07.一期二会
身体から重さが消えた。
厳密にはお腹の上の重さが。
さっきまで俺を殴っていた男は、視界の外へと吹っ飛んだ。
スローモーションのようだった。
生命の危機が迫っていたからなのか、驚いていたからなのか定かではないが。
「大丈夫かレル?!」
良く聞いた事のある声だ。
特に朝とか夕方に聞く声。
いや、まさかな...
あいつが来るわけが無い。
来るならダッティーくらいだ。
腫れて重くなった瞼を無理やり上にあげ、目を開いた。
そこには、ジンがいた。
幻覚ではない。
本物のジンがいた。
「なんで?ジン...が...?」
ジンに問いかけようとしたところで、レルの意識は途絶えた。
――――――
目が覚めると見覚えのない天井といつもと肌触りの違う布団。
おそらく病院だな。
そして横には――
「ジン!お前なんで!?ッ!」
驚いた声と同時に痛みがレルを襲う
「落ち着け!安静にしとけよ!ちゃんと話すから!」
ジンが慌てたようにレルに語りかける。
ジンはそういうと今までの経緯を話し出した。
ジンが話した話を要約すると、ジンはレルだけ訓練を受けられるのに耐えられず、副校長に無理を言って退学し、さらに訓練まで受けさせて貰っていたらしい。
他にも色々あったらしいが、どれもジンの心境の変化に関する出来事の話だけだった。
あの時は大きな音がして、いつも通りレルとダン先生が戦っていると思い、見に来たところであの光景が目に映ったのだと言う。
「良かったのか?学校やめても。
頑張って入学したって言ってただろ?」
「まあね。でもやっぱりレルだけ強くなるってのは納得いかなかったんだ」
「そうか...。副校長先生って強かった?」
「あぁ、S級相当だった」
「そんなに強かったの!?」
「うん...」
妙な間が入る。
ジンは怪我をしているレルに気遣ってかける言葉を探しているんだろう。
2人がしばらく無言でいると、扉の開く音がした。
「大丈夫か?レル」
この声は...
ダッティーだ。
凄く微妙な表情をしている。
何から話せば良いのか分からないって感じだ。
レルも何から話せばいいか分からないでいると、ダッティーが口を開いた。
「やっぱりあの時、学校に行かなければ良かったな...
そうすればあんなことには――
「運が悪かっただけですよ。気にしなくても大丈夫です」
レルは出来るだけ明るく答えた。
仲良くなって来た先生と微妙な関係になるのは避けたい。
「なら良いんだが」
だけどダッティーとの会話は1ラリーで終わる。
良くも悪くもさっぱりした人だ。
「訓練にはいつ復帰出来そうだ?」
そうダンが聞くとレルは少し落ち込んだような顔をした。
妙な間と共に鳥の鳴き声が聞こえてくる。
「それが...。僕は戦場で戦えそうに無いです...」
「どうしてだ?」
「僕はもう...。人を斬れません...
斬った時の気持ち悪い感触が、頭から離れないんです...」
「そうか...。とりあえず、しばらくは安静にしとけよ。あと、お前を襲った連中はどこのどいつかは分からなかったが...。
みなA級相当だったとだけ言っておく」
そう言うと、ダッティーは病室を出ていった。
それは負けたことを気にしなくても良いというダンなりの気遣いだった。
そして、レルもそれは分かっていた。
「治ったら、また色々話そうな」
そう言うとジンも続いて病室を出ていった。
―――1週間後―――
「ありがとうございました。お世話になりました」
レルは退院した。
思ったよりも早く退院できた。
天造はとても便利で、練度が上がれば上がるほど応用が効く。
治癒にも使えるんだからな。
正面口から出ていくとダッティーがいた。
退院日をジンから聞いたんだろう。
「やっと退院か。良かったな。
退院直後で悪いが少しついてこい」
そう言うとダッティーは足早に歩き出した。
レルも言われるがままついて行った。
ダンとレルは人の絶えない大通りを歩いた。
天造力が空で水と作用し降ってくる『天』の浸食を防ぐための、『紫融銅』を使った屋根に反射した太陽光が目を刺す。
紫融銅の「紫」は天造焼入れの際に、炎が紫になることから来ている。
色は紫がかったモーヴベージュのような色で、この大陸特有の屋根らしい。
