鎖の記憶
雨が再び降り始めた。
廃村の屋根を叩く音が、部屋の中に重く響く。
スタンリーは戸口に立ち、短剣を握ったまま外を見つめていた。
三日間、彼はリナを家から一歩も出させていなかった。
「スタンリー……少し、外の空気を吸いたいだけよ。」
リナが後ろから、静かに言った。
彼女の声は優しいが、疲れがにじんでいる。
スタンリーは振り返らず、首を振った。
「駄目だ。
外は危ない。
俺がいるから、大丈夫だ。」
言葉は優しくない。
まるで命令のように硬い。
リナが近づこうとすると、彼は体をずらし、道を塞いだ。
彼女の腕を掴む指に、力がこもる。
離したくない。
絶対に、誰にも渡したくない。
リナはため息をつき、暖炉の前に戻った。
スタンリーは再び外へ目を向ける。
森の木々が雨に濡れ、黒く揺れている。
あの旅人の言葉が、頭の中で繰り返す。
人さらいのスタンリー。
拉致した娘。
懸賞金。
「……俺とは、違う。」
彼は小さく呟いた。
しかし、その言葉は自分自身を納得させられなかった。
夜。
リナが眠りについた後も、スタンリーは目を閉じなかった。
暖炉の火が弱くなり、部屋が薄暗くなる。
彼はリナの寝顔を、じっと見つめ続けた。
その横顔が、突然歪んだ。
フラッシュ。
雨の夜。
暗い路地。
少女の腕を掴む自分の手。
「静かにしろ。助けてやる。」
泣き声。
王城の影。
兄の冷たい命令——「次はあの娘だ。さらえ。」
「っあ……!」
スタンリーは頭を抱え、床に膝をついた。
痛みが、以前より深く、鋭い。
フラッシュバックは止まらない。
もう一つ。
処刑台の感触。
縄。
群衆の罵声。
そして、雨の中を飛んでくる短剣。
リナの瞳。
「うぐっ……! やめ……」
彼は歯を食いしばり、床を叩いた。
リナが目を覚まし、慌てて起き上がる。
「スタンリー! また……?」
彼女は彼を抱きしめ、背中をさすった。
温かい体。
知っている温もり。
スタンリーは震える手で、リナの肩を掴んだ。
「俺は……何者だ?
人をさらう怪物だったのか?
血と叫びが、頭から離れない。
お前を……お前を、俺が……?」
リナの瞳が、わずかに揺れた。
彼女は唇を噛み、静かに言おうとした。
「あなたは私を——」
「言うな!」
スタンリーの声が、鋭く遮った。
頭痛が、再び爆ぜる。
彼はリナを抱き寄せ、強く抱きしめた。
まるで、彼女が消えてしまうかのように。
「俺は……この子を守りたいだけだ。
それだけが、俺のすべてだ。
怪物でも何でもいい。
この幸せを、壊したくない……!」
雨の音が、二人の息遣いを飲み込む。
スタンリーの腕の中で、リナは静かに目を閉じた。
彼女の頰を、一筋の涙が伝った。
外では、雨音に混じって——
遠くから、複数の馬の蹄の音が、ゆっくりと近づいていた。
木々の間を、松明の灯りが、かすかに揺れる。
スタンリーは気づいていた。
影が、確実に近づいていることを。
それでも、彼はリナを抱きしめたまま、動かなかった。
守るべきものが、ここにある。
たとえ自分が、噂の「人さらい」だったとしても。
記憶の鎖が、ゆっくりと——
音を立てて、繋がり始めていた。




