第1章
山、森、そして小川のほとり――。
ハヤト(隼人)は、再びこの見知らぬ世界を見渡し、思わず口元をぴくりと引きつらせた。
幼い頃に両親を亡くしたこと――そこまでは“異世界転生テンプレ”の第一条件に確かに当てはまるし、“主人公は孤児”というお約束にもきっちり合致している。
だが、まさか本当に自分が異世界へ飛ぶ日が来るなんて、夢にも思っていなかった。
そういえば今日は、元カノ二人に「ヨリを戻したい」と言われていた日でもある。
今となっては良い具合に厄介ごとが減ったといえるかもしれない。
優秀な男は、どうしたって苦労が絶えないものだ。
川面に映る“その顔”を見た瞬間、ハヤトはようやく自分がどんな世界へ来たのかを理解した。
剣のように整った眉、星のように輝く瞳、均整の取れた造形――どこにも欠点が見当たらない、完璧すぎるほどの美貌。
「……こんな、反則みたいに整った顔って、ある?」
見覚えがあるのも当然だ。
なぜなら この顔は、自分が転生前に“メイク”したもの だから。
そう、これは“作った顔”なのだ。
ついさっき新規作成したゲームキャラの顔。美形設定を最大まで振り切り、自分好みに調整した結果が、まさにこの顔だった。
「てっことは……ここ、《アルセリア》の世界ってことか?」
《アルセリア》は説明不要なほど人気のゲームだ。
プレイヤーたちは、あまりにも精巧なその世界に「もしかして、これって本当に存在する異世界なのでは?」とさえ疑問を抱いた。
“別次元からの投影”なんて説を真顔で語る者もいたくらいだ。
異世界の世界観で、飛行も技能も自由度も、とにかく何もかもが規格外。
ハヤトはその《アルセリア》の熱狂的プレイヤーであり――もっと正確に言えば、このゲームで生計を立てていた。
ギルドに所属していないにもかかわらず、このゲームだけでそれなり稼げていたのだ。
今回このサブ垢を作ったのも、手間と難度が高い新人クエストをクリアしてアカウントを売るため――
……だったのに、まさか異世界転生するとは!
「この新垢……まさか呪われてんじゃないだろうな!?」
とはいえ、この超絶イケメンの顔は、精神的にはかなりの救いである。
彼は水面から目を離し、小川のほとりに座り込んで、自分の【キャラステータス】の確認を始めた。
ゲーム世界に転生し、しかもステータス画面付き――これは予想外すぎる大ボーナスだ。
……ただし気になることもあった。
「なんでオレ、“NPC”扱いなんだ?」
とはいえ、もうプレイヤーではない以上、ある意味当然の帰結なのかもしれない。
目の前に開かれたステータス画面には、はっきりとこう記されていた。
ネーム:ハヤト
テンプレ:NPC
種族:人族
レベル:0
経験:0/100
HP:100/100
霊力:0/0
悟性:1(成長可)
魅力:10(上限値)
その他、解放されていない項目はいくつかある。
一番下に書かれたのは短い総評――
【世界を震撼させるほどの絶世の凡人。】
通常なら、どれだけキャラメイクで美形にしても初期“魅力”は1。
しかもNPCから見た外見は補正され、ほぼ平凡になる。
だが――
生身の身体を得たせいか、NPCテンプレのせいか……理由は不明だが、魅力値はまさかの“満点”だった。
「……ま、イケメンは正義だし?」
深く考えることをやめ、ステータス画面を閉じた彼は、ふと何かを思い出してもう一度画面を開く。
右下――。
そこにはこう記されていた。
【復活回数:1】
「……っはぁぁ~……よかった。ちゃんと付いてきてる……!」
復活回数はプレイヤーなら貯められる。上限は10だが、あるだけで助かるものだ。
ただ、ハヤトの場合、NPCでおそらくこの1回で終わりだろう。使い切れば完全にアウトかもしれない。
彼がこれを気にする理由は二つ。
一つ――この世界で生きていくには、何より“命の保障”が大事。
二つ――例の新人クエストには、復活回数を1つ消費する仕組みがあるからだ。
つまり、あのクエストをやるということは――
命を一つ差し出す覚悟が必要だ。
確かに報酬は段違いで、“最強のスタート”と評されるほどだが……
命は一つしかない。軽々しく決められない。
「……でも、よく考えれば、もう一つの“最高のスタート”の方が、もっとリスク高いんだよな……」
ハヤトはじっくり悩み始める。
最高の開始を選べば、後の道は格段に楽になる。
だが、別のルートなら今は安全でも、後々必ず影響が出る。
――そのとき。
「……ぐぅぅぅ……」
腹が鳴った。
ああ、クソッ……空腹までリアル仕様か!
「――ッ!?」
突然、背後から、ごくわずかな風切り音。
何かが高速でこちらへ近づいてくる。
目で追えるのは、ただの残像だけ。
「やべっ……修業してる連中のレベルだ……!」
その影は通りすがりのつもりだったらしいが、ハヤトが振り返った瞬間――目が合った。
ほんの一瞬のはずだった。
……だが、ハヤトの顔をはっきり見たその人物は、思わず「……えっ?」と声を漏らした。
そして方向転換。
木の梢を軽く踏み、ふわりと舞い降りる。
彼の少し先――。
狐のマスクで半顔を隠したその人影は、どう見ても女性だった。
小柄だが、メリハリのある体つきで……一言でいえば、
“胸で道を切り開くタイプ”
大きな瞳はマスク越しでも美しく、だがどこかかすかな幼さを帯びている。
彼女の身のこなしを見る限り、ハヤトとはレベルが桁違い。
本気を出されれば数百回は地面に叩きつけられるだろう。
0レベルには人権がない。
この《アルセリア》大陸では、まさに“雑魚中の雑魚”だ。
ハヤトは相手の意図を測りかね、最大限の警戒心を向けた。
少女――いや、女性と呼ぶべきか迷うその人物は、じっと彼を観察し、最後に視線を彼の顔へ固定した。
そして、堪えきれない様子でぽつりと呟いた。
「……なんて……なんて……最高級の器なのっ……!」




