第三章・ニューミッション
「・・・・・・。」
梓は、ムッとした顔のまま目を開けた。
その全身は、血と肉でかなりとんでもなく汚れている。
梓は完全に下ろしきってなかった足を、死骸の無い地面に下ろしてエウラから手を離す。
エウラも大部な有り様だったが、大きな襟のおかげで顔は無事だった。
「あーあ。だから嫌だったんだよ。」
「嫌なんて言わなかったじゃないか?」
「言う時間が無かったんだっつの。」
梓は自分の全身を見て、過去の中でもベストファイブに入る汚れ方だなと思った。
「・・・はぁーきたねー。・・いや、いいや嘆くのが面倒臭い。」
梓は、首を傾けて足下を見る。
アスファルトのヒビの中心に広がる、グロテスクなピンクと赤黒色の悪霊の死骸を。
「・・・。焦らせやがって・・。」
梓は、ブレザーに隠れて無事だったシャツで手を拭くと、ポケットから携帯を取り出し菷佐に電話をかける。
菷佐は以外と速く電話に出た。
「菷佐か。俺だ。ターゲットクリア。任務終了だ、バッチリな。」
『お、速かったな。被害は?』
「ねーよ。楽勝だったぜ?」
『なるほど、完璧だな。流石俺のチームメイト。
』
「やめろよなんか痒くなるからうっとうしい。じゃあ、今からそっちに行く。けど、移動しようにも戦闘の汚れでとんでもねーことになってるから、回収班のヘリに乗ってく。つー訳でさっさと回収班を寄越してくれ。」
『了解。じゃあ後でな。』
「おう。」
そう言うと、梓は電話を切った。
すると、エウラが、ニヤニヤして此方を見ている事に気付いた。
「・・・・?なんだよ。」
「いやぁ。別に私はいいけどね?それでも。」
「はぁ?」
「しかし、勇気のある・・・、いや、どっちにせよ一緒かな。ククク。」
「なんの話だよ?」
またこれか、と梓は思った。
こいつは不可解な言動が多すぎる。一回本気でぶん殴っておきたい。と、梓は考えていた。
「だってさぁ?考えてもみなよ梓。そして自分の周りをもう一回確認してごらん。フフッ、クククク・・。まぁ、私は構わないけれど・・。なれてるから・・。」
「・・・・・?」
本当になんなんだと梓は大部イラつきを覚える。
それでも仕方なく周囲を見回す梓。
「げっ・・・・・・・!」」
そして、梓はすぐさま俯いた。
梓は、すっかり失念していたのだ。
ここが廃墟区ではなく、普通の町の中だという事を。
「だから言ったのにさあ~★」
エウラは言いながらぐるりと周囲を見回した。
民家の窓から玄関から、先程の悪霊の雄叫びを聞きつけた民間人達全員が二人を見ていた。
そのうちの半分以上がグロッキーになって家の中に戻っていったが、勇気のある若者の十数人は携帯を構えたり奇異の目で此方を見ている。
「・・・携帯は困るなぁ。」
すると、エウラは俯いてそのまま踞ってしまった梓の側に立った。
そして、一気に跳んだ。
梓は、結局回収班のヘリが来るまでそうして踞っていた。
梓は、少しだけ恐怖していたのだ。
これだけの人間に顔を姿を見られて、挙げ句の果てに携帯で写真なんて撮られてインターネットにアップされでもしたら、きっと明日から学校には行けなくなるだろう。
そう思うと、先程まではそうでもなかった学校という存在が、少しだけ惜しくなった気がした。
いや、流石にSIFADから情報規制が入るだろうが、情報規制が入るより先にアップされて先に見られるなんてこともかなりある。
「はぁ~、・・・・・・まぁ、別にいいか・・?いや、よくねーよ。いや、関係ねーし周りの目とか。そうだなそれもそうか。ただ学校長がな~・・・。あー・・。でも悪霊殲滅して最強になんのが俺の目的だしなー・・・。」
「梓。ヘリが来たぞ。」
その言葉に、梓はハッとする。
そのとたんに、今まで聞こえていなかった騒音が耳に入り込み、巻き上げられる風に肌が気付いた。
顔を上げると、頭上にヘリが三機見えて、そのヘリからは縄梯子が垂れてきている。
「・・・・・。」
梓は無言で立ち上がると、その縄梯子をつかんで数歩登り、エウラが登ったのを確認すると、グイグイと縄梯子を引っ張る。
縄梯子がヘリに引き上げられ、梓とエウラはヘリに乗り込んだ。
「うわっ!あんた等すごいっつーかひっどい格好ね!?」
その直後に大声が飛んできた。
梓とエウラが操縦席を振り返ると、そこに座っていたのは真ん中分けの黒い長髪の女性だった。
「なんだ、芙蓉さんか・・。」
「なんだとはなによ梓。お前も笑うな情報屋!」
「ヒヒヒ。プッフフ・・。」
「~この。相変わらず気持ち悪い奴め!」
「アハハハハ!」
「なにが面白かった今!?」
梓とエウラが乗ったヘリが発進する。
梓が窓越しに町を見下ろすと、回収班の人間が悪霊の死骸の回収を済ませていた。
屋根の上にいたはずの亮騎は、いつ移動させたのかその屋根の家の塀に凭れかけさせられていた。
「・・・・・・。」
梓は、町が見えなくなるまでそうしていた。
SIFADの寮で着替えを済ませてエントランスに入ると、二人を菷佐と茶髪の男が待っていた。
前髪の一本がピョンとたっている、第一部隊の隊長・桐島霙朶である。
「よぉ梓。それに我らが情報屋。お疲れ。」
一見するとなんだか至って普通の男なのだが、これでも数あるSIFAD支部の中でも指折りの実力者なのだ。
「どーも隊長。お疲れーっす。」
「フフ。桐島隊長ですか~。単独任務は終わらせてきたみたいだね?」
「おう!今回は既に第二部隊とその情報屋が接触して、核の位置がわれてたからな。」
「全く、第一部隊の情報屋であるこの私を置いていくなんて、無謀な賭けにも程があるけれどねー。大体、他の悪霊が現れてたらどうするつもりだったのかなぁ?」
「なんだよ、そんなの考えてないわけないだろ?
