表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第2章

「……うつわ?」

ハヤトはその言葉を聞いた瞬間、ぽかんと目を瞬いた。

『アルセリア』のヘビープレイヤーである彼が、その意味を理解しないはずがない。

──お前らはあの“モノ”を大して珍しくも思わず、数分で出して、ティッシュで包んで、ポイと捨てているだろう。

だが、邪道に堕ちた女修士にとってはかなり貴重なものなのだ。

何しろ、うつわは“火気”が旺盛であればあるほど良い。

うつわの火が強ければ強いほど、彼女たちの修業の速さは跳ね上がるのだから。

だからこそ、ハヤトはその言葉を聞いた瞬間、顔色を変え、目の前の少女を見やり、心の中で叫んだ。

(……そんなおいしい話がこの世に!?)

『アルセリア』の中でも、この道に走るプレイヤーは確かに存在した。

大人でさえあれば、あらゆる自由が許されるゲームだ。

ただし、この修行ルートは“最低クラスの産廃スタート”として有名で、上限がやたらと低い。

そんな邪道まっしぐらの方法で強くなれるはずがない。

しかも、うつわとなった側は五回修行するごとに一回死ぬ。

乾ききったミイラとなって。

それも、一滴残らずに。

プレイヤーなら復活できるから好きに遊べるが、ハヤトにはそれができない。

彼の復活は有限で、命は一つ。

こんなことで浪費してたまるか。

命を賭けるなら、完璧なスタートのため──そんな価値ある場面だけでいい。

こんな上限の低い修業法なんて、論外だ。

面白そう、と思ったのは一瞬だけで、ハヤトはすぐに対策を考え始めた。

     * * * 

同じ頃、彼の前に立つ少女──シェリも、胸の内で様々な思いが渦巻いていた。

武芸の名門に生まれた彼女だが、こんな辺境みたいなところにいる因縁は複雑だ。

偶然手に入れた秘密の法剣と魔功のせいで、両親は命を奪われ、一人生き延びた彼女は剣と魔功を抱え逃げ延びた。

この世界では、誰もが修業できるわけではない。

『アルセリア』でもレベル10までは、武人と大差ない存在。

本当の修業はそこからだ。

彼女が手にした修業法──それは邪道に堕ちた者の魔功。

修業の第一条件は、「異性のうつわを持つこと」。

まだ純潔の少女であるシェリには、とても耐えられるものではない。

そもそも、その“行為”自体もよく分かっていない。何せまだ十六歳なのだ。

だが、仇は討たねばならない。

追っ手は迫っている。

強くならなければ死あるのみ。

魔功こそが、今の彼女の唯一の頼り所だった。

そしてこの法剣も、修為が無ければただの重くて鋭い鉄だ。

だからこそ、うつわが必要なのだ。

だが、そんなもの……どうして、どうして……!

その時だった。

彼女はハヤトを見つけた。

「世にこれほど美しい男が……?」

シェリの心臓はどくん、と跳ねる。

その直後、追っ手の気配に気づき、顔色を変えた。

次の瞬間、ハヤトの視界に残像が走り、気づけば彼は横抱きにされていた。

まるでサーフボードのように。

少女の淡い香りが鼻を掠め、ハヤトは心の中で叫ぶ。

(ちくしょう、怪力娘かよ!)

シェリは軽く地を蹴り、北へ一気に駆け出す。

ハヤトを抱えたままなのに、まるで重さを感じていないかのように。

ハヤトの体重など、法剣に比べれば羽のようなものだった。

「ぶはっ……!」

強風が口に吹き込み、ハヤトは慌てて口を閉じる。

その時、至近距離で宝剣の情報が視界に浮かんだ。

【剣名:剣聖のアスク(紫)】

「……紫だと?」

ハヤトは驚愕した。

どうりで形状がおかしいわけだ。

ただの鉄ではない。

剣聖の名に恥じぬ逸品。

そしてシェリの顔を見上げ──視線が胸に遮られ、半分しか見えない。

……それでも、反則級に美しい。

(これ……俺、むしろ得してない?)

シェリは無自覚だが、極度の“顔至上主義者”だ。

母から「男は信用するな」と言われて育ったが──

「どうせなら一番好みを選べばいい」とも教えられた。

(……理に適ってる気がする)

そもそも、父が母に選ばれたのも顔が良かったからだ。

うつわを持つにしても、好きな顔の方がいい。

醜い相手では、修業中に気が散って気持ち悪くなるしかねない。

だが、目の前の男より綺麗な人間がこの世にいるか?

──いない。絶対にいない。断言できる。

そのうえ、明らかに一般人。

力もない。

なら、好き放題できる。

(……うん、決まり!拉致する!)

シェリは剣を抜き、ハヤトに向ける。

が、言葉が出てこない。

十六歳の少女には荷が重い。

長い沈黙の末、真っ赤になって絞り出した。

「……従う? それとも……従わない?」

ハヤトは苦笑した。

声の幼さで少女だと確信したが、今の彼には勝ち目がない。

「……ここで、は? マズくない?」

シェリの顔は更に赤くなった。

耳まで真っ赤だ。

──ここでなんて、できるわけないでしょう!

なのに、どうしてその苦笑まで格好いいの……。

その瞬間、彼女の周囲に数字が浮かび上がった。

「好感度+1」

「好感度+1」

「好感度+1」

(……え、好感度システムまで持ち越し?)

ハヤトは呆然とした。

NPCの好感度なんて、昔は地獄のように上がらなかった。

足が折れるほど走り回っても+1されるかどうか。

好感度の条件が揃わなければ、隠しイベントなんて起きない。

それなのに──

(なんでこんな簡単に……?俺の魅力が“1”から“10”になったから?)

彼は困惑したまま天を仰ぐ。

その45度角の横顔が、またシェリの心を撃ち抜いた。

(この顎のライン……横顔まで綺麗……)

「好感度+1……+1……+1……」

「……は?」

理由は分からないが、好感度が上がるのは良いことだ。

命の保証に直結する。

むしろ──彼女は何か問題を抱えた少女なのでは?

説得して真人間に戻した方がいいのでは?

そんなことを考えていた時、シェリの視線がふっと東を向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