懐かしい場所
結論から言うと、お姉ちゃんに託された秘密探しは思ったよりもずっと難航してしまった。
あたしには日替わりで神官さんが一人付き添うことになってるんだけど、テオ以外の神官さんたちはまあ見事なほど、あたしのそばにべったりだったからだ。
掃除だのなんだのも、自分が代わりますとかもっと簡単な作業をしてくださればいいですとか言われて全然自由にできないし、薬草園の世話のときには本当にこっちをじーっと見てる人が多い。いや、あたしを見てもしょうがないでしょうよ。薬草の生育具合を見てよ。そういう時間よ、今。
だから、あたしがさりげなく隠し場所を探れるのは、結局テオがあたし付きになってくれた日だけだったのだ。
あたしとテオは、「先代の聖女サーシャ様こそ聖女の中の聖女同盟」を組んでいる仲間だ。近くに誰もいないときは、小声でこっそりといかに聖女サーシャが……あたしの大好きなお姉ちゃんが素晴らしい人なのかって話をしたりしているくらい。
そんなテオにまで隠し事をしているようで心苦しいけど、こればっかりはまだ話せなかった。
少なくとも、お姉ちゃんが何を隠して、グレゴーリオが何を企んでいたのかが朧気にでもわかるまでは。
(さてと、最後はネリアか……)
お姉ちゃんが残した言葉の通り、あたしは最後に孤児院のネリアに会うことにした。
どうやら、お姉ちゃんは何かの帳簿をちぎっていろんな所に隠したらしい。これまでの三カ所で見つかったものには、みんなそれっぽい文字が書いてあった。
だけど三枚だけじゃ全然足りなくて、後半がごっそり空いてたから、きっとそこを預かっているのがネリアなんだろう。
孤児院への慰問自体は何度も行ってるけど、あたしはネリアにこれまで何も聞かずにいた。そもそもあたしがネリアからあんまり好かれてなくて、話す機会がないっていうのもあるんだけど。
「さあ皆さん、今日は聖女様が来て下さいましたよ。ちゃんとご挨拶をしてね」
「せいじょさま! おはようございます!」
「せいじょさまあそんで! これクッキーです! きのうつくったの!」
「みんなでね、あのね、ごろごろーってしてね、ぱこってね」
「あたしのもみて!」
「ちがう! ぼくのがさき!」
あはは、今日もみんな元気だ。っていうか、お菓子を他人に分け与えようとするの、地味にすごいね。あたしたちのいたところなんて、奪い合いだったもんなあ。やっぱり、最低限でも衣食住が足りるって大事よね。
ここは王都の中でも一番大きな孤児院だ。建物はかなり古くさいけど、まあ雨漏りとかはないし使えるかなってくらいの古さ。あたしとお姉ちゃんがいた、あの小さくてオンボロな孤児院よりはマシでしょう。
運営資金は全部神殿が出してるはずで、おばあちゃん神官のエルデラさんって人がまとめ役になり、数人の神官さんと一緒に子どもたちの世話をしている。
国から神殿に寄付金を出す理由の一端が、この孤児院らしい。まあ、ここがなくなったら結構キツいものがあるってことなんでしょうね。
あたしたちがいたところみたいに商家の寄付でやってる孤児院もあるけど、そういうのは大抵小さくてボロいものだ。なんたって、商売の余剰金を寄付に回してるだけだから、経営が傾けば一瞬で吹き飛ぶのよね。貴族の人がお金を出してるところは割と安定してるみたいだけど、それだってここほど大きくはない。
正直、もうちょいお金を出してあげて欲しいと思うけど、こればっかりは仕方ないのかな。なんていうか、寝具とかもかなりくたびれてるし、人数に対してまあまあ狭いし、おもちゃとかもさ……いやまあ、下を見ればキリがないし、全然マシな方ではあるんだけど。
でも、二度ほど普通の家での暮らしを見てしまったあたしからすれば、あともう少し手を掛けてあげたいな、と思うところはいろいろあって、ちょっと複雑。
