[第8記]うさぎの引越し
「ごきげんよう。」
ハンカチで顔周りの煙を払いながら現れたのは、黒いローブをまとっている水色の髪をした赤目の人間の男だった。見た目は若く20代ほどだ。他にも銃を持った人間を数人連れている。
「…アイツの心は…?」
「読んでる。なんも考えてねぇよ…動きもなにもない…何も情報が掴めねぇ…」
「サディ…シズ達に助けを求めにいけ…」
「でも。」
「俺は1人でも大丈夫だ。時間稼ぎくらい訳ないさ」
「…わかった…」
小声で話し、サディはその場から消えた。
「速いな…獣人だからか?にしても1人でこの量を捌けるとでも思っているのかね?ん?」
「あぁ…思うね。お前誰だよ?」
「おっと失礼。私はロダーというものだ。全能統治軍の総帥をしているよ。以後よろしく頼む。」
「なっ…総帥…!お前がトップか…!」
「驚くのも無理はない。」
「死ね…!」
オペが腰のベルトからハンマーを取り殴りかかる。
ロダーは不気味な笑みを浮かべた。
「はぁ…!はぁ…!」
ベレケンヤードの支部に向かってサディが走る。
ガチャ…
「おい…シズ!いるか!?」
「ど…どうしたの?オペは?」
「政府軍の総帥と戦闘中だ…!本部が襲撃された!」
「総員、本部に向かうぞ!ボクについてこい!」
シズが声を荒げて指示する。戦闘員達は武器をとり、シズとサディに続いて支部を飛び出した。
「…なんか手応えがないな。」
何発かロダーを殴りあったあと、オペは呟いた。
「私も昔…格闘技を少しやっていたのでね。」
「オラッ」
オペがロダーの首へ目掛けて蹴りをいれる。
ゴッ
ロダーがよろける。
「よし…モロに入った」
「よかったな」
表情1つ変えずに、ロダーが拍手をする。
「はっ…効果0か…化け物かよ…」
「化け物…?化け物はお前らのほうだ!」
「………」
「…失敬。取り乱したよ。そろそろ終わりにしよう。皆の衆、あいつを撃ち殺してくれ。構え。」
ロダーの後ろの人間達が一斉に銃を構える。
「フッ…もっかい蹴り入れてやるよ」
勝ち誇ったような顔で笑う。
「撃て。」
「銃は俺には効か―」
バン…バンバン…ダダダダダダダ…
「がっ…」
数十発の弾丸がオペの身体に撃ち込まれた。オペは片膝をつき、吐血しながら腹を抑えている。
「なん…で…呪いが…」
「初めてかな?銃弾を食らうのは…」
「俺1人倒したくらいでニッコニコじゃねぇか…めでたい頭だな…」
バタッ……オペが地面に倒れ込んだ。
「…致命傷は避けただろうな?」
ロダーが服についた塵をはたきながら言う。
「はい。脳と心臓は撃っていません。」
ロダーの後ろにいる人間の1人が告げる。
ヒュン
バシッ
突然ロダーに矢が飛んでくる。ロダーはそれを弾き飛ばし、矢は地面に刺さった。
「…何者だ」
「不法侵入者をぶっ倒しに来たただの獣人だよ。」
シズがロダーの前に姿を現した。後ろにはサディと戦闘員たちもいる。
「オペ…?」
サディが倒れたオペを見つける。
「おお。君も私に向かってくるかね?こっちにきたまえ。やろうじゃないか。」
「オペ…!オペ…!お願いだ…起きてくれよ…!」
サディが倒れたオペに寄る。目には涙がみえる。
「…ボクの恩人は戦えるような状態ではなさそうだね。やろうか。」
「きなさい。」
ロダーが人差し指を動かし挑発する。
「いや。その必要はないよ。」
シズが鎖の先に飾りがついた棒のようなものを取り出す。シズがそれを回すと棒は伸び、ヴォン…と音を立てて鎌のような形状になった。
「ふむ…良い武器だな。ぜひ戦ってみたい。」
「…さきにこっちを味わいなよ」
シズが左手をロダーの方に突き出す。
「ぐっ…!?かはっ…」
ロダーが苦しみ始めた…
「どう?魂を通してちょっと体調をいじってみたんだけど。これくらいなら健康体にもできるさ」
「はは…面白い…呪いだ…まともに立てん…!」
「大丈夫ですかロダー様」
ロダーの後ろの人間が銃の引き金を引く。
バァン! ガキンッ!