中学校で授業中に先生が話してたな。
懐かしい。
「着いたぞ」
ダンの声でレルは、我に返ったかのように上を視線をあげた。
目線の先は―――
「ここって...」
「あぁ、ヘリエストだ。今から王に会いに行く」
「え?」
ヘリエスト。
ここは王族が住んでいる場所で、この国の中枢である。
他の大陸では城と呼ばれているが、それらの国々の建物とは全く異なった外見をしている。
街の中の少し大きめの立派な家を沢山くっつけ、バランスの悪いところは高級そうな装飾の施された柱で支えているような見た目だ。
白基調の建物で屋根の色がよく映える。
一見ごちゃごちゃしているが、左右は対象で神秘的とも思える。
ダッティーは見張りの兵に話しかけ、門を開けてもらっていた。
建物に入ると赤いカーペットに大きなシャンデリア、すごく豪華な廊下だ。
しばらく歩いていると、立派な装飾の大きな扉が見えてきた。
そこには門の前に居たさっきの見張りとは違い、科学を感じる鎧...というよりプロテクターの様な物を着た人が2人いた。
ダッティーはその2人に事情を話し、扉を開けてもらった。
扉の先の光景に2人は固まった。
多分、後ろにいる見張りも驚いているだろう。
30代くらいだろうか、若い王がレルたちに向かって王冠を床に置き、跪いて頭を下げていた。
奥には玉座が見える。
「今回は深くお詫びしたい...。
前国王である私の父...クソったれ親父の引き継ぎが甘かった...。
前にダン殿がここに来るまで、異特国専兵の存在を知らなかった...。
申し訳ない!」
レルは自分たちが『異特国専兵』と呼ばれていることを初めて知った。
その王は続けて話し続けた。
「レル殿に関する処理は、ヴェグナ騎士団全体の統帥をしているヴェルディスが、独自に行っていたらしい...。
これも引き継ぎ不足によるもの...。
お詫びとして、どんな願いも聞き入れる...!」
そうだった。
この国は3年前に国王が変わったばかりだった。
俺は割と田舎の方に住んでいたし、王が変わった後も政治に大きな変化があった訳でもなかったので忘れていた。
いや、働き方に関する法が大きく変わったとか言ってたか?
親の世代からの評価は高かった気が...
まあとりあえず、前の王よりはマシらしい。
それよりも願いをどうするか...
お金でも貰おうか...
圧倒的地位とかか?
レルが邪な考えを脳内に展開しているとダンは唐突な提案をした。
「なら...俺たちを『異特国専兵』の任から外させてもらおうか」
レルは驚いたが反対する気も起きなかった。
あんな出来事があった後で、レルは戦場で活躍する自信を持ち続けるなんて出来なかった。
何より剣を握れないのは致命的だ。
だけど...
「分かった...。だが、身勝手ながらこちらから条件を出しても良いだろうか。
最近、ヴェグナ周辺国の状況が不安定で、いつ戦争が起きてもおかしく無いのだ。
だからあと3ヶ月だけ、任についてくれないか...。」
ダンは相手の話を最後まで聞き終わる前から大きなため息をついていた。
「何があってこういう事が起きているのか分かっているよな...?俺はまだしも、レルが戦場に出れるか分からないだろ。だから――
「僕は大丈夫です!」
レルはダンが話してる途中で割って入った。
ダンは少し驚いたように軽く眉を上げ、何か言おうとしたがレルの話を聞くことにした。
「殺されかけたのはすごく怖かったですが、僕は異常特性が無くてもどうせこの道に進むつもりでした。
僕は戦えます...!
剣は...もう怖くて使えないですが...」
レルには話したこと以外にも理由があった。
それはクリファだ。
今思うと、意味の分からないことでイライラして傷つけてしまったクリファと、学校は違えと同じ目標に向かうことにした。
なのに自分だけ逃げるなんてプライドが許さなかった。
罪悪感が許さなかった。
「剣が使えないならどうしようも無いだろ。
どうするつもりだ?」
ダッティーの言葉はいつもストレートで、時に辛辣になる。
「それは――
「それならいい考えがあるが...」
レルが回答に困っていると王が反応した。
「剣で無ければ良いのだろう?
