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シェル・フレーム'ズ  作者: 雨蔦
1話 函館戦
12/16

順次更新予定

 突然の爆発に、アリスは目を見開いた。

 吹き飛ばされた破片がフロントガラスを貫いている。ガラスが砕け散ることはなかったものの、破片を中心として盛大に白い罅の花を咲かせた。

 爆炎の中から現れた機動兵装は、バスであった残骸に突き刺さる大剣を抜き取る。

 赤く、朱く、紅いその装甲は、夜空に似合わない明かりで照り輝いていた。

 当然ながら、アリスの乗ったバス内ではパニックが起こっていた。我先にと出入り口に向かう者が居れば、窓を開けて飛び出ようとする者まで居る。

 目前に迫る紅い騎士の機動兵装に、バスの運転手も焦っていた。前に進むことは出来ず、バスの形状では左右に回ることも出来ない。進路は後方にしかない。

 急ぎ後退(バック)したバスだが、一列で並び停められた他の避難用バスに衝突した。バス同士が擦れ合い、不快な音が周囲に響き渡る。後方の車両はまだ何が起こっているのか分かっていないのだろう。後方のバスからクラクションを鳴らされるが、アリスの乗ったバスは構わずタイヤを回す。

 大剣を肩に乗せて担ぐ紅い騎士の機動兵装は、ゆっくりと足を動かして迫って来る。距離は十メートルもない。大剣に付着した血液を舐めるかのように、柄を握るのとは反対の手でその刃を撫でる。

 アリスは目の前の光景から目を離すことが出来ず、体も固まっていた。まるで自分の体ではないかのように…

 隣に座るアリスの母親は、彼女のことを強く抱き寄せる。その喉から唾を呑み込む音が聞こえた。

 バスの目の前に立った紅い騎士の機動兵装は、巨大なその大剣を高く振り被る。狙いは運転席。そこに座る運転手はシートベルトを外そうとするが、上手く行かない。

 次の瞬間、紅い騎士の機動兵装によって、高く掲げられた大剣が運転席へと振り下ろされた。

 代わりに、カィンと言う甲高い音が耳を駆け抜け、頭の中を掻き混ぜる。急激な眩暈(めまい)に襲われ、回復するまで少しばかり時間が掛かった。

 アリスが改めて正面を見ると、紅い騎士の機動兵装が振り下ろした大剣を、紫の機動兵装が持った大鎌の刃で受け止めていた。正確には、大剣の柄に大鎌の峰を当てて止めていた。

 紫の機動兵装は大鎌を持ち上げることで、大剣を押し退ける。紅い騎士の機動兵装は押された勢いを利用して距離を取った。

『今、後方の車両が順に下がっています。皆さんは落ち着いて、そのまま席から立たないようお願いします』

 バスの中に入って来た紫の機動兵装の顔は見えないが、声と挙動からアリスの父親だとすぐに分かった。安心感が心の中を満たす。

『皆さん、大丈夫ですから…』

 一瞬、アリスは父親と目が合った気がした。しかし、確かめる術もなく父親はバスを降り、アリス達と紅い騎士の機動兵装との間に立ち塞がった。

 もう一人、紫の機動兵装が加わり、三対一となった。数では圧倒的に有利にも関わらず、アリスの父親達は攻めない。

 と、突然に紅い騎士の機動兵装が動いた。大剣を地に滑らせ、右から左へと膝の高さで横薙ぎにする。ニメーター以上の大きさにも関わらず、紅い騎士の機動兵装はその大剣を、まるで木の棒を扱うかのように軽々と片手で振るう。

 これに対し、それを防ごうと紫の機動兵装が大鎌で防ぐ。刃と刃が接触した瞬間、爆発が起こり、大鎌を握っていた紫の機動兵装が吹き飛ばされた。そのまま機体は通りに並ぶ店のショーウィンドウを突き破り、爆発で折れた大鎌の刃がアリスの乗るバスのフロントガラスを散らして天井へと突き刺さった。

 再びバスの中で混乱が起こる。

『くそっ!』

 それはアリスの父親と並ぶ、紫の機動兵装から発せられた女性の声だった。その機体が腰から引き抜いたのは、全長十五センチ程の細長い針だ。先端は鋭く尖っており、末端からは糸のようなものが伸びている。

