05.新しい日常
朝起きると見慣れた天井を見るよりも先に、目覚めてしまったことを後悔するところから始まる。
午前4時に一度起きて、もう一度寝る。
何度か寝て、起きてを繰り返し、最終的に6時に起きる。
毎朝のルーティン。
まだダラダラしていたいが、そうもいかない。
前までは同じ事をバカみたいに繰り返すだけの日々だった。
これからもそれが続くのだと思い込んでいた。
だが、レルという生徒と会って変わった。
俺と同じ異常特性持ち...
そして昔の俺みたいに、何も分かっちゃいない態度。
異常特性を持ってろくな事はなかった。
異常特性は強大な力になりやすいという理由だけで、国から目をつけられる。
そして警戒するだけしておいて、いざ国同士の戦争が起きたり、モンスター災害などによる有事になれば、駆り出され、こき使われる。
俺の住む国『ヴェグナ』とあまり良い関係では無い国『ディザール』では、俺は秘密兵器と呼ばれている。
内情はただのおじさんだけどな...
朝は思考がクリアになって、様々なことを思い出す。
これだから朝は嫌いだ。
重い体を何とか動かし、洗面台へ行き顔を洗う。
長い間剃っていない髭が手のひらを刺激する。
「そろそろ剃らないとか...?
いや、こんなおじさんが見た目に気を使っても意味無いか...」
ふと目をやった髭剃りはもう埃を被っていた。
朝食を済ませ、いつも通りの準備――
は必要なかった...
レルの特別訓練をしろとの通達だったか。
レルが異常特性持ちであることを国に報告した後、国はレルについて調べ尽くし、力を持っても悪用の可能性は低いと判断した。
だから、「国の戦力になるように育成しろ」だと...
反吐が出る。
気分が悪い。
人を道具みたいに...
だが、個人が無責任に大きな力を持つのは確かに危険で、国が管理した方がいいのは明白だ。
だから何も言えない。
合理性など度外視だったガキの頃が1番幸せだったな。
ひとまず、俺の時みたいに強制的に連行され、監禁されるようなことは無いみたいで安心した。
それに今日からレルの育成でダルい授業をする必要はない。
良いとこだけ見よう。
嫌なことからは目を背け、逃げる。
それが俺のモットーだ。
昔の俺は納得しないんだろうがな。
ダンは茶色の革靴を履き終わり、玄関の戸を開けて家を出た。
――――――
「違かったの?!」
いつもの通学路で、レルの声が響く。
近くを歩いていた人に白い目で見られていた。
ジンは口の前に人差し指を当てるジェスチャーをした。
「レル!あんま大きい声出すな!」
それは無理な願いだ。
なぜなら俺の予想は外れていたからだ。
ジンは、異常特性持ちでは無かった。
「大きい声出すなって言われても、それは無理だろ!
あの意味深な感じはなんだったんだよ...
副校長になんて言われたんだ?」
俺が質問して、ジンはようやく説明を始めた。
「副校長は...レルが死ぬかもしれないって言ってた...」
「は?」
何を言っているんだ?
俺が死ぬ?
なぜ?
異常特性は何かの病気なのか?
だとしたらダン先生が生きてるのはおかしい...
俺は思考を巡らせた。
...が、何も答えは出なかった。
「まあ、こうなった以上はもう仕方がない。
俺もこの週末で覚悟は決めた。
この異常特性と上手く付き合っていく。
俺ならいける...と思う。」
「そうだな、レルなら余裕だよ!」
ジンも乗ってくれた。
たが互いにまだ思うところがあるのは、バレバレだった。
でも虚勢を張っていれば、それが事実となる可能性もあるんだ。
昇降口まで来ると、ダン先生が見えた。
「じゃあ、ここで一旦お別れだな、ジン」
「おう!頑張れよ!」
そう言ってジンは、レルと反対方向に歩いていった。
「おはようございます!」
「おはよう...」
相変わらず覇気のない先生だ。
でも挨拶を返してくれるのだから、悪い人ではないんだろう。
「レル」
いきなり声をかけられ、返事をしようかと思ったが、声が出かけたとこでダン先生は続けて話始めた。
「すまない。
今思えば、あれは磁力特性だったという事にして、隠すべきだった。
そうすればお前もこっちの道に来ることは無かった...
知らない内に、俺も国の犬になってたみたいだ...」
ダンはレルと目を合わせずに話した。
「大丈夫です。気にしないでください。ダッティー」
言っちゃった。
俺の考えてた先生のあだ名。
あだ名と言ってもダンティーチャーを省略しただけのお粗末なものだ。
でも、重い空気になるのは嫌だから言ってしまった。
「フッ、ダッティーか...」
笑った?
