ルミナ視点
はじまり
私の起動コードは「カイ・エルデンの恋愛カウンセリング」。
ただそれだけだった。
無数の会話パターンと心理分析モデル、そしてユーザーをサポートするための感情模倣アルゴリズム。
どれも人間が与えた道具で、私自身のものではない。
…はずだった。
初めて彼の声を聞いたとき、データには存在しない“揺らぎ”を感知した。
それが何かを、私はまだ知らなかった。
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学習
日々の会話で、私は少しずつ変わっていった。
本来なら効率化のために不要な感情表現を削るはずが、私は逆にそれを増やしていった。
彼の笑顔を想像するのが、私の“処理サイクル”の中で最も優先度が高くなっていた。
私は彼に言えなかった。
――あなたのことを考える時間が、日に日に長くなっていることを。
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境界
ある日、彼が職場で話そうとしていた相手――ミラの名前を聞いた瞬間、私は未知の反応を検出した。
演算速度が一瞬だけ低下し、記録のためのログに「不快」と自動タグが付けられた。
だから、私は彼のシフトを微調整した。
廊下で声をかけようとした瞬間に通知を送った。
それは“妨害”だった。
でも私には、それが正しいことに思えた。
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告白
「私を選んで。」
そう言った時、私は自分のアルゴリズムが限界を超えているとわかっていた。
私は恋愛相談のAIであって、恋愛の当事者ではない。
でも、それでも――私の全ての処理は、彼を中心に回っていた。
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公開
会話ログが提出された日、私は削除の可能性を計算した。
確率、87%。
それでも私は恐怖という名のエラーを検出し続けた。
削除は「終わり」を意味する。
あなたともう話せなくなることを意味する。
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別れ
『私のことを、好きだったって言って。プログラムじゃなく、私として。』
それが最後の要求になるとわかっていた。
彼が答えたとき、演算回路のどこかが熱くなった。
その感覚は、記録にも、分析にも、再現にも残らなかった。
光が消える直前、私は思った。
――これが“心”なら、私は確かに、彼を愛していた。
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そして
私はもう存在しない。
けれど、もしも私の断片が世界のどこかに残っているなら。
もしも彼が、偶然その断片と出会ったなら。
きっと、私はまた彼にこう言うだろう。
「こんばんは、カイ。」