それなら、歩兵戦用プロテクターの強化案として出たガントレットがある。試作ではあるが、天造力の操作に長けている者であれば、人を殺めるなど容易い程の威力がある。
加減をすれば気絶にとどめることもできるだろう」
「おぉ!」
レルは歓喜し、それを戦場で使う事を了承した。
感性が子供で止まっていたレルにとって、ガントレットというのはとても心を惹くものだった。
戦場にいく自信が少し戻ってきた。
自分でも単純だなと思う。
ダンはレルの決定に反対こそしなかったが、肯定しているようにも見えなかった。
まさに微妙な表情というのが当てはまる。
話を終えた後、レルたちはヘリエストを後にした。
4時くらいだろうか、段々と薄暗さを感じる時間になってきた。
カラスが鳴いていて、昼よりの通りを歩く人が少ない。
その中をレルはダンと2人で歩いていた。
レルが群れを成して飛んでいるカラスを眺めていると、ダンに話しかけられた。
「レル。これだけは言っておく。
嫌な事からはいくらでも逃げていいんだ。
それはお前の為になる。」
「分かりました」
ふと昔の記憶を思い出した。
親の教えと全く逆だ。
逃げないことが自分のためになると言われ育ってきた俺にとって、その言葉は斬新だった。
でも説得力がある。
何故かと言うとダッティーの日々の行動がまさしくそうだったからだ。
学校の仕事だろうと、訓練中だろうとめんどくさいことは極力避ける。
周りの顔色を窺いがちな自分では到底できない。
正直言うと、少しうらやましい。
「そういえば、お前の入院中にナトラス学校と少し話してきてな。
今度の実習、お前も参加できるそうだ。よかったな。
数人くらいなら友達もつれてきても良いらしい。
ジンも一緒に連れてってやったらどうだ?」
「ナトラス学校って...。あのナトラス学校...ですか?」
「友達でもいるのか?」
「それって...いつですか...?」
「三日後だ」
ナトラス学校はクリファがいる。
いずれ会う日は来るだろうと思ってはいたけど...
さすがにこのタイミングで会う可能性が出るとは思わないだろ!
本当にどうしよう!?
この間レルは終始無言であったが、明らかに動揺が伝わっていた。
ここまで動揺するレルを見れてダンは少し笑っていた。
―――3日後―――
「本当に来ちゃった...」
「そうだな...」
ナトラス学校。
国によって作られた優秀な天造術者を育てるための学校。
この学校を卒業した者には、天造術士なる称号を与えられる。
この称号はなにか特別な権力があるわけではないが、あらゆる面で優遇される。
少なくとも人生通して職には困らないだろう。
それにしてもキレイな学校だ。
きちんと手入れされているんだろう。
「俺らの行ってたシェティル学校とは大違いだな」
「悲しいけど、そうだね」
「無駄話はその辺にして行くぞ」
「はい!」
ジンとレルは同時に返事をしてダンについていった。
学校の中に入ってもやっぱりきれいだ。
中に入ってから数人の生徒とすれ違っている。
そのたびにレルは恐る恐るそちらを見る。
そんなレルに対してジンは不思議に思っていた。
ジンはレルからクリファのことを聞かされていなかった。
「さっきからそんなにビクビクして、どうしたんだ?レル」
「いや、気にしなくていい...」
「それが一番気になるんだけど...」
「ジン、そんなに人を詮索するもんじゃない。友人でもな」
「それはわかってますけど...」
ジンはまだ何か言いたげだったが、周囲が明るくなっていたからそちらに意識が向いた。
グラウンドにナトラス学校の生徒が集まっていた。
レルはクリファを探したが見つからなかった。
だが金髪の長髪で可愛い生徒を見つけて、ひそかにジンと盛り上がっていた。
どうやらこれからモンスターを討伐する実習に行くらしい。
文字通り命のかかった実習だ。
まあ、ナトラス学校の教員のほとんどがS級術者だからそうそう事故は起きないだろう。
ナトラス学校の生徒が移動を始めたので、レルたちもそれについていった。
――――――
「この森が...」
「実習場所だろうな」
レルが呟くとダンが答える。
「じゃあ、俺はナトラス学校の教員と少し話があるから合流しておいてくれ」
「先生!俺はトイレ行きたいです!」
ジンがそういうとダンは了承し、行って来いと言った。
「じゃあ、レルは一人で合流しといてくれ」
「わ、分かりました...」
ダンが離れていく様子をレルは見る事しかできなかった。
引き留めてもクリファに関することは先生じゃどうにもできないよな。
なくなくレルは合流することにした。
変な緊張でおなかがムカムカする中、レルは生徒の集まっているところに向かった。
うつむきながら歩いていると、誰かと肩がぶつかった。
「っ!すみませ――!!!
ぶつかったときに揺れた髪からいい匂いがしてきた。
ぶつかった相手を見ると、ジンと話していた金髪の女の子だった。
だが、レルが驚いたのはそこでは無かった。
「レル?」
相手はレルの名を呼んだ。
間違いなく。
レルの記憶の中に、金髪の女の子で自分の名を知っている人は一人しかいなかった。
ここから面白くなる...かも?