 指の間に挟んだいくつもの針を、紅い騎士の機動兵装に向けて投げる。しかし、紅い騎士の機動兵装はその大剣を地面に突き立て、その裏に身を隠すと、盾として針を防いだ。

 数本の針は盾となった大剣に弾かれ、他は大剣の横を通り抜ける。その間に、新たに一本の針を取り出した紫の機動兵装は、横に移動しながらそれを投げ付ける。今度の針は大剣の横を擦り抜けた。

 一見、外れたようにも思えたが、紫の機動兵装は指を動かし、針の末端から伸びていた糸_ワイヤーを引っ張る。すると、大剣に弾かれ地面に落ちた針や、外れたと思われた針が宙を回る。ワイヤー同士が擦れ、引っ張り上げる。

 気が付いた時には、紅い騎士の機動兵装にはワイヤーが絡まっていた。機体の(くぼ)みに針が引っ掛かり、その上からワイヤーが巻き付いている。動けば余計にワイヤーが絡まり、自身の首を絞めることになる。

 この隙を逃すことなく、アリスの父親は紅い騎士の機動兵装の横へと回り込み、背負っていた長大な銃を構えて撃った。轟音が周囲に響き渡る。

 しかし、紅い騎士の機動兵装に弾丸は当たらなかった。弾丸が外れた訳ではない。ワイヤーに身を絞められながらも、紅い騎士の機動兵装は身を捻り、弾丸を大剣の刃に打つけた。身を捻れば、ワイヤーが更にキツく絞まるはずなのだが…

 弾丸と刃が接触した直後、再び爆発が起こった。

 爆発はワイヤーを溶かし、断ち切った。ワイヤーが溶ける程の高温。アリスには到底、想像出来なかった。

 ここで後方のバスが動き出し、アリス達のバスも後退し始めた。

 それを追って、紅い騎士の機動兵装がアリス達へと迫る。針とワイヤーを操る紫の機動兵装が間に立ち塞がるが、大剣を叩き付けられたことで起こった爆発により、横に十メートル以上弾き飛ばされた。

 この僅かな時間稼ぎによって、アリスの父親が追い付いた。長大な銃は地面に捨てて、腰から抜いた短刀を握っている。

 紅い騎士の機動兵装は振り向き際に、肩の高さで大剣を横薙ぎにする。これをアリスの父親は態勢を低くすることで避ける。大剣はその刀身が長い分、小回りが効かない。短刀が紅い騎士の機動兵装の腹部を掠めた。

 その後も、アリスの父親は紅い騎士の機動兵装に密着するように立ち回り、その大剣を潜り抜ける。時には短刀の刃で大剣の腹をなぞるようにして、その軌道を逸らす。その際、絶対に大剣の刃には触れなかった。

 バスが後退するごとに、アリスと彼女の父親との距離が広がり、その姿も小さくなって行く。

「大丈夫…お父さんは大丈夫だから…」

 母親がアリスの肩を撫でながら、涙を流す。

 と、不意にバスの横を赤や緑の機動兵装が通り抜けて行った。その形は彼女の父親のものと同じ、日本防衛軍の増援だった。

 ふと、アリスの父親が増援の方を向いた。

 それはたった一瞬のこと。しかし、その一瞬が命取りとなった。

 紅い騎士の機動兵装が、父親の機体の顔面に飛び膝蹴りを喰らわせた。

 顔面の装甲が飛び散り、血が飛散する。父親の顔はアリスの方を向いていた。その距離は遠く、細かには見えないが、血塗られた顔面の中、その口が動いていた。


 アリス…


 声は届かない。

 ふらつき、後ろへと倒れようとした父親の頭を、紅い騎士の機動兵装が鷲掴みにする。ぐったりとした父親の体は動かない。

 届かないと知りながら、アリスは必死に手を伸ばした。


 アリス…


 次の瞬間、彼女の父親の体から、首が()ぎ取られた。

 紅い騎士の機動兵装は、その大剣を使うことなく、両手で胴から首を引き剥がしたのだ。血が噴き出し、捥がれた頭からは中途半端に断ち切られた骨や脊椎が垂れ下がっている。

 世界が可笑しくなった。景色が歪み、思考が停止し始める。

(何も考えられない…何も考えたくない…)


