神河原は落ち着いた声で、押し込められたアリスに囁く。

(死んでる?)

 頭を出さないよう、首だけを回して運転席を見ると、運転手が力なく座席にもたれかかっていた。

 先程、突然に走行が乱れたのは運転手が死亡して、ハンドルから手が離れたことによるものだと理解した。その後、再び安定してから速度が落ちているのは、三秒間ハンドルを握らなかったことによる車両の安全装置が働いたためだった。

 助手席の兵士も動かなくなっている。

(でも、おかしい…護送車のガラスは銃弾程度で貫けるものじゃ…)

 しかし、それの意味することをアリスはすぐに理解した。

 対人用の銃では罅を入れることさえ叶わない防弾ガラスを突き破るもの…

「まさか…対機動兵装用の銃!」

「ああ、あのタンクローリーの荷台に機動兵装が二機も乗ってやがる」

 こんな公の場で堂々と襲撃して来るなど、アリスは想定していなかった。一般人と言うカムフラージュがあったため安心していたが、相手はそれに怯むことなく行動を起こした。

 急いでハンドルに手を伸ばす。

「何してる?」

「ハンドルを離して自動操縦に切り替わると、システムが勝手に安全な場所を選んで停車させてしまうんです!早くハンドルを取らないと…」

 伸ばした指が、どうにかハンドルに引っかかったことで、車両の自動操縦が解除される。シートベルトを外し、運転手の死体を運転席から引き摺り下ろす。

 顔を上げれば撃たれる危険があるため、前を覗くことも出来ない。頭を伏せたまま、僅かに引っ掛けた指で、隣に取り付けられたナビの縮図に従ってハンドルを回す。

 すると、助手席の兵士の手から対人用のアサルトライフルを奪い取った神河原が、立ち上がると同時に発砲した。

(機動兵装相手に通用する訳がない…)

 そう思ったのだが、

「アリス、アクセル押し込め!」

 頭上から降って来た神河原の言葉に従い、ハンドルから離した右手でアクセルペダルを押し込む。

 一瞬、不安定な走行をした護送車両だったが、アリスに代わって神河原がハンドルを取ったことで安定した。

「そのまま押し続けろ!」

 何が起こっているのか確認出来るはずもなく、ただひたすら言われた通りにアクセルペダルへ力を込める。

 すると、硬い金属が擦れる音と共に、凄まじい轟音が耳に響いた。ハンドルが切られ、車体が大きく揺れる。続けざまに二回の強い衝撃を感じたが、しばらくして周囲の騒音が収まった。

「もう顔を上げて大丈夫だ。運転は頼む」

 そう言われて顔を上げたアリスは、先程のタンクローリーが護送車両の前から消えていることに気が付いた。神河原からハンドルを受け継ぎ、運転席に座り直す。助手席から死体を退けて、そこへ腰かけた神河原は溜め息を吐いた。

「どうやって切り抜けたんですか?」

「んー…簡潔に言えば、タンクローリーのタイヤを撃ち抜いて横転させたら、道路全体を塞いぎそうになったから、アクセル全開で壁と転がるタンクローリーの間を擦り抜けた…かな?」

(いやいや、かな?って…)

「まるで映画みたいな話ですよ…信じられません…」

 潰れかけたサイドミラーで車体の側面を見ると、擦れた跡が目に入った。神河原の語ったことが嘘だとは思えなかった。

 ふと、後方から何かが迫っているのが見えた。

「っ!隊長!機動兵装が二機、後ろから追って来てます!」

「あの程度じゃ()けないか…」

 サイドミラーに映る二つの人影を神河原も確認したようだ。

 アリスと同じ下級兵士を示す緑色の機動兵装は、足部走行車輪を展開している。最大時速百キロで追いかけて来る相手に対し、護送車両はどこか故障でもしたのか、八十キロ以上の速度が出せなかった。

