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聖女計画

「……どういう、意味ですか?」


 形骸化、なんて言ったって、実際にお姉ちゃんは神託とやらで選ばれたわけでしょ。だったら、そのやり方はまだきちんと機能してるってことなんじゃないの?

 グレゴーリオさんがことさらに声を潜める。


「サーシャを聖女とするよう神託が下った、という話すら、真実かどうか怪しいと私は思っています。通常、聖女の神託というのはもっと幼い頃に受けるものです。サーシャはもう二十歳だ、聖女の肩書きを新しく背負うには歳がいきすぎている」


 年齢は……まあ、よくわかんないけど、そういうこともあるんじゃないの? お姉ちゃんは童顔だし、今だって普通に可愛いし、問題ないと思うけど。


「神託を受けたのは総本山の神官だと言いますが、その証拠があるわけでもない」


 ソウホンザン? とかいうのはよくわかんないけど、神託に証拠とかって無理な気がするなあ。だって神託って、お姉ちゃん曰く夢みたいなものなんでしょ? 朝起きて、今見た夢を証明しろって言われても、あたしだって困るもん。


「そもそも、聖女というものが何故選ばれるか。それは、神の依代となるためです。地上に何か大きなことが起きたとき、神がその力を振るうための器となる存在、それこそが聖女なのです。……しかし、ここ数十年、そのようなことが起きた試しはありません。それ故か、今は聖女のいない神殿も数多くあるのです」

「えっ……そうなんですか?」

「ええ。なにせここも、聖女のいない神殿だったのですよ。サーシャが選ばれるまではね」


 そうだったんだ。神殿なんて全く興味もなかったから知らなかったけど、お姉ちゃんが聖女になるまではここも聖女のいない神殿だったんだ。

 ……えっ、いなくてもできてたんなら、お姉ちゃんがいなくなっても、別に大丈夫なんじゃない?


「ですが、仮にも神託で選ばれた聖女がいきなりいなくなれば、やはり一般の信者の皆さんは動揺するでしょう。……そこで、アリスティアさん。貴女が次の聖女に選ばれた、ということにして、サーシャを聖女から解放したいんです。貴女は今、毎日のように神殿に来て礼拝に参加している。その姿を、信者の皆さんも見ています。貴女が聖女に選ばれたとして、異を唱える人はいないでしょう」

「つまり、あたしに……偽物の聖女になれ、っていうことですか?」

「何をもって本物とするか、という話になりますが……私が見るに、貴女にはちゃんと聖魔法の素質がありますよ。それも、サーシャよりも強力なものです。ですからたとえ神託が下らなくとも、貴女は十分に聖女の器たり得ると、私は考えます」


 そう、聖女に選ばれるには聖魔法っていう魔法の素質が必要らしい。聖魔法は神官さんたちが使う魔法の系統なんだとか。

 魔術師になるのは貴族だけだと思ってたから、あたしは全然その辺のことに興味がなかったけど、お姉ちゃんが聖女だと伝えに来たときにグレゴーリオさんがいろいろ説明していたのを横で聞いて少し覚えたのだ。

 いわゆる魔術師になれる魔法の素質は四大元素と呼ばれていて、これはほとんど血筋で遺伝していくものだけれど、聖魔法はそれとは違い、どんな人にでも素質がある可能性のあるものらしい。人間はみんな元を辿れば神様が作ったものだから、なんだとか。

 で、お姉ちゃんにはその素質がちゃんとあって、そのお姉ちゃんの素質よりもちょっと強めのがあたしにもある、ってことなのね。ふーん。


「でもそうしたら、今度はあたしがずっと聖女をやることになりますよね。そしたらやっぱり、お姉ちゃんと会えなくなりません?」

「折を見てまた次の聖女候補を立てましょう。聖女というのはね、神を信じる者にとっては憧れなんですよ。ですから、なりたいという女性は少なくないんです。聖女が出たとなれば、家名に箔もつきますしね」


 わあ、結構生臭い話。


「貴女が代替わりするまで、サーシャには落ち着いた場所で療養してもらえばいい。幸いなことに、この計画には協力者がいますから、サーシャの暮らしのことは面倒を見てもらえます。あとは、貴女の気持ち一つです」


 グレゴーリオさんが微笑んでいる。正直言って、すごくうさんくさい。

 だけど、彼の申し出はあたしにとって魅力的だった。

 あたしがこの計画に賛成すれば、具合が悪いらしいお姉ちゃんに無理をさせず、落ち着いたところで休ませられる。

 そして、いつになるかはわからないけど、また二人で暮らすことができるんだ。


「……お姉ちゃんに、この話はしてるんですか?」

「いいえ。サーシャに話せば、きっと彼女は拒むでしょう。責任感の強い女性ですから」

「……」


 それは、そうだ。お姉ちゃんは、きっと嫌がる。

 お姉ちゃんは昔からそうなんだ。自分のことなんてどうでも良いみたいに、他の人にばかり尽くしてしまう。

 あたしにだけじゃなくて、他の子どもたちにも同じだった。食べ物も、お菓子も、私はもう大人だからいいの、なんて笑って、いつも一番少ないのを選んで、欲張りな子にはさらにそこから取られてしまって、それでも怒らなかった。

