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人さらいのスタンリー  作者: 佐伯
耳にした名前
6/9

呼び覚まされる名

雨上がりの朝、村は霧に包まれ、木々が滴を落としていた。

スタンリーは一睡もせずに、リナの寝顔を見守り続けていた。

夜通し、彼女が少しでも身じろぎすると、手を伸ばして引き止めた。

「行くな」

その言葉が、口癖になっていた。

理由はわからない。

ただ、彼女が視界から消える想像だけで、胸が締め付けられる。

蹄の音が聞こえた瞬間、彼は動いた。

「リナ、床下に! 絶対に出るな!」

リナを隠し、短剣を握って外へ出た。

森の木々の間から、松明の灯りが近づいてくる。

王国軍の小隊——十二名。

鎧を着込み、剣を構えている。

リーダーの男が大声を上げた。

「人さらいのスタンリーはここだ!

 拉致した娘も一緒に探せ! 見つけたら容赦なく捕らえろ!」

その名前を聞いた瞬間、スタンリーの頭蓋が割れるような痛みが走った。

フラッシュバックが、波のように、連鎖して襲ってくる。

血の雨が降る広場。

少女たちの泣き声が重なる。

王城の暗い部屋で兄から下された命令。

「次の娘をさらえ。」

雨の夜、リナの腕を掴んだ自分の手。

彼女の震える声。

「助けて……ありがとう……」

処刑台の縄の感触。

リナが投げた短剣。

「うあああっ!」

スタンリーは頭を抱え、膝をついた。

痛みが脳を焼き切るようだ。

しかし、体は勝手に動いていた。

過去の自分が、完全に目覚めていた。

最初の兵士の剣をかわし、短剣を喉に突き刺す。

血が噴き出す。

二番目、三番目。

兵士たちが叫ぶ。

「怪物だ! 人さらいのスタンリーだ!」

スタンリーは歯を剥き出し、笑った。

苦く、震える笑み。

「……そうだ。

 俺は人さらいのスタンリーだ……」

記憶の断片が、急速に繋がっていく。

すべてではない。

まだ霧がかかっている。

だが、確実に——鎖が鳴り始めていた。

最後の兵士を地面に沈め、スタンリーは家へ駆け戻った。

床下からリナを引きずり出し、強く抱きしめた。

「リナ……俺は……思い出しかけている。

 お前をさらった男だ。

 怪物だ。

 それでも……お前だけは、守りたい。

 たった一人、お前だけが……俺の生きる意味だ。」

リナの目から、涙が溢れた。

彼女は彼の胸に顔を埋め、震える声で言った。

「それでも……私は、あなたを選ぶわ。」

外で、追加の馬の音が近づいてくる。

大部隊が来る気配。

スタンリーはリナの手を強く握った。

「逃げるぞ。

 お前だけは、絶対に失わない。」

二人は、霧の森の奥へ走り出した。

背後で、兵士たちの声が響く。

「人さらいのスタンリー! 逃がすな!」

呼び覚まされた名が、霧の中に溶けていく。

スタンリーの胸に、たった一つの想いだけが、燃えていた。

この子のためなら、何にでもなる。

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