第百一章 人間の塔
魔王城跡から戻った俺達は人間の結界の塔へと進軍した。
そこでは万全の準備が出来ていた。必ず勝てる最高の布陣。
それは、それは、
「俺のやる事がないんだが」
俺の目には逃げ惑う人間の姿しか見えない。いつぞやの聖王都を思い出す。阿修羅ゴリラの強襲で魔物が側が逃げ惑った初戦だ。人間視点で見ればこういう感じだったのだろうな。
その結界の塔は相当の戦力が揃っていた。
聖女は居ない。だがそれを補うためだろう大多数の魔素人形兵器。人員も相当いる。しかもこれは防戦だ。人間の攻撃力と魔素人形の防御力と適応力、それらが全て高度に機能して戦える。そういう想定だったのだろう。
だが今回の魔物側は制圧ではない。殲滅だ。
わざわざ敵が待ち構える敵地に足を踏み入れるとでも思っているのか?
遠距離から髑髏部隊の魔法という名の砲撃だ。彼ら数百体という髑髏の共同魔法が次々に結界の塔に突き刺さる。
聖王都の初戦では魔素キャンセラーと髑髏の魔法を防ぐ大防御魔法があったが今回はない。撃ち放題だ。
それもそのはず。今回の戦いはパルテの世界樹の魔素援護照射がある。あのエルフの森に植えた魔素を吸引しその魔素を照射する巨大大木だ。あれが何基もある様だ。
つまり、人間側は魔素の照射を受けて自分の陣地が加護を減らされる毒の沼地状態。魔物側は常に魔素が供給し続けられて魔法を撃ち放題という所だ。
初手の魔法合戦が完全に魔物側のリードで俺は何もすることがない。
この状態では人間側が髑髏部隊に辿り着くこともできないだろう。
「ま、勝利は準備が八割って所さね」
その立役者の元魔王パルテがやってくる。
「本当はもっと用意してたけど、これは出番がなさそうだねー」
「俺の出番も無い様だが?」
「それはしょうがないっしょ。でもやっぱり人間も馬鹿じゃないね。聖女が一人もいない」
「どういうことだ?」
「魔物相手に防戦なんて出来るわけないっしょ。奴ら人間は攻めるしかないの。守った時点で負け。攻めて攻めて魔物が全滅するまで追い込む。これ以外にない。それを怠った時点でこれさね。それについこの間、攻めの要の聖女が落ちたんだよ? 奴らに打つ手はない。この結界の塔に居る奴らは時間稼ぎ。弱くて当然さね」
パルテは人間の領域を見て壮絶な笑みを浮かべる。
「ただぁ。奴らが聖女を集めた所で攻勢に出られるかって話。この魔物の領域はあーしが万全にした。これを見ればわかるっしょ? 人間はもう魔物の領域には攻め込めない。仮にここに聖女が居たとするよ? それも大勢。そうしたらあーしらは下がる。下がってこの魔物の領域で散々にいたぶって仕留める。いつだか言ったっしょ? もう奴らは攻勢には出られない。防戦しかできない人間がどうなると思う? 王牙っち?」
パルテの目が熱を帯びる。
「人間は死に物狂いで攻めてくるよ。魔物に対して攻められないという事は死と同義さね。人間との全面戦争。これの意味が分かった?」
メタ的に言えば『第一期 第六十六章 姫騎士』での冒頭の話だろう。
「この先もここと同じような展開になるのか?」
「流石にそれは無理さね。この結界内で同じ様なことをしようっていってもどうだかね。ただ、魔物の領域は盤石に出来る。それこそエルフや魔王種が心変わりして魔物に攻め込んできても瞬殺さね。問題にもならない。ただこの中はねぇ。単純に魔素が薄いってのもあるけど、これ自体が何の意味もないとは思えない。ただの壁じゃないよ、これは。中にも何か作用してる。これは防壁と言っていいのかわからないっていうのがあーしの見解さね」
「守るための壁ではないのか?」
「何から守るための壁だと思う? この壁が守ってるのは本当に人間なのか怪しくなってきたよ? 侵攻に塔の破壊が必須なのは間違いないよ。これがなくなれば中も魔物の領域に出来る。ただ・・・」