 アリスっ…


 誰かに名前を呼ばれた気がした。呼ばれている。彼女を呼ぶ声は遠いようで、近い…





『おい、アリスっ!』

 体を揺さ振られ、朦朧とした意識が確立されて行く。気が付くと、目の前は真っ暗だった。(まばた)きをしても視界に変化はなく、相変わらず真っ暗闇なままだ。

「…痛い…」

『大丈夫か?』

 右隣から声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。しかし、まだ意識が朦朧とするせいか、誰の声か認識出来ない。

『とにかく、このヘルメットを外すぞ。目は瞑っておけ』

 言われるがままに、(まぶた)を閉じる。言葉の数秒後、強引に頭部のヘルメットが()じ開けられる音が聞こえた。仰向けで倒れていたため、顔に細かな破片が降り注ぐのを感じた。

 直後、冷気が頬を刺し、痛みが頭を駆け巡る。

 顔を(しか)めた彼女がゆっくりと目を開けると、一機の機動兵装が傍に座っているのが見えた。左の視界が赤く染まっている。試しに左手で触れようとしたが、左腕が重くて動かない。代わりに右手で触れると、べっとりと赤黒い血が付着していた。額が切れて出血しているようだ。先程の爆発のせいだろう。

(私…生きてる…)

 ぼやけていた視界も段々と定まって来た。そして、傍に座っている機動兵装が大久保だと分かる。

『額の出血が凄いみたいだが、大丈夫か?』

「っ…大丈夫よ…私、どれくらい気を失ってたの?」

『三十秒ちょっとだ。そんなに時間は経ってない』

 爆発で気を失ったアリスを、駆け付けた大久保が丘の起伏まで運んでくれたようだ。

 爆発のせいでヘルメットの一部が破損し、もう機能しないようだ。

「でも、何で大久保がここにいるの?先に大間基地へ戻ったはずじゃ…」

『明弘と中島一等兵だけで行ってもらった。お前が戦っているのに、のこのこと帰れる訳ねぇだろ!』

「馬鹿なの?あんたがいても足手纏いだって…」

『足手纏い?笑わせんな。誰がお前を助けたと思ってるんだよ。それに、左手でも銃は撃てるからな…ああ、舞香ちゃん?アリスは大丈夫みたいだ。頭からの出血が酷いみたいだけど…』

 大久保は梶先と連絡を取っているようだが、通信機能も駄目になったアリスの機体では何も聞こえなかった。

(舞香ちゃん、って…いつの間にそんな親しく?)

「…!隊長は?」

 慌てて丘の起伏から顔を覗かせたアリスは、雪原を見渡す。遠くで爆発が起こっているのが見えた。まだ戦っている。しかし、距離が遠いために、機動兵装の機能なしでは何が起こっているのか見えない。

『アリス、まだ戦えるか?』

「あんたにアリスって呼ばれたくない。左目と左腕が使えない。スコープ覗くのは右目だから関係ないけど、片手を使えないのは…銃は特に破損も見当たらないけど…爆発のせいで、ディスプレイが…」

『お前、電子脳の射撃補助なしでも射撃出来るだろ?』

「確かに出来るけど、この距離は…いつもはスコープの倍率に加えて、機動兵装のカメラをズームして狙っているから…私の目とスコープだけじゃ、この距離での正確な射撃は難しい…」

 一番高い倍率にしたとしても、敵の姿を捉える程度で、精密射撃など不可能だ。

『なら、俺の目を使えばいいだろ』

 アリスは耳を疑った。

「は?何言って…」

『荒技になるが、俺の機体のカメラとお前の目をリンクさせれば…』

「馬鹿なの?そんなことして、私の脳が保つ訳…」

『俺もその負担は背負う。半分にすれば良い。とにかく時間がないんだ。隊長は今、圧され気味でいつまで保つか分からない。あのコンテナ付きをどうにかするだけで、戦況は大きく変わるはずだ』

