[第20記]きっと、もっと素敵に
「いいよ。話して…エヌバさんの夢。」
ボクが続けてそう言うと、嬉しそうに頷く。
「…私の夢はね…能力を使う者たちを取り締まる今の世界から脱却して…能力を社会に役立てるために使う…そんな世界を見ることなんだ。」
「…そんな世界来るの?」
「分からない。でも…私のやり方は犠牲が多すぎた。もうすぐ…私を殺しに"あいつら"が来る」
「…え…」
「…喋りすぎたな。今日はもう寝なさい。」
切なそうな顔をしていたエヌバさんは、急に目つきを変えてボクを寝室に戻らせた。次の日も、エヌバさんはボクに目もくれず…人が変わったように部屋で何かをしている。
コンコン…
「シズ。」
周りが夜の闇に包まれた頃。部屋の扉が叩かれる。扉を開けるとエヌバさんはボクの両肩をガシッとつかんだ。その時の目はいつもの優しい目ではなかった。覚悟の決まったような、怖い目。
「これから誰かがお前を殺そうとしたら、全力で命乞いをしなさい。その『誰か』と幸せになるんだ。」
「誰かって…」
「言っても分からない。だがヒーローだ。お前のことはきっと幸せにしてくれる。」
ドガン……下から爆発音がした。
「…すまない…もう時間がない。部屋から出るなよ」
エヌバさんは扉を閉めて行ってしまった。
「……」
…何時間経っただろうか。突然部屋の扉が開いた。
「…あら?」
緑色のローブにロシア帽、青いマフラーをした女。
「なんだこの部屋?」
黒いローブに黒いヘッドホンをした男。
「ねぇ、なんか人がいるよ」
黄色いパーカーを着た男。
「うわぁぁぁ!」
ボクは逃げた。塔の窓から飛び降りた。
―2124年
「あの…こんな人を見かけませんでしたか?」
ボクはあの日、確かに飛び降りた。死なせてくれれば良かったんだけど、なぜか奇跡的に助かってしまった。だから強くなった。復讐するために。沢山の本を読み漁った。これも復讐するために。
そして見つけた。あの時と違って帽子は被っておらず、落ち着いた格好をしている…
奴は誰もいない公園で黄昏ていた。今なら殺せる。
プラズマを利用したナイフも作った。殺れる。
一歩一歩、確実に近づく。目が合った。
「…あらっ?エヌバの塔にいた子?」
「なっ…覚えてるのか?」
「ええ。忘れたことはないわよ。」
30代だろうか?大人になって落ち着いた雰囲気になったその女は、"アウダ"という名前らしい。
「少し…話さない?」
アウダがベンチをポンポンと叩く。ボクは横に座りしばらく話した。アウダが5年ほど前に結婚した事、その相手が黄色いパーカーを着ていた男…"ロジャー"であること…そして、ボクがエヌバの養子であること。
「…そうだったの。悪いことをしたわね」
「…えっ?なんで謝るの」
ボクは困惑した。
「確かにエヌバは罪のない人に黒雷を落として化け物にしていた。それは許されないこと。でもそんなエヌバでも…貴方にとって素敵なお父さんだったでしょう…?違うかしら?」
「……………」
お父さん。ボクが一度も呼べなかった呼びかた。
心が苦しくなった。
「あっそうだ…これ、私の作ったカステラ。」
アウダはバッグから取り出した袋をめくった。
「…いいの」
「ええ。食べて?」
カステラのふわふわな生地を手づかみして口に運ぶ。スポンジ状の小麦が口のなかでほどける。
…冷めていてあたたかくないカステラ。でも、ボクの人生のなかでそのカステラは1番あたたかかった。
「………」
美味しさのあまり涙がでる。
「あらあら。ふふふ。」
「どうやったらこんなに美味しく出来るの…?」
「あら。あなた知りたい?教えてあげる…愛よ」
「愛…」
「そう。恋は盲目っていうけど…私はその言葉、悪い意味じゃないと思うの。だって愛というものは…それのために自分でリミッターを外せるのよ?」
「…ボク…寿命がなくてさ」
「死なないってことかしら?」
「うん…老衰ではね。だから誰かを好きになっても…どうせすぐに死ぬんだ。ボクより先に。」
「そうなの…それは気の毒ね…」
「気の毒なんてもんじゃないよ」
少しの沈黙。そして、アウダが口を開く。
「そうだ!ならお願いしたいことがあるの」
「…なに?」
「私、この先の世界がどうなるのか知りたいの。これから先の世界は能力を持つ人と持たない人が助け合って生きていく素敵な社会になる…それをみたいな」
「この先の世界…」
よくわからない。ボクにできることはないはず…
「私もいつか死んで、そして墓に入るでしょう?」
「うん」
「でも墓に入ると真っ暗で何も見えない。動くことすら出来ない。だからあなたにこれを…」
アウダさんは結晶のような物がついた首飾りを外し、ボクの頭からかけた。ボクは何がなんだか分からずに結晶を手のひらに載せて見つめる。
「これは私の魂…だとでも思って?これを付けてあなたが過ごしてくれれば、これからの世界を見られる」
「…はいっ!これで私の夢も安泰ね!ふふふ!」
アウダさんが笑う。夕日の光が明るい青髪に反射して、ボクは彼女を一瞬だけ光そのものと見間違えた。
「ま…待って!」
立ち上がり帰っていくアウダさんを引き留める。
「さっきあなたは…『素敵な社会』って言ったけど…なぜ断言出来るの!?保証なんてないのに…!」
「知りたい?」
少しも戸惑わずにアウダさんは振り返る。
「…うん」
「愛よ。この世界への。あと信頼かな」
「愛なんて…それだけでそんな」
「あら、さっき言ったでしょう?『愛はリミッターを外せる』って。私には良くない世界は見えないわ」
「でも必ず素敵な社会になるなんてあり得ない…」
「じゃああなたが手直ししてくれないかしら?私、あなたのこと好きだし。任せちゃおうかな」
「…ボクへの愛で『出来ないボクは見えない』とか言うつもり?やる保証もないのに」
「ふふっ!大丈夫…」
アウダさんが自分の胸をトントン叩く。ボクは首から下げた結晶をそっと握りしめる。
「きっとできるわ!」
ボクはそれまで灰色だった世界が…
急にカラフルに輝いて見えた。