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姉からの手紙

 そのわずかな空間には、かなりの枚数ありそうな紙が紐でまとめられて入っていた。あたしは恐る恐るそれを取り出して、紐を解き開いて見る。


『アリスへ。

 元気にしていますか?

 いつも礼拝に来てくれてありがとう。

 昨日、昔の夢を見たのよ。まだあなたと暮らしていたころで……

 小さな貴女がベッドの上にいて、私はソファの』


(これ、もしかして……お姉ちゃんからあたしへ宛てた手紙!?)


 ベッドの上、ってところにあとからもじゃもじゃと線が引かれてるし、文章も途中で終わっちゃってるから、きっと新しく書き直すことにしたんだろう。

 あたしが何度手紙を出しても返事は一度も来なかったけど、もしかしたらこの部屋で、お姉ちゃんは返事を書いてくれていたのかも知れない。

 それが、あたしの手元に届かなかっただけで。


(お姉ちゃん……あたしの手紙、読んでくれてたのかな……)


 それならもっとずっと書けば良かった。神官さんから辞めろと言われて、届いてないのかと思ったから書かなくなったけど、本当は届いてたんなら返事なんてなくたっていくらでも手紙を書いたのに。

 あたしは後悔しながら出てきた全ての紙を読んだ。十枚以上もあったそれは、予想通りあたしが書いた手紙への返事だ。

 だけど日付を見ると、どうもあたしが出した最初の二、三通への返事だけで、それ以降の手紙に対するものはない。


(あたしが手紙を辞めるよりもずっと前に、お姉ちゃんの返事は終わってる。……やっぱり、どこかで、お姉ちゃんに手紙が届かなくなったのかも)


 でも、最初のうちは、お姉ちゃんのところへちゃんと手紙が届いてたし、お姉ちゃんも返事を書いてくれてたんだ。

 嬉しいような悲しいような気分で、あたしは何度もその紙の束を読み返した。

 そして、ふと気づく。


(……お姉ちゃんは、どうして、最初の一枚だけ失敗したのにしたんだろう?)


 そうなのだ。

 他は全て書き上がった手紙なのに、一番上の一枚だけは、書き損じたみたいに中途半端なものだった。他にもそういうものが混ざっているならわかるけど、この一枚だけっていうのがわからない。

 単純に、他の手紙を書くときには失敗しなかったから? あたしと違って慎重派なお姉ちゃんのことだから、それも普通にあり得そうだけど。


「……ベッドの、上……」


 もじゃもじゃと線を引いて消されている文字列。お姉ちゃんは一体何を書こうとしてこれを間違えたの?

 そこまで考えて、あたしははたと気づいた。

 ああ、違う。これは、間違えたんじゃない。


(……これ、捜し物ゲームだ)


 昔、お姉ちゃんと孤児院にいた頃、他の子どもたちも交えてよく遊んでいたゲーム。

 お姉ちゃんがこうしてヒントを書いて、家のどこかに宝物を隠すのだ。まあ、大体の場合はお菓子とかだったけど。

 そのヒントの紙に書いてある文章が、消されていたら逆の意味。消されていなかったら、そのままの意味だ。ソファの下、が消されていたら、ソファの上、みたいなことね。

 最初のヒントの場所に行くと、次のヒントが隠されてる。それを見つけたら、また次が。そうやって辿っていって、最後に宝物を見つけた人がそれをもらえるの。

 文字を読む練習も兼ねて小さな子たちも遊んでたから、ヒントは結構簡単なことが多くて、あたしもそのゲームが大好きだった。宝物がお菓子のときはいつも、小さな子たちにあげちゃってたからか、時々お姉ちゃんはあたし向けにちょっと難しい場所とヒントを選ぶときもあった。

 そういうときはあたしだけ特別扱いされたみたいで、なんかすっごく嬉しかったのを覚えてる。


(ベッドの上、が消されてるから……ベッドの下?)


 あたしはベッドの下を覗き込んでみた。掃除はなるべくこまめにしてるから、埃も積もってないそこにはなにもなかったけど、ふと見ればベッドの裏側、木枠の隙間に小さな紙が挟まってる。

 取り出して広げてみると、やっぱりお姉ちゃんの文字。そして、やっぱりもじゃもじゃと消された文字列。


『昔、一緒に遊んだのを覚えてるかしら。

 あなたは本棚の下に挟まった物が取れなくて、泣いてしまって』


(次は、本棚の上)


 悔しいことにあたしの身長では届かない本棚の上を、踏み台を使って探る。きっとお姉ちゃんは台なんて使わなくても届いただろうそこに、一枚の紙。


『お説教が多くてごめんなさい。

 でも、あなたが好きそうな本の最初にもね、こう書いてあったのよ』


(あたしが……嫌いそうな本の、最後?)