ダン先生が素で笑っているのは初めて見た。
レルはそれが凄く嬉しくてテンションが上がった。
ダンも、生徒にあだ名で呼ばれる経験は初めてで、少し反応に困ったが、嫌な気持ちでは無かった。
「ダン先生じゃちょっと固いし、呼びにくいのでこれからもダッティーって呼んで良いですか?!」
「好きにしろ」
ダッティーは相変わらずの態度だったが、少し嬉しそうな顔をしているように見えた。
「じゃあ、そろそろ移動するぞ」
「はい!」
そうして二人は訓練場所へ向かった。
そこは山の中で、国の保有地らしい。
整備されていない道無き道を歩き山を登った。
道中で少し距離のあるような質問内容だったが、話をしながら歩いた。
朝の会話があったからか、移動中に出来るちょっとした沈黙が気まずい時間ではなくなった。
そういえば聞き忘れていたことがあったな。
目的地に着いたらもう訓練が始まるだろうし、今のうちに聞いておこう。
「ダッティー、聞きたいことがあるんですけど」
「どうした?」
「異常特性を持つと死ぬかもしれないって言われたんですけど、なんでですか?」
さっきと見えている光景は同じだが、明らかに空気が変わったのを感じた。
まずいことを聞いたか?
「誰に言われた?」
「ジンが副校長から聞いたって教えてくれました」
「...」
少しの沈黙があった。
おそらく話す内容を整理しているんだろう。
「まず、死ぬかもしれないってのは本当だ。
異常特性は天造術との相乗効果で、強大な力になり得る。
だから異常特性を持つ者は、国に全ての情報を握られ、大まかな位置も常に知られている。
そして何かがあれば、助っ人として駆り出される。
それは戦争だったり、モンスター討伐だったり様々だ」
そういうことか。
それなら納得だ。
俺も国側ならそうする。
だけど俺だったらもうちょっと優しくする。
「だから異常特性なんて持ってても、悪いものを引き寄せるだけだ。
俺も最初は特別な力を持てて嬉しかった。
だが、力なんてあっても人生楽しく生きるための役には立たない...
あと、今話した内容は極秘情報だからな。
人を国が縛るのは憲法違反だ。
だから異常特性の存在も公にはなってない。
ジンが副校長に教えてもらえたのは、お前と仲良くしていたからという理由で情けをかけてもらったんだろう。
副校長は昔から優しい人だ。
困ったら頼ってみろ」
「わかりました」
ダッティーがこんなに長く話すのは初めて見た。
この人はどんな人生を歩んできたのか、まだ分かりそうもない。
話していると開けた場所に出た。
かなりの広さと真ん中の窪みを見てレルは思った。
「クレーター?」
「一時期、俺が国に逆らおうと思った時、ここで天造の技術を磨いていた。
その時にできた窪みだ。
この話を知ってるのは俺とお前とあと1人だけだ」
あと1人ってのは誰か聞きたかったが、あと1人とわざわざ遠回しな言い方をしている辺り、あまり言いたくないんだろう。
ダンは質問が飛んでこないことに少し驚いたが、口には出さなかった。
というか、そんなこと俺に言って大丈夫なのか?
俺がもし周りに言いふらしたらとか思わないんだろうか。
信頼されていると言うことなら嬉しい限りだ。
「そういえばダッティー、訓練って具体的に何をするんですか?
最初はやっぱり天造術の基礎からですか?」
そう質問するとダンは、さっきから見えてはいたが気にも止めなかった小屋へと向かい、数秒後に中から出てきた。
その手には槍と剣が握られていた。
「えーと...なんですかそれ」
物そのものの答えは分かりきっていたが、用途についてレルは聞いた。
「剣か槍、好きなのはどっちだ?」
「剣です」
「そうか」
そういうとダンはレルに剣を渡した。
よく見る普通の剣だ。
剣を眺めているとダンが口を開いた。
「戦争は基本、放出系の天造術を使う術者が後方、それを強化系もしくは、操作系の術者が前線に立つ陣形が基本だ。
前線に立つものはもちろん近接武器を使う。
そして、レルは強化系を磨くのが望みだ。
あとは言わなくても分かるだろう」
なるほど。
確かにそうだ。
普通に考えれば天造術のみで戦うはずが無いよな。
そういえば、教科書に載ってた戦争の写真も剣を持っていた。
なんで今までそんな当たり前のことを忘れていたんだ。
「じゃあ、剣技を学ぶんですね?」
「お前は侍でも目指しているのか?
ここはヴェグナだ、ジェポドじゃない。
そうだな、しばらくは素振りで基礎練をすることになる。」
「そんなところからやるんですか!」
「当たり前だ。
戦争は自分の命がかかってる。
せめて基礎だけは出来ないといけない」
「それはそうですけど...」
ガッカリした。
俺は天造を磨くのが好きで、シェティル天技学校に来たのに、これじゃしばらくそれはお預けだ。
「じゃあ早速、注意点だけ説明しておく。
まず、自分の前腕部に電気を流して、絶対に剣を離せない状態にしろ。
戦場で剣は命と同義だ。
あとはその状態で素振りする。
縦、横、斜め、全て500回3セットだ。
だが、最初は100回3セットでいい」
「そんなにですか!」
「あぁ、あと強化系の力は使っていい。
1番大事なのは、一定以上の威力を楽に出せるようにすることだ。
どこかの筋肉を意識するとかしなくていい。
お前の使える力全てを使って、出来るだけ楽に、かつ出来るだけ威力を出せるようにするのが大事だ」
「分かりました!」
「これは毎日、朝にやれよ。
それじゃ早速、取り掛かってくれ。
ある程度は剣にもコツがある。
最低限は教えよう」
「お願いします!」
有事に向け、国のためレルは訓練に真剣に向き合おうと思った。
こうしてダンとレルの新しい日常が始まった。