第百章 勇者の遺骨
俺達は魔王城跡へと向かっていた。
人間が結界の塔に集結するのを待つ間、俺達魔物はそこを攻める準備をする。
結界内で見つからない人間を探し回るよりも、集結状況を見て人間の動向を探る方針だ。何より叩くなら集まってからの方がいい。
その状況で魔王城跡に動きがあったとの事だ。
今や魔王城という迷宮の入り口から吐き出された残骸が溜まっている状態だ。次元や空間を歪めるようなとんでもない代物が積みあがっている。とてもではないが近づける状態ではなかった。そこに変化が起こったらしい。
俺はジンバに乗り、レオニスたちはオーガサイズの魔素人形に乗っている。今回はレオニスとムリエルだ。あそこに巣食う魔王種は魔物ではない。神の代弁者が人間の神の加護の一極をさせるために、疑似的に人間の敵対者という人間を選別した。つまりは改造された人間だ。魔物ではない。つまり人間と会話できるメンバーが必要なわけだ。ベースが人間であるレオニスとコア付きであるムリエルが最適という訳だ。リンセスもツインコアで会話が可能だが、戦闘という面においてあまりにも危険だ。
そして魔王として魔王種の改造を行った元魔王パルテは参加していない。魔王城の状況よりも人間への対抗策の方が忙しいとの事だ。なにより魔物に転生した時にその時の記憶や技術は一部失われている。それ以上に思う所もあるだろう。
そして見えて来たものに俺は目を疑った。
「スペースコロニー・・・」
これはリンキンから話は聞いていたのだが。今の魔王城跡は円筒型のスペースコロニーが縦に突き刺さったような状況と聞いていた・・・。
そのままだ。いや、そのままだ。ミラー部分は流石に無いが、円筒型の内部に空や大地が見える。
あの中は重力があるのか?
聞いた話では円筒部分からの侵入は不可能。下の入り口から入るしかない。内部は迷宮になっており、この見えている通りの地形ではないらしい。アレもスクリーンで映像が映し出されているだけの可能性もあるな。
その入り口はいくつもあるのだが、そのいくつかが町になっている。
つまり異世界名物迷宮街だ。
この迷宮内部で手に入れた物品を取引しているのだろうな。
俺とジンバは魔素人形とともに待機。レオニスとムリエルが迷宮街に向かう。
ーーー
そこは異質な空間だった。
基本は石造りだが迷宮の材料があちらこちらに使われていて何とも言えない空気感だ。魔王城が落ちる前の加護列車の残骸も見える。魔素人形はあまり見かけないな。ここには魔素人形の整備工場などがあった筈だが。
それよりも異質なのは行きかう人々だ。人間と魔王種が混在している。魔王種は言わば亜人種と見てもいいだろうな。ただその見た目は下手な魔物よりも魔物だ。俺と空中戦をしたようなゴブリンウイングの様に羽が生えているのは勿論、多腕であったり魚人であったり、コイツラの方が俺達魔物よりもよっぽど魔物だろう、というような奴らが跋扈している。
これが人間を改造したというなら転生前の魔王であるパルテの技術力は相当なものだったのだろうな。
俺は今レオニスと意識の共有をしている。そして竜翼を出しているのだが、ここでは竜翼など珍しくもないのだろうな。
ただやはり会話が聞き取れない。レオニスはわかっていて俺に説明しようとするがそこにノイズが走る。特に固有名詞は駄目だな。街の名前などは完全に無理だ。魔王種の特別な形は判別できるが個体識別も出来ない。名前と顔を判別どころか把握することもできない。
魔物とそれ以外の人型では意思の疎通ができない何かの仕掛けがあるのだろうな。
「王牙。アレを見るのじゃ!」
ムリエルの声にそちらを向くと俺が作ってムリエルが封印した改変された黒曜石の剣が見える。
メタ的に言えば「第一期第五十四章 王牙戦記」の最後の方だ。
だがその形状が変わっている。
黒曜石の剣はその名の通り黒曜石を俺の大地の支配で剣の形に作り出したものだ。刃が出来る様に刀身は黒曜石を割った状態でギザギザだ。それが光沢を持った真っ直ぐな黒い刀身に変わっている。
