06.刺客
髭面のおじさんが、山中のクレーターのそばに生えている木の影で考え事をしていた。
「よく分からないな...」
鳥の囀りと木の葉の擦れる音が鳴り響く中、独り言を言っている。
何を悩んでいるかと言うと、レルについてだ。
レルに戦闘の才能があるか無いのか...
レルは覚えるのが凄く早い、初めて教える事もすぐに覚える。
だが...
途中で成長が止まる。
ほとんどが中途半端だ。
一般的な基準で考えると高い能力を持っているが、真の強者には手も足も出ないだろう。
戦場に送り出せる位は強いが、まだ不安が残る。
「...」
ダンは神妙な面持ちで、訓練中のレルに近づいた。
レルは不思議そうな顔をして聞いた。
「どうかしましたか?」
「レル、今から俺と戦え」
「はい?」
レルから拍子抜けした情けない声が出てきた。
レルの思考が完結する前に、ダンは小屋へと向かい剣と棒を持ってきた。
「お前が剣、俺はこの木の棒でやる」
何を言ってるんだこの先生は?
レルはすかさず質問した。
「さすがに先生でも、木の棒で剣に勝つのは無理なんじゃないんですか?」
「天造力で固めれば良いだろ?」
「それでも流石に...」
「とりあえずやるぞ。良いか?」
「はい...」
レルはまだ何かを言おうとしたが、ダンはそれを遮るように質問した。
「じゃあスタートだ」
気がつくとレルの身体は宙に浮いていた。
「うっ!」
腹を押されたのか。
みぞおちを打たれた訳じゃないが少し苦しい。
ふと自分のお腹から視線を上にあげると、宙に浮きながらダンは無言で追撃をしようとしていた。
ダンが振りかぶったところで、レルは何とか地面を蹴りそこを脱出した。
「いきなりですか...」
「戦場にせーので戦ってくれる奴はいない」
「それもそうか...」
レルは変に冷静だった。
レルはダンの言葉に納得し、攻撃に出た。
地面を蹴りダッティーに向かう。
真剣で斬りかかるのは少し怖い。
いくらダッティーでも木の棒じゃ――
レルは大きく振りかぶり、ダンに向かって真剣を振った。
ガキンッ!
「...!」
いやいやいや!
木の棒だよね?!
完全に金属がぶつかりあったような音が鳴り、レルは驚愕した。
レルが右下から左上へ振り上げた剣は、巧みな棒さばきで左へ逸らされた。
バランスを崩したところを蹴られ、レルは木々の中に飛んで行き、バキバキという音がダンから遠ざかっていく。
ダンからレルは見えなくなった。
痛い...が、
これはチャンスだ。
レルは適当な木の上に身を隠し、不意打ちをする事にした。
しばらくすると、周りを警戒しながらダンが歩いてきた。
さっきバキバキと枝の折れる音が途絶えたあたりで、ダンは立ち止まった。
今だ!
完全に背後を取った!
レルは心の中でそう叫び、木から飛ぼうとした瞬間ダンは上へと飛び上がった。
え?
どこに行った?
レルはいきなりの出来事に呆然としていた。
するとさっきまでダンが立っていた所に、木の葉が集まり始めているのが見えた。
その光景が目に入った瞬間、視界の上の端に黒い影が見え、すごい揺れと音と共に一帯の木々が吹き飛び、砂埃が上がった。
「ぐっ!」
めちゃくちゃすぎる。
無法なのか?この人は。
砂埃が晴れ、さっきまで木の葉が集まっていたとこに目をやると、新しく小さなクレーターが出来ていた。
だが、砂埃の中に人影は見えなかった。
ダッティーはどこだ?
レルは自分の後ろを強く意識しながら、警戒をする。
「どこから来る...」
あまりの緊張感で無意識に独り言を言っていた。
「こっちだ」
左から声を掛けられ、レルはすかさず左に剣を振った。
しかし、剣は空を切るのみで視界からダンは消えていた。
棒で右頬を打たれた。
お腹の方に潜り込まれていたらしい。
だが、レルはタダではやられなかった。
剣を振った時の遠心力で回転し、左肘でダンの右の横っ腹に肘打ちをした。
ダンは肘打ちをまともに貰わないように、上体をそらしたが少し当たった。
ダンのバランスが崩れたところに、レルは剣で突きを繰り出した。
が、避けられた。
さっきまでダンがいた所は稲妻が走っているのみだった。
「終わりだな」
後ろからダンの声が聞こえ、振り向くともう首に棒が当てられていた。
ダッティーは槍使いだ。
槍だったら俺はもう死んでいる。
「ありがとうございました...」
レルは息を切らしながら声を絞り出して言った。
「訓練を始めてから3ヶ月しか経っていないよな?」
「そうですけど」
レルは息を整えながら、ダンの質問に答えた。
ダンはしばらく考え事をした後話し出した。
「最後の攻撃は予想外でかなり良かった。
が、最初に正面で戦いに行くのはやめておけ。
とりあえず、今日はよく休め。
今日の訓練は終わりだ」
「分かりました」
そういうとレルは小屋に剣を片付け、帰っていった。
訓練場所にはダンが1人立っていた。
だが、最初と違うのは木と悩みが無い事だった。
レルは実戦で強いタイプだ。
良くも悪くも突拍子もない行動ができる。
戦場で戦っていた時、吹き飛ばされた敵が瞬時に周囲の木を使って、不意打ちしようとしてきたことなんて無かった。
大体は追撃を警戒してその場に立っていることが多い。
ちゃんと鍛えれば化けるな。
ただ、基礎の動きは練習通りにできた方がいいな。
次から意識すべき点は、1つずつゆっくり教えていくか。
ダンはそう小さく決意し帰路についた。
――――――
熱すぎる...
