処刑
縄の感触
灰色の空が低く垂れ込め、王都中央広場の石畳は雨で黒く濡れていた。
細かな雨粒が、処刑台の木の肌を伝い落ちる。まるでその台自体が、今日の出来事を哀れんでいるかのように。
スタンリー・フォン・スタンリーは、両手を背中で固く縛られ、首に荒縄をかけられたまま立っていた。
二十八歳の第三王子。
かつては王族の血を引く者として畏怖された男が、今はただの「怪物」として晒し者にされている。
「人さらいのスタンリー! 死ね!」
「何十人の娘をさらったクズが!」
「王国の恥だ! 地獄に落ちろ!」
群衆の怒号が、雨音を掻き消すほどに響く。腐った果実や石が飛んでくる。
一つが頰を掠め、血がにじんだ。スタンリーは微動だにせず、ただ前を——いや、どこか遠くを見ていた。
表情は冷え切っていた。まるで自分自身が、すでに死んでいるかのように。
玉座が置かれた高台では、第一王子と第二王子が並んで座っていた。
兄たちは微笑んでいる。
「ようやく片付くか」
「三男坊など、最初から要らなかったんだ」
スタンリーは小さく息を吐いた。
(……ああ。これで、ようやく終わる)
縄の感触が、首に食い込む。
ごわごわとした麻の繊維が、皮膚を削る。
これが最後に感じるものかと思うと、奇妙に滑稽だった。
人さらいとして生き、人さらいとして死ぬ。
それが自分の人生だった。
執行人が縄の端を握り、合図を待つ。
広場が静まり返った瞬間——
スタンリーの視線が、群衆の奥に止まった。
そこに、彼女がいた。
小さな体を雨に濡らしながら、人々の隙間を必死に掻き分ける少女。
リナ。
茶色の髪が肩に張り付き、大きな瞳が震えていた。
彼女は両手で何かを握りしめ、こちらを真っ直ぐに見つめている。
(……お前)
一瞬、心臓が跳ねた。
なぜか、胸の奥が熱くなった。
記憶の底に沈んだ何か——言葉にならない感情が、わずかに疼く。
リナが腕を振り上げた。
短剣が、雨の中を一直線に飛んだ。
キンッ。
縄が切れる乾いた音。
次の瞬間、スタンリーの体が自由になった。
執行人が驚愕の声を上げ、衛兵たちが槍を構える。
「逃がすな!」
スタンリーは縄を振りほどき、処刑台の端を蹴った。
木の床が軋み、体が宙を舞う。
着地と同時に最初の衛兵の喉を肘で砕き、奪った剣を抜く。
雨が血と混じり、視界を赤く染める。
「追え! 人さらいのスタンリーを逃がすな!」
叫び声が背後から迫る。
スタンリーは走った。
王都の路地を抜け、石畳を蹴り、城壁の外へ。
リナの姿はもう見えない。
ただ、彼女が投げた短剣の重みが、手のひらに残っていた。
息が上がる。
傷口から血が滴る。
森の入口まで辿り着いた時、後ろから矢が飛んできた。
一本が肩を貫く。
もう一本が太ももをかすめる。
痛みなど、どうでもよかった。
ただ、走る。走る。走る。
崖が迫っていた。
足がもつれる。
体が傾く。
(リナ……)
最後に浮かんだのは、雨に濡れたあの瞳だけだった。
次の瞬間、スタンリーの体は虚空に投げ出された。
崖の下、岩と木々が待ち受ける闇へ。
激しい衝撃。
頭蓋が割れるような痛み。
そして——
すべてが、暗くなった。
記憶の糸が、一本ずつ引きちぎられていく。
名前も、罪も、彼女の顔さえも。
ただ、首に残る縄の感触だけが、
ぼんやりと、遠くで疼いていた。