ここに刺して封印したのはギザギザ刃の黒曜石の剣。俺が世界の改変で形の変わらない物に改変したものだ。それこそムリエルでも解体が出来ないほどに強固な代物だった。削って真っ直ぐな刀身を出すというような事は考えられない。
「ムリエル。アレはわたしが作ったのだわ黒曜石なのだわ?」
俺がレオニスの口でムリエルに尋ねる。
「アレに間違いはないのじゃ。我の封印もそのままじゃ。アレを抜いたようには感じられん」
「わたしにもそう見えるのだわかしら。更に改変を施された可能性はかしら?」
「それは考えられんのじゃ。我ですら干渉できない物じゃ。これはこれ自身が変化したと見る方が自然じゃな」
「この剣が自分で変わったという事の?」
「剣が変わったというより周りの認識で変えられたという方が正しいの。ここに刺さっているのは急造でお主が作った黒曜石の剣ではなく、由緒正しき封印された聖剣だという認識が、この剣の世界の改変を歪めたのじゃろう」
「そんなことがありえるかしら?」
「・・・」
ムリエルがこちらを向く。
「さっきからなんなんじゃ! わかりにくいのじゃ! 普通に喋らんか!」
「俺がレオニスと繋がった時はオネェ言葉だったかしら。あの方がいいのかと思ったかしら?」
「やめい! 状況以上にそっちが気になるわ!」
(お父様、私も。正直自分の声ながら聴くに堪えないわ)
そこまでか。
レオーネが居た時は自然に思考が切り替わっていたがそういうものが一切ない。
「このままで喋った方がいいか?」
(お願い)
「最初からそうせんか!」
ふむ。折角のレオニスの可愛い声だ。それに見合った喋り方をしたかったが仕方ない。いつかまたオネェ言葉を精進してから使うとしよう。
「それに興味があるのか? お二人さん」
そこに声をかけて来たのは聞き覚えのある声だ。この声は俺がアンデッドだと勘違いした魔物の声。黒骸骨だ。
その体の芯にある骨は勇者の遺骨。
そう勇者の魂レオーネが輪廻から外れて自在に動ける状況を作り出している元凶。
勇者の遺体が魔素を纏って動いている。いうなれば勇者そのものだ。
俺はレオニスの姿で黒骸骨に話しかける。
「お前は俺達に興味がある様だな。黒骸骨」
「それはそうだ。なぜこんな所に魔物が居る? しかも人間に憑依しているのか? お前はなんだ?」
「魔物なのはお前も同じだろう。それこそ連れていた人間はどうした。相互研究は終わったのか?」
「俺の事を良く知っているみたいだな。お前なのか? 俺をこんな姿にした魔物は」
ブフォーーー!!!っと俺が噴き出す。
「何が可笑しい」
コイツは勇者の遺体が自分で魔素を纏った存在ではないのか。それが魔物のせいなどと。
「つくづくお前らは人のせいにするのが好きなのだな。自身で魔物になったという思考はないのか」
「何を知っている」
「何もかもだ。死ねないお前のせいでこちらがどれだけ迷惑しているか、知りもしないのだな」
コイツは関与していないらしいが、レオーネは勇者であるお前の魂だろうに。無責任な事だ。
黒骸骨が剣を抜く。俺は竜翼を展開して迎え撃つ。
これは魔剣か。魔素吸収の魔剣。魔物が持つなら最適だな。魔素で出来た俺の竜翼の削られ方が早い。形はバスタードソードだ。威力も高い。
駄目だな。俺は無手での戦闘も出来るがレオニスの体でする事じゃない。
そういえば神呪は問題ないか?
(大丈夫。何も動きはないわ。鎧としても使える。必要なら言って)
心得た。
「ムリエル。剣の封印を解いてくれ」
「わかったのじゃ」
ムリエルが台座に向かうと、俺はそれを背にする。
「王牙! 抜けるのじゃ!」
俺が下がって黒曜石の剣を抜くのを黒骸骨は眺めている。抜けないとタカをくくるというよりも、期待か?
俺はレオニスの身の丈ほどの黒曜石の剣を竜翼で掴んで引き抜く。流石にオーガサイズだ。レオニスの手で握るのは無理がある。
だが竜翼で握った黒曜石の剣が縮小していく。すり抜け落ちてくる黒曜石の剣を受け止めると丁度いい大きさに変わっている。
これはなんだ? こんな機能はないはずだ。
これをムリエルが解体できなかったのも、ただ俺が硬く変わらぬという改変を施したからだ。その改変を無効化し更なる改変を施してあるというのか?
