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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生三学期
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会えたら


 どうしようもない。


 まだ10数年しか経過していないこの人生だけど、何度かそう思った事がある。


 最近だと新崎さんの胸の内がわからなかった時期とか、あとは期末テストの時にも思った。


 直近だと、今とか。



 「あの子がずっと帰ってこないの」



 ひどく落ち込んだ声でそんな事を言われた。


 あの子と言うのはきっと、状態2の事だろう。


 散らかった本の山の上で女の子座りをしている浅見さん。

 文化祭以降見違えるように変わった浅見さん。

 最近の彼女は陽キャに片足を突っ込んでいるかのようで、友達に囲まれて、それはそれは幸せそうにしていた。


 そんな彼女を見て、俺は少し気後れした。

 だって、人が変わったように人と関わるようになったんだ。


 そりゃ気後れするって言うか、なんか、戸惑うだろ。

 戸惑うし、新しい自分になろうと頑張っているんだから、邪魔しちゃいけないだろ。

 


 でも、なんて言うか、根っこは変わっていなかったみたいだ。当然かもしれないけど。

 今目の前にいるこの1人の少女は、俺がよく知っている人物に他ならなかった。

 

 「私、強がって……!

 いつでもいいなんて言って、余裕見せてっ、馬鹿だ私っ……!」


 何の話かはわからないけど、きっと、状態2との事だろう。

 泣いているわけではなさそうで一安心だ。

 でも、酷く辛そうで、苦しそうな声だった。


 「落ち着いて、何がどうなってるのか教えてよ」


 俺はしゃがんで目線を合わせた。

 ゆっくりと、今にも泣き出しそうな顔を上げた浅見さんと目が合う。


 震える口元から発せられたのは、浅見さんの文化祭から今日までと、そして、状態2、もとい、アザミさんについてだった。



* * *



 文化祭以降、私は変わった。


 いや、変わらざるを得なかった。

 だって、1番頼りにしていた人が私の元を去ったから。


 私は彼女に『アザミ』と名前を付けた。


 嫌な事はしたくないけど、皆も嫌なら自分から率先してやってしまう。

 失敗したくないけど、どうせ何をやっても失敗ばかりだけど、何もしない怠け者にはなりたくない。

 一人ぼっちで寂しくはなりたくないけど、自分から繋がりを築く事は出来ない。


 そんな、およそ生きるのに向いていない私。

 分別を付けて、

 でも潔癖になれなくて、

 清濁の清を好むくせに、

 濁の流れに身を任せてしまう。


 そんな私のアンチテーゼ。

 そんな私に、皮肉を込めて濁りを含ませた名前。


 清も濁も飲み込んで、全てを楽しめる。

 自立してて、

 頼りになって、

 私を支えてくれる。


 そんな、私の理想。


 それが『アザミ』だった。


 私はそんな人になりたくて、なるために、まず、そんな人格を作った。

 方法は簡単。思い込むだけ。


 元より受動的な私だから、

 私の意思は排除して、

 別の何かから排泄された程度の物。と、そう思えれば全ては円滑に進んだ。



 言ってしまえば、私はあの子に全てを押し付けたのだ。



 そして、上澄みの旨味だけを掬った。


 夏休みの、小鳥遊君とのお出かけがそれだった。


 いつだって私の事を気にかけてくれている彼女なら、私をけしかけてくれると思った。

 私は彼女をダシに使ったのだ。


 後ろめたさはあった。

 あったけど、あの時はまだ、アザミは小鳥遊くんへ好意を抱いていなかったし、それよりも私の事を想ってくれていた。


 舵を取れなくなったのは、いつからだっただろう。

 今、パッとは思い出せない。


 でもいつの間にか彼女は小鳥遊くんに恋をしていて、

 それはとっくに私のそれを凌駕していた。