ちゃんと変身する前に仕留めたよ。」
「隊長。それつまり接触してるってことっすよね?」
「当たり前だ。隔離してあるわけでもないのに接触しない方が寧ろ怪しいだろ?」
「「・・・・・・。」」
「いいなあ。これだからこの隊長は良い♪」
「・・・全く、桐島隊長!もう少し自重してくださいよ!これだから貴方の前髪は中途半端に立ってるんです!」
「な!?お、お前菷佐!!そこを指摘するなよぉ!俺がどんだけ気にしてると思ってんだよ!?!つーか前髪は関係ねぇよ!」
「隊長~。俺は知ってるんですよ~。隊長が毎日毎日ハードワックスでその髪をどうにかしようとしてること。」
「・・・・・・・?!?!?し、し、菷佐・・・・!!!おま、おま、それ、今、おい、おい?!」
その場の全員の目が桐島に向いた。桐島がおろおろと狼狽える。
梓は、こういう人だから飽きないんだよなぁ、としみじみ考えていた。
桐島は暫くその場であたふたしていたが、無駄な抵抗が本当に無駄だと悟ったらしい。
咳払いをして、話を逸らした。
「そうだ!梓、エウラ、用事があったんだ。」
「なんすか?」
「帰ってきたばかりで悪いが、任務だ。 」
「二人ともドンマイだな、ハハハ。今回は俺の尻拭いってわけだ。」
「・・・・あ、そうか、昨日の任務で、結局お前一匹取り逃がしたままなんだっけか。」
「そーいうこと!それがな、ちょーど俺の逃がした奴がさあ、変身してエリア3で暴れまくってるらしいんだよな。」
「はぁ?それって、つまりキレてんじゃねーか。そういえば、なんで取り逃がしたんだよ?お前らしくもねー。」
すると、菷佐は突然真面目な表情に変わった。
少しの間黙って、その真剣な顔に桐島と梓が息を呑む。
「・・・ふ、あの時は仕方なかった・・。」
「・・な、なにがあったんだ?」
桐島が尋ねた。
「・・・・木々が、」
「は?」
「木々が、囁いたんだ!!俺に止まれと!森中の木々がだぞ?!そしたら止まってやらないわけにはいかないだろ!?よもや人間どころか、木々までもが俺を必要とするなんて俺も予想外だったよ・・!!」
「・・・・で?」
「それから、木々の葉擦れの声に耳を傾けて、ずっと話をしていたんだ・・。そして、気がついたら見失っていた・・。」
「・・・・。」
梓が、無言で菷佐に近づいて、菷佐の襟首を掴んで右腕をふり上げた。
「決めた。エウラの代わりにお前を殴る。よし決めた。」
「ちょ、待て待て待て梓ストップストップストップ梓。」
「やかましいボケ!この、このボケ!!」
「何故だ?!何故俺を殴る?!」
「よし、わかった馬鹿。とりあえず死のうぜ。」
「まーまー落ち着けよ梓。そろそろ本当に真面目な話をしなきゃなんないんだから。」
今にもヴァイオレンスに走りそうな梓を桐島がなんとか菷佐と引き離す。
しかしまだ睨み合う二人に、桐島は溜め息をついた。
そして二人に軽めの拳骨をお見舞いして、二人を引きずって受付カウンターへと歩いて行った。
「おーい、エウラー。速くこーい。」
「クックッ・・。やっぱり良いな~。」
SIFADは、地下一階がエントランス。奥がヘリポート。地下二階から三階が隊員用の寮で、地下四階がメディカルフロア、地下五階が開発フロア、地下六階が支部長室のある最下層となっている。
第一部隊は各々の武器を取り、備品を詰めたリュックを背負いヘリポートに集合していた。
梓の腰のベルトには、銃の他に両端の尖った柄の長いハンマーが二つぶら下がっていた。
「慧佑、日向。」
桐島が二人に呼び掛けた。
慧佑が気付き、背を向けて立っていた薄茶色の髪の眼帯少年が振り返る。
このSIFADの最年少の隊員・雨塚日向だ。
両親を失い特例としてSIFADに引き取られた日向は幼い頃からその頭角を現し、弱冠十二歳でSIFADに入った天才である。
「よおー隊長ぉー!梓ー、菷佐ー、エウラー!」
「あ、隊長。それに、梓に菷佐にエウラ。」