「なんだ? 剣を手に入れて勇者気取りか」
勇者の遺骨がそれを言うな。
だが考えている暇はない。俺はフィットサイズの黒曜石のロングソードを握り直す。武器があるなら別だ。俺は竜翼をしまうと魔王の心臓を最低出力で起動する。
感覚が鋭くなる中、黒骸骨の突きの一撃が迫る。私はそれに絡める様に、撫でる様に剣を這わせていく。剣戟ではなく刃を滑らせるように走らせ魔剣の表面を削いでいく。魔剣に絡みつくような私の動きに気付いた黒髑髏が剣を引くけどもう遅い。私の剣が魔剣を離れるころにはその刀身に大きな切れ込みが走る。その刀身の芯にまで届く大きな切れ込み。それで打ち込んだらその剣はどうなるでしょうね?
黒骸骨も気付いたようで攻めに転じれない。そこに私は肉薄する。苦し紛れに盾にされた魔剣が私の剣で二つに裂かれる。
驚いている場合ではないでしょう。次に裂かれるのはあなたの体なのだから。私の剣が黒骸骨の体を滑る。その魔素の体を切り裂き骨に達する。すると私の剣が巨大化してきた。
これは、黒曜石の剣が元の大きさに戻ろうとしている?
俺は魔王の心臓の機能を停止させると竜翼を展開する。元の大きさに戻った黒曜石の剣を取り落したからだ。
コイツは勇者の遺体。今はその骨に勇者の特性が宿っているのか? 神の力を無効化する勇者の力。改変された力が無効化され黒曜石の剣が元に戻った。
今はそれよりも不味いことになった。黒骸骨が拾い上げた黒曜石の剣が黒骸骨サイズに変化している。改変が無効化されたのはさっきの一瞬だけか。
黒骸骨が攻勢に回る。だが打ち込まれる剣戟は物理だ。魔素吸収の魔剣よりは楽だ。竜翼で捌けている。
問題はレオニスの体力だ。魔物と違って長時間全力を出せない。息が切れ始めている。
「王牙! こっちじゃ!」
ムリエルの声にそちらに向かうと何やら火のついた玉のようなものを持っている。煙幕か。
それが炸裂すると視界はおろか魔素の目すら眩まされる。これならば逃げることも可能だろう。
「王牙と言ったか! 俺の名はーーーだ! 憶えておけ!」
やはり聞こえないな。人間の言葉の固有名詞は無理か。
「その名は俺には届かんぞ! 俺の名は王牙だ! お前の事はマカツと呼ぶ! 憶えたぞマカツ!」
俺はムリエルに手を引かれ走る。
面倒な武器が面倒な相手に渡ってしまったな。アレは物理無効を無効化できる。防護系は抜かれる可能性があるな。留意すべきか。
しかしこんな所で奴に合うとはな。これでは調査どころではないな。
ーーー
俺は俺の体に意識を向ける。
意識が街の外で待機してた俺の体に戻る。
さっきまでそこらで遊んでいた馬ジンバが人型に戻って放心している。
「どうしたジンバ?」
「あ、いえ、わたくしもレオニス様と一緒にデートをしたかったなと思いまして」
「とんだ邪魔が入ったがな。まさか勇者の遺骨がここに来ているとはな」
「勇者の・・・遺骨ですか」
「お前は知らないのか。この世界を救ったとされる勇者は死ねないそうだ。その体が彷徨っている。お陰で勇者の魂のレオーネが魂のままで輪廻には戻れないそうだ」
「ああ、あのレオーネというレオニス様を狙っている存在ですか。それが勇者の魂なのですか」
「おいジンバ。お前が聖女経験者だからと言ってレオーネに敬意を持つのは止めろ。奴の目的は未だに不明だ」
「いえ、もし、勇者の魂とその体が出会った時はどうなるのでしょう」
珍しいな。ジンバがレオニス以外に興味を抱くとはな。
「さてな。勇者の復活かもしれんぞ。だが、この神亡き世界で今更出てきても役不足だろう。レオニスの害にならんのならそれも手ではあるがな。実際ははるかに厄介ごとが増えそうだ。やるなら結果が知れてからだ」
ジンバは納得したように頷く。
勇者の完全体か。流石に魔物の味方にはなり得んだろうな。
▽
Tips 王牙の女言葉
ネタバレ含む。
王牙がレオニスと精神を繋いでいる時は女言葉になっていた。それはレオーネが関係していた。だが現在の王牙はレオーネが居ないため女言葉が使えない。
魔王の心臓を起動したときに女言葉になるのは、魔王の心臓にレオーネとの意識のリンクを作る仕掛けがあったため。
つまり勇者の遺骨の存在をレオーネが知ったという伏線。