パルテは結界の塔を見る。
「この結界は人間にとって都合がよくない。あーしだったらこんな半端なものにしない。それこそ結界内から攻撃できれば御の字っしょ? それなら塔に陣取るなんてことはしなくて済む。でもそれは出来ない。そう、塔は結界の外にある。そして中からは干渉できない。そういう仕様だったとしても、おかしいよね?」
「そこについては俺から情報が出せるぞ。あの結界の塔は世界の改変の力を使わなければ破壊できないという話だ。どこにあっても破壊される心配はない。俺がレオーネに囚われたのも俺の世界の改変の力が必要だったと聞いている」
「なんでレオーネがこの塔を破壊するの?」
「それは・・・未だにわかっていない。リブラに言わせれば時が早まったと言ってたがな」
「・・・本当に神の代弁者は信用できるの? アイツはいつも中途半端だった。これがあーしの知ってる神だったら確かにこうなるよ。ただ、何を中途半端にしたのかがわからない。人間に? 人間と何を天秤にかけたの? まさか魔物じゃないっしょ。世界だとしたら、この結界でトレードオフされるものは? アイツは何かを語ってないよ。王牙っち。あーしが魔王の時もそうだった」
そう言ってパルテは一度目を閉じ熟考する。
「・・・あの時、王牙っちがそのまま結界の塔を破壊していたらどうなってたと思う?」
メタ的に言えば『第一期 第八十一章 名無しの聖女たち』の最後か。
俺とレオニスは居ないがパルテが居る。苦戦はするがそれこそ撃退には成功するだろう。
それを伝えるとパルテはかぶりを振った。
「違うよ王牙っち。なんでアイツはそれを止めたの? いつかは破壊するはずだった。そしてそれが早まった。その状態では破壊できない何かの理由がある筈だよ。・・・多分それは塔を破壊すると人間に何かが起きる。アイツなら躊躇いそうじゃない?」
確かに。これは一度確かめるべきか。
「ここに俺のやるべき事はないな」
「その通りさね。いってらっしゃい王牙っち。あーしもあの神の力が関係した代物はさっぱりさね。その辺はよろしく~」
ーーー
「お、う、が、ざ、あ、んんん!!!」
俺がいつもの非常対策で現身の塔を降ろし、リブラの元へ向かうと熱烈歓迎が待っていた。
「王牙ざんんん! やっぱりあなたが神です! この私の神です! 今すぐ神になりましょう! 今すぐにでも!」
半泣きのリブラが出迎える。
「泣くか勧誘するかどちらかにしてくれ」
「ばい。ばがりまじだ」
涙声のリブラが鼻を噛む。どうみても騙しているような感じではないな。
「さて! 王牙さん! まずはお礼を言わせてください! 見ていました! 私の誤解を解くために奔走してくれたこと! こんな人今までいませんでした! あなたは神で勇者で救世主でわが主です! さぁ、今すぐにでもアリンコを滅ぼして神になりましょう!」
「まて。アドナキエルはどうなる」
「・・・彼彼女の事は、きちんと望み通りの転生を行いました。はい。そこは間違いありません」
「迷惑だったか?」
「いえ、その気持ちはとても嬉しいです。その行動も私の望みに叶っています。ですが結果が出るかどうかはわかりません。無邪気に王牙さんが贈ってくれたプレゼントとして喜んでしまいました。とても嬉しいです。ただそれ以上を望めないのが今の私の現状です」
これは、既に前例はあったのか。そういえばジンバが聖女の力を持った男として転生していたな。
「プレゼントではなく恩返しだったのだがな。レオニスの事でな。それ程までにアドナキエルには資質が無いのか?」
「いいえ。資質云々ではありません。聖女として間違いなく彼女に資質以上の物はあります。ですが彼になったとして人間の社会が変わるでしょうか? 期待はしています。出来うる限り優遇はしました。王牙さんの推薦ですからね。彼が人間をまとめ上げ、神の力の一極化を成し、この世界を救う。そして次代の神になると王牙さんは考えていますか?」
