会えたら
どうしようもない。
まだ10数年しか経過していないこの人生だけど、何度かそう思った事がある。
最近だと新崎さんの胸の内がわからなかった時期とか、あとは期末テストの時にも思った。
直近だと、今とか。
「あの子がずっと帰ってこないの」
ひどく落ち込んだ声でそんな事を言われた。
あの子と言うのはきっと、状態2の事だろう。
散らかった本の山の上で女の子座りをしている浅見さん。
文化祭以降見違えるように変わった浅見さん。
最近の彼女は陽キャに片足を突っ込んでいるかのようで、友達に囲まれて、それはそれは幸せそうにしていた。
そんな彼女を見て、俺は少し気後れした。
だって、人が変わったように人と関わるようになったんだ。
そりゃ気後れするって言うか、なんか、戸惑うだろ。
戸惑うし、新しい自分になろうと頑張っているんだから、邪魔しちゃいけないだろ。
でも、なんて言うか、根っこは変わっていなかったみたいだ。当然かもしれないけど。
今目の前にいるこの1人の少女は、俺がよく知っている人物に他ならなかった。
「私、強がって……!
いつでもいいなんて言って、余裕見せてっ、馬鹿だ私っ……!」
何の話かはわからないけど、きっと、状態2との事だろう。
泣いているわけではなさそうで一安心だ。
でも、酷く辛そうで、苦しそうな声だった。
「落ち着いて、何がどうなってるのか教えてよ」
俺はしゃがんで目線を合わせた。
ゆっくりと、今にも泣き出しそうな顔を上げた浅見さんと目が合う。
震える口元から発せられたのは、浅見さんの文化祭から今日までと、そして、状態2、もとい、アザミさんについてだった。
* * *
文化祭以降、私は変わった。
いや、変わらざるを得なかった。
だって、1番頼りにしていた人が私の元を去ったから。
私は彼女に『アザミ』と名前を付けた。
嫌な事はしたくないけど、皆も嫌なら自分から率先してやってしまう。
失敗したくないけど、どうせ何をやっても失敗ばかりだけど、何もしない怠け者にはなりたくない。
一人ぼっちで寂しくはなりたくないけど、自分から繋がりを築く事は出来ない。
そんな、およそ生きるのに向いていない私。
分別を付けて、
でも潔癖になれなくて、
清濁の清を好むくせに、
濁の流れに身を任せてしまう。
そんな私のアンチテーゼ。
そんな私に、皮肉を込めて濁りを含ませた名前。
清も濁も飲み込んで、全てを楽しめる。
自立してて、
頼りになって、
私を支えてくれる。
そんな、私の理想。
それが『アザミ』だった。
私はそんな人になりたくて、なるために、まず、そんな人格を作った。
方法は簡単。思い込むだけ。
元より受動的な私だから、
私の意思は排除して、
別の何かから排泄された程度の物。と、そう思えれば全ては円滑に進んだ。
言ってしまえば、私はあの子に全てを押し付けたのだ。
そして、上澄みの旨味だけを掬った。
夏休みの、小鳥遊君とのお出かけがそれだった。
いつだって私の事を気にかけてくれている彼女なら、私をけしかけてくれると思った。
私は彼女をダシに使ったのだ。
後ろめたさはあった。
あったけど、あの時はまだ、アザミは小鳥遊くんへ好意を抱いていなかったし、それよりも私の事を想ってくれていた。
舵を取れなくなったのは、いつからだっただろう。
今、パッとは思い出せない。
でもいつの間にか彼女は小鳥遊くんに恋をしていて、
それはとっくに私のそれを凌駕していた。
気付いた時にはもう手遅れで、彼女は、アザミは、私の想像すらも飛び越えて、小鳥遊くんへ思いを伝えた。
男性が想像妊娠をした話を、ふと思い出した。
きっと、その状況と似ていたからだ。
想いは理屈を超え、純然たる事実として、私の目を覚ました。
私は小鳥遊君から身を引いた。
そんなに迫れてもいなかったけど。
でも、そうして引いたからこそ見えたものもあった。
それは例えば、小鳥遊君は私の事を恋愛対象として見ていない事だったり、
3次元よりも2次元の方が好きな事だったり、
その上で、可能性が高いのは私なんかよりも新崎さんだったり、
……まあ、これは伝えないけど。
諦めた私と、諦めなかったワタシ。
その違いはなんなんだろう。
なんて、わかってるんだけどね。
「私は最低でも、あの子はそうじゃない」
真剣な眼差しの小鳥遊君と目が合った。
彼は人の話を聞く時、ちゃんとこっちを見てくれる。
さすが、あの子が好きになった人だよね。
誠実に、真摯に向き合ってくれる。
そんな人、誰だって普通に焦がれるよ。
「だから、小鳥遊君は気まずいかもしれないけど──」
けど、小鳥遊君なら、首を縦に振ってくれる。
私はもう良い。
もう良いし、キッパリと諦めたつもり。
でもあの子はそうじゃない。
私は、彼に優しくしてもらえて、向き合ってもらえて、勘違いしていただけにすぎない。
テンパっちゃったけど、あのチョコは手切れ金みたいなもの。
儀式だ。
これからするお願いを聞いてもらうための儀式。
「もう一度、あの子に会ってあげてほしい」
嘘じゃない。
あの子に会ってほしい。
それが、私の本音だ。
確かに私も会いたい。
でもここで
「あの子と合わせてほしい」
なんて、どの口が? って思ってしまった。
小鳥遊君に経緯を伝えているうちに、優先するべきは私の気持ちなんかより、彼女の気持ちなんじゃないかって、思ってしまったんだ。
それに、私が会いたいって言うよりも、あの子が君と会いたがっているって言った方が、叶う気がした。
下心を隠して、さも利他的で健気なイメージを抱かせる。
やっぱり私は最低だ。
最低だけど、でも、
あの子にもう一度、
出来れば何度でも、
彼に、小鳥遊君に会ってほしい。
以前のように話をしてほしい。
水中で瞼の裏を見ているような心地良さを感じながら、耳に入ってくる小気味良い会話。
あれをまた聞きたい。
あの、楽しそうな、嬉しそうな、
そんな、心躍っているかのