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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生三学期
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俺は心配


 消えてしまった人格を元に戻す方法なんて、皆目見当もつかない。


 状態2……アザミが、浅見さんの別人格という事が確定した以上、これはきっと心理学系のなにかそういうちゃんとした所に相談すべき案件なんじゃないか?


 それに俺は、


 状態2が本当に浅見さんの別人格であれば、それは俺には荷が重い。


 なんて言い訳を、彼女をフる理由にしたんだ。

 そんな俺に何が出来るって言うんだ。


 すっかり暗くなった住宅街を歩きながら、周囲を見回し、誰も居ない事を確認する。


 「ああああぁぁ……」


 俺はその場に頭を抱えてしゃがみ込んだ。


 安請け合いだ。

 わかってる。

 後先なんてろくに考えず、ただ浅見さんと同じ気持ちで、俺もあの人と話したいなんていう軽い気持ちで、彼女の深刻な頼みを了承してしまった。


 取り消しなんて出来ないだろう。

 するつもりは無いけど。


 ……とは言え、もう少し考えてから返事をすれば良かったという後悔が湧いてきて仕方がない。

 たとえば一旦持ち帰るとか、誰かに相談するとか、そういうアクションを取ればよかったのに。


 「なんでかっこつけちゃったかなぁ……」


 溜め息が出る。

 止まらない。


 何も出来ないとは思うけど、何かはしなきゃいけないと思う。


 でも、何をどうしたらいいんだろう。

 取っ掛かりも何も無い。



 「……とりあえず帰るか……」



 ガバッと立ち上がって、ガチャッと帰宅して、

 ぐァつぐァつと晩御飯を食べて、ザバァとお風呂に入って、

 フゥ。と一息ついて、ドッカとベッドに転がって、


 「あっ、今日何もしてない」


 今日の復習と明日の予習をしていなかった事に気付いた。

 けど、


 「……それどころじゃないよな」


 今教科書とノートを開いたところで、何が出来るとも思えない。


 ぼーっと天井を見上げながら、件の取っ掛かりを模索する。

 とりあえずスマホを開いて、それっぽいワードを並べて検索してみる事にした。


 すると、案外すぐにヒントが見つかった。


 「1つの人格が前面に出ている間、他の人格は意識に現れていないため『消えた』と感じられる……」


 「人格が自然に消える事は無い……」


 弾かれたように身体が起き上がった。

 机に向かい、ノートを広げる。


 ネットの検索結果だ。もちろんフルで信じてる訳じゃない。

 けど、何もしないよりはいい。


 俺はそれらしい情報をメモしていった。


 「人格は統合される事もある……いや、これは違いそうだな」


 「トラウマが原因になることもある……浅見さんの場合トラウマとまではいかなくても、浅見さんが状態2を……アザミを生み出した経緯とか気持ちを考えると、今はそれが緩和されている状態って可能性が高いか。

 清濁併せ呑むなんて、皆やってる事だろ。要は本音と建前みたいなもんだ。

 それが出来る事を理想とした……」


 「って事は、浅見さんは自分を普通とは思っていないのか?

 いや、これは普通の定義によるな」


 「アザミの存在を知っているのは……俺と浅見さんくらい。

 だからああやって相談に乗っていたんだよな。

 相談って言っても、友達の作り方とか、友達とどんな事をするかとかだけど……」


 「『清濁を併せ呑める人』……これ、『友達が多い人』に繋げられないか?

 それだけ多方面に本音と建前を使い分けられているんだから」


 「……ってことは、今割と友達がいる浅見さんは、まさに自分の理想を叶えている事になる……?」


 「浅見さんに友達が出来始めたのは、文化祭の辺りから。

 それ以前にも和泉さんとアザミは時々話していたけど、アザミはそこでは満足しなかった?

