お世話になりました
ジラフード王国の第一王女ミセル・ジラフード様にお使えして5年。地方領主の次男坊だった僕が姫様にお使えできたのは、姫様が寛大な心の持ち主だったからだ。
…………なんて、思うわけないだろ。
まるで奴隷のようだった。
原因は剣術大会で、ミセル姫が偶々来賓として見ていたのが原因だった。14歳で出場した僕は偶然も重なったけれど、決勝戦で当時の王国騎士団長に勝ってしまい、その大会で優勝してしまった。
その姿を姫が見て、他の者達の意見も無視して僕を従者に引き抜いた。それからは本当に地獄の日々だった。
田舎の地方領主の次男坊。だから僕は幼少期から剣を握り、大人達の真似事をしていた。幸い年が離れた兄上が優秀な人だったから、僕に次期領主の期待をする者など皆無だったし僕も跡継ぎに興味はなかったんだ。
優秀な兄上は領地経営を良い方向へ進めようと日々努力する。そんな兄上の役に立てるならと僕は実家の領地周辺の豪族の娘との婚約話しを承諾した。
顔を見たこともないけれど、父上、兄上が頑張ってきたんだ。好き勝手に剣術ごっこをしていた僕もそろそろ二人の役に立つ時がきたと判断をした。
だから僕は、姫様にお別れを言いにきたのだが、全く話しを聞いてくれない。
「今日は妹達とお茶会なの、貴方のくだらない話しは後にして、早く仕度をしなさい。」
僕の婚約と従者の任を解いてもらうのは、姫様にとっては、くだらない話しらしい。立場もあるが、できれば婚約者は優しい人であることを願う。
(まぁ…こんな性悪女なんか、そうそういないだろう。)
「グレン。間抜け顔をしていないで、早くしなさい。はぁ…どうして、この子はこんなにノロマなのかしら?」
………あんたは、俺の母親か。
いちいち、小言が多い。使え始めの頃は、僕に落ち度があると思って気をつけようと努力していたが、途中で気がついたんだ。
彼女の性格に問題がある。
国王には三人の妃がいる。しかし、天の悪戯かわからないが男の子は産まれなかった。
ミセル姫と他三人の姫達。
国王の次はミセル姫が女王として国を統治するのか、それとも他の姫の誰かが統治するのか。まだまだ国王は健在だが、周辺で偶に跡継ぎの話しを聴くことは何度かあった。
僕としては、この姫様以外なら誰でも良いと思う。
「私があげた剣は?。ちゃんと身につけなさいよ。その剣のおかげで、あんたの田舎芋臭さが薄れるんだから。」
慣れた。彼女の嫌味たらしい言葉には慣れた。貴方は強いんだから見た目でも相手に圧を与えるべき。そう言って渡された剣…
国宝【銀夜の星剣】
かつて大陸を混乱に陥れた魔王を討伐した勇者の傍らで共に剣を振るった女剣聖…メア・ジラフード。
この国の建国者。そして姫様のご先祖様だ。田舎者の僕でも知っている有名な偉人。実際その剣技を観ることなんか不可能だけれど、子供ながらにお伽噺を聴いては憧れた。
だから、姫様が簡単に僕にその剣聖の剣を渡した時は驚きで尻もちをついたし、周りが騒ぐ中で国王がミセルが決めたならそれで良いだろうと簡単に承諾したのにも驚いた。
姫様は国宝ですら、好きに扱う。権力の使い方も実に嫌らしい。代々何百年も管理してきた人達に申し訳ない気持ちなんか…ある筈もないだろうな。
「襟!。どうして毎回何処か決まらないの?。私の従者がだらしないなんて…芋感染させるきかしら。」
透き通る肌に大きな瞳。きっと妃様に似たのだろう。国王は威厳がある強面な顔だから。
だからこそ、勿体ない。
その美貌とは真逆の性悪な内面が。
「そう言えば朝の剣術稽古は今日はおやすみしたのかしら?。貴方の汚い掛け声が窓の外から聴こえないと…目覚めの悪さが更に悪くなるのよね。」
確かに毎朝、稽古は欠かしていませんが今日は姫様に報告があったので、おやすみしました。
……くだらない話しをする為に稽古をさぼった罰で今から稽古してこい?
「お茶会は?。」
本当に性格が悪い。
貴方がいたらお茶会の品位が下がって、妹達の顔色を伺わないといけないから、稽古が終わったら中庭に迎えに来い。
(そんなに品位が下がるなら僕が迎えにいく必要はないと思うけど…はぁ面倒くさい姫様だ。)
早く行け。そう白手袋を身につけた手で僕を払い部屋から退場させるミセル姫様。
結局、いつもの彼女のペースで、従者の任を終える話しは進まなかった。
(あんなに、嫌味しかでてこないなら早く僕に暇をだせば彼女だって楽だろうに…)
地元でも王宮でも、僕は剣をふっている時が、一番楽しいのかもしれない。
実際、稽古を始めたら剣術のことしか考えていないし。
「いやいや。毎回見事な太刀筋ですなグレン殿。」
僕の稽古を褒めてくれたのは執事長のロナール様だ。良く僕の剣術を褒めてくれるしアドバイスも的確で、何かとお世話になっている。
実はロナール様は、僕が剣術大会の決勝で戦った騎士団長だ。今は辞めているから正確には前騎士団長。
御年71歳。
つまり、66歳まで騎士団の団長を務めた。
5年前…結構余裕で勝てるなと14歳ながらに調子にのっていた僕は、決勝戦で老人が出てきたから、もしかして簡単に優勝しちゃうかもとロナール様を見下していたんだ。
でも実際、剣を合わせたら考えは一変した。
レベルが違う。僕の剣術は全て見透かされていると捌かれる度に実感した。
僕の打ち込みは簡単に受け止められるし、気がついたら僕は一歩もその場から動かないロナール様の周辺を何度もまわっていた。
何をしても受け流される。
大人達の真似事剣術の限界。
膝をつき木剣で身体を支え肩で息をする僕は諦めて、その場で…つい笑顔を見せてしまった。
「諦めて笑うとは何事か!幼くしてその剣技。諦めるは剣への冒涜。儂を越えてみせよ小僧。」
ロナール様の活。不思議な感覚だった…その後からロナール様を僕は見えていなかった。なぜか目の前には諦めた自分の姿が見え僕は、それが許せなくて恥ずかし気持ちになっていった。
だから、これは僕じゃないと木剣を振りかざし、それを消そうと切り払った。
どういう間合いでどんな太刀筋だったのか、全く憶えていないけど、気がついたら膝をついたロナール様が、折れた木剣を見て…
「見事だ。」
と、負けを認めた。
未だに何故勝てたのか、わからない。
ただ手に残る不思議な感覚は今も鮮明に憶えている。
「姫様に今日も振り回されましたか!」
剣術稽古がてらの、僕の愚痴をしっかり聞いてくれるロナール様。
姫様がもし、ロナール様みたいに誠実で優しい方だったら、何か理由をつけて婚約なんかしなかったのに…