09.知能持ちにご注意
綺麗な白い毛並みのタイガーウルフェンはダンを睨みつけながら、その周りをゆっくりと回っている。
隙を探っているのだ。
しかし、隙を見つけられない。
なかなか隙を見つけられないタイガーウルフェンは動けずにいたが、ダンが地面を蹴り飛び掛かってくると、すぐに反応した。
その反応も虚しくダンの蹴りはタイガーウルフェンへとヒットしたが、少し怯むだけですぐに反撃に出た。
「!?」
攻撃が帰ってくるなんて思ってもいなかったダンは攻撃をもらってしまう。
だが、爪で切りつけられるのは回避できたようだ。
ダンは一度距離を取った。
耐久力はかなりあるな...俺の攻撃力が足りないだけか?
そういえば、師匠も言ってたな。
「飛び掛かる攻撃は、地面からの反力を受けられねぇから弱ぇ!」だったかな。
俺が飛び上がる癖があるから、口癖みたいに言ってた。
なら、素直に助言を聞いてみるか。
今度は飛び掛からず走って近づく。
相手は大きい爪を立てながら腕を振り上げた。
が、その隙を逃さず、腹の下に潜り込み強烈なパンチを打ち込んだ。
地面は抉れ、タイガーウルフェンはくの字になりながら宙を舞った。
この攻撃はかなり効いたようだ。
地に落ちてきたタイガーウルフェンは、みぞおちを殴られた人間のように息が荒くなっている。
しかし生存本能というのは怖いもので、荒くなった息が正常に戻る前に攻撃を返された。
ダンは咄嗟に後ろに倒れるように体重をかけて回避をする。
そのときに体勢が崩れてしまい、そこに追撃が来る。
地面を転がりながら次々と来る追撃を避け、相手のペースが乱れたタイミングで勢いよく立ち上がった。
また距離が空くとタイガーウルフェンは大人しくなる。
「またお見合いか...?隙を探るのは人間様の方が得意だと思うがな」
言葉が通じないのはわかっていたが、久々に気分が上がっているダンは口に出していた。
しばらくお互い睨み合う。
今度は両方が同時に仕掛けた。
ダンは拳を振り、タイガーウルフェンは爪を立て猫パンチのような体勢で殴りかかる。
ダンは爪を避けるため、咄嗟に前足の関節へと攻撃の対象を移した。
そのとき、タイガーウルフェンと目が合った。
相手は口を大きく開いていた。
次の瞬間、口から炎が勢いよく放出され、攻撃に転じ、防御が疎かになっていたダンを襲う。
ダンは急所となる顔を守りながら、炎が出る口に蹴りを入れるとタイガーウルフェンは怯み、また距離が空いた。
天造力が扱える知能持ち個体...
面白くなってきたな。
強すぎるが故、敵がいないダンは闘争を求めていた。
久々に手ごたえのある相手に気分が高まり、自然と笑みがこぼれていた。
ダンは次にどんな手を打ってくるのか期待していたが、タイガーウルフェンは牙を剥き出しながらグルルと低音を出し威嚇したと思えば、踵を返して逃げていってしまった。
逃がすかッ!
そう心の中で叫び、木々を飛び移りながら上から見失わないように後を追った。
こういう時、だいたいは巣に逃げるものだが。
ボスが逃げてくるほどの相手に子分はどう反応するんだろうな。
ダンにはかなり余裕があった。
こんなことを考えるくらいには。
しばらく追っていると、ターゲットは大きい洞窟の中へと逃げていった。
後を追い、ダンも中に入る。
ここが巣ってわけか。
ずいぶんと立派な洞窟だな。
物凄く広い洞窟では、ダンの足音がこだましていた。
洞窟に入って少し行ったところで、小さな岩に寄りかかる人影が見えた。
こんなとこに人なんているか...?
否、ダンもうすうす感づいてはいたが、一応近づいて確認した。
...
やはり死体だった。
しかし、死体であることは予想通りだったが、予想外のものもあった。
死体の陰になっていたところに、もう二つの死体があった。
しかもまだ温かく、腰についているタグはA級上位冒険者を表すものだった。
A級上位が二人で負けた?