 彼は覚悟を決めていた。

 確かに、あのコンテナ付きの機動兵装を倒せば、大きく戦況は変わる。第二次奪還作戦の増援部隊が来ても、コンテナ付きの機動兵装がいなければ…恐らく、数で勝てる。

「やるしかないみたいね」

 アリスの顔を見て、大久保は頷いた。

『大丈夫!俺とアリスなら出来る!』

「だから、呼び捨てにしないで。気持ち悪い」

 アリスは大久保が左手首から伸ばしたコードを受け取り、彼女と機動兵装を繋ぐ首背面、接続用コードを隠している装甲の蓋を開ける。その中にある接続口へと繋いだ。

『データを送るぞ』

 直後、大久保の機動兵装から流れて来た情報が、アリスの脳を絞め付ける。右目の視界情報だけなのに、凄まじい頭痛と右目を圧迫するような感覚が彼女を襲った。

 視界がぼやけ、次の瞬間に切り替わる。気が付けば、自分の姿が目に映っていた。

 痛みに耐えつつ、アリスは一九径式狙撃銃の銃口を、コンテナ付きがいるはずの方角へと向ける。大久保は一九径式狙撃銃の腹に左手を添えると、膝を地面に着け、スコープを右目で覗き込む。

 アリスの右目にはスコープの先の景色が映っていた。左目を閉じる。

「左腕はそのまま固定して、手首だけを柔軟にして…」

 大久保の背中に寄り添い、右手の人差し指を引き金にかける。大久保の左手首を支点に調整を行う。電子脳からの射撃補助はないため、自分の感覚に頼るしかない。

 右目が沸騰しそうだった。熱い。痛みで頭の中が掻き混ぜられているかのようだ。

 訓練学校で習った話では、脳と直接リンクすると、本来は発狂する程に苦しいと聞いていた。しかし、大久保と負担を分けているおかげか、激痛で済んでいる。

 右手で調整したことにより、スコープの中心にコンテナ付きの機動兵装が映った。

「大久保、カメラをズームして…」

 徐々に敵の姿が拡大されると同時に、痛みはその激しさを増して行く。

「っぁ…撃つタイミングで声かけるから、そしたら左手首は固定して」

『分かったから…出来るだけ…早く済ませてくれ…』

(こっちだって辛いのよ…)

 目から出血しているのでは、と疑う程に目の感覚が可笑しくなっている。現に鼻血が垂れている。

 コンテナ付き機動兵装は、アリスの知っている機動兵装の中でもずば抜けて装甲が硬く、それを貫くことは困難だ。加えて、曲線構造のせいで弾丸は後方へと流される。後ろのコンテナは機体の装甲と同程度、またはそれ以上に硬い。

(観察しろ…奴の目となるカメラは?いや、曲線構造が…ひびの入った腹部の装甲は?あと数発撃って貫くより先に反撃される…コンテナも同じ…弱点…奴の装甲の弱点…穴となる場所…)

「くそ、どこをねらえばいいのよ?装甲は駄目だし…」

『なあ、アリス』

「何?」

『これ、訓練と似たシチュエーションじゃないか?』

「はぁ?………あっ!」

 アリスはニヤリと笑みを浮かべた。

「そう言うこと…」

『おう!やっちまえ!』

「うるさい!動かないで!」

 急ぎ微調整を済ませたアリスは大久保に声をかける。

「撃つよ!」

 電子脳による射撃補助がないため、自分の経験による射撃感覚へ頼るしかないが、仕方ない。

 息を止め、タイミングを計る。

(二…一…今!)

 人差し指を引き絞った。

 銃口を飛び出した弾丸は重力に引かれつつ、二度目の加速を経て、アリスが狙った的へと進む。

 的_弱点の穴、であるコンテナ付きの肩…そのミサイルハッチへと。

 肩のハッチは小型ミサイルを撃ち出す際、文字通り穴となる。どんなに厚い装甲で覆って、構造を工夫したところで、撃ち出す際には必ず小型ミサイルが通る道を作らなければならない。

 それに、小型ミサイルも連続して何発でも撃てる訳ではないことが、先程からの観察で把握していた。全弾撃ち切って、後ろのコンテナから再装填するまでに最短で五秒。標的をスポットするため、頭部のカメラが動いている時間は六秒と見た。それを考慮すれば、弾丸の着弾とミサイルハッチが開くタイミングを合わせることは難しくない。

 あとは狙い通りの場所に着弾するかどうか…

 弾丸は飛んで行く。予想通りのタイミングでハッチが開いた。

 しかし、


「なっ…!」

『外れたか!』

 ほんの少し左にずれた。弾丸は強固な装甲に弾かれる。

『次だ!』

「言われなくても!」

 コンテナ付き機動兵装がこちらを向くのと、一九径式狙撃銃から使い捨ての薬莢が吐き出されたのは同時だった。

 もしアリスが一人だったら、ここでパニックになっていたかもしれない。

 しかし、アリスにとっては非常に腹立たしいことだが、今は彼女を支える者が居る。

 誤差を修正するため、大久保に左手首を動かすよう言おうとしたが、彼は言われるよりも先に行動していた。一九径式狙撃銃を支える手首は、既に柔軟になっていた。

大久保(こいつ)ってこんなに頼れた奴だったっけ?)

