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追跡(4)

 

 夜が明けた時、ミハイルが運転する車はオデーサの市街地から20キロの所で止まっていた。夜通し運転していたミハイルにかなりの疲れが見えたので、無理矢理休憩を取らせたのだ。

 15分ほど休んだのち、運転を代わることを申し出たが、ミハイルは受け入れなかった。左ハンドル車を運転したことがない者には無理だと突っぱねられた。それでも代わろうとすると、事故でも起こしたら今までのことがフイになると硬い表情で()ねつけられた。


「大丈夫です。あと30分もあれば着きますから」


 任せておけというように彼はハンドルを握った。


 街中に入ると、早朝だというのに公園に人が集まっていた。見ると、軍事訓練をしているようだった。それを見て、戦時中だということが思い起こされた。そうなのだ、平時ではないのだ。自らに言い聞かせていると、ミハイルが車を止めてナビを確認した。


「あと2,3分だと思います」


 ナビを指差すのを見て、妻の顔が思い浮かんだ。もうすぐ対面できるのだ。会ったら思い切り抱き締めたいと思った。しかしその時、頭上で轟音が鳴り響いた。それがミサイルだと確認したのも束の間、大きな爆発音が聞こえた。そしてすぐに濃い灰色の煙が立ち上った。それは、これから向かおうとしている方角だった。

 ミハイルと目が合った。彼の目は恐怖に満ちているように見えた。それでもすぐに前を向いて車を急発進させた。タイヤが軋む音を残して目的地に急いだ。


        *


「ああ~」


 ミハイルの絶叫とともに車が止まった。2発目のミサイルが頭上を飛び越えてすぐに着弾したのだ。さっきとは比べ物にならないほどの爆発音が聞こえたあと、炎が上がった。

 大きな建物が燃えていた。物凄い炎がこれでもか(・・・・・)というように燃え盛っていた。辺りに人はいなかったが、建物は体育館のようであり、妻が働くボランティア会場に違いなかった。


「ナターシャ!」


 叫びながら車を飛び出したが、ミハイルに腕を掴まれて止められた。目の前には巨大な炎の壁が立ちはだかっていた。


 ナターシャ……、


 天を仰ぐ倭生那の目から涙が溢れた。目の前には破壊されて燃え上がる建物があるだけだった。人間の姿は影も形もなかった。2発のミサイルにやられてしまったのだ。どんな屈強な人間でも生き残れる訳はなかった。

 立ち尽くしていると、サイレンの音が聞こえた。消防車だった。到着すると続いてもう1台が続き、すぐに消火活動が始まった。しかし、猛烈な火の手を抑えることはできず、放水を嘲笑うかのように炎が立ち上った。

 呆気に取られて見ていると、いきなり屋根が崩れ落ちた。地面にぶつかると、轟音と共に破片が周りに飛び散った。咄嗟(とっさ)に飛びのいたが、「あっ!」という声が横から聞こえた。ミハイルだった。足を押さえて倒れていた。


「大丈夫ですか?」


 かがみこんで見ると、彼の足から血が出ていた。飛んできた破片にやられたようだった。すぐにジーパンのポケットからハンカチを取り出して出血している部位にきつく巻き付け、「誰か!」と消防隊員に向かって叫んだ。すると、ホースを持っていない隊員が小走りに近寄ってきた。英語は伝わらなかったが、ミハイルが怪我をしていることは理解したようで、怪我をした足を持って高く上げた。心臓よりも高い位置にすることによって出血を抑えるつもりなのだろう。

 消防隊員が何かを言った。よくわからなかったが、代わってくれという感じだったのでミハイルの足を持つと、消防服のポケットから何やら取り出した。ガーゼのようだった。出血部位に巻いていたハンカチを解いて傷口にガーゼを当てると、その上から包帯を巻いて更にテープを巻いて傷口を覆った。それで応急処置が終わったようだった。彼はそのまま足を持っていてくれというような手振りを残して、消防車に乗り込んだ。


 彼が連絡してくれたのだろう、少しして救急車が到着した。ミハイルと共に倭生那も乗り込み、てきぱきと行われる救急措置を見守った。


        *


 救急サイレンが止むと共に車が停まった。病院に到着したようだ。しかし、そこは病院と言える代物ではなかった。物は整理されておらず、玄関や廊下にまでベッドが置かれて雑然としていた。それに、医師や看護師が走り回っていた。医療関係者の数が足りないのだろう。彼らの緊迫した様子を見ていると、まるで戦場のように思えた。


 ミハイルの傷は深そうだった。縫合(ほうごう)が必要だと英語が話せる医者に言われた。でも、手術室が空いていなかった。負傷者が続々と運び込まれていて4人が待機状態だというのだ。一刻も早く縫合手術をして欲しかったが、待つ以外選択肢はなかった。


 夕方になってやっと順番が回ってきた。ミハイルはかなり憔悴(しょうすい)しているようだった。出血は完全には止まらず、包帯を赤く染めていたから無理もなかった。

 ミハイルに声をかけて見送った倭生那だったが、落ち着かなかった。この設備でこの陣容で手術が成功する確率が高いとは思えなかったからだ。それでも、できることは祈ることしかなかった。



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