そしてキツすぎる...
真夏の青空の下で普段大人しい男の怒号が森の中に響く。
「まただぞレル!踏み込みが毎回右脚で動きが単調になってる!」
「すみません!」
ダッティーとの手合わせをした後、訓練の内容はガラリと変わった。
同じようなトレーニングは繰り返さないようになっていた。
だが、身体の使い方は一貫している。
『出来るだけ楽に、大きな力を出す』
はっきり言って、前より辛くはなった。
...が、毎日飽きないのが救いだ。
それに成長している実感を毎日出来る。
楽しいくらいだ。
「一旦、休憩とするか」
「分かりました」
その時、ダッティーのポケットからヴー、ヴーとバイブ音がなった。
どうやら電話らしい。
「学校からか...
どうせめんどくさい事務作業だろ?
出る必要なしっと...」
そう言って切ろうとするのをレルはすかさず止めた。
「流石にもう6回目なので行った方が良いかと...
僕は基礎練でもしてるので、行ってきてくださいよ」
苦笑いしながらレルは言った。
するとダッティーはしばらく悩んだあと行くことにした。
「じゃあ、しっかりやっとけよ」
「はい!」
ダンは大きなため息をついて学校へと向かっていった。
レルは小屋に行き道具の準備をしていた。
すると後ろからいきなり声をかけられた。
「ずいぶんとまぁ熱心なものだね〜
...反吐が出そうだ!」
視界の端で話しかけてきた男が、何かをこちらに振ってきているのが見え、レルは反射でそれを回避した。
それは地面に少しめり込んだ。
ハンマーか。
戦ったことがない武器だ、どうするか。
その前に...
「なんなんだ!?何者だ!」
「お前に名乗る必要なんか――
相手の話の最中にレルは相手の懐に潜り込み、みぞおちに肘打ちをし、うずくまったところで頭を掴み、膝蹴りで追撃した。
誰かも分からないしこの辺にしとくか。
「もう一度聞く、何者だ?」
「き、汚い野郎が...」
「戦場でせーので戦ってくれる奴はいないし、お前が言うか?」
「知ったような口聞きやがって...」
不気味な笑みを浮かべながら男は言った。
「何笑ってんだ、気持ち悪い」
「お前こそ、戦場で1体1をするのが普通だと思うか?」
そういうことか。
近くに仲間がいるな。
このままじゃ囲まれる、少し場所を移すか。
「じゃあ、一旦逃げさせてもらう」
「逃がすわけねぇだろ!」
その声と同時に、後ろから数人が飛び出てきたのが見えたが、レルは天造力で足を強化し避けた。
その勢いのままレルは走ってその場を離れる。
マジか...
最初のハンマーの奴は見えなくなったが、数人ついて来ているのが見える。
逃げ切るのは無理だな。
レルはその場に立ち止まり、いきなり仁王立ちをした。
すると追っ手はそれを見るなり、姿を隠し潜伏した。
流石に、正面から来てはくれないか...
レルは内心焦っている心を落ち着かせるため、深呼吸しながらタイミングを見計らっていた。
周りの木々の葉がガサガサという音を立て、近づいてくる。
今か?