 即座に修正を終えたアリスは引き金を引く。一発目を撃ってから二発目を撃つまでに三秒。弾着まで二秒足らず。

 風を切った鋼鉄の牙は、ハッチから飛び出ようとした小型ミサイルの初弾をその場に射止めた。


 直後、爆炎が空高く舞い上がった。


 いくら外部からの攻撃に強くても、内部からの圧迫には耐えられなかったようだ。射止めた小型ミサイルの爆発が新たな爆発を生み、コンテナを伝って誘爆の連鎖が起こった。機体だけでなく、後ろのコンテナも強固な壁面が膨らみ、粉々に爆散した。

 爆風に流され、周囲へと飛び散った破片は、コンテナ付き機動兵装を囲んでいた取り巻き達に襲い掛かる。それは銃弾よりも恐ろしい威力で、彼らの装甲に穴を穿つ。

『凄ぇ…』

 そう呟いた大久保は、高く高く昇る黒煙を見詰めていた。

「これで…大久保、早くリンクを解除して。頭痛くて…ぇ…?」

 突然、全身の力が抜け、アリスは崩れ落ちた。大久保の呼びかける声が遠くから聞こえる。意識は暗い底へと沈んで行くのを感じた。

 彼女は重たいその瞼を閉じた。





 何の合図もなしに突然、百メートル先で起こった爆発。その爆風によって巻き上げられた雪が、白い波として押し寄せる。

 手に持つ刀を地面に深々と突き刺す。

 直後、一瞬で視界が真っ白に染まった。体が後ろへと押し流されそうになる。思いの外、波の勢いが強い。右手だけでは耐えられない。サブマシンガンを手放し、両手で刀の柄を握る。

 波が通り過ぎ、視界が晴れたのはそれからしばらくしてのことだった。

「まったく…やってくれるな、あの二人」

 爆発源の周囲は雪が蒸発し、地面は(えぐ)られている。先程の爆発によって、敵の機動兵装もその数を十三機から五機へと減らした。

『隊長!アリスが倒れて、その、あの…』

「落ち着け。その場で待機しておけ。舞香、大間基地の連中に二人を拾うよう頼んでくれ」

『了解!任せといて!』

 大久保はかなり慌てているようだが、視界に表示された佐郷の健康状態を示すデータに目を通しても、ただ気を失っているだけだと分かる。時間も《03:00:00》を切っている。あと十分もしない内に援軍と救助が来るはずだ。

(それにしても、どうしてこんなにも似るのかな…やっぱり親子だからかな…)

 アリスを見ていると、道元を思い出す。無茶をするところなど、本当にそっくりだった。

 大久保の働きに関しては、予想以上で期待以上だった。命令無視は大いに結構。神河原自身も人のことを言えた義理ではないし、今回は大いに助けられた。

 神河原一人でこの状況を打開するのは難しかっただろう。しかし、厄介なコンテナ付きがいなくなった今、上を気にしなくても良い分の余裕が彼に出来た。生き残った敵機動兵装達もこの展開に混乱している。畳み掛けるなら今、そう判断した神河原は動き出す。

 地面に突き刺した刀を抜き取ると、体を前傾姿勢にして駆ける。元より走る速度を重視した設計の機体であるため、簡単に時速六十キロまで到達する。踏みしめた雪を蹴り、前へと進む。彼の後ろには舞った雪がマフラーのように尾を引いていた。

 敵も神河原の動きに気が付き、銃口を彼へと向ける。マズルフラッシュが瞬く。それと同時に、真っ赤な線が視界に表示される。

 《弾道予測線》

 表示された十数本もの線の内、神河原に直撃する線は五本。右目に一発、右肩に一発、腹部に二発、そして左膝に一発。

 足を止めることなく、右手に握った刀を前に突き出すようにして構える。身を捻り、右肩へと向かう弾道から逃れる。加えて首を捻ると、右目へと直撃するはずだった弾丸が顔の横を通り過ぎた。

