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第四章・残り火

逍遙は、辺りを見回して眉間に小さくシワをつくった。

大きく削られて倒れた電柱に、爪らしきもので抉られたコンクリの地面。そして点々と落ちている小さい肉片。

「・・・歩きながら食べるなんて、マナーがなっていないようですね。」

それらは、まるで足跡の様に商店街の奥に続いていた。

「・・・・。」

不機嫌そうに腰に手をあてる逍遙。その後ろで、菷佐は気まずそうに口をつぐんでいた。

すると、逍遙がギロリと菷佐を振り返った。

菷佐の肩がギクリと震える。

「・・・・菷佐。」

「・・・・・・・・・・・・は、はい。」

「・・・僕が何を言いたいのか、解ってますね?」

「・・・・・・・・・。」

「返事を。」

「はイ。」

「今回の任務。お前がミスさえしなければ、無かった任務です。」

「・・・・・・。」

「しかも、下手に傷つけられたせいで、ターゲットは暴れ狂って共食いまでする始末。」

「・・・はい。」

「しかも、ミスの理由。『木々が語りかけてきた』?ふざけてるんですか?木は喋りませんし仮に喋っていたとして人間にそれを聞き取る力はありませんだいたい木よりも任務を完遂する事の方が大事に決まってるでしょうそんな事も解らないんですかいやお前はアホですが馬鹿ではなかったはずですねおかしいですねなのに何故最優先事項を間違えたんでしょうねお前ここ数日中に頭打ちましたかそれとも拾い食いでもしましたかということはやっぱりアホで馬鹿だったんですか薄々気づいてはいましたがまさかとは思っていたんですよああ悲しい我が隊はただでさえあの情報屋メルカトーラーのせいで変なものを見る目で見られているのにお前までいや流石にあいつと同列という事はないですがああああなんて事だあ!!!!!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・。」