「そこまではな。その一石になれる輝きは持っていたと思ったが?」
「はい。一石にはなるでしょう。その波紋は水面に映った人間社会を揺るがすかもしれません。ただ人間社会そのものに投げつけられると思いますか?」
「そこまでしないと無理だという事か」
「はい。それこそ私が王牙さんを協力者に選んだほどに。あなたは私が人間社会に投げつけた一石になるでしょう。それを人間達が私が投げつけたものだと知ったらどうなるでしょう。その答えが私のデッドラインです。彼がそれに間に合うと思いますか?」
「難しいな。一代で成せるものとも思えん。この魔物に追い込まれた窮地で神の力の一極化を図り、神としてお前に認められる。それが可能だとしても、俺はそれを阻止するぞ。それはいいのか?」
「はい。あなたを退けられないようでは神の座など無理でしょう。・・・ですがそれはあなたの願いでもありましたね王牙さん。あなたは彼になら討ち取られてもいいのですか?」
「難しい所だ。俺一人であったのなら、それでいい。俺に応えられる人間。この世界において、戦いの果てに討たれたのなら俺の魂も浮かばれるだろう。だが今の俺は一人ではない。あまりにも多くの者を抱えすぎてしまった」
俺はここに飾るべくして持ってきた写真を取り出す。
「それが、あなたが神になれない理由ですか? 捨て去れないあなたの希望。新しい形のあなたに応える人間の姿。私も同じです。だから私も神にはなれない」
「ああ。見捨てる事など出来ない。どれほどのか細い希望であってもそれを望まずにはいられない。リブラ、お前がなぜここまで人間を愛するのか。その理由が今の俺にはわかる」
「はい。私達はこの世界に足を着くことを知ってしまった。その意味を知ってしまった。もう戻れるはずもありません」
そこで意を決したようにリブラが俺の方を向き直す。
「王牙さん。あなたは元ナビゲーターですね? 私と同じ、終わる世界を閉じなかった。神と人間を信じて裏切られた。そして自身の終わりを望んでいる。あなたは自身が崩壊する選択を選ばざるを得なかった。そうですね?」
「さてな。それが真実だとして何が変わる。何も変わらない。転生とはそういうものだ。俺はただ俺が望む様に生き、望む選択をする。そのためにここに来た。それ以外の事など忘れたな」
「そうですか。じゃあ王牙さん! 私も王牙さんの神への勧誘を続けますよ! 現ナビゲーターの私が神になんてなれるわけないでしょう! あなたの出来なかった選択肢を私に押し付けるのは止めてください! あなたなら出来ます! あなたが成るべきです! 彼に神の座を渡す気はないのでしょう? このまま滅びてもいいんですか!」
「それはお前の仕事だろう。それこそ俺に押し付けるな。俺も探しはするが、神に相応しい存在など居るものか。その選定基準はなんだ?」
「この世界を託してもいい存在ではありませんか? あなたが今まで生きて来た世界。それを託したい相手は居ますか?」
リブラの言葉に俺を父と慕ってくれる三人の顔が思い浮かぶ。
「この世界で生きていたいという存在。そしてあなたが託したい存在。勿論あなた自身でも構わないのです。・・・私は除外してくださいね!」
託したい相手か。そうなれば次代の神の選択肢も出てくるな。
それにしても俺が元ナビゲーターか。神ではなくそれに準ずる力を持った存在。確かにそれはありえる。
だが俺には地に足を着けた記憶がある。それは天上の存在ではない筈だ。
リブラはすっかりその気だがどうだろうな。
俺はこの部屋に写真を飾る。
・・・オニアック教二人掛け王牙像に。
本当に置いておくのかコレは。他に置き場がないから仕方なくだが。これはいつまで残るんだ?




