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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生三学期
70/76

俺に出来る事

 呼びかけるだけでいい。


 言われてみれば、


 確かに。


 と納得してしまう。

 いや、俺は心理学のこととかよくわかんないし、蒼先輩が詳しいかどうかも謎だけど、でも、なんか道が開けた感じがした。


 寝ているようなものだから、呼びかけて起こしてあげれば良い。


 簡単だ

 ハッキリ言って

 簡単だ


 呼びかけるだけで

 起きてくれれば


 芭蕉



 もしこれで成功しなかった場合は全て振り出しだ。

 大人しく精神科にかかってもらう他無い。



 そんな感じに独自の見解も交えつつ、俺は浅見さんに蒼先輩からの助言を伝えた。

 それを聞いた彼女の反応はと言うと、少し意外だった。


 「ほっ、本当!?」


 嬉しそうに、目をキラキラとさせていたのだ。


 希望が無い訳じゃない。

 ただ、そこまで期待出来るようなものでもないと思う。


 「……まだ断言は出来ないけど、とりあえずやってみようか」


 「うん!」


 放課後の第二書庫に喜色満面の返事が響いた。



 さて、呼びかけると言っても、具体的にどうしたらいいのだろうか。

 名前を呼ぶだけでいいのか、それとも色々と話しかけた方がいいのか。

 個人的には前者な気がするな。あまり長い言葉をかけると返って反応が鈍くなってしまう気がする。

 朝が強くない俺はよく母さんに起こしてもらうけど、長々と説教混じりに起こされるよりも、短くスパッと名前で呼ばれた方が起きやすい。

 バッと起きれるよな。


 「よし、じゃあまずは名前を呼んでみよう」


 「うん!」


 そうと決まり、俺と浅見さんは、アザミの名前を呼んだ。


 「「アザミ」」


 希望と期待の入り混じった目が合う。

 いつも八の字に垂れている眉尻が、この時は吊り上がっていた。


 他に縋れるものもなかったのだろう。

 そう考えると、彼女のこの様子にも納得がいく。



 しかし、この呼びかけに返ってきたのは静寂だけだった。


 「……ま、まあ、そんな簡単には戻らないよね」


 「そ、そうだね……もっと、たくさん呼んでみよう」


 「うん」


 嫌な予感しかしないけど、こんな簡単に諦めるわけにもいかなかった。

 俺たちは再度、アザミへの呼びかけるのだった。



* * *



 どれぐらい経ったろう。

 冬に比べて陽が長くなってきたとはいえ、いい加減辺りも暗くなっていた。

 空はすっかり紺色だ。



 ってことは、ざっと2時間強か。


 名前呼びには当然のように反応が無く、俺たちは手段を変えて、話しかけてみる事にした。

 アザミが好きそうなワードを出したり、アザミが好みそうな話題で盛り上がってみたりもした。


 が、そのどれにも反応は無かった。

 浅見さんは、アザミの意識が自分の中にフッと少しでも湧いてきたら、感覚でわかるのだそうだ。

 けどこの2時間、そう言ったことは一切無かった。


 「だから、モーゼの海割りは自然現象として再現可能なんだよね」


 「う、うん……凄いね……」


 アザミは都市伝説や陰謀論など、意見の別れる果ての無い話が好きと言う事で、それっぽい話をいくつかしてみた。

 言わずもがな、反応は相変わらず。

 浅見さんもしんどそうだ。


 やってみて思う。

 『話す』と言う事は、意外と体力を消耗する。

 俺と浅見さん交互に色々なテーマで話をしてみたわけだけど、先に限界が来たのは彼女の方だった。


 まあそれも当然だ。

 素の体力にしてもそうだけど、彼女は自分で話しながら、俺の話を聞きながら、常に集中していた。

 アザミの気配を感じるためだ。

 仮に同じエンジンを積んだマシン同士だったとしても、こうしてアクセル全開にしていては、そっちが先に潰れる道理だ。


 浅見さんは膝から崩れ落ちた。

 額には汗が浮かんでいる。まだ肌寒い3月だと言うのに。


 今日はもう終わりにしよう。


 俺はそう言いかけて、止まった。


 「もう……どうしたらいいのっ……!」


 汗かと思った。

 浅見さんの額の汗が顎へと垂れ、それが床にポタッと落ちたと思った。


 「あの子のおかげで……普通になれたの……」


 ポタポタと滴る。

 涙だ。


 「……うん」