レルは上空へと跳び上がった。
レルは集中した。
ダッティー曰く、異常特性は天造力と違い実際の自然に影響を及ぼすことが出来る。
天造力は、自然にある本来の力と相互に作用することは出来ない。
つまり俺の使える力で例えると、天造力でN極の特性を持つ石を作っても、自然に存在するS極の特性を持つものとくっ付くことはない。
だが、異常特性は自然本来の力を扱う。
故に強力なのだが、俺はひとつ見落としていた。
重力の異常特性をダッティーが使った時、なぜ木々は変化が無く、木の葉だけ集まったのか。
そして、天造力の関係ないあの力が、なぜ先生の方が強いのか。
俺は1つの結論に至った。
異常特性は範囲を狭める事ができ、範囲を狭めれば、その分出力が増すということだ。
俺はほぼ正解だと思っているが、これで説明出来ないのは、『俺が磁力特性だと思い込んでいて、重力の特性を使っている間、なぜ他の物は吸い込まれていなかったか』だ。
まあ、今はどうでもいい。
俺の仮説を確かめられればな。
レルは自分の着地する場所に異常特性の範囲を絞ることに集中しながら、レルは天造力で足を強化し、地面に向かって普段の倍の速度で加速しながら突っ込んだ。
地面は抉れ、大きな砂埃が辺りに飛んだ。
成功だな。
砂埃の中から咳き込む声が聞こえる。
そこに向かってレルは足元にあった石をかなりの力で投げた。
投げた直後、苦しむ声と共に人が倒れたであろう音が2つ聞こえた。
2人に当たったか、これでしばらくは動けない。
残るは2人。
砂埃が晴れ2人の姿が見える。
顔を布で隠していて、誰か分からない。
「何が目的だ...?」
「お前に話す義理はない...死ね!」
とりあえず俺を殺す事が目的か。
それもそうだ。
よくよく考えたら、俺はもう国の一兵士だ。
しかも特殊な力を持っている。
狙って来ているのは恐らく他国の者だろう。
しかし...
これをどうしようか。
足が震えている。
命を狙われるのなんて初めてだし、さっきから敵の剣先が身の近くを掠めている。
正直言って怖い...
でも、やるしかない!
「クソが!」
レルは大きな声を出し、自分を鼓舞する。
声と共に振った剣は、相手の薄い鎧と共に脇腹の肉を裂きながら身体の中を進んでいく。
ゴリュゴリュと気持ちの悪い感触が手に伝わってきて、顔に血が飛び散り、嫌な臭いが鼻を突く。
レルは強烈な吐き気と共に、全身に悪寒が走った。
「なんだよ...これ...」
手が気持ち悪い。切り落としたいくらいに。
肉を裂きながら進む感触、骨で突っかかる感触。
全てが気持ち悪い。
なぜ忘れていたんだ...
人を斬るとはそういうことだ。
頭では分かっていたつもりだった。
レルが初めて人を切り、気持ち悪さに狼狽えていると、もう片方の敵が襲ってきた。
「死にやがれぇ!」
「...っ!」
反射でレルはまた剣を振ってしまった。
やめろ...
やめてくれ...
やめ――
その願いは虚しく、とっさに振った剣は相手を斬り裂いた。
相手だった物は勢いよく地面に倒れた。
「うっ...!」
レルは吐いた。
今日食べたもの全てを、胃液までも吐く勢いで吐いた。
剣を握る感触すら気持ち悪くなって、レルは剣をその場に投げ捨ててしまった。
「おうおう、どうした〜?そんなに吐いちゃってさ〜」
ハンマーの男が追いついて来たらしい。
レルに歯を折られ出た血を垂らしながら、ニヤニヤしている。
男は剣を蹴りレルから遠ざける。
レルは無言で逃げようとしたが無理だった。
吐いた時の膝をついた体勢のままで、とっさに動き出せなかった。
「がっ...!」
レルは男に蹴られ、地面に倒れる。
すかさず男はレルに跨り拘束する。
「戦場では人を斬るもんだぞ...?ガキが!」
レルはマウントを取られた状態で、無防備に殴られる。
「ごめんな〜国の命令だからよ〜。
恨みがある訳じゃ無かったんだよ〜。
お前を見るまではな!」
また殴られる。
「お前みたいな奴が1番ムカつくんだよ!
ちょっと!特別な!力が!あるからって!
なんでもできると思ってる!自惚れやがって!!!」
だんだん殴る力が強くなる。
前が見えない、痛みの涙なのか悲しみの涙なのかも分からない。
一瞬、殴られなくなった。
涙でぼやける視界で、男が黒い何かを持ってるのが見える。
...ハンマーだ。
...俺の人生はここまで...?
嫌だ。
そんなのは嫌だ...
なぁ...?
なんでだ...?
どうして俺がこうなる...?
国の為にやるのがそんなにダメか?
先生に憧れたのがダメなのか?
生まれなきゃ良かったのか?
分からない...
死にたくない。
やめて...
嫌だ...
嫌だ...!
「んゔゔゔゔぅっ!!!」
「暴れん...な!」
あぁ...
生まれ変われるなら...
また俺が良いな...
普通の高校に行って、みんなでワイワイやるんだ...
ダッティー、すみません。
鍛えて貰ったのに、期待に応えられなかった...
レルは死を覚悟をし、ゆっくり目を閉じた。