鋭い牙
「…お前、自分が何者だったか知ってるか」
「え…」
そんなこと言われても、俺が知っているはずもなかった。
「知りません…自分が何歳なのかとかも」
「お前は18歳だった。ちょうど学年が上がってすぐ、か」
男の冷たい言葉が俺に突き刺さる。そんなに若かったんだ、俺。
「ここは最果ての森。死人の魂が集う場所」
「最果ての森…」
「そう。この森を管理しているのが主様…さっきのお人だ」
あの人がここを管理している…?優しそうな人という印象しかなかったけど、そんなに偉い人なのだろうか。
「何者なんですか、主様って」
「何って…」
男は俺を眺めるように見た。
「ヒグレで言う死神だよ、主様は。ついでに言っておくと俺は悪魔だ」
…死神?悪魔?
じゃあここって地獄ってことになる。俺は現世でそんなに悪いことをしたのだろうか。
「勘違いするな。ここは地獄ではないし、主様が死神だというのも合っているわけじゃない。ただヒグレのやつらに分かるように言ってるだけだ」
ヒグレ…現世のこと?変な名称だ。俺は溜息をついた。これから先、あまりいい待遇を受けないことぐらいこっちにも分かる。
「俺はどうなるんですか」
悪魔はあっさりと答えた。
「そうだな、存在自体が消えるか神器になるか、だろう」
究極の選択に思えるんだけど…。
「存在が消える…ですか…」
「ああ」
それはいくらなんでも嫌だった。いくら地獄でも、行き続けたいと思うのが人間の性らしい。死ぬことへの恐怖が俺を包む。
「それか、神器になって俺や主様に仕えるかだな。ただ年齢や精神状態によって厳しく取り締められるから、ほとんどの死人は消える」
「神器って武器になったりすること、ですよね。俺はその…なれますか」
「さあ?」
俺の運命はほぼ0パーセント消える方向だ。膝の力が抜けて、思わずそこにしゃがみこむ。
その時だった。
「おいっ!しゃがみこむな、危ないぞ!!」
急に男が丘の上から怒鳴る。危ない?どういうことだ…。体を硬直させていると、微かにだが声が聞こえてきた。
「…ォィデ。ゴゴッ…ォィデ」
顔を上げると、目の前が真っ暗だった。いや、違う。黒い生物に周りを囲まれていたのだ。
黒い塊は二本の手や赤い目と髪以外、生物ではないような形だった。スライムのように伸びたり縮んだりしながら、いくつもの黒い塊が俺の周りを隙間なく囲む。
やがて固まりは背を伸ばし、空までも見えなくさせようとする。グニョグニョと手が俺のほうに伸びてきた。
目の前にまで迫ったとき、
体のいろいろな部分がなくなったような感じだ。俺が手も足もないほかの物体に生まれ変わったような気分。ただあるのは鋭く長い牙だけ。その牙は、どんなものでも切り刻んでしまう―
「…今すぐ散れ。今回は見逃してやる」
さっきまでいたはずの場所に俺はいない。いたのは黒い塊だけだ。
キキッと言いながら無数に散らばっていく。
「食われたか…」
男はそう呟きながら、さっきまで俺がいた場所に近づいた。
そこには、
「俺の…手?」
紫色に変色した俺の手があった。