ありえない。
ダンは戦いながら相手の力量を見定めていたが、一人では厳しくても、A級上位二人掛かりであれば勝つことはできる相手だ。
この疑問は一瞬でダンの脳内を満たし、この疑問の解決のために脳はそこに意識を集中させる。
一瞬で思考を巡らす。
不自然なほど綺麗な毛並みに、戦闘に慣れていないのか相手を探るような立ち回り...
...
そういうことか!俺が戦っていた相手は―――!
刹那、背中に衝撃と共に数本の硬く鋭いものが突き刺さる感覚が走る。
ダンは膝をつき、その場に倒れ、背中には血がにじむ。
その横には傷だらけの、隻眼でさっきのタイガーウルフェンよりも大きい、正真正銘のボスがいた。
洞窟内にはダンが倒れる音が響き、直後に静寂が訪れた。
人間最強と言っても、無敵な訳では無かった。
ボスタイガーウルフェンの横に、さっきまで戦っていた奇麗な毛並みのタイガーウルフェンが近づいてくる。
ダンが戦っていたのは、ボスのツガイだった。
―――――
ダンが戦っている間、レルたちは教員と救助に駆け付けた軍と一緒に森で、残りの学校関係者を探していた。
軍はヴェグナの騎士団とは別の組織で、国王が統帥権を持つ。
実力は騎士団より劣るが、頼りにはなる。
助けを求めてきた冒険者は精神的にも肉体的にも疲れていたようで、学校に残しておくという判断になった。
レルたちも残るように言われたが、なんとか説得してついていくことができた。
「そういえばさ、クリファってナトラス学校の生徒だろ?
なんでさっき教員たちの名前を聞いてたんだ?」
「レル、知らないの?実習の時の先生は毎回違うんだよ。
A級上位、S級を経験したことのある天造術者と冒険者から選ばれるの。
だから、名前も知らないまま実習が終わる事だって少なくないよ。」
レルの疑問にクリファが答える。
両者とも言いたいことを隠しているからか、ただの会話なのに変な空気が流れている。
目の泳ぎや、若干の落ち着きの無さから来ているのだろうか。
レルは目を合わせないまま口を開いた。
「それにしてもお前、話し方変わったな。女子っぽくなったというか」
「セレがもっと女の子らしくした方が良いっていうからさ。ダメ...かな?」
クリファが俯きながら言う。
「ダメってことはないけど、けっこう変わってたから驚いた」
「俺はいいと思うよ!」
ジンが肯定の言葉を吐くと、セレは当たり前でしょと呟いた。
歩きながら付近を見渡していると、木々の先に人影が見えた。
ガタイが良い人が集まっている...
あぁ、あれは実習前に見た、ナトラス学校の生徒の人だ。
普通に歩いているってことは、白いタイガーウルフェンはこっちの方までは来てないみたいだ。
その後もレルたちは森を歩き、何事もなく生徒全員を見つけだし、森を脱出できた。
「あれ!ダン先生まだ帰ってきてないな!」
「そんな大きい声出さなくてもいいでしょ!」
ジンのいきなりの大声に少しビクついたセレがジンに怒り、なにやら言い合いになっている。
だがレルはそれよりも、ジンの言葉に表情を曇らせた校長が気になっていた。
校長は何やら近くの教員に耳打ちをした後、森の方へと駆け出して行った。
校長はダッティーが心配なんだ。
レルは他人事のように心でそう思ったが、自分でもダンを心配する気持ちに気づいていた。
あの先生にしては時間がかかりすぎている。
それに、なぜあの状況になったのかの説明もできてない。
気づけば駆け出す校長の背中を追っていた。
「ちょっと!レル!」
呼び止めても反応しないレルにクリファはついていった。
―――――
暗い洞窟の中、綺麗な毛並みのタイガーウルフェンは前足で倒れているダンを軽くつつきながら、生死を確認していた。
ダンが動かないことを確認すると、口にくわえて運ぼうとする。
ボスはそれをとなりで見ていた。
しかし、その眼には首のないツガイの姿が映っていた。