 アリスは必死にアクセルを踏み込むが、護送車と機動兵装の距離は着実に近付いている。

「…駄目です、これ以上速度が出ません!」

「ああ、計測器(メーター)を見ればもっとやばいことも分かる」

 ハンドルの奥、計器の針を見たアリスは絶望に見舞われた。

 水素タンクの貯蔵量を示す針が、目に見える速度で減少していた。燃料タンクに穴が開いたのかもしれない。

 燃料がなくなれば、基地に辿り着くどころか、現状の打破も出来ない。逃げる足を失えば、殺られるのをただ待つこととなる。

「可能な限り、護送車(こいつ)を走らせろ」

「…どうする気です?」

 運転席の後ろに回った神河原は、手に持った対人用のアサルトライフルの残弾と、頭を撃ち抜かれた武装兵士の死体から武器を探っている。新しい弾倉の他、拳銃一丁に手榴弾が二つ…

「決まってるだろ。奴らをどうにかするんだよ」

 もう前を走るタンクローリーもなければ、先程のような転倒も起こせない。これ以上、一般市民に対して被害も出せない。

「どうにかするって、どうやって?仮に奴らの足を止められたとして…その後は?この車はもう長く保ちませんよ!」

「足を止める!?いいね、それ頂き!」

「えっ?隊長?」

 叫ぶアリスの頭をガシガシと荒く撫でた神河原は、笑顔で答える。

「周りを見渡せ狙撃手。観察すれば起死回生の一手は見えて来るもんだ」

 助手席に移った彼の笑みはまだ消えていない。

(周り?…ああ…無茶苦茶だ…)


 神河原との打ち合わせをしている内に、二機の機動兵装はその距離を三十メートルまで縮めた。無闇に護送車を撃たないのは、神河原を殺さずに捕らえるためだろう。

 サイドミラーで確認出来る敵の武装は、手に持ったKZM-131…一般兵の機動兵装に支給されているアサルトライフル_人に対しては軽機関銃以上の威力だが…

 と、助手席の窓を全開にして上半身を乗り出した神河原は、手に持つアサルトライフルを連射する。もちろんこんなことで機動兵装の装甲が貫ける訳ない。

 だから、彼は足を狙った。正確には、足裏の足部走行車輪を。

 足部走行車輪の展開中、足裏には片足十二個の車輪が所狭しと並んでいる。その車輪と車輪の隙間に弾丸が絡めばどうなるか…残念ながら、多少の不具合を引き起こすだけで、足を止めて叩けば取れてしまう。戦場での使用を想定しているため、その程度では壊れない。

 しかし、一時的には足を止められる。

 最初にその作戦_と言えるかわからないが、を聞いた時は無茶だと思っていた。しかし、神河原は、『俺は出来ないことを言わないから』と言って…

「本当にやっちゃったよ」

 片方の機動兵装が足部走行車輪の異常に気が付き、速度を落とした。

 小声で呟いたアリスの隣、助手席へと戻った神河原は、手榴弾の一つを手に取り、ピンを抜いて路上に転がす。後方で爆発が起こるのをサイドミラーで確認した。

 未だ健在の機動兵装は、相方がバランスを崩した姿を見て、アリス側の車両右側面に寄せて来た。

 連続的な銃声が響き、護送車のバランスが崩れる。後方右側のタイヤをパンクさせられたようだ。

 どうにかバランスを保ったが、速度は急激に落ちてしまった。サイドミラーには、それを好機と判断した機動兵装が右側面に並ぶ姿が映った。運転席に姿を見せた機動兵装は、手に持ったKZM-131をアリスへと向ける。


 彼女達は、これを待っていた!


「アリス、やれ!」

 神河原の合図でハンドルを思いっきり右に切り、機動兵装へと寄せる。

 ちなみに、護送車は神河原が狙いやすいよう、地下高速道の広い車線の中で一番右の車線へと前以って寄せていた。高速道の反対車線との間には、事故防止用の頑丈な防壁が設けられているため、


 板挟みになる。


 この護送車両の装甲は機動兵装と同じものが使われている。事故防止用に建てられた高速道の防壁_それも最近新設されたばかりのもの、が簡単に崩れる訳もなく、挟まれた機動兵装は盛大に火花を散らした。

 両側を挟まれて身動きが取れなくなった機動兵装は、抜け出そうと足部走行車輪の速度を落としたが最後。半身の装甲が削られた状態でバランスを崩して転倒。後方へと消えて行った。

