1-1 日常
――地球から見える宇宙は、全体の四パーセントに過ぎないと言う。
「結局、完徹か……」
外でセミがせわしなく鳴いている最中、少年はベッドに顔を埋もれさせてうな垂れていた。
時計のほうに目をやると、液晶には【2019/7/10 AM 7:55】と表示されている。前回確認したのが【2019/7/10 AM 0:10】だったのだから、昨夜から一睡もしていないことになる。
――同様に。俺の知る町は、その町のほんの一部にしか過ぎないのかも知れない。
「何とかできたけど、もう限界。寝よ寝よ」
机の上には、大量の焦げ茶色の木屑とカッターやヤスリ等の工具が散らばっていた。それらの上に、大きな塊が一つ。
一見すると、人間の足のような形状をしていたが、長さは数十センチ程度しかなく、あまり太くもなかった。
それの製作者は、ベッドに大の字になって右へ左へ寝返りを打っている。しかし、陽の光がカーテン越しに伝わってきて、眩しいことこの上ない。日当たりは良好だが、今はむしろ裏目に出た感じだ。
「体重を支えられる軽量な素材が見当たらないなぁ……。見合いそうなものは軒並み高いし。それに、膝の関節は動かしようがないよな……」
ベッドでぶつくさと『試作品』の確認をするうちに、腹の虫が鳴いていた。
「……ま、夜通しだし」
なんとか上体を起こし、ずるずると動いていき、ドアを開けた。
リビングに行くと、ソファーを先客が独占していた。
「あ、おはよーさん風理。クマすごいけどよく眠れた?」
「おはよ、そー姉。クマがすごいんなら快眠はできてないと思うんだけど」
そー姉――本名は奏子そうこという――と呼ばれた女性は、ソファーに横になって、テレビを見ていた。一見すると自堕落に感じられるが、特に太っているわけでもなく、至って健康だった。
奏子はキッチンの方からチン、という音を聞くと、すたすたと向かっていった。
「丁度焼けたし、朝食にしよっか」
運ばれてくる皿の上には、食パンが乗っていた。こんがり焼けていて、いい香りがリビングを包み込む。
二人は席に着くと、手を合わせてから思い思いの調味料をかけ、食パンにかじりついた。
「そーいえば昨日は遅くまで何してたの? 明かりついていたけど」
「……試作品。の試作品」
奏子の問いに急に顔色を変えた風理を見やって、奏子もまた顔色を変えた。しかし、風理は思いつめた顔に対し、奏子はなだめるような顔だ。
「あと少し、あと少しなんだよ。義足くらい、自分で作ってやる。足さえ戻ってくれば、またできる……」
パンをかじりながら、虚ろな目で話す。それが奏子に向けて話されたのかさえ、疑わしくなるほどだった。
それでも奏子は、大切な――双方の足を半端に失った弟を慈しんだ。
「でも、いくら膝下とはいえ、義足なんて作れるの? 車椅子よりは自由そうだけど……。難しいんだよね、やっぱ」
会話の合間に、カリッとパンをかじる音が挟まれる。だんだんかじる音ばかりが聞こえるようになり、互いに喋ることなくパンを食べ終えていた。
その沈黙を打ち破ろうと、奏子が話題を切り出す。
「あっ、もうこんな時間だった。ほら、病院行くから準備して」
「せっかくの夏休みなのになー」
「いいから支度をする」
ふてくされる弟を見やると、奏子は自室へと向かった。
風理もそれに倣い、先ほどまでいた部屋に戻っていった。