 腹部と左膝へと向かう三発の弾丸に対し、突き出した刀を振るう。撫でるように弾丸の横腹に触れ、手首を動かしてその軌道を変える。火花と共に、三発の弾丸は直撃コースから逸れた。

 一つの波を乗り切っている間にも、弾道予測線はその数を増す。しかし、この程度の数は彼にとって楽に(さば)ける量だった。

 既に一番近い敵との距離は二十メートルを切った。敵も焦りが行動に表れ始めた。しかし、敢えて一番近い敵の周りを右回りに移動する。

 五機の機動兵装は追いかけるように弾丸をばら撒く。足を止めようと、必死になっている。

 焦りは一点への集中と引き換えに、周囲への注意を散漫にしてしまう。

 陣形を組むことを忘れた敵機動兵装達は、点々と位置する仲間を考えていなかった。そのため、標的を追って銃口を動かせば…

 突如、銃声の数が減った。

 敵同士、射線が重なったことで同士討ちの安全装置(セーフティー)が発動し、引き金にロックが掛かったのだ。弾道予測線の数が急激に減ったことで相手との間に空白が出来る。

 神河原はこの隙を逃さない。

 周囲を回るように動いていた神河原は、このタイミングで一気に近い敵機動兵装へと距離を詰めた。一瞬で間合いを詰めた神河原に対し、敵は反撃することすら出来なかった。

 その顔面に刀を突き刺す。刃は装甲をいとも容易く貫く。上へと跳ね上げるように刀を振り、その頭部を割った。血と脳の断片が噴き出し、骨の破片が雪に混じって宙を舞った。

 力が抜け、その場に倒れかけた敵の機体を掴むと、盾代わりに自身の体をその陰に隠す。

 死体の脇の隙間から覗きつつ、次に近い敵へと突進する。敵機動兵装の強固な装甲は、頑丈な盾として機能した。死体の装甲が弾丸を弾く。

 敵は銃を諦め、腰から鉈にも似た短刀を手に取る。あと数歩で相手と接触する、と言う所で神河原は死体を敵に向かって投げ飛ばした。敵は咄嗟(とっさ)に片腕で死体を受け止める。

 そのタイミングを狙って、刀で死体を貫く。刃は死体を貫通し、受け止めた敵の右胸部に深々と突き刺さった。呻き声を上げる敵の反撃を待つことなく刀を捻り、刃を横に倒すと右へと流した。

 刃は肺を切り裂き、心臓をも巻き込んで左脇から抜けた。絶命するまでにそれ程時間は掛からないだろう。

「残り三機…」

 常に振動し続ける刀に血が纏わり付くことなく、刃は光を反射して輝いている。両手で柄を握り、腰を落として構えるだけで、敵は震え上がった。

 息を吐き、無呼吸の状態で十メートルの距離を駆けて、敵の首を刎ねる。雪に血が撒き散らされ、周囲は赤く染まった。

 戦意喪失状態になりつつある敵を前に、神河原の耳へ凄まじい怒号が響いた。音源の方角へと目を向けると、函館基地の奥に見える山の斜面に雪崩…ではなく、雪を巻き上げながら滑り降りる機動兵装が見えた。

 北ルセニア連邦の増援だ。

 数は三十程。距離はまだあるが、神河原が居る場所に辿り着くまでそれ程時間は掛からないだろう。

(一度退くべきか…)

 そう思い、飛び掛かって来た二機の生き残り達の胴を切り裂くと、後ろを振り返る。

 しかし、神河原は後退しなかった。

 なぜなら…

『よくやった、零隊。ここからは第二次奪還作戦部隊が引き継ぐ!』

 彼の後方、大間基地の方角から、日本防衛軍の増援が雪原へと雪崩れ込んでいた。その数は百以上。

 ミサイル兵器であるコンテナ付きがいない今、数で勝る日本防衛軍が圧倒的に有利だった。

「…ふぅ」

 神河原は大きく息を吐いた。五年振りの戦場…相手との命を()り取りするこの緊張感に、彼は心身共に削られていた。

 それでも彼は笑う。仲間の期待に応える責任感よりも、仲間と戦える嬉しさが彼の背中を押していた。

 もう一度、右手の刀を握り直す。

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