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気概(4)

 

 倭生那は日本へ向かう飛行機の中にいた。疲れ果てていたが、熟睡することはできなかった。悪夢にうなされたからだ。それは妻が助けを求める夢であり、戦火の中を逃げ惑う姿だった。


 あと一歩だったのに……、


 あのミサイル攻撃さえなければ会えていた可能性が高いと思うと、悔しくて仕方がなかった。


 あの時、休憩を取らなければ……、


 疲労困憊(こんぱい)のミハイルを休ませるために必要なことだったが、あの15分で運命が変わったと思うと、なんともたまらない気持ちになった。

 それでも、ミハイルが一命をとりとめたのは救いだった。それに、足の切断を回避することができたのも幸いだった。しばらくは入院が必要だし、その後もリハビリをしなければならないようだが、1か月もすれば普通の生活ができるようになるのは間違いないように思えた。

 それと、ターキッシュエアラインズの対応には本当に助けられた。本来ならあり得ないことだが、搭乗できなかった便の代わりを提供してくれたのだ。それも無料で。事前に予約変更することができなかったにもかかわらず、理由を説明するとすぐに新たな航空券を手配してくれたのだ。それを受け取った時は声を出すことができなかったし、現実として受け止めることができなかった。

 それでも、突然『エルトゥールル号の恩返し』という言葉が頭に浮かんできた時、ミハイルの行動も航空会社の対応もすとんと()に落ちた。彼らは学校で習ったに違いないし、その時に日本人への感謝の気持ちを持ったに違いないのだ。

 でも、例えそうだとしても、それに甘えるわけにはいかない。気持ちには気持ちで返さなければならない。まだ何ができるが定かではなかったが、いつか必ずなんらかの行動で返さなければならないと強く心に誓った。

 それにしても、奇跡のような旅だった。右も左もわからない異国の地で、それも戦争の最中(さなか)のウクライナまで行って無事に帰ってくることができたのだ。それに、オデーサの病院にナターシャは運び込まれていなかった。見つけることはできなかったが、少なくとも治療が必要な状態にはなっていないようだ。それだけでもありがたいと思わなければならない。

 そんなことを考えていると、また妻の顔が浮かんできた。しかしそれはさっきと違って何かを訴えるような表情だった。いや、理解を求めるような表情だった。それが何かはわからなかったが、妻がオデーサに行った理由と関係しているように思えた。だとすれば、それを知らなければならないし、その気持ちに寄り添わなければならない。そう思い至ると、妻を探し出して日本に連れ帰ることだけが正解ではないような気がしてきた。妻とウクライナにとどまる選択肢だってあるのかもしれないのだ。

 とにかく、先ずは体力を回復させて、それから会社とのことを整理して、その上で妻の捜索を再開するための方策を考えなければならない。課題は山積しているが、一つ一つ解いていかなければならないのだ。その先にある希望の存在を信じて。



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