表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第二章・悪霊《ディアボルス》

悪霊が生息しているのは『廃墟区』と呼ばれる区域だ。

『廃墟区』とは、三年前の悪霊達の侵略で破壊された領域の事である。

悪霊達は、地・空・海と様々な方法で日本を侵略したため、廃墟区は日本中にまばらにひろがっていた。

SIFADは、その廃墟区の地下で日本の防衛最前線を維持しているのだった。

その中で第七支部が位置するのは、もっとも面積の大きい廃墟区・『関東01廃墟区』だ。

悪霊達は、三年前に、まず関東地方を侵略にかかった。

そして人間が関東で悪戦苦闘しているうちに、被害は広がっていったのだ。





曇天の空の下を、梓とエウラは走っていた。

左側を川が、右側を連なる家が並ぶ、きちんと舗装されたアスファルトの道。

しかも梓が着ているのは、私服やSIFADの隊員服ではなく、襟の折れた白シャツに、黒のブレザーだった。おまけに黒いリュックも背負っている。

「おい・・・・・、エウラ!お前いい加減毎日ついてくるの止めろよ! 」

息をきらしながら、梓が言った。

それに対してエウラは、かなり余裕の様子で梓と平行している。

「アハハハハ★やだよ、大好きな君と登校するのが楽しいんだから。」

「この・・つーかお前は『登校』じゃ、ねーだろ!・・・・なら、せめて遅刻しそうな、俺を助けろよ!」

「いいよ。男におんぶされてる所をクラスメイトに目撃されてもいいなら。」

「・・・だーっクソ!!宿題は終わらせたのに・・・!」

梓は走りながら腕時計に目をやった。

針が示す時刻は8時15分。

絶対に間に合わないな、と、梓は思った。




梓は、第七支部から一番近い翔宮とみや高校に通っていた。

一番近いとはいえ、片道一時間かかるので、SIFADの隊員でもある梓は遅刻しないように毎日必死だった。

「・・・・・・。」

1の2。それが梓のクラス。

今は授業の真っ最中で、特に最近は期末考査が近いので、生徒は軽く殺気立っている。

そんな中で、梓は見事に机に突っ伏していた。

教師の中年の男が、窓側の、前から三番目の梓の席の前でじっと梓を見下ろす。

そしておもむろに、手に持っていた教科書を振り上げた。

きれのある良い音と小さな悲鳴が、教室に響いた。

「って、は、ん?・・・・あれ。中谷先生・・。」

「おはよう陣内。よく眠れたか?」

「・・・・あー、えーと、・・・お、お陰様で。」

「そりゃあ良かった。」

中谷は、それだけ言うと再び授業に戻った。

周りから聞こえるクスクス笑いに、梓はエウラを思い出しながら、ふと窓の向こうに目を移す。

窓の向こうに見えるビルの屋上で、エウラが腹を抱えて笑っているのが見えた。

「・・・・・(怒)」

一瞬撃ち殺そうかと梓は思って、止めた。

黒板に目を戻すと、中谷が新たな数式を書き加えているところだった。

梓は、慌ててノートをとる。

「・・・・ハァ。」

梓誰にも聞こえないくらい小さな声で、溜め息をついた。

頬杖をついて背を曲げると、なんだかぼんやりして、梓の頭に中谷の声は届かなくなった。

平和だなぁ、と、梓は思う。

別にこの日常を普通に過ごす彼等を僻む訳じゃない。ただ、本当にそう思ったのだ。

SIFADの隊員である梓は、毎日が忙しい。

何時召集がかかるとも知れず、実際学校にいる時に召集がかかって途中で抜け出した事も何度もある。

そんな状況の中でもこの学校生活というものを放棄しないのは、三年前まで当たり前だった『平和』というものを手放さない為なのだ。

まぁ、平和なんてものにそこまでの未練があるのかと自問してみれば、案外そうでもないな、と梓は思うのだが。

昔は、漫画の世界に憧れたり、少し本気で異世界に行けるんじゃないかと考えていた時期もある。

そういう事も考えると、今のこの世界は――――かなり不謹慎だが―――正に理想的とも言える。

だから、別に三年前の世界に、未練があるかと問うてみれば

「・・・・・・。」

もう一度窓の向こうを見ると、そこにエウラはいなかった。

その時、ふと高めのャイムが教室に鳴り響いた。