いくらイルエレ様の教えがこう……質素倹約って感じだとはいってもねえ、子どもたちのためならもうちょい許されるでしょ、もうちょい。
エルデラさん曰く、神殿の寄付金にもあまり余裕がないとかって話だけど……あの神殿、割と素っ気ない作りだしお金かかってるところそんなになさそうだよね。どこにかかってんのかな。
まあテオみたいに住み込みの神官さんの人数も割といるし、維持費って意外とかかるもんなんだろう。
そう、最近知ったんだけど、神殿の運営にかかってるお金って、実は全部公開されてるんだ。国や信者さんたちの寄付金で運営されてるから、きちんと公開する決まりなんだって。
言えば誰でも見せてもらえるし、去年とかの古い帳簿は書庫に普通に置いてあるから、神官さんやあたしなんかはいつでも見られちゃうのよね。
「皆さん、元気そうで何よりですわ。おばあさまとクッキーを作ったのね、とっても素敵。女神様にも捧げたいから、あとで包んで下さる?」
ここにいる子どもたちは、エルデラさんのことを「おばあさま」と呼ぶ決まりらしいので、あたしも子どもたちにならってそう呼んでいる。本当のお祖母様に会ったことはないから、なんだか不思議な感覚だわ。お姉ちゃんは、どんな風に思ってたんだろう。
「めがみさまにも!?」
「めがみさま、おれたちのクッキー、たべてくれる!?」
「きっと召し上がっていただけますよ。さあ、今日は何をして遊びましょうか」
わーっと集まってきた子どもたちをいなしながら、あたしは孤児院の中に入る。今日のお付きの神官さんは割と子ども好きの人みたいで、外遊びの好きな子どもたちと遊び始めていた。よしよし、なるべく引きつけといてね、子どもたち。
あたしは本を読んで欲しいとせがむ子どもたちに読み聞かせをしながら、ネリアの姿を目で探す。ネリアは少し離れたところで、一人でお絵かきをしていた。
二冊目の絵本を読み終わったところで、わざとらしくけほんとひとつ咳をする。
「うーん、困ったわ。たくさん本を読んだら、喉が渇いて咳が出ちゃった。誰か、おばあさまからお水をもらってきてくれる?」
「わたし!」
「ぼくもってくる!」
わっと子どもたちが移動したところで、あたしはネリアに近づいた。
ネリアはこちらを見もせずに、黙々と絵を描いている。
小さな女の子と、大きな女の子の絵。……小さな方はきっと、ネリア自身ね。髪型がおんなじだもの。
「ネリアは絵が上手ね。これはきっと、ネリアと、先代の聖女様よね?」
「……」
わかるよ。大好きなんだもんね。ふわっとした長い髪も、背の高いところも、とっても上手に描けてるよ。
お姉ちゃんがこれを見たら、きっと喜ぶだろうって思うくらい。
「あのね、ネリア……わたくし、今日はネリアに、先代の聖女様の……お姉様の忘れ物を渡して欲しくて来たの」
「……!」
はっとしたように、ネリアがあたしを見た。
うん、初めて目が合ったね、ネリア。
あたしは、お姉ちゃんをこんなにも好きでいてくれるあなたが、大好きだよ。
「わたくしも、先代の聖女様が……お姉様のことが大好きなの。本当よ? お姉様のような、素敵な聖女になりたいとずっと思っているわ。だから、お姉様のことが好きなネリアのことも、大好きよ」
「……」
「あなたはわたくしのことが好きではないのよね、大丈夫、わかっているわ。お姉様のことが好きなのだもの、それは仕方のないことよ。でもね、あの忘れ物のことは、わたくしがお姉様から託されているの。渡してもらえないと、お姉様もわたくしも困ってしまうのよ。だから……」
ネリアはしばらく黙ってあたしを見ていてから、絵を描くのに使っていた筆箱に手を伸ばした。あ、それ、二段になってるのね。
かぽんと外れた下の箱から、折りたたまれた紙が出てくる。