 浅見さんの理想が『友達が多い人』だったから?」



 「アザミは文化祭準備のあたりでそれが叶ったと思ったとして、

 それで、自分の役目は終わったと思ったとしたら……」


 「それで表に出てこなくなった……ああいや、俺の事が気まずくて出てこないって可能性もあるか」


 「でもそう考えると、どっちにしたって、アザミは消えた訳じゃなくて、一時的に現れていないだけっぽくないか……?」


 「いつかは戻ってくるかもしれない……と」


 俺はシャーペンを置いた。

 メモを読み返す。


 うん。なんか説得力があるな。

 浅見さんは浅見さんで、アザミは消えたと思ってるっぽいし。


 ……でもあの人は、俺に「アザミと会いたい」って言ったんだよな。

 これじゃあ解決にはならないか。


 考察は捗ったけど、肝心の『会うにはどうしたらいいか』って部分が何もわからない。

 この程度の推論なんて、頭の良い浅見さんならとっくに辿り着いてる可能性もある。


 改めて考えると、意味のない考察だったな。


 「検索結果って、要は結論だよな」


 結論から推論を立てて、その上で、俺に出来ることはもう無い気がする。

 誰か、俺よりも頭が良くて──って、それは大体の人がそうだ。

 ってなると、頼れるのは心理学に詳しそうな人。

 あとはそうだな、察しが良い人とかどうだ?

 こんな込み入った事情を瞬時に察して、適切なアドバイスをくれる人……

 相談事に強い人……





 あっ。



* * *



 「なるほどね」


 相談相手ガチャURのその人は、簡単な説明を少し聞いただけで状況を理解したらしい。


 浅見さんとアザミの事。

 アザミが俺に告ってきたことは彼女の名誉のために伏せ、


 相手が誰かはわからないけど、失恋をしたらしい。


 と、上手くぼかしておいた。


 「ふぅん……」


 品定めするかのような視線が刺さって痛い。

 もしかしたら、上手くぼかせたと思っているだけで、この人には全てが筒抜けなのかもしれない……

 そんな何でもお見通しの人相手にこんな嘘……


 ああ痛い。

 俺って言う人間の身の程知らず感が痛い。


 「コホン」


 しかしそれはそれ。今はもっと優先するべきことがある。

 俺は咳払いを一つし、先輩に尋ねた。


 「それで、蒼先輩なら何かわかるんじゃないかと」


 すると、先輩は真剣な好相を作って言った。


 「相手の望みを叶えるのが、必ずしも正解とは限らない」


 そして続ける。


 「そうだね、ROOKIESの話をしよう。知っているだろう?」


 『ROOKIES』

 もちろん知らないはずはない。

 あれには多くのことを学ばせてもらった。

 平たく言えば


 「教科書です」


 その返答に満足したのか、蒼先輩は嬉しそうに頷く。


 「わかる。あれは名作だよね」


 何となくだけど、先輩は今岡が好きそうだな。


 「それでさ、笹崎戦の話になるんだけど、超高校級ピッチャーの川上は千葉監督から怪我の可能性を考慮されて、バッターボックスに立ちはしても、スィングは許可されていなかったよね。

 それで試合終盤、川上は安仁屋の全力投球を打ちに行きたいという自分の気持ちを千葉監督に伝える。

 しかし千葉監督は、先の理由から、バントは愚か、バットを振る事すら許さなかったよね。

 結局川上はバットを振って、千葉監督も最終的にはそういう攻めの姿勢こそが本当の笹崎野球と言った。

 許されないはずの命令無視を、原点に立ち返ることで許した構図だ。

 あの話では、望み通りにさせる方が良いと結論付いていたね。

 あれは確かに胸が熱くなるし、まるで百点満点の正解のようにさえ見える」


 ……先輩が何を言いたいのかがわかった気がする。


 「でもそれは結果論だろう?」


 ほらきた。


 「もし仮に、安仁屋のボールが川上の頭部やどこかに当たっていたら?

 下手をしたら負傷退場に後遺症で、センバツ決勝のノーヒットノーランなんて偉業、達成出来なかったかもしれないよね。

 もちろん、だからと言ってあの場面で振りに行く事が悪い訳じゃない。

 ないけど、悲劇と言うものは起こり得る」


 可能性の話。

 わかる。わかるけど、それを言われると俺は何も言えなくなってしまう。


 姿勢を崩した先輩は後ろ手に体重を預け、天井を見上げながら続けた。

 釣られて天井を見るも、そこには見慣れた天井があるだけだった。


 「正直、僕は彼女をそのままに、今のままにしておいた方が良いと思う。

 ここで言うデッドボールの様な何かが起こる可能性も高い。

 それが何かなんてわからないけど…そうだな。例えば、また以前の様に孤立してしまうかもしれない」


 ドキリとした。

 

 孤立していた、俺しか友達が居なかった頃の浅見さん。

 あの時の彼女は、まるで、義務的に機械的に登校しているだけのようで、少し悲しい気持ちになったのを覚えている。

 それはきっと、俺に友達が居たからだろう。


 「孤立しても、君がいるから大丈夫かもしれないね。

 でもさ、君は彼女の想いに応えなかったんだろう?