 気付いた時にはもう手遅れで、彼女は、アザミは、私の想像すらも飛び越えて、小鳥遊くんへ思いを伝えた。


 男性が想像妊娠をした話を、ふと思い出した。

 きっと、その状況と似ていたからだ。


 想いは理屈を超え、純然たる事実として、私の目を覚ました。


 私は小鳥遊君から身を引いた。

 そんなに迫れてもいなかったけど。


 でも、そうして引いたからこそ見えたものもあった。


 それは例えば、小鳥遊君は私の事を恋愛対象として見ていない事だったり、

 3次元よりも2次元の方が好きな事だったり、

 その上で、可能性が高いのは私なんかよりも新崎さんだったり、


 ……まあ、これは伝えないけど。



 諦めた私と、諦めなかったワタシ。

 その違いはなんなんだろう。



 なんて、わかってるんだけどね。



 「私は最低でも、あの子はそうじゃない」



 真剣な眼差しの小鳥遊君と目が合った。

 彼は人の話を聞く時、ちゃんとこっちを見てくれる。


 さすが、あの子が好きになった人だよね。

 誠実に、真摯に向き合ってくれる。

 そんな人、誰だって普通に焦がれるよ。


 「だから、小鳥遊君は気まずいかもしれないけど──」


 けど、小鳥遊君なら、首を縦に振ってくれる。


 私はもう良い。


 もう良いし、キッパリと諦めたつもり。


 でもあの子はそうじゃない。


 私は、彼に優しくしてもらえて、向き合ってもらえて、勘違いしていただけにすぎない。

 テンパっちゃったけど、あのチョコは手切れ金みたいなもの。

 儀式だ。

 これからするお願いを聞いてもらうための儀式。



 「もう一度、あの子に会ってあげてほしい」



 嘘じゃない。

 あの子に会ってほしい。


 それが、私の本音だ。


 確かに私も会いたい。

 でもここで


 「あの子と合わせてほしい」


 なんて、どの口が? って思ってしまった。

 小鳥遊君に経緯を伝えているうちに、優先するべきは私の気持ちなんかより、彼女の気持ちなんじゃないかって、思ってしまったんだ。


 それに、私が会いたいって言うよりも、あの子が君と会いたがっているって言った方が、叶う気がした。


 下心を隠して、さも利他的で健気なイメージを抱かせる。


 やっぱり私は最低だ。




 最低だけど、でも、

 あの子にもう一度、

 出来れば何度でも、


 彼に、小鳥遊君に会ってほしい。


 以前のように話をしてほしい。


 水中で瞼の裏を見ているような心地良さを感じながら、耳に入ってくる小気味良い会話。


 あれをまた聞きたい。


 あの、楽しそうな、嬉しそうな、

 そんな、心躍っているかのような声音で話す彼女を感じたい。



 小鳥遊君のことは好き。

 でも、あの子のことはもっと好き。


 「どうかな……?」


 一度振った相手ともう一度会う。

 会って話をする。

 それがとんでもなく気まずいことくらい、私にだってわかる。

 この提案に、彼のメリットは無い。

 一度振った相手と話したいなんて想い、普通は無いだろうし、私から何かお礼をあげる事もできやしない。


 最近の彼は、勉強を頑張っている。

 苦手だからって毎日のように図書室に寄って、予習と復習に力を入れている。


 そんな彼の時間を奪う。

 何の見返りも無く、ただ、私の我儘のためだけに。


 他に頼れる人がいないからって、


 本当は自力でなんとかしかきゃいけないのに。


 「……」


 小鳥遊君は黙っている。

 腕を組んで、難しそうに首を傾げている。


 簡単に答えなんて出せないだろう。


 ……いや。普通なら、すぐに断るだろう。



 でも、私が好きになった小鳥遊君なら……



 あの子が好きになった、小鳥遊君なら──



 「わかった」



 私たちが好きになった小鳥遊君。


 彼は短く、でもハッキリと、そう答えてくれた。






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