「一機はあれで大丈夫だろ」

 しかし、後ろからは神河原がバランスを崩して遅らせた機動兵装が近付いている。それに、護送車両自体も限界を迎え、水素の貯蔵量は底を突いていた。

 と、不意に左側後輪が撃ち抜かれ、制御を失った。盛大にスリップした護送車両は、車線を跨いで、反対側の壁へと助手席部分から衝突した。


 動きを止めた護送車に、機動兵装はゆっくりと近付く。

 まさか、対人用のアサルトライフルでバランスを崩されるとは、考えもしなかった。加えて、相棒の機動兵装は装甲を剥がされ、両足はありえない方向に捻れていた。本人は気を失っているようだが、随分と派手に転ばされていた。回収するよう連絡は取ったが、

(今回の捕獲対象…一体、何者だ?)

 捕獲対象と他一名は機動兵装を使用していないにも関わらず、こちら側は大損害を受けた。決して油断は出来ない。

 警戒心を強め、KZM-131を構えて運転席の横へと回った。運転手はエアバックにぐったりと寄りかかったまま動かない。念のため窓越しにKZM-131の銃口で突くと、力なく横に倒れた。頭から血を流して死んでいる。

 次に助手席を確認するが、座席は衝突のせいで見るも無惨に潰れていた。

(困ったな…捕獲対象は助手席に乗っていたはずなんだが…)

 運転手の死体が被さり、助手席はよく見えない。死体を退けようと、運転席のドアノブを引いたときだった。

 カチリ、と言う小さな音と静かなエンジン音が耳に届く。次の瞬間には、護送車の後部扉が何かによって突き破られた。

 振り向くと、護送車から飛び出す赤いバイク…そして、その上に跨る二人の人影が目に入った。

 慌ててKZM-131を構え直すが、直後に顔の真横で起きた爆発によって、機動兵装は吹き飛ばされた。


「上手く行きましたね!」

 ボストンバックを背負い、運転する神河原の腰にしがみ付いたアリスは、爆発で吹き飛ばされた機動兵装を見て安堵した。

「ああ、これで意識が奪えていれば完璧なんだけどな…まあ、頭のカメラは壊せたみたいだし、大丈夫だろ」

 タイヤを撃ち抜かれてスリップした時、アリスは神河原に襟元を掴まれ、車両後部へと投げ飛ばされていたため、アリスは無事で済んだ。少々首が絞まって、数秒間呼吸が出来なかったものの、助かったことに変わりはない。

 壁に衝突してからは、機動兵装が近付くまでの間に運転手の死体を運転席に座らせ、エアバックにもたれかからせた。運転席のドアには細工をして、開いたらピンの抜けるように手榴弾を仕掛けておいたのだ。

 さすがの機動兵装も、至近距離での爆発には無事で済まなかったようだ。機動兵装の頭部である強化ディスプレイには亀裂が入り、カメラ部分を白く広がった罅が覆っている。

 出来るだけ顔の高さに調整したのは、機動兵装の目であるカメラが顔に取り付けられているからだ。それを壊せば、ディスプレイに映像が映らなくなる。

 運転手と護衛の兵士には悪いことをしたが、神河原を基地に護送する任務のため、許してもらうしかない。

 倒れた機動兵装の真横を通り過ぎ、東京湾基地への帰路を辿った。そろそろアリスが行きに通った出入り口辺りのはずだ。

「くそっ!」

 唐突に車体が横に傾けられた。アリスが慌てて神河原にしがみ付いた直後、背後で銃声がした。

「しつこい…」

 神河原の言葉にアリスは後ろを振り向くと、手榴弾でカメラを破壊したはずの機動兵装が追いかけて来ていた。

(カメラは潰したのに…)

 そう思ったアリスだが、すぐに気が付いた。

 奴は機動兵装の頭部を外していた。

 確かに、頭部のヘルメットを外しても、機能が一部制限されるだけで、機動兵装自体を動かすことは可能だ。

 頭部のヘルメットがなくなったことで、機動兵装の操縦者である男の顔が目に入った。先の手榴弾によって割れた強化ディスプレイの破片が、ヘルメット内部に飛び散ったのだろう。顔には無数の細かな破片が刺さり、右目も開いていない。血が顔中を伝い、風邪で後方へと流れて、赤い線を引いている。