「……これ。まえのせいじょさまが、つぎのせいじょさまに、わたしてって」
「ネリア……」
「わたし……、わたし、ごめんなさい。せいじょさまの、こと、わざと、むししてた……」
「ううん、いいのよ。気持ちの整理を付けるのには、大人だって時間がかかるもの。お姉様の忘れ物、ちゃんと預かっていてくれてありがとう、ネリア」
あたしは渡された紙を素早く服の中にしまって、涙目で謝ってきたネリアを抱きしめる。大丈夫だよ、いい子だよネリアは。泣かなくて良いんだよ。
「せいじょさま……まえの、せいじょさまは、ほんとうにたびに、でちゃったの? おばあさまが、せいじょさまは、ダイシンカンさまにあいに、たびにでたって……」
う、どうしよう。先代の聖女サーシャ様こそ聖女の中の聖女同盟三番目のこの子に嘘を吐くのは忍びないけど、でも……。
「ほんとうは、ちがうんじゃないの? ほんとうは……ネリアのこと、……わたしのこと、きらいになったから、もうこなくなっちゃったんじゃ……」
「そんなことないわ! お姉様は、ネリアのことを嫌いになったりしない!」
ああーそっちの心配かあ! それなら大丈夫っていうか、それは全否定するから! お姉ちゃんに限ってそんなこと絶対ないから! 大丈夫だから!
ぐずぐずと泣くネリアをなだめているうちに水を持った子どもたちが戻ってきて、ついでにエルデラさんもやってきたから、あたしは忘れ物云々は抜かしてざっくり事情を説明した。このままだとあたしがネリアを泣かせた悪い奴みたいになっちゃうもんね。
「前の聖女様は、それはもう子どもたちに好かれておりましたから……特にネリアはべったりで。ご祈祷やらなにやらでお忙しいのに、こまめに顔を出して下さって……ここのキッチンで、子どもたちとお菓子を作ってくれたこともあるんですよ」
「そうだったのですね……」
エルデラさんが懐かしそうに言ってから、しまった、というようにあたしを見る。ああもう全然良いの気にしないで! むしろお姉ちゃんを褒める話なら何時間だって聞きたいくらいですから!
「姉が素晴らしい聖女だったことは伝え聞いておりますし、妹としてはとても誇らしい気持ちです。……わたくしも、姉のような聖女でありたいと思っているのですが、まだまだ至らないところばかりでお恥ずかしい限りですわ」
「アリスティア様はまだ聖女になられて日も浅いのですから、あまりお気になさらずに……。子どもたちはもう、アリスティア様が来て下さるのを、心待ちにしておりますよ」
「それでしたら嬉しいですわ。……ただ、その、わたくし料理はとても不慣れで……一緒にキッチンに立てる日は、来ないかも知れませんが」
そう、お姉ちゃんはお菓子作りとか上手で、孤児院にいた頃も少ない材料で工夫して何か作ってくれたりしてたけど、あたしはその辺からっきしダメなの。なんでかなあ?
だから先に言っておこうかなって思ったら、エルデラさんは一瞬目を見開いてから笑ってくれた。
「アリスティア様のように完璧に見える方でも、できないことがあるというのは、なんだかほっとしますわね」
「まあ……わたくし、できないことばかりですわ。できるようになりたくて、日々もがいておりますのよ」
「それなら、なおさら素晴らしいことですとも。その姿勢こそが、あなた様を輝かせる理由なのですね」
エルデラさん、優しいなあ。
きっとお姉ちゃんも、この人が作り出す孤児院の雰囲気が好きだったんだろうな。なんとなくわかるよ。あたしも、ここに長居したくなっちゃう。
とはいえそろそろ次の祈祷の時間が近い。あたしは名残惜しい気持ちを抱えたまま、おばあさまと子どもたちに別れの挨拶をして隣の神殿に戻った。
ネリアは初めて、あたしに手を振ってくれていた。




