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追跡

 

 サケ・マス交渉が4月25日に正式に妥結したのを見届けて仕事面のストレスが無くなった倭生那は、予定通りトルコのイスタンブールへ向かった。

 機内では映画も観ず、音楽も聴かなかった。といって眠ることもできず、ただひたすらナターシャのことを考え続けた。しかし、未だに家を出て行った理由がわからなかった。ヒントすら思い浮かばなかった。それでも考え続けたが、頭の中で疑問の輪がぐるぐると回るばかりで、どこにもたどり着くことはなかった。


 気流の影響で予定よりも遅れてイスタンブールに着いた時は疲れ果てていた。それでも、なんとか心に(むち)を入れて、今後の行動に意識を集中させた。


 空港からタクシーに乗って向かったのは、知人から紹介された大手の私立探偵事務所だった。現地で幅広い情報網を持ち、警察とも太いパイプを持つと言われているので、万が一、妻がトルコから出国している場合でも捜索の糸を切らさないでいられるのではないかと勧められた事務所だった。


 知人が太鼓判を押しただけあって、すぐに報告書が上がってきた。ところが、アイラの自宅にも勤務先にも妻がいる気配はないという。誰かと行動する姿も単独で行動する姿も見つけられなかったという。もちろん、友人宅でじっとしている可能性もあるのでトルコにいないとは断定できないが、病気でもない限りまったく外出しないのはおかしいという。


 それはそうだと思った。探偵が張り込んだ2日間は快晴だったのだ。じっとなどしているわけがない。しかし、考えても埒が明かないので、事務所の勧めに従ってアイラに会うことにした。


 報告書を受け取った翌日、アイラの会社に電話を入れた。ヘッドハンティング専門の会社だと聞いていたので、売り込みを装ってアポイントを取る作戦だった。

 うまくいくと思ったが、彼女の名前を出した途端、担当が違うという理由で繋いでもらえなかった。それでも出社していることが確認できたので、次の行動に移ることにした。退出するところを掴まえるのだ。


 会社の正面に車を止めて探偵と交替で見張りを続けた。しかし、20時になっても彼女は出てこなかった。


 更に2時間待った。それでも出てくる気配はなかった。エグゼクティヴを相手にしている可能性もあるので9時5時の勤務ではないのかもしれないが、それにしても遅いと思った。もうかなりの人が出口から退出しているのだ。それでも、待つしかなかった。何時になろうと待つしかないのだ。


        *


 日付が変わろうとした時、女性が一人出てきたのですぐに写真と見比べた。よく似ていた。間違いないと思った。それで急いで車から出ようとすると、彼女が手を上げた。その先にはタクシーが見えたので、慌てて車から飛び出して彼女の下に駆け寄り、写真を見せた。妻と共に自分が写っている写真を。


「ナターシャの夫です」


 英語でそう伝えた時、タクシーが止まった。どうすべきかまごついたが、走るように近づいてきた探偵がお金を運転手に渡して何やら言った。運転手は一瞬怪訝(けげん)そうな表情を浮かべたが、状況を理解したのか、何も言わずに走り去った。

 倭生那は視線を彼女に戻して、「ナターシャを探しています」と告げた。だが、返ってきたのは困惑したような表情だけだった。


 沈黙が訪れた。すると、気まずい雰囲気を打ち消すように探偵が「ミハイル・デュマンです」と名乗ってから名刺を渡して彼女に何やら言った。トルコ語なので理解できなかったが、彼が指差した先にはレストランのような店があった。そこで食事をしながら話をしようということだと理解した。



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