「見上げた忠誠心だね。見下してあげるよ」
「許せねぇ…」
サディがロダーに向かって走る。
「ふふふ…!」
ロダーが笑みを浮かべ、サディの耳を手で触れた。
「サディ!!」
シズがサディの魂を操作し引き戻した。
「なにすんだよ!!」
「あいつに…触っちゃダメだ…!」
「オペの身体には銃痕があった…オペの戦い方は近接戦闘だからあいつに触れたはずだ。」
「本当だ…」
「サディ様、呪い…使える?ボクの心読んで」
「………読め…ない…動きは読めるけど…」
「クソッ…やっぱりね。能力が消えかけてる…」
「消え…?」
「あいつには近づかないで。ボクがやる」
プルルル…
「…おっと失礼…はは、電話が…」
ロダーは携帯電話を取り出し誰かと話し出した。
「ああ。わかった…頼むよ。」
「すまない。ここで終わりのようだ。では私は帰るとするよ。楽しかった。ありがとう。」
ドカアアアアアアアアアン!
上から焼夷弾のようなものが降る。本部の建物は朽ち天井が落ちる。シズはオペに駆け寄り叫んだ。
「全員ボクの周りに集まれ!」
ガラガラ…ドガン…
「ゲホっ…」
「バリア系の呪いのメンバーが来てなかったら…犠牲は多かったかもね…ボクの武器では捌ける瓦礫にも限界があるし…」
「役に立ててよかったです…」
「おいシズ…オペ…オペが…!」
サディが泣きながらシズにすがりつく。
「そうだね、ボクが診よう」
「……どうだ?シズ?」
「…出血が酷い…一度ボクの呪いで魂を奪う!」
「いやだ…!死ぬなよぉ…!」
「クソッ…!こんなところでアイツが来るなんてボクも予測がつかなかった…!まさか…まさかロダーが来るなんて…!」
「オペも歯が立たなかった!アタシも…アタシは…戦うことすら…!」
「シズさん…!サディさん…!ごめんなさい…!サプライズでいなくなったりしなければ…!」
「うるさい…!気が散る…!」
「死ぬなオペ…!頼む…!」
炎に包まれ荒れた場所で、オペの頬にシズの汗とサディの涙がポタリと落ちた。するとそこへ何かが現れる。その「何か」はナイフを飛ばし、ナイフはサディの背後に忍び寄っていた賞金稼ぎを仕留めた。
「危なっ…!誰のナイフだよ…?」
「おーい後ろ気いつけなアカンで?」
何かがサディのほうへ歩いてくる。
「誰ですかね…サディさんに近づかないで下さい」
「ええっ?うち知られとらんの?SIMやで?」
炎を消しながら現れたのは、黒い毛並みの獣人だ。白いバケットハットからはうさぎのような長い耳が出ている。白いジャケットのなかにビッグシルエットの暗いシアンのシャツ、白いズボン。そして明るいシアンのマフラーには先のほうにSIMのロゴがある。
「ほら。仲間やで?なかよぉしようや…」
両手でマフラーの先をつかみ、ロゴをヒラヒラさせる。悲しそうな顔をしている…
「…なんか信用出来ないんだよな…サディさんも今は心が読めないし…本当にメンバーですか?」
「ん。」
黒い獣人はカードを取り出し疑う戦闘班員に投げた。
「うぉっ…会員カード…『ティザヤッティ・ピータルト』…会員ですね。」
「せやせや。ザヤさんって呼びんしゃい〜」
「えっと…ディメンションは…9!?」
班員がそう言った瞬間に周囲がざわつく。
「ディメンションって呪いの脅威度を表すやつだよな…10まであるんだっけ?」
「オペさんですら8だよな…」
「もぉ〜…読み上げんといてや。恥ずかしか…」
ザヤはカードをバシッと取り返し、ポケットにしまった。
「で?なんでこんな荒れてるん?」
腰に手を当て、ザヤは周りを見渡す。
「政府に襲撃されて…オペ司令がトップと戦ったんですが……シズさん、どうです?」
「…これで魂は衰弱しない。肉体をどうにかして、そこから魂を戻せば解決だ」
「良かった…ただ医務室が…」
「あ、うちくるね?なかなかでかいで?」
「うち…?」
「そ。うちも支部のリーダー的なの任されとってな。マインダボイラー地区ってとこ。くるね?」
「…医務室はあるのか?」
サディが立ち上がり、ザヤに質問する。
「ふふ…バッチリ完備や。」
ザヤはニヤリと笑った。
「わかった…」
「決まりやね、迎えのトラックよこすわ。この人数なら3台くらいか。ちょっと待っとき」
ザヤは電話でトラックを手配した。
数分後トラックが到着し、サディたちが全員乗るとゆっくりと支部へ向かい始めた。
「んじゃ、出発やー!」
ザヤは無邪気に片手を上に伸ばした。