 みんなが笑っていてくれたら良いの、って笑うお姉ちゃんの「みんな」の中に、いつだってお姉ちゃんはいない。

 あたしはそれが悲しくて、だからお姉ちゃんを幸せにしたかった。お姉ちゃんがあたしにくれた以上に、お姉ちゃんにあげたかった。

 なのにそれが果たせないまま、聖女だなんだって離ればなれにされてしまって。

 聖女であるお姉ちゃんが全ての人々の幸福を願うなら、あたしはそんなお姉ちゃんの幸福を願ってるの。お姉ちゃんにも、幸せになって欲しい。ただそれだけなの。


「いかがでしょう、アリスティアさん。あとは、貴女が頷いてくれれば、サーシャを自由にできるんですよ」


 だから。

 あたしに、できることがまだあるのなら。


「……やります。あたしが、お姉ちゃんの代わりに、聖女になります」


 あたしはグレゴーリオさんの計画に乗ることにした。

 といっても、あたしのやることは多くない。この計画を決して誰にも漏らさないようにすることと、礼拝のたびに顔を合わせる男を邪険にしないこと、聖女らしい振る舞いの練習をしておくこと、それくらいだった。

 驚いたことに、グレゴーリオさんの言ってた「協力者」っていうのは、礼拝のたびにあたしに話しかけてくるちょっとうっとうしい男のことだった。名前はフレッドといって、比較的大きな商家の息子らしい。だから金銭的に余裕があって、お姉ちゃんの面倒が見られるんだって。

 あたしの役に立てるなら援助は惜しまない、ってフレッドさんは言ってたらしいけど、なんかこう……人の好意を利用する感じで、嫌だなあとは思う。だって、あたしはフレッドさんのことをなんとも思ってないわけだし。

 でも、四の五の言ってはいられない。お姉ちゃんの自由のためになら、あたしはどれだけ恨まれたって構わないからね。

 意外というかなんというか、グレゴーリオさんはそういうの全然気にしないらしい。大事な金づるだからあまり邪険にせず、適当に受け流しておきなさい、って感じのことを言われた。神様の教えって、人を利用しちゃいけないよ、とか言ってそうなのになぁ。不思議。


 そんなこんなで過ごしていると、やがて計画の日がやってきた。

 グレゴーリオさんがうちに来て、新しい神託であたしが聖女になったと家の人たちに告げて、あたしは驚いたふりをする。家の人たちは大喜びだった。そりゃあね、なにもしないでまた大金が手に入るしね。お姉ちゃんを売ったお金、ぱーっとばらまいちゃってたもんね。ええええ、さぞや楽しかったでしょうよ。

 あたしを売ったお金もそうやって派手に散財するのかな。もう少し堅実に、商売に使っていこうとか思わないのかな。やっぱり、思わないんだろうな。

 そんなことを考えながら最後の夜を過ごして、あたしはたいした荷物もないけどそれっぽく荷造りをして、迎えに来てくれた神官さんと一緒に神殿に移動した。

 計画では、お姉ちゃんは数日前に神託を受けて、ダイホンザンの大神官様とかいう人に会いに行った……ということになっている。実際は、ここから少し離れた村で療養することになってるんだけど。

 だからお姉ちゃんの姿はもうなくて、でも、ここが先代聖女の部屋ですって案内された部屋にはまだ、お姉ちゃんがいた気配が残っていた。

 それだけでもあたしは胸が一杯になってしまって、ちょっとだけ涙が出てしまったら、案内してくれた神官さんが言ったのだ。


「先代は、お姉様だったんですよね。まったく、あの方もせめて何か引き継いでいってくれればいいものを、気が利かないというか……これでは、聖女様が不安になられるのも当たり前ですよ。ですが、私が……い、いえ! 我々神官がおりますから! 何かあればいつでも、お申し付けくださいね!」


 その一言で、あたしはここでお姉ちゃんがどんな風に扱われてきたのかに気づいてしまった。

 きっとお姉ちゃんは、ここでも良いように扱われてきたのだ。

 あの孤児院の時みたいに便利に適当に使われて、それでも怒らずにいたから、甘く見られたんだ。

 そもそもお姉ちゃんは孤児としてあの孤児院にいたはずなのに、どういうわけかもらい手が着かなくて、二十歳になってもそのまま孤児院に残っていた人だ。先生たちのように雇われているわけでもなければ、あたしたちもらわれ待ちの孤児のように庇護される立場でもない。

 そういう曖昧な立ち位置のお姉ちゃんは先生たちから便利に使われていて、でも不満の一つも言わなかった。あたしがそれに文句を言っても、先生方もお忙しいから仕方がないのよ、って笑っていたくらい。

 お姉ちゃんは優しすぎるのだ。だからみんながつけあがる。だけどあたしがいくら怒っても、お姉ちゃんはきっといつもみたいに優しく笑って言うのだろう。

 私は、みんなが笑っていてくれたらそれでいいのよ、って。


「……ありがとうございます、とても心強いですわ。あの、持ってきた私物を片付けたいのですけれど、少し一人にしていただけますか?」

「もちろんですとも! では、お食事の時間になりましたらお声がけにうかがいます!」

「はい、ありがとうございます」


 あたしはにっこり笑って神官さんを部屋から追い出した。

 そして心に決める。

 完璧な聖女になろう。先代の聖女が理想なんです、あの方のようになりたいんです、そう言ってあたしが完璧な聖女になろう。

 だってお姉ちゃんは本当に素敵な、最高の聖女だったんだから。

 それで最後には、やっぱり先代の聖女には追いつけませんでした、って言って辞めよう。そうすれば少しは、お姉ちゃんの素晴らしさに気づく人も出るかも知れない。


「……まあ、いてもいなくてもいいけど」


 誰もいなくたって、あたしがずっと見てた。

 いつか、誰もいなくてもお姉ちゃんだけはあたしを見ていてくれたように、今度はあたしがお姉ちゃんのこと、ちゃんと見てたから。


「どんな手段を使ってでも、あたしは絶対お姉ちゃんを幸せにするんだ……待っててね、お姉ちゃん!」


 お姉ちゃんの気配がまだ残る部屋の中で、あたしは一人拳を握って宣言したのだった。


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