「よおー二人とも。元気かー?つってもさっき会ったけど。
舞樺と逍遙がいないみたいなんだが、知らないか?」
「あ、舞樺なら今人員不足っつーんで、第三部隊の任務に同行してるぜ。隊長とほぼ入れ替わりで出てったんで、隊長知らなかったんだなー。」
慧佑が、ポンと手を叩いて思い出した様に言った。
上官に敬語または丁寧語を使わないのは、慧佑くらいである。
「なんだそうだったのか?じゃあ、逍遙は?」
「あ、逍遙副隊長なら、さっき集合のアナウンスが入るほんの少し前に二階から出ていきました。もう来るんじゃないですか?」
「おー、タイミング悪いな俺達。」
「いや、そんな事は無いようですよ桐島隊長。」
桐島が頭を掻きながらぼやいたその時、ふと四人の背後から声がした。
六人が振り返ると、そこには腕を組んで不機嫌そうに立っている逍遙の姿があった。
「おー逍遙。タイミングいいなー。今来たのか?」
「そういうことです。」
逍遙は、言いながらエウラを睨む。逍遙はとことんエウラが嫌いなのだ。
逍遙がエウラの名前を呼んだのを、梓は聞いた事が無い。
「これで全員揃ったな?よし。行くぞ。」
桐島の合図で、七人が二機のヘリに乗り込む。
梓はエウラと慧佑と乗った。乗るメンバーはいつもだいたい一緒である。
「よー、お前等。」
三人が操縦席に目を向ける。
そこに座っていたのは、見るまでも無く芙蓉だ。
「なんだ、梓はまた仕事か?大変だなー。」
「芙蓉さんも大変だなー。旦那見つける時間が無くなっていく。」
「殺されたいか梓。そして笑っている他二人。」
頭上を覆っていたシェルターが開きだし、雲間から差し込む太陽の光が二機のヘリコプターに降り注いだ。
バラバラと大きな旋回音が響き、機体が浮上する。
その時、梓は胸に疑問を抱えていた。
いつもの任務のはずなのに、何故こんなにソワソワするのだろうか。
エリア3のヘリポートポイントである廃工場跡地に降り立った六人は、周囲を見回して唖然とした。
雑草が至る所から生える露出したコンクリの床に、あちらこちらに転がる工場の残骸。
そこまではいつも通りだった。
梓達が驚いたのは、その所々に悪霊の残骸が落ちている事だ。
梓は、その異様な光景に緊張を覚える。
転がっている肉片は全て核を喰らい抜かれていて、地面には争いあった、共食いをした跡があった。
「共食いかあ。ターゲットは随分と大食いの様だ。悪霊は本来共食いをする生物では無いはずなのにね。」
エウラが言った。
その口調はどこまでも余裕綽々といった様子だが、それが本心からなのかは、梓には解らなかった。
しかしそこまで考えて、梓は否、と心の中で首を振る。
情報屋は、本来現場では完全サポート役に回る。彼等は戦闘員としての力を全てサポート技術に用いる為に鍛えているのだ。
だが、エウラは違った。
梓は、過去に数回エウラがターゲットを仕留めたのを目撃している。
その時のターゲットが、どれも難敵だったことも覚えている。
「・・・・・。」
「全員、ちょっと止まれ。」
その時、桐島が全員を呼び止めた。
「いいか。これから俺と慧佑。菷佐と逍遙。梓と日向とエウラで別れてのターゲット捜索に入る。
もしターゲットを見つけても、絶対に接触するな。
無線機で俺・逍遙・エウラの誰かに伝えて、距離をとって待機しろ。いいか?絶対に接触するなよ?
こういう事言うとほとんど必ず接触する奴が出てくるからなー・・・。
・・・・・・・・・以上だ。散会!」
その言葉を合図に、言われた通りのチームがバラバラに駆け出す。
桐島チームは右手に見えるビルの多い住宅街に、逍遙チームは左手に見える商店街に、梓チームは正面に見える遊園地に。
「・・・・・・・。」
「なんだ梓、さっきから妙に静かだなぁ。」
隣を並走するエウラがニヤニヤと笑いながら言う。
梓は、それでも暫くだんまりを決め込んでいた。
「・・・・梓?」
日向が不思議そうな顔で呟く。
梓の胸の騒ぎは消えていなかった。