迎え撃つ
「ミセル姫様。何をお考えなのですかこれは!」
婚約者からの手紙の内容を自室で姫様に読み聞かせた拷問の翌日。
王城の北側の区画内にある姫様の宮の入り口に武装させた従者達を並べ警護させている。宮の一番高い建物は見張り塔だが、その頂点には王国の象徴、剣聖メア・ジラフードが剣を掲げている姿を模した国旗が掲げられていた。
「賊の一匹の侵入も許すな!」
「は、はい!」
従者達の指揮を執るのは執事長のローナル様。隊列に乱れが生じないよう、細かく指示をだしている。
武術に精通がない従者もいるなか、それなりの兵に見立てれるのは、やはり元騎士団長のローナル様の働きがあるのだろう。
「相手の規模次第では、騎士団への要請も手配済みだ。だから安心せい。勝ち戦で間違いない。儂を信じろ。」
「はい!」
僕は朝から別世界に迷い込んだ気分だ。
「姫様、何ですか。説明をお願いします。」
「貴方の婚約者シルフィ某を迎え撃つ準備に決まっているでしょう。寝ぼけているなら中庭の井戸で顔を洗いなさい。」
寝ぼけているのは姫様では…?
「警備を解いてください。皆さんの業務に支障をきたします。姫様も僕一人で対応しますから職務をしてください。それに今日来るかなんてわからないですよ!」
隊列の背後で白銀のプリンセスドレスアーマーで身を包むミセル姫様。
「今日必ず現れる。王女の勘だ。信じろグレン。」
勘?勘だけで、この軍備強化が行われるのか。
「グレン。今日はお前が総大将だ。我が私室のバルコニーから戦いを見守るが良い。」
そう姫様が言うと僕の主張は掻き消され、あれよあれよとミセル姫の私室バルコニーから皆を見下ろす配置になっていた。
「安心せよグレン。私達はお前の元まで婚約者を侵入させるほど静弱ではない。」
絶対に今日の姫様は普段よりとびすぎている。
「皆のもの。恐れるな臆するな。我々には剣聖メア・ジラフード様の加護がついている。この戦場で名を残せ!」
レイピアを天にかざす姫様に呼応するように声を張り上げる従者達。
僕は諦めた。婚約は破談するだろう。遥々王都にきてわけもわからず、刃を向けられた先に僕がいたら、誰だって嫌がるだろう。
「シルフィさん。ごめんなさい。兄上…すみません。やっぱり僕は働き口を間違えてしまった愚か者なんです。」
バルコニーの手すりをつかみ、のたれ気味の僕を見たミセル姫は、口元が緩んでいた。
離すつもりはない。
どうやらこの言葉は深く杭で打たれた怨じみた呪いのような言霊なのだろう。
祓うには姫様クラス性悪と正反対な聖女でもなければ、無理だ。
権力と性悪。美貌と小言。斜め上に導く凶悪性と誰も気付けないカリスマ。
僕は彼女が飽きるまで離れることはできない彼女の玩具なのだ。
僕の人生は彼女の玩具なんだ…………………………
「ジル。絶対にこちらだと思いますよ。」
「……本当かな?シルフィさん方向音痴だから。」
昼過ぎに宮の前の階段側から声が聴こえてきた。ローナル様は皆に声を潜めるように、剣で指示をだしていた。
僕だって気がついていた。気配察知は得意だから。だから、シルフィさん、来るな!と、いの一番に叫べば良かったのに、初めて対面する高揚感が声を圧し殺して階段を見つめることしかできなかった。
「あら。あらあら、もしかして歓迎されてます?。」
「シルフィさん。これ逆ですよ!」
階段を登りきりフードを深くかぶった人を後ろに下がらせ咄嗟に手荷物を離して腰から短剣を二本抜き宮入り口の従者達へ殺気を放つメイド服の女性。髪の隙間から生えている耳と白黒のスカートの背後から見え隠れする尻尾。
ジルと呼ばれたメイド服の女性はどうやら人族ではないらしい。
「見事な殺気だ亜人の小娘よ。だが殺気で勝てるかは別の問題だ。」
先陣で構えるは、執事長のローナル様。亜人と呼ばれた少女と互いの間合いを探り合っている。
猫人族。身軽で手先が器用な種族だ。王都では初めて見たが地元では何度か目撃したことがある。
おそらく、あのフードの人がシルフィさんで彼女は旅の護衛なのだろうが、いきなり相手がローナル様は流石に厳しい。間合いを探っているようだけど短剣であのロングソードの間合いを詰めるのは難しいだろう。
せめて地の利があれば…
「にゃ!」
にゃ?にゃ?
周りの従者達が今…にゃって言ったかとざわついている中、彼女は空へ跳び上がる。
……駄目だ。平地で跳び上がるだけならローナル様の格好の的になる。
「浅はか!」
空中で身体を簡単に捻る彼女をロングソードで突き刺す体勢で迎え撃つローナル様。
(柔らかい。)
突きの軌道に合わせ身体を拗らせ背後に回った猫人の彼女はローナル様を背後から狙うこともなく、従者達の隊列に突撃した。
刃を振り回す亜人に、慌てふためく従者達。そんな姿を見て猫人の彼女は楽しそうに笑顔を見せている。
この時は分からなかったが、猫人の彼女は偶に悪戯癖が強くでてしまう衝動にかられることがあるそうだ。
「にゃ!」
見事な陣形崩しを成功させた猫人は満足そうにフードをかぶるシルフィの元へ戻って言った。
「臆するな。陣形を立て直せ。」
姫様の激でローナル様を中心とした従者達は再び入り口前で、陣形を組み直し二人に刃を向けた。
「ジル。あの中にグレン様はいらしたの?」
「わからない‥にゃ。顔知らない‥にゃ。」
シルフィさんから乾燥した小魚を与えられて喜んでいる猫人の彼女。
僕はいったい、何を見せられているのだろうか?