中谷は話を止め、クラス委員の号令で起立し、礼をして授業は終了した。

梓はそのまま着席し、ぐっと伸びをして欠伸をする。

すると、梓の視界に、黒髪の少年が表れた。

梓の友達の、賀傘亮騎かがさりょうきである。

「よお梓。お前、テスト前によく寝れるなあ。」

「うるせーな。数学の宿題を必死こいて終わらせてたんだよ。」

「それで授業中寝てちゃ意味ねーけどな。」

「うるせーアホ。」

亮騎は、梓の幼なじみで親友だった。

同じ小学校に通い、同じ中学に通い、そしてなんの縁か、こうして同じ高校に通っている。

「次の授業なんだっけ。」

「臨時LHR。」

梓が即答する。

「LHRか・・・。あー、面倒くせー!確かあれだろ、進路調査。それで英語と交換になった。」

「あぁ・・あれか。」

梓は、一週間前の担任・佐々木の話を思い出す。

『進路はなるべく速く決めておいた方がいい。』

「・・・・・。」

「進路なぁー。そういや梓、お前は進路って決まってんの?」

「・・・・・・。・・・いや。」

梓は、腕時計を見て、窓の向こうに目線だけを動かした。

ビルの屋上のフェンスに、紅い髪の人間が背中を預けて座り込んでいた。

「まだこれっぽっちも。」

曇天の空は、雲以外なにも変わっていなかった。




下校時間になって、梓が帰り道で亮騎と別れて少しすると、降下音と共にエウラが隣に着地してきた。

梓はこのどっきりにももうすっかり慣れっこになってしまっている。

「お疲れー梓。楽しかったかい?」

二階建ての民家の屋根から飛び降りたにも関わらず、エウラは何事も無かったかの様に梓の隣を歩く。

「楽しかったかって・・・・。別に普通だっつの。

つーかお前、ほとんど始終みてただろ?」

「まぁね~★」

エウラがニヤニヤと笑う。

「・・・・・。」

「ところで梓。これは今更なんだけれどもね。」

「なんだよ。」

「梓って学校に友達いないよね。」

「・・・・・・。」

梓の足が止まった。それに合わせてエウラの足も止まる。

「・・・だからなんだよ。大体、俺にはちゃんと亮騎って友達が・・。」

「亮騎だけだろ、友達。」

「・・・だから、なんだよ。

友達は多けりゃいいってものじゃねーだろ。」

「本心?」

エウラが背中を丸めて、梓の顔を覗きこむようにして尋ねた。

梓は、めんどくさそうに溜め息をつく。

「そうだよ。嘘ついてどうすんだ。それに、数えきれないくらいいても面倒くさいだけだろうが。」

「ははは。それは言えてるね。」

エウラはそれで納得したようだった。

なんだったんだ、と梓は思いつつまた歩き出す。

と、

「――――――・・・・。」

「・・・・・?」

エウラが、突然足を止めた。

まだ何かあるのかと思って梓が振り返ると、エウラは珍しく緊張した空気を纏っていた。

「・・・エウラ?」

「・・・・・・梓。」

その時、梓のズボンのポケットの中から在り来たりな着信音が鳴り出した。

梓はタッチパネル式の通信機器を取り出し、画面をタッチして耳に当てる。

「もしもし。」

『梓か。』

電話をかけてきたのは、第一部隊の菷佐だった。

「菷佐か。なんだよ?お前の家の犬の話ならこの間聞いたぞ。」

梓は特に驚いた様子も無く尋ねる。菷佐は結構どうでもいい事を喋りに電話をかけてくることが多い。

『違う、そうじゃない。』

しかし、今回はどうやら本当に違うらしい。

梓は、菷佐の声音に気持ちを切り換えた。

「・・・・梓。」

「ちょっと待て、エウラ。

で、なんだ、菷佐。そっちでなんかあったのか?」

『ああ、今、そこにエウラもいるんだな?なら都合がいい。梓、少し大変な事になったんだ。お前は――「梓!」

「ハッ?!」

梓は、思わず声をあげてしまった。

突然、エウラが大きな声で会話に割り込んできた。

「なんだよ?!さっきからちょっと待てって言ってんだろ!」

梓はそう怒鳴ってからふと気付いた。エウラの後方に、角を曲がって此方にやって来る亮騎の姿があった。

「なんであいつがこっちに・・・。」

呟く梓。エウラも亮騎の存在に気づいているらしい。

しかし、エウラはそちらを振り向く事しなかった。

「梓。」

「なんだよ。それよりお前隠れなくていいのか?