 あたしは本棚を見た。

 まだ半分くらいしか読めていない本の中で、一番読みたくなくて後回しにしようとしていた本を、そっと手に取る。

 料理の本だ。

 正直言って、あたしは料理が苦手。というか、料理に興味がない。

 だから、女神様用のお茶を淹れるのも本当にすっごくすっごく気を遣ってるのだ。あたしが思うまま適当にやったらとことん苦いとか異様に薄いとか、とにかく飲めたもんじゃないようなお茶が入ってしまうと思うので。

 でもきっとお姉ちゃんは読んでいたんだろう、その料理の本を開いてみる。


(ん? ……最後のページ、なんか変……?)


 なんだか分厚い感じがする。なんで?

 不思議に思ってよく見たら、最後から一枚前のページと最後のページとがくっついてる。こんなの、わざと誰かがやったとしか思えない。

 そうっと端っこの所を切ってみると、そこから一枚の紙が出てきた。

 本を戻して、紙を手に取る。

 お姉ちゃんの文字がぎゅっと詰め込まれた、一枚の紙。


『私の大好きなアリスへ。

 今、私がどうなっているかはわからない。

 けれどもし、あなたがこの手紙を見つけて読んでくれているのなら、お願いがあるの。

 私がある場所に隠したものを、あなたに見つけて欲しい。

 その場所は、この手紙の裏に書いてある。この手紙を見つけたあなたなら、きっとどこかわかるはずよ。

 そして、どうかそれを持って、この神殿の外へ逃げてほしい。しかるべき場所へそれを届けてほしいの。

 多分、警備隊とか、そういう所がいいと思うのだけれど……正直、私もどうしたら良いかわからないのよ。

 だけど、きっと、このままにしておいてはいけないと思ったの。

 私の想像が確かなら、決してやってはいけないことだし、イルエレ様の教えにも背くことだわ。


 最初は何かの勘違いじゃないかと思った。私の気のせいじゃないかって。

 でも、私を問い詰める神殿長の様子が、私の想像を嫌な方向に強めてしまった。

 何も知らないと答えているけど、もうすっかり神殿長には疑われているのでしょうね。

 もう、礼拝もしなくて良いと言われたし、裏庭の薬草園に行くことも許されなくなったわ。

 私をうっかり部屋から出して、あれを外に持ち出されるのが怖いのでしょう。

 近いうちに私を聖女から下ろして、あなたを聖女にするつもりだとも言われたわ。

 だから私は、あなたがこの手紙を見つけてくれることを信じて、今これを書いているの。


 もしもあなたがあれを見て、何の問題もないと思ったのなら、神殿長に返してもらっても構わないわ。

 私がおかしな想像をしただけなのかも知れない。

 ……そうであって欲しい、という気持ちも、いまだにあるの。私が馬鹿なだけで、あれは何の問題もないものだって思いたい。

 だけどそうなら、どうして神殿長にここまでされるのかがわからない。


 あなたが直接行くことができなければ、信頼できると思った人に託しても構わないわ。

 でも、気をつけてね。神殿長にだけは、気づかれてはダメよ。

 あの人はとても嘘が上手だわ。こんなことを言いたくはないけれど、お願いだから、あの人のことだけは信じないで。


 頑張り屋さんのアリスは、きっと聖女としてのお勤めも頑張ってしまうと思うけれど、無理はしないでね。

 神様を信じていないあなたには、聖女の仕事なんてつまらないものでしょう。

 私も、神様を信じないまま聖女になったけれど、イルエレ様は一度だけ私の夢に出てきてくれたわ。

 お茶が美味しかったと褒めて下さるような、お優しい方だったの。神様って、意外と気さくな方なのね。

 今は毎日、私が聖女を下ろされら、どうか次の聖女を守って欲しいとお願いしているのよ。

 あなたの夢にも、いつかイルエレ様が現れてくれれば良いのだけれど。


 優しいアリス、大変なことに巻き込んでしまって、本当にごめんなさい。

 いろいろと書いたけれど、万が一のときにはこの手紙のことや、聖女の役目なんか全部忘れて、ここから逃げ出してちょうだいね。

 あなたが幸せでいることが私の幸せなの。

 どうか元気で。あなたの幸福を、世界のどこからでもずっと祈っているわ。


 サーシャより』


(神殿長のことだけは、信じないで……)


 ごくり、と自分のつばを飲む音が妙に大きく聞こえた。

 あたしに、お姉ちゃんと入れ替わって聖女になる計画を持ちかけてきたのは、神殿長――グレゴーリオだ。

 お姉ちゃんの具合が良くないから、って言ってたけど……もしかしたらそれも全部、嘘だったってことなの?