 「でも、最近っ、それが辛くて……寂しくてっ……」


 「うん」


 「わ、私の、普通にはっ、あの子も、アザミも居ないと、だめなのにっ……」


 「うん」


 「アザミは私だけどっ、とっ、友達……だから……」


 「うん」


 「大好きだからぁっ……!」


 顔を覆って、堰を切ったように泣き出した。

 そんな浅見さんを見て、改めて、思う。



 俺に出来る事。



 ひとしきり泣いた後、浅見さんは俯いたまま、


 「帰ろ……?」


 と言った。

 俺はそれに頷いて、最寄りのバス停まで彼女を送った。

 バスが来るまで一緒に居たけど、会話は一つも無かった。

 何か話すような空気でもなかったし、彼女にかける言葉を俺は持ち合わせていなかった。


 「じゃあ」


 「うん……またあした……」


 力無い返事。

 明日は土曜日だから学校は休みなのに、そんな事もわからないくらいに疲弊しているようだ。


 もし、彼女にとってのアザミのような存在が、とても大切な存在が、突然居なくなったら──


 俺の場合は、笹塚だろうか。

 もしあいつが急に姿を消したら、俺はどう思うだろう。


 少なくとも、暇を持て余す時間が大幅に増える事になる。

 寂しいと思う。悲しいと思う。


 それだけで、今の彼女の心情は、察するに余り有る。


 夏休み、一度だけデートをした時の浅見さんは、恐らく、多分、きっと、もしかしたら、俺の事が好きだったんだと思う。

 けど、それこそ文化祭の辺りか、その少し前か。

 その頃にはもう、俺以外に好きな人が居たのか、俺よりも好きな人が出来たのか。

 俺と話す時は吃音のように噛みこそすれ、緊張はしていなかったように思う。


 浅見さんの中で、アザミの存在が俺よりも大きくなった──とでも言うのだろうか。


 アザミが俺に相談をし、自分なりに知恵を付け、浅見さんのために用意した椅子。

 今の浅見さんの居る位置と言うのは、おおよそそんなところなんだろう。


 そうやって自分のために頑張ってくれる人が誰よりも側に居てくれたら、そりゃ好きになるよな。

 好きな人には会いたいよな。

 側に居て欲しいよな。


 居なくなってしまっても、それを覚悟して「待ってる」なんて言っても、そんな途端に強くなんてなれないよな。

 友達との雑談で笑って、


 「面白いね」


 なんて言って振り返ってみても、そこにその人は居ないんだから、しんどいよな。



 ……他に、頼れる人。

 やっぱり医者にかかるしかないと思う。

 けど、それはあくまでも最終手段くらいに思っておいた方がいいとも思う。


 精神科にかかる。


 これが周囲の人たちにどんな印象を抱かせるかくらい、俺だって知ってる。

 心の風邪は心の医者にかかるべきだけど、皆が皆そう認識出来ているわけじゃない。

 やれ「心が弱い」だの「情けない」だの、そんな意味不明な暴言を言われる事もある。

 理解の無い人たちからの不要なストレスを避けるためにも、今はまだ、他のやれる事をやるべきだ。


 と言っても、相談相手ガチャURの先輩の助言も、今回は外れてしまった。

 あの人の他に、何か有用な意見をくれそうな人。

 そのテの事に詳しかったり、詳しそうだったりする人。



 そう考えると、俺の友達はバラエティに富んでいる。

 クセの強い人が多いからな。


 笹塚は……えっと……あの、馬鹿だけどいい奴だし、

 和泉さんは友達思いだから、浅見さんのために尽力してくれるだろう。

 見た目と中身のギャップが激しいけど。

 石蕗は色々と終わっているしアテにならないから除外するとして、

 ミアさんは誰にでも分け隔てない、明るく陽気な人柄で、真っ直ぐな陽属性って感じだ。きっと力になってくれるだろう。


 ……てか、俺って友達少ないな。

 それに言うほど富んでないな。

 トんではいるけど。



 まあそれはそれとして、あともう1人。

 きっと、アニメだったり漫画だったり小説だったりで、それなりに知識はあるだろう人が居る。

 以前見させてもらった本棚には、心を病んだ人のエッセイなんかもあった。

 幅広いラインナップで、広い範囲をカバーしている人。


 俺は、もしあの人が居なくなってしまったらと思うと、胸の内がギュッと締め付けられるような感覚に苦しむだろうな。


 今の浅見さんほどかはわからないけど。





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