逍遙は、一気にそれだけ言い切ると、膝を折って両の拳を地面に叩きつけた。

菷佐は、その光景をただ唖然と呆然と見ていた。

「・・・あの、逍遙副隊長?」

「なんです。」

「副隊長はとことんエウラが嫌いですね?」

「何を当然の事を。」

「・・・・。」

菷佐は、その返答に半ば呆れたように心の中で溜め息をついた。

「菷佐。」

「は、はい?」

その時声をかけられて、菷佐は一瞬固まりかけた。

説教の続きか、それとも心の中で馬鹿にしたのがバレたのかと思ったが。

「梓の武器、いつもとは少し違ったようですが。」

「え?ああー・・。なんか、ちょっと物足りないとか言ってましたからね、前。新しくしたのでしょう。」

「・・・・・。」

すると、逍遙は何かを考え込む様に沈黙した。

「・・・・副隊長。何か思ったなら言ってください。」

菷佐が言った。逍遙が瞳を菷佐に向けるが、今回はたじろいだりしなかった。

「逍遙副隊長の、嫌な予感『のみ』はよく当たるのですから。」

「・・・・・・・。」

逍遙の目が少しだけ驚きに見開かれた。

そして、ふと口元を歪める。

菷佐は、それにただ嬉しそうに笑って返した。

「菷佐。先程の言葉撤回します。」

「あれ本気だったのですか?!」

「まさか。半分冗談です。」




悪霊の弱点。それは人間の血液だ。

奴等は人間を喰らうが、胃以外の場所から人間の血液を体に入れた場合、

強烈な拒絶反応を起こしてその部位が吹き飛ぶ。

だから、SIFAD隊員の持つ武器は紅く、銃弾の中も紅い。



「・・・・・。」

梓は、ハンマーの片割れを手に持ってそれをじっと見つめていた。

それから、あちこちを見て、片手でヒュンヒュン振り回したりして、腰に戻した。

「梓。」

「日向・・。どうした?なんか見つかったか?」

「いや。何も。エウラが高い所から探すってさ。」

日向が観覧車を指差した。

梓が目をやると、頂点てっぺんから三番目の右側のゴンドラの屋根に、紅い髪の人間が立っているのが見えた。

「・・・ゴンドラを伝って飛び乗ったのか。」

「ねえ梓。エウラってさあ、梓と同い年(・ ・ ・)なんだよね?」

「言うなよ・・・そういうの気にしなくても惨めになってくるから・・。」

「・・・・・・っていうか・・、あいつ十数秒で登ってったんだけど。」

「マジか。」

それを聞いて、梓は更に溜め息をついた。

改めて二人がエウラに目をやると、エウラは遠くを眺めてキョロキョロしていた。

「落ちないかなー。」

「・・・・日向?」

「冗談だよ。ただ、落ちたらどうすんだろと思って。」

「(ぜってえ嘘だ・・・。)・・・・、落ちないだろあいつは。落ちても余裕で着地すると思うぞ。」

「そうなんだよね。エウラって運動神経が半端ないし。他の隊の情報屋メルカトーラーはあんなでもないのに。」

「俺等が当たりクジ引いたって事だろ。」

「変人だけどね。」

二人の会話が終わると、梓はエウラに向かって声をかけようとして、止めた。

エウラが、指で二人の背後を指差していた。

「梓、日向、来るぞ!」

二人がバッと後ろを振り向く。しかしそこには何も居らず、二人の思考が単一で共通になった時、エウラが観覧車を降り、 二人に追加の指示を出した。

「二人共、避けろ!!」

その言葉を耳にして、二人は何をすべきなのかをはっきりと理解した。

梓と日向に影がかかり、その瞬間二人は全力で後ろに跳んだ。

その直後だった。

猿の様な両手が、今二人がいた場所に激しく叩きつけられた。

その両手の大きさは一メートル強。

「・・・・!日向!」

梓は、呼びかけながらすぐに顔を上げた。

梓の目が捉えたのは、猿の様な両足に、鳥の体と翼を持った、すごく大きな目玉の悪霊ばけものの姿だった。

「――――――――――――――・・・は、ぁ?」

その時、梓はただ呆然としていた。

頭の中が変な風に落ち着いていて、ボウッとしていた。

梓の隣に立つ日向もそんな風に呆けた顔をしていた。

二人は、不思議で仕方なかったのだ。

初めて見る、骸骨頭(・ ・ ・)二メートル半の化け物が。

「梓、日向!何してるんだい!」

悪霊が片手を静かに動かして、梓を掴もうとした。

その時、後方から響いたエウラの声に二人の意識が揺り起こされる。

梓は素早く一歩後退すると、一対のハンマーに手かけ、反動をつけて前進して悪霊の片手に降り下ろした。

ハンマーの先端がそのままめり込み、ハンマーの表面をコーティングしている血液が、付着した悪霊の血肉を吹き飛ばす。

「・・・・ッ!」

悪霊が叫びながら傷ついた片手を振り上げた。

そして降り下ろされるそれをかわしながら、梓はエウラと日向の隣に後退した。

「日向・・、隊長と副隊長に連絡してくれ。あれがターゲットだ。調査班の報告書にあった情報と一致している。」

「わかった。」

そう頷いて、日向は耳の通信機に手をあてる。

「エウラ、あいつは空を飛んできたのか?」

日向が喋りだしたのを横目に、梓はエウラに言った。

「そうさ。結構な高度を飛んでいたから誰も気づけなかったんだねえ。」

「・・・そういや、報告書にも書いてあったっけな。けど骸骨頭の報告は無かったぞ。あと、接触するなって隊長に言われた気がするんだけどよ。」

「確かに無かったね。でも、頭部以外を見ればこいつがターゲットな事には変わらない、と私は思うよ。あと、その点については仕方ないだろう。向こうから接触してきたんだ。こいつから逃げられるとはあまり思えない。できないことじゃないかもしれないけれどね。ちなみに、ターゲットは適当にモンキーバードで。」