(お姉ちゃんは……無事、よね?)


 一瞬頭をよぎった考えにあたしは身震いした。

 まさかそんな、って気持ちと、もしかしたら、って気持ちとがぶつかり合う。

 でも一番怖いのは、あたしがこの手紙に気づいたせいで、お姉ちゃんが危険な目に遭うことだ。もしもお姉ちゃんを盾にされたら、あたしは絶対に逆らえない。世界中の誰よりも何よりも、イルエレ様の教えなんてものよりも、お姉ちゃんの方があたしにはずっとずっと大事だから。

 だけど、それで、お姉ちゃんが頑張って隠してくれたこの秘密のなにかをグレゴーリオに渡すことになったら……お姉ちゃんは、きっと悲しむだろう。それだって、本当は避けたい。


(……とにかく、気づかれないようにしなきゃ。それでまずは、お姉ちゃんが隠したものを集めよう)


 お姉ちゃんがいなくなってもこの手紙がそのまま残ってたってことは、グレゴーリオはこの手紙の存在に気づいてないんだろう。あたしが隠し場所を知ったことには、まだ気づかれていないはず。

 今はアイツを信用しているふりをして、計画に乗っているように見せかけて、お姉ちゃんが隠したものをこっそり探そう。

 理想としてはお姉ちゃんの希望通りアイツの秘密をどこかへ持ち込んでぶちまけて、お姉ちゃんを迎えに行ければいいんだけど、最悪の場合はこっちもその秘密を盾にして交渉しなきゃいけないかも知れないし。


(そのためにもまずは、場所を確認しなきゃ)


 あたしは手紙をひっくり返した。

 薬草園の月滴草から一番遠くにある木の上、廊下にある三番の掃除用具入れの下、物置にある新しい箱の中……捜し物ゲームの要領で書かれた各場所のヒントから、あの辺だろうと当たりを付ける。どれも全部聖女のお勤めで行く場所だから、そのときにさりげなく探して回収するのが一番安全かな。


(それから、「最後に、孤児院のネリアから、忘れ物を引き取ってね」……か)


 神殿の隣にある孤児院への慰問は、あたしも何度もやっている。あたしやお姉ちゃんがいたところとは違って、金銭的にも恵まれてる感じの孤児院だからか、子どもたちも明るくて元気な子が多い。

 そんな中で、ネリアっていう六歳の女の子だけは、あたしになかなか懐いてくれなかった。

 世話役の神官さんが言うには、ネリアはお姉ちゃんに……先代の聖女にそれはもう懐いていたらしくて、どうしてもその後釜に座ったあたしのことが好きになれないんじゃないか、って。

 うんうん。いいよ。ネリアもお姉ちゃんのこと、好きなんだもんね。そういう理由なら、あたしは全然気にしないよ。

 ここはもしかしたらちょっと苦戦するかも知れないけど、それはもう仕方ないし、最後にってわざわざ書いてあるから、ネリアの所は最後に行こっと。

 他はそんなに難しくなさそうかな。薬草園の世話は時間が決まってないからいつ行ってもいいし、廊下の掃除用具入れは……あたしの身長だと、踏み台無しで上には手が届かないんだよね。掃除用具入れの上の埃を取るふりをして落とすしかないか。

 物置も掃除のときに出入りするから、そのときに探せばいいし、とすると……。


「……あっ、ヤバッ……!」


 ふと置き時計を見ると、もう次の礼拝の時間が迫っていた。わー! ヤバいヤバい! 礼拝に遅れるのは一番ヤバいヤツ!

 あたしは慌てて最後の手紙を元通り料理の本に挟み込み、引き出しから見つけた手紙の束はベッドの中に突っ込んで隠す。

 あの引き出しの仕掛け、もう壊れちゃったっぽいんだよね。まあ、何か言われたら、部屋を掃除してたら手紙の束が出てきたって言えばいいや。


「……聖女様、そろそろ次の礼拝の時間が差し迫っておりますが?」

「あっごめ……すっ、すみません! 今参ります!」


 ノックの音に続いて微かに聞こえてきた、呆れたようなテオの呼び声に、あたしは慌てて部屋を飛び出した。



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