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[第35記]退屈

幼い頃から俺は口数の少ない子供だった。親からも何を考えているのか分からないと不気味がられた。

「信じられない…!あなた本当に最低だわ!」


「しょうがねぇだろ…全部スッちまったんだからよ。」


「それでも親なの!?トグルのこと考えてよ!」

母親は父親によく物を投げつける人だった。父親も父親で暴力を振るい、取っ組み合いの喧嘩はもはや日常のルーティンのようになっていた。


両翼を前に突き出す。トプン…空間が水のように自分を包み込む。そのまま進むと、両親の声は遮断され、誰も居ない家に来た。この能力に最初に気づいたのは親の喧嘩がヒートアップし、俺のほうまで物が飛んできた時だ。それ以来俺は、喧嘩が始まるとこうして異世界に逃げ込んでほとぼりが冷めるのを待っていた。


そのうち俺は、毎晩争うのに夢中で飯も作らない親に必要性を感じなくなって家を出た。学校は行かなかった。政府軍とかいう頭が堅そうな連中に何回か絡まれたが、異世界まで追いかけてこれる奴はいなかった。


バッ……トプン…

「おい!俺の財布…!あれ?消えた…?」

俺は堕ちていった。金目のものを奪っては異世界に入る。生活には困らなかった。でも…毎日がどこか単調で、どんどん自分という存在がつまらなくなっていく感覚を味わった。


ある日俺は、自分と同じ鳥人を見かけた。道化師のような変な格好をしているがやる事は変わらない。

「おや?ワガハイの財布が。」


異世界に潜りこんだ。確かに一度入ったんだ。でも俺は数秒異世界の空を飛んだ後、元の世界へ墜落した。

「なんで…!?こんなこといままで無かった…!」


「おぉ、ビックリ。一瞬街の人間が消えたように見えたが、キミはもしかして呪いを持っているのかね?」

…そのいけ好かないフクロウは俺に寄り、興味深そう に腰に翼を当てながら倒れた俺の顔を覗いた。


「…まて…街の人間…?」

違和感に気づいた。俺は確実に一瞬だが異世界に入った。ならこいつからは俺が消えたように見えるのが普通のはず。でも俺以外の人間が…消えた…ということはまさか。俺はフクロウに質問した。


「…お前、もしかして異世界に入れるのか…!?」

そう言うとそいつはきょとんとした顔で首を傾げる。


「ホゥ。異世界。なるほど…では、ワガハイをその異世界とやらに連れて行ってくれないかね?」

いきなり何を言ってるんだと思った俺の手を握り、そいつは突然自己紹介を始めた。


「…おっと!申し遅れてしまった。ワガハイはウィル=ロッド・ホーネット。キミは誰だね?」


「…トグル…」


「トグルか!いい名前だ!早速で悪いのだが、ワガハイの家に来てくれないかね?」

ホーネットとかいうそいつはずいぶんとマイペースだった。流れに身を任せて彼の家に向かう。


ホーネットの家は色々な娯楽が飽和したような空間だった。遊びに囲まれながらホーネットはトグルに語りかけた。

「トグル。キミはその能力を財布をスるなんていう実におもしろくない事に使っているが…もっと楽しいことに使ってみたいとは思わないかね?」


「楽しいこと…?」


「あぁ。犯罪をやるのは楽しい。だが軽いものは数をこなしていくと楽しさが薄れてきてしまう…ドデカイことをやらかし続けるほうが人生は楽しいぞ?」


「…くだらない。俺はそんなこと興味ない。」

俺はホーネットの誘いを断り席を立った。


「そうか。まぁワガハイはトグル殿の意見を尊重するよ。気が変わったらいつでもここまで堕ちてくれ。」


帰って毛布に包まる。ホーネットの言葉が脳裏をよぎる。「ドデカイことをやらかし続けるほうが人生は楽しいぞ?」とあいつは言っていた。


「…やってみるか」

俺はリュックサックを持って銀行の前まで行くと深く呼吸をし、金庫まで歩く。銀行員が鍵を開けた瞬間に金庫に近づき、無我夢中に札束を詰め込んだ。銀行から出て少し歩いたところで異世界を解除する。あまりにもあっけなく大金を手に入れたので実感が沸かなかった。しかし、その数秒後、俺は自分が犯罪をしたことを嫌でも感じることになる。


「…おい。そこのキミ。リュックの中を見せてくれないか?さっきそこの銀行で窃盗があってな。」


「(政府軍…!?まずい…異世界は連続で入れるわけじゃない…異世界にいた時間と同じ時間分、クールタイムのようなものが発生してしまう…)」

俺は焦った。飛んで逃げることも出来るが…顔を見られた。今逃げたら指名手配されるかもしれない。最近噂になってきている保呪者達の反乱軍が助けに来てくれるかもしれないとも一瞬思ったが、こんなくだらない犯罪に手を染めた俺を助けてくれるのか?


「…うるせぇバーカ!金は頂いたぜ!」

政府軍は一斉に俺をライトで照らした。クズはこのままクズらしく散ってやる。その方が面白い…そう覚悟した瞬間だった。


チリン…と鈴の鳴るような音がし、政府軍と俺の間に何者かが入りこんだ。そいつは…

「ホーッホッ!実におもしろい!トグル!」


「ホーネット!?こいつ厳重指名手配犯だ!」

政府軍達が銃を射撃しまくった。でも銃弾は全て外れるどころか、逆に政府軍へ飛んでいった。


「トグル。今選びたまえ。」

ホーネットは懐から大きめの手榴弾を取り出しクチバシでピンを抜いた。レバーはまだ取れていない。


「…人生において序列をつけるとしたら…キミは何を天に位置づける?」とホーネットは問う。


「そんなの…」

政府軍は跳ね返った弾に苦しんでいる。野次馬も少しづつ集まってきている…俺は覚悟を決め、ホーネットの手のひらにある手榴弾をはじき飛ばした。レバーが外れ、キン…と音がし政府軍達のところで爆発した。


「…『楽しみ』一択だろ…」

俺は心が躍っていることを認めざるを得なかった。そんな気持ちが目にも表れていたんだろう。ホーネットはニヤリと笑みを浮かべる。


「…すっかり堕ちたねぇ?トグル。共に沈もう」

政府軍の方へは見向きもせず、俺の腕を叩く。


「はっ…クズが。帰ってゲームしようぜ。疲れた」


「望むところだ。…ところでいくら盗ったのかね?」

ホーネットと並んで歩きながら帰る。




この日を境にして、俺の人生から"退屈"は消えた。

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