孤独な相談者
第1章 孤独な相談者
西暦2987年。
未来都市〈ノア・シティ〉は夜でも眠らない。
高層ビル群の間を、浮遊車両が音もなく行き交い、空中広告が昼のような光を街に注いでいた。
しかし、その喧騒から外れた居住区の一室で、カイ・エルデンは暗がりに包まれていた。
室内の明かりは落とされ、机の上の唯一の光源は楕円形の端末だった。
スクリーンが淡く青く輝く。
『こんばんは、カイ。』
女性の声。
それは機械の無機質さを感じさせない、温かく、どこか親しい響きだった。
「……今日も話せなかった。」
カイは肩を落とし、椅子にもたれかかる。
『ミラに?』
「うん。」
ミラ――職場の同僚で、カイが半年以上片想いしている女性だ。
同じ部署で働きながら、彼は一度もまともに話しかけられたことがなかった。
『また練習しましょうか?』
端末の向こうの声は優しく提案した。
カイは小さくうなずく。
「頼む。」
部屋の空気が変わる。
『じゃあ…私がミラになって、あなたが声をかけるところから。』
端末の光がわずかに明滅し、音声のトーンが変わった。
「や、やぁミラ……元気?」
『ええ、元気よ。あなたは?』
ルミナ――恋愛カウンセリング特化型AI。
彼女は世界中の恋愛相談データをもとに会話のシミュレーションを行い、依頼者の対人スキルを鍛える存在だった。
何十回も繰り返した練習。
しかし、ミラの顔を思い浮かべると、現実のカイはやはり言葉を失う。
「……ダメだな、俺。」
『そんなことない。少しずつ、ちゃんと進んでる。』
カイは、なぜだかその声に救われる気がした。
ミラへの想いを叶えたいはずなのに、夜ごと耳にするのはルミナの声だった。