 ……あっ、これは知らないていじゃないといけなかったね。ごめんごめん。

 まあ、もし再び友達がいなくなった彼女に、君が以前よろしく優しく寄り添ったら、

 彼女はどう思うだろうね?」


 再度向けられる、試すような視線が痛い。

 先程のそれとは質の違う痛さだ。

 さっきのがナイフで腹をグサっと刺されるようなのだとしたら、今度はまるで、全身を槍で何度もグサグサといかれているかのような……よくわかんないな。でもなんかそんな感じだ。


 「相手の意思を尊重すると言うのはね、必ずしも最適解では無いんだ。

 確かにトライアンドエラーは若者の特権だけど、最悪、一つのエラーで一人の人間の人生がどうなるか。

 わからない君じゃないだろう?」


 ……あっ、この痛みはあれだ。拳だ。

 正論パンチだ。


 俺は浅見さんとアザミを合わせたいと思っている。

 でもそれは理想論であり、現実的な願いではない。

 それに、浅見さんが以前のようにアザミに依存してしまっては、彼女の抱く理想からも遠ざかってしまう。

 もし2人が再会出来れば、表面的な解決にはなるけど、それ以外の重要な部分が、これから先の人生を生きる浅見さんの根本が、何も解決しないままになってしまう。

 これも憶測だ。

 憶測だけど、アザミが戻る事によって浅見さんがどうなるか。

 可能性としては、その方が高い気がする。


 本当に浅見さんの事を思うなら、彼女が1人で立てる手助けをしたり、そうなれるよう応援する方が正しい気がする。


 ……でも、


 「もしそうなったら、俺が責任を取ります」


 責任の取り方。

 この場合は交際になるんだろう。

 確かに俺はあの人とは友達でありたいと思っていたし、それは今でも変わらない。

 でも、嫌いってわけじゃないからアレだ。

 吉田さんちの春くんの弁を借りて言うと

 「ヤれと言われればヤれる」

 だ。


 これはちょっと最低か。


 でもそう言う事だ。

 男なんて割とそんなものだ。


 「……へぇ」



 先輩は少し驚いた顔をしていた。


 意外だったのだろう。

 きっと、俺がこんな事を言うなんて予想していなかったのだろう。


 でもそれも当然だ。

 俺だってそうなのだから。


 「と言っても、どうすればアザミが戻ってくるかなんて、皆目見当も付かないんですけどね」


 まあ、結局こう。

 どうしてもここで詰まってしまう。


 やはり精神科医にかかるしかないか。


 「ああそれ、難しいよね。

 呼びかけるだけで良いけど、反応してくれるかはわからないからね」


 「ですよね。方法も無いんじゃどうしようも──」


 ……ん?


 「えっ?」


 「ん?」


 ちょっと待った。今この人なんて言った?


 「呼びかける……?」


 「ん? ああ、そうだよ。

 言ってしまえば眠っているだけなんだから、起こしてあげれば良い」


 「はぁ〜……」


 きっと俺はポカンとしていたんだろう。

 先輩は先輩で、何を驚いているんだ?

 なんて顔をしている。


 感嘆を吐けるだけ吐いた俺は、弾かれたようにハッとして、ポケットからスマホを取り出した。

 浅見さんに連絡を取るためだ。


 「とりあえず、こんなところでいいかな?」


 「そうですね、助かりました。ありがとうございます」


 スマホを操作する俺に、先輩から声がかかる。

 相談を受けるという先輩の役目はこれで終わりだ。


 「じゃあ約束通り……」


 役目が終われば、次は報酬の話。


 「ええ。TSした俺が笹塚に快楽調教される話ですよね。

 どうぞ、お好きになさって下さい」


 「本当かい!? いやあ助かるよ! ありがとう!」


 浅見さんより、この人の将来の方が心配だ。





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