いっつも亮騎の前には現れねーだろ。」

「今はそんな場合じゃないみたいでね。寧ろ、彼とは接触する事になりそうだよ。」

「はぁ?それってどういう・・・。」

「梓、武器を準備しろ。」

エウラが言葉を切ると、唸る様な地響きが、二人の足下から聞こえてきた。

「・・・・?」

それは徐々に大きくなってくる。

梓の手がリュックから一丁の銃を取り出し、エウラの首が動いて目玉がチラリと背後を見た。

足下のアスファルトに、小さく素早く亀裂が走った。

瞬間。

エウラが梓を抱えて走り出した。アスファルトを突き破って化け物(悪霊)が現れた。甲高くて気色の悪い悲鳴が辺り一帯に響き渡り、亮騎は呆然としながら向かって走ってくる親友を抱えた紅い髪の人間を見ていた。

「な・・・・・・・?」

そんな亮騎を梓と同じように反対に抱えて、エウラは思いっきり地面を蹴った。

エウラの体が宙に浮き、二階建ての民家の屋根に少しの音をたてて着地する。

エウラが二人をおろすと、梓は立ち上がり、うぅうぅと呻きながら周囲を見回す、手足の生えたミミズの様な悪霊を見下ろした。

『・・・!・・・・!』

「・・・!」

その時、梓が片手に持っていた携帯がまだ繋がっている事に気付いた。

梓は急いで携帯を耳に当てる。

「菷佐!今、アスファルト突き破って悪霊が出てきたぞ?!」

『何だと?!尚更都合が良い!梓、さっき言ってた大変な事ってやつがそれだ!廃墟区から抜けて国境を越えた悪霊が一匹そっちに行ったんだ!見た通り地下を潜ってくタイプみたいでな、エウラ(メルカトーラー)と連携して被害が出る前に仕留めろ!』

「りょーかい・・!」

ある程度状況を把握した梓は、電話を切ってポケットに押し込み、再び眼下を見下ろす。

悪霊の雄叫びを聞いた民間人が何事かと騒いでいるのが、家の中から漏れている。彼等がもし窓から顔だけでもだせば、悪霊がどうするかが梓には容易に想像できた。

そして、それは直ぐに起こるはずだ。

「行くぞエウラ。仕事だ。」

「フフウフフフ、だから言ったのにさあ。まぁいいけどね。変身される前にさっさと殺そうか。」

エウラは、その前にと言って亮騎を振り返った。

エウラは怯える亮騎に容赦無く近寄って、立たせると、鳩尾に拳を叩き込んだ。

亮騎が昏倒する音を聞いても、梓は振り返らない。

「さあ、行こうか梓。」

「・・悪いなエウラ。」

そう言いながら、梓はエウラの肩に手をまわす。

「いやいや?私の良心だからねぇ。フフヒフフフフフ・・・・!」

エウラが不気味な笑みを口元に作り、屈んで、悪霊の頭上に大きく跳んだ。

「これなら私の情報も必要ない。

殺ってしまえ梓★」

二人の体が降下を始め、地面と悪霊がどんどん迫っていく。

梓は、此方に気付いた悪霊に向けて狙いを定めた。

悪霊が、その口をばっくりと開く。

「汚ねえ口だな。」

銃口が火を吹き、悪霊の頭部にめり込んだ銃弾の中身が傷口で飛散する。

すると、悪霊の頭部が吹っ飛んだ。

しかし悪霊は倒れず、吹き飛んだ傷口はモコモコと膨らんできている。

再生だ。

変身して人間の姿を捨てた悪霊は、再生能力がとんでもなく膨れ上がる。

しかもそれは、核を潰さない限り終わらない。

だから、梓もかなり嫌だが、この方法が手っ取り早いのだ。

梓はもう三発弾丸を撃ち込むと、両足を揃えて靴の裏を悪霊に向けた。

「二度と開くな。」

二人の着地と共に、悪霊はスタンプされて飛散した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