 神河原を生きたまま捕らえるはずだったのだろうが、怒りでその任を忘れ、手に持ったKZM-131を乱射している。しかし、スコープを覗く右目を開くことが出来ていない重症の男に、照準も何もなかった。

 しかし、男との距離は徐々に縮まっている。元々、このバイクは一人乗り用であって、アリスと神河原は詰めて乗っているが、二人で乗る設計ではない。そのため、バイクの安全装置が働いて大し速度は出せないのだ。

 安全を守る装置が今、アリス達の首を締めていた。

 アリスは腰のホルスターから自身の拳銃を取り出す。彼女の腕ならこの距離を外すようなことはないだろう。だが、

(また…震えてる…)

 拳銃を握った右手は、小刻みに震えていた。今回は緊張ではなく、撃つことに対する恐れが原因だった。未だ現実で人の命を奪ったことがないアリスは、引き金を引く重責に躊躇っている。

「アリス…別にお前が撃たなくていいんだ…」

 神河原の声に、アリスは彼を見た。片手でバイクハンドルを握った彼は、護衛の兵士から取った拳銃の銃口を追って来る機動兵装へと向ける。

「俺が殺る」

 KZM-131の弾倉が尽き、銃そのものを投げ捨てた男の頭に、神河原の拳銃は標準を合わせる。タンクローリーのタイヤと言い、機動兵装の足部走行車輪と言い、彼なら正確な射撃で男の眉間を撃ち抜くだろう…

(でも…)


 パン、

 乾いた発砲音の後、宙を漂った薬莢が路面を跳ねた。

 火薬の発した煙はアリスの拳銃から流れていた。

 弾丸は男の眉間を貫き、バランスを失った機動兵装は前のめりに倒れ込むと、四肢を投げ出して道路を転がった。

「私が撃つべきなんです」

 その手はもう震えていなかった。

 後方へと消えた機動兵装の残骸はもう見えない。

 右手から拳銃を剥がすのは大変だった。アリスの意思に反し、拳銃を握った右手は固く閉ざされ、指を一本ずつ離して行く。

 しかし、彼女の心には人を殺した罪の意識がなかった。現実に人を殺めることが、仮想訓練でプログラミングされたAIを殺す時と、ほとんど何も変わらなかったのだ。

「アリス、平気か?」

「はい…大丈夫です」

 自分の中に溜まった違和感に戸惑いつつ、アリスは答えた。

「そうか…落ち着いたら道行さんと連絡を取ってくれ。話によっては行き先を変えなきゃいけない」

 腕時計型携帯端末を操作して、道行へと電話を繋いだ。呼び出し音が二回鳴ってから道行が電話に出る。開口一番、アリスが怪我をしていないか訊ねられた。

 自身と神河原の無事を伝え、事の顛末を話す。

「そうか…運転手と護衛が殺られたのは残念だが、二人が無事で良かった」

「道行さん、どうして俺逹が襲撃された」

 神河原の問いに、道行が答える。

「恐らく、狙いは祐…お前を軍に戻らせないことだろう。上層部の中でも、お前の釈放のことで随分と揉めたからな。それを阻止しようとする輩がいてもおかしくはない。情報がどこから漏れたかは、こちらで調べておく。こちらの落ち度だ…すまない」

「それは構いません。問題はこれからどうするかですよ。基地へと向かうルート、特に俺達が通るはずだった護送のルートはまずい」

 神河原の提案に、電話の向こうにいる道行は、しばらく無言で何かを考えていた。

「分かった。私の所まで来なさい。こんな状況で悪いのだが、すぐにでも決行してもらいたい作戦がある」

「分かっています。そのために俺が呼ばれた事も」

「すまない」

 最後にもう一度謝った道行との通話を終え、変更された行き先へとアリスが案内する。既に地下高速道は世田谷区の出口に近い。

 訓練学校に着いたのは、それから間もなくのことだった。

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