[第5記]シズリィロ
「…そこを曲がれば支部だ。」
オペとサディはベレケンヤードの路地を歩く。
「ここだな」
階段を降り、地下にある何の変哲もないバーに入る。人はいない。休業中なのだろう。カウンターの下にある荷物をどけると、隠し扉が現れた。ハシゴを降りた先に鉄のドアがある。オペはカードキーを取り出してスキャナーにかざした。
ピピッ…ガチャ
「…誰だ」
ドアを開けると、強面の獣人がオペを見下ろす。
「小さいな。ちゃんと左胸にSIMのロゴがある…他のとこからきたのか?」
「あぁ。本部から来たオペロジャックだ。」
「うちも本部から来たサディノイラだよ」
「なっ…!」
強面の獣人の顔が変わる。
「すみませんでした!!総司令と副司令官だとはつゆ知らず…!本部の方が何かうちにご用ですか…!」
「あっいや…タメ口でいいよ…俺19歳だし」
「そうですか…」
「シズリィロという保呪者について聞きたい」
「わかりました。こちらへ。」
強面の獣人はオペを会議室のような場所へ通すと、数枚の写真を机の上に置いた。
「こちらがシズリィロの写真です。壊れた政府基地の中から、うちの調査班が監視カメラのデータを発見しまして」
「ふむ」
オペは写真を手に取り凝視する。
シズリィロ…という名前のその獣人は、白い毛並みで犬のような垂れ耳を持っている。左目は黄緑、右目はピンク色…そしてこちらを睨んでいる。そんな写真だ
「なるほど…女性なのか。スカートの様な物を履いているし」
「なのですかね…情報が何もなくて…」
「うーん…?」
サディはなにか引っかかるようだ。
「どうしたサディ?」
「いや…どっかで見たことある気が…気のせいか」
「そうか…?こんな特徴の獣人は見たことが…」
「いやまぁ解決しとくよ。」
「ありがとう。見た目を知れたよ。」
「お役に立ててよかったです。」
「サディ、行くぞ。」
「はぁーい。」
写真を見ながら暇そうにしていたサディが言う。
2人は支部のアジトを後にし、写真を見ながら街を歩く。するとサディが何かを見つけた。
「おいオペ。あれ…」
サディが指さした先には、写真に写っていた白い獣人がいた。ニット帽を被り、よれた長袖シャツを着ている。政府軍に絡まれているようだ。
「やめてください…」
「なんで?遊ぼうよ。そうすればめんどくさい呪いの検査は免除してあげるよ」
「……シズリィロだな」
オペが写真と白い獣人を見比べながら言った。
「ボーイッシュなカッコしてるのいいねぇ」
政府軍がシズリィロの腰あたりを触りながら顔に不快な笑みを浮かべた。
「うげぇ…あいつきも…」
サディは政府軍を軽蔑の目で視界の端におさめた。
「俺が行こう。」
オペが政府軍の方を向いたまま写真をサディに渡す。
「おい、困ってるだろ。やめてやれ」
「はぁ?お前誰だよ」
「俺のことはいいだろ。お前キモイんだよ」
「急に現れて調子乗ってんじゃn…」
バタッ…
政府軍が唐突に倒れ込む。
「…どうした?おい、」
「ふぅ…キミが気を反らしてくれて助かったよ。」
「政府軍が…お前がやったのか?」
「そうだよ。じゃあボク行くね。」
「待て、お前はシズリィロ…だな?」
ピクッと垂れ耳が動き、シズリィロがこちらに向き直る。警戒しているような目つきだ。
「…なぜボクの名前を?」
「政府軍の基地に記録が残っていた。」
「そう。」
「やけに冷静なんだな。」
「うん…さっきから『政府軍』って言い方をしてるけど、キミが政府軍ならそんな言い方しないだろう?それに本気で驚いたような顔してた。ボクの呪いを知っていたらあんな反応しないはずだからね。」
「なるほど…」
「つまり全能統治軍のことをよく思っていない…保呪者の集まり所属かな?キミは」
「ただの正義感の強い政府軍かもしれないぞ。」
「ないね。あいつらプライド高いだけだし。」
「うぅむ」
「…で。なんの用?」
垂れ耳を手でいじりながらオペを見る。
「えっ…」
あまりに話が早いので、オペは一瞬思考が止まった。
「俺の反乱軍に入って共に戦ってくれ」
「なるほどね。察してたけど。」
シズリィロはそう言った後、ニコッと笑った
オペも嬉しそうに笑い返した。
「お断りだよ。」
「ええっ!?」
「正直メリットがないね。1人のほうが楽だし。ボクの呪い結構強いんだよ?しかも気持ち悪い能力だ。組織に入っても変わらず1人だろう。なら今が良い。」
「そんな事ないぞ!強いのは良いことで」
「じゃあキミ保呪者だし特別に教えてあげるよ」
少し不機嫌そうな口調で、シズリィロはオペの言葉を途中で遮った。
「ボクの呪いはひとの魂を操れる…。寿命が近いほど自由に操作できて、1年以内まで行くと殺すことだって出来るんだ。」
「この力はずっと忌み嫌われてきたんだ。気持ち悪いだの人殺しだの言われるのは日常だよ。ボクは望んでもないのにこんな人の命を遊ぶような力を押し付けられてさ…でもこれは使命なのかもって思って…」
「普段はそれで病人の魂を奪って!安楽死と謳ったただの偽善殺人をして!それでも感謝されることもなく言われるのは『人殺し』だけだった…!」
シズリィロはオペに感情を投げつける。
「…………」
オペは投げつけられた感情を大事に手に持ったまま、それをシズリィロに返すことは出来ずに唖然とした。