貧弱少年の夏
「あっちぃ~……」
8月中盤、高校生の僕等は夏休みである。
だけど、僕は今日も制服を着ている。
「カナキー、漕ぐのおそい。太陽に愚痴いっても何も起こりはしないんだから、足を動かしてよ」
僕の名前はカナキ、苗字である。時々珍しいとは言われるが、まぁ、別に気にしてない。
夏休みに学校に足を運ぶ理由というのは、たぶん部活と補習くらい。
部活は帰宅部なので、僕は補習。
「うっさいなぁ……そんな言うんだったら歩け。今すぐ僕の自転車から降りろ。早歩きのほうが絶対はやいぞ」
丁度その補習が終わった帰り、太陽の直撃をくらう正午あたりの時間帯。
僕が学校から駅まで行き来する愛車、とまではいかない自転車で、今日ものろのろと駅まで向かう。
で、僕の後ろに恥じらいもなく汗をダラダラ流してる彼女は、決して僕の彼女ではない。
彼女の名前はイズミ。僕と同じで補習帰りらしい。
「えー、やだよ。私は楽して帰りたいのー。こんな暑い中運動したら、熱中症でしんじゃうって」
なんて、人事のように彼女は笑う。
僕は笑わない、今も必至でペダルをこいでいるから、後無愛想だから。
「おいおい、いいのかぁ?僕は学校ではちょっとした有名人なんだぞ?何時駅につくか分かったもんじゃないぞ」
「だから、言ったじゃん。楽したいんだーって、つーかカナキ、有名人だっけ?」
有名人、ではないと思う。
学校でちょっと流行る七不思議みたいな、そのくらいの程度。
僕は、ものすごい運動オンチだ。ただそれだけ。
ただ、そんじょそこらの運動オンチとは、非にならないくらいの運動オンチである。
一学期の体育の成績は1。無欠席で1。
僕が今日学校に来たのも、体育の補習を受けるため。
この炎天下、外で走らされた。こんなことやるなら、いっそ熱中症で倒れた方がまだマシだったかもしれない。
「あー思いだした。カナキって学校じゃ貧弱少年って有名だったねー。忘れてたよー」
「そうだ、だから降りろ、いますぐ降りろ。僕は今日も補習でみっちり走らされたんだよ…!」
「えー、何キロ走らされた?」
「1.5キロ」
「なにそれ、中学生の持久走?ははは、そんぐらい我慢しなきゃやってけないぞー」
うるさいなぁ、と僕はおちょくってくるイズミを軽くうけながしてペダルをこぐ。
わかるように、イズミは男まさりに性格だ。
男女平等で誰にでもこんな調子で、僕にとっての唯一の女友達でもある。
健康的な肌色、キッチリした顔立ち、痛んでいない髪の毛と、女子の中で中々可愛い。
もちろん僕より運動できる。
「大体、なんで僕なわけ?他に補習うけてた奴らなんていっぱいいたじゃん。僕を貧弱少年と知ってながら、そういう迷惑行為はしないでいただきたい」
「いやぁ、たまたま目に入ったのがカナキってだけ。うん、他に理由なんてないよ。たぶん、君が貧弱少年って知ってたって知らなかったって、私は君をえらんだかなぁ」
たまに、イズミはよくわからない事を言う。
それが本気なのか冗談なのかはわからない。
僕は、イズミが好きなのかもしれない。
これも、本気なのか冗談なのかはわからない。
「やべ……坂だ」
学校から駅までの道のりで、一番の山場、それがこの坂。
登校の時は下り坂でいいのだが、下校時にその真の姿を現す。
僕はいつも諦めて自転車から降りてのぼるのだが
生憎今日はワガママな彼女と一緒である。
「ほーれ、がんばれがんばれ。ちゃんとのぼってくれたまえよ貧弱少年君」
「いや、素直に降りてくれ。これをお前を乗せてのぼるとなると、僕はたぶん倒れる」
「えー、私は歩きたくないなー。そこは男なんだから男らしいとこみせてよー」
「僕はそこらの女子よりも体力がないんだ。そこら辺をよく分かった上で発言をしろ馬鹿者」
「んー、じゃあ、この坂のぼりきったら、私が君の彼女になってあげる」
一瞬、ペダルをこぐ足がとまった。
そして、ああ、また冗談か。と心の中で思う。
彼女はこういう性格だから男子からもてるのだろう。
太陽は相も変わらず僕達を照らしている。
これはもう、駄目だと、諦めてみることにした。
ガシャン。
「疲れた、休憩」
僕は道端で自転車を止めて、道路に寝転がる。
夏のアスファルトは、とてもとても熱い。
起き上がった時に僕の背中は丸焦げかもしれない。
「なーに寝転がってんの、車来たら危ないよー」
そう言いながらも、彼女は僕の横に寝そべる。
こんな田舎に、車なんて早々通らないだろう。
「もしこの坂のぼったら、付き合ってくれんの……?」
ぶっきらぼうに言ってみる。
言ってから気づく、これ、めちゃくちゃ恥ずかしい。
「あーやってみたまえ。まぁ、貧弱少年の君には無理だろうけどね」
にしし、とイズミは僕に笑顔で返答した。
「いっとくけど、僕本気だしたらすごいからな?言ったことはきっちり守れよ?」
僕も、彼女に合わせて冗談風味に言う。
熱いアスファルトから起き上がり、背伸びをする。
彼女の頬は少し赤くなっていた気がしたが、それは多分この暑さのせいだろう。
イズミも起き上がり、僕たちは再び自転車に乗る。
重たいペダルをこいで、僕は太陽に向かうように、坂をかけあがった。
真冬ですけど、真夏の小説を。