[第53記]見る影もない
無機質な白に統一された近代的な管理室。天井のLEDライトが規則正しく並んだ広めの空間で、ロダーは画面を見ながら佇んでいた。そこに何者かが走ってくる。
「よぉ…もう逃げ場はないぜ、ロダー。」
ルドが廊下の壁際に伸びた自身の影に向かって射撃する。
ドォン! ドォン!
影の中に吸い込まれ、物理法則を無視した角度で跳ね返る。ロダーの背後の影から、殺意を帯びた弾丸が不意を突いて飛び出した。ロダーは素早く身体を反らしてそれを避ける。
「ハッ、『触れない』よなぁ?俺の影は実体がない。このまま距離を取ったまま一方的に削らせて貰うぜ……。」
走りまわりルドの猛攻を避け続けるロダーは、スイッチが並んだ管制パネルを一瞬触ったように見えた。
「おい…!今何をした…!?」
ルドが叫ぶ。周りからドタドタと足音がしたかと思うと、数十人のサングラスをかけた政府軍が管理室に入ってきて銃を取り出し、彼のことを包囲した。
「…なんだよ。こんなことか。数で押せば俺と影に勝てるとでも思ったのかねぇ?愚かな判断だなぁ。ロダー…」
「そうだな。お前の影はとても強力だ…影はな。」
ロダーは横にあるパネルのスイッチを押した。ルドが驚き目を見開く。薄暗かった管理室中の明かりが点灯したのだ。天井、壁はおろか…床にまで張り巡らされたライトが部屋を照らす。目の前が真っ白になった。
「なんだ…これは…!眩しっ…!」
ドバババババババババッッッ!
ルドの手足を無数の弾丸が貫く。明かりが元に戻り、政府軍達が列になり部屋から退出する。モニターの光がロダーとルド、2人の横顔を暗く照らす。両膝をついたルドは足元に影を動かし、入り込もうとした。しかし、ロダーが焦る様子も見せずに歩み寄り、そっと彼の手を握った。呪いは崩壊し、ただの影に帰して行く。
「…なにか伝言があれば伝えておこう。」
ロダーが懐から拳銃を取り出してルドの頭に向けた。
「寿命取ってるのかそうゆう呪い使わせたか知らねぇけどよ…お前なんかよりオペの方がよっぽど大人だぜ…」
「…何を……言っているんだね?」
「お前はただ子供じみた我儘に無理矢理世界を付き合わせてるだけだ…。俺らを認めずに怖がって、力で一方的に捻じ伏せる…幼稚すぎて笑えてくるよ」
バァン!!!…ロダーは引き金を引いた。
ルドの瞳から光が消える。彼を支えていた影にはもはや生気や闘志は存在せず、ただそこにあるだけだった。静まり返った廊下。ロダーは手元の銃を軽く振り、硝煙を払うと、血溜まりの中で俯いたルドを一度も見返さずに歩き出した。ルドの亡骸だけが、長く、動かない影を引いて残された。
サディは肉の人形に跨り頭にナイフを突き立てたまま止まっている。汗をかき、呼吸は乱れ、手は震えている。
「ハァ……はぁ………これで…最後……だ…」
引き抜いたナイフをサディが立ち上がり確認する。刃毀れして斬れ味が落ちているようだ。壁にへたり込むナヴィから数メートル離れたところには、大量の肉人形が横たわっていた。少しづつ霧が黒くなっていく。同時に、肉人形が液状に溶けて離れた場所に集まっていった。すると現れたのは…緑と青の歪な目がついた人形だった。手のひらだけで人を丸々包めそうなほどに大きく、皮膚は焼け焦げたように黒く、ところどころから煙が出ている。
「さ…サディさん!私の呪いを使ってください!」
ナヴィの体から微かな光が放たれ、サディへと吸い込まれる。サディの乱れた呼吸が落ち着いていく。しかし、手の震えと動揺は収まっていないようだ。
「…ナヴィ。アタシは真理の目を持ってる。でもそれで分かるのは構造や情報といった現実的な物だけだった…。でも、お前の力でどうやらアタシの目は…」
「魂を知覚できるようになったらしい…」
目を見開いてナヴィは彼女を見る。サディは目の前の巨大な人形を見つめたまま、その人形の1箇所を指差した。
「…あの緑色のほうの眼。他の場所の魂は混ざりすぎてどす黒く変色してるが…まだ正気を保ってる魂があそこに1つだけある。あの魂の感じ…アタシは知ってるんだ…恐らく、最近取り込まれた、魂についての理解が深い奴…」
「……シズさん……」
ナヴィは涙を流し床に手をつく。サディは涙を堪えたまま上を向くと、悔しそうに拳を握りしめた。
「シズは何も出来ずに死ぬようなやつじゃない…。多分、あの眼が弱点なのかもしれない…狙う価値はある。」
ナイフを握り走り出そうとするサディをナヴィが制止する。続けてナヴィは顎に指を当て考えを話し始めた。
「待ってください。確かに弱点を教えてくれてる可能性もありますが…シズさんの所だけを狙うと返って危険になる可能性が高いです。シズさんがあいつの力を抑えてくれていた場合、それを解き放つことに…」
「狙いは散在している他の魂から…か。分かった。」
サディは駆け出し、華麗な身のこなしで巨大な人形の腕に飛び乗った。ナイフを刺そうとした。その瞬間…
ジュウゥゥゥゥゥ…!
「ぐあぁぁあぁあぁ!!!」
サディが右手を押さえながら落ちる。ナイフは刃がドロドロに溶け、彼女の右手は焼け爛れていた。
ナヴィは一切声が出せなかった。霧に包まれた無機質な空間には、サディの悲痛の叫び声だけが響いた。