「適当すぎだろ!?」

その時、モンキーバードが雄叫びを上げた。

威嚇にか両の翼を羽ばたかせる。

「報告完了!隊長達が直に来る!」

「さあ、始めようか♪」

「余裕だなおい。」

「そんな事は無いけどね。

・・・・・・・・だって、」

すると、エウラは人差し指でモンキーバードを指差した。

そこで二人はハッとする。

モンキーバードは、いつのまにか突進の体制をとっていた。

「あれは少し死ぬでしょ。」

どこまでも楽しそうに、エウラが呟いた直後。

モンキーバードが一際大きく翼を羽ばたかせ、その翼が風を巻き起こすのと同時に地を蹴った。

「ッ!!!」

瞬間。

真横に跳んだ二人の横を、弾丸の様なスピードのモンキーバードが突き抜けていった。

「うっ・・・おおっ!!」

梓の体がゴロゴロとアスファルトを転がり、そこからなんとか体勢を整える。

モンキーバードが通りすぎて行った後の地面は大きく抉りとられていた。

梓の頬を冷や汗が伝った。確かに、即死とまではいかなくともこれは死ぬかもしれない。

「っ!エウラは!」

梓の目は反射的に上に向いていた。共に長く任務にあたってきた勘だった。

案の定エウラは上空に跳んでいて、モンキーバードに目を戻すと、早くも二度目の突進姿勢に入っていた。

自分か日向か。そう考えた梓だったが、モンキーバードの目は空中のエウラを見ていた。

梓が叫ぶ間もなくモンキーバードが空中に跳ぶ。

「遅いなぁ。」

しかしエウラは慌てることもせず、突っ込んできたモンキーバードの顔に手あてると、そのまま体を捻って回転し、モンキーバードの攻撃をかわした。

相変わらずな身体能力だと今さらながらに思い、一秒にも満たないその攻防に目を奪われながら、梓はモンキーバードの着地予想地点に走る。

走りながらハンマーの一本を戻して腰の銃を抜き二発放つ、が当たらない。

梓は舌打ちをすると、ハンマーを両手で握り一気に駆ける。モンキーバードが着地し、梓はその背中に飛びかかってハンマーを叩きつけた。

予想外のダメージにモンキーバードが身をよじる。

梓はバランスを崩して背中から飛び降りるが、ただでは降りない。再び銃を抜き、飛び降り様に二発打ち込んだ。

「ボオオオオオオオオオオオ!!!」

梓が心の中でガッツポーズを決めたその時、

モンキーバードが憤怒の叫びと共に振り返った。

同時に、風を巻き込む裏拳が梓に襲いかかった。

「がっ!?」

「急ぎすぎ梓!」

梓がコンクリの地面に叩きつけられて、しかしその隙を逃すまいと日向が双剣を手にモンキーバードの死角に入り剣劇を繰り広げる。

それを、エウラは着地したそのままの場所でじっと見ていた。

二人はその行為の意味を理解している。

情報屋メルカトーラーというのは、何も最初からその悪霊の核の位置を把握しているというわけでは無い。そもそも、悪霊というのは変身してしまえば核が何処に何個あるかというのが全く異なるのだ。

素人が核が何処にあるのかを発見するには、その体を隅々まで解剖するか、手当たり次第に破壊するしかない。

しかし情報屋は、それを、悪霊が核を庇おうとする僅かな反応から見つけるのだ。

だからそれまで、梓達SIFAD隊員は悪霊の至る所に攻撃を仕掛けなければならない。

一見するとかなり気の長い作業に見えるかもしれないが、情報屋が現れる前は、もっと悲惨・ ・だったのを、梓は知っている。

「・・・・・・。」

日向がモンキーバードの手に弾かれる。

日向は空中で体を捻ると、トイレの屋根に着地し、伸ばされた腕に飛び乗って駆け双剣でモンキーバードの首を狙う。

しかし、モンキーバードは紙一重という所でそれを避けた。

「・・・・。」

「くっ!」

日向が大して大きくもないその肩から飛び降りると、

「はっ!」

すかさず足下に入り込んでいた梓のハンマーが脛を叩いた。

脛が破裂し、モンキーバードがバランスを崩す。梓はそのまま更に回り込んで、アキレス腱に一対を食らわせる。

「日向!首を狙え!!」

エウラが叫んだ。その言葉が確信に満ちているのに梓は気づいた。

「よし!!」

膝をついたモンキーバードの首に向かって、勢いづいた日向の双剣が襲いかかった。

回避しようとモンキーバードが身をよじるが、間に合わない。

モンキーバードの骸骨頭が宙を舞った――――。

やがて、血を撒き散らしながら体が倒れ、首が地に落ちる。

梓がその断面を覗くと、人間なら食道があるであろう場所に何か赤黒い塊があったのを発見した。

核だ。

核は、大きさも位置もバラバラだが、色だけは全ての悪霊に共通している。

「ああ、お仕舞いかぁ。・・だけど(・ ・ ・)・・・。」

呆気ない・・。

そんなはずはないのだが、そう思える程に、あっという間にかたがついた。ターゲットは撃破された。

梓はふと思い、笑う。

この第一部隊は、強い、と。

ここまで強いのは――誰も言わないが――エウラという優秀な情報屋の存在が大きいのだが、核を見つけて、こんなに速くターゲットを仕留められる部隊は、そういないだろう。

塊は脈打って、次の瞬間梓のハンマーに潰された。

鮮血が溢れて、梓の胸に達成感が湧く。

それは優越感でもあった。隊長達が来る前に、三人でターゲットを倒してしまった。

強い。この部隊は、強い。

―――――――――・・・だが、と梓は心の中で呟いた。

そんなに強くない奴が、一人いる。

「・・・・・・・。」

燃えきった火が急速に消えていくようだった。

この部隊は強くとも、梓自身が強いわけではないのだと、思い出したのだ。

いや、実際梓は強い。だが、隣に立つ日向は天才で、エウラも天才だ。

そんな環境が、梓に錯覚をおこさせる。

梓は、それを解っていながら、そんな自分を否定しようとする自分を肯定し、否定し、心に残った消えない燃えカスを、必死に消そうとした。

梓の目が、ふと転がったモンキーバードの大きな目と合う。

その目には、もう生気は無い。

梓は、また笑った。

ごめん、と呟かれた言葉は、二人には聞こえなかった。




桐島は、日向からの連絡を受けて慧佑と共に観覧車を目印に走っていた。

遊園地の入り口はもうすぐそこで、遠くに梓達の姿が見えた。

その近くに転がる悪霊の死骸も。

「なんだ、あいつらもう倒したのか。仕事ねぇー。つーか、あーんなに接触すんなって言ったのに・・。」

桐島はそう言いながらも、口元には笑みが浮かんでいる。

「はあーまじかよ!?俺の出番ねえよ!?」

「いーじゃねーか慧佑。今度の任務で今日の分の出番も確保すれば。」

「そっか!!」

慧佑が大きく頷く。

桐島は慧佑の将来に軽く不安を覚えつつ、梓達に声をかける。

「・・・。おーい、あず・・・・。」

しかし、そこで桐島の声は途絶えた。

そしてすぐに、スピードをあげる。

「梓!!日向!!エウラ!!後ろだっっ!!」

叫んだ声は三人に届いたらしかった。三人は振り返り、そして、




そして、梓達は気づいた。翼を広げ立っている、頭の生えかけたモンキーバードに。

「だから言ったんだ・・・!!」

「なっ・・・!?」

日向が驚愕の表情を浮かべる。

梓には、目の前の光景以前に二人の会話の意味がわからなかった。

ボーッとしていた為に、二人のこれまでの会話が耳に入っていなかったのだ。

そしてその為に、行動も遅れた。

「―――――ッ、?梓?!」

エウラ達が後退した瞬間、梓の足は地面から離れていた。

それが、モンキーバードによって持ち上げられたのだと、気づいた時には遅かった。

モンキーバードが、六メートルにもなる翼を羽ばたかせ飛び上がったのだ。

「梓!!」

「ッ~~~?!」

どんどん高度が上がっていく。そしてある程度まで上がると、梓の意識は、衝撃に沈んで行った。




「梓ぁ!」

エウラは、モンキーバードより少し速く地上を駆けていた。

モンキーバードは、観覧車の二メートル上を飛んでいる。エウラはそれを好機と見た。

観覧車のゴンドラを跳び、一番上のゴンドラにのって、モンキーバードが通過するその時を狙って飛びかかった。

しかし。

「!」

モンキーバードの手がエウラに迫る。腰に隠した刃でその手を切り落とそうとしたエウラだったが、その手に梓が握られているのを見て気をとられた。

エウラの体は虫の様にはたかれ、重力にしたがって落下を始める。

「くっ・・・・。」

落下するエウラの視界の隅から、モンキーバードが消えるのをエウラは黙って見ているしかなかった。

「・・・・・・あず、さ。」

呟きが、風に消える。

それでも、エウラは叫んだ。

「梓あああああああああああ!!!!」

普段のエウラからは考えられないような、必死の叫びだった。

第一部隊は、そしてモンキーバードの姿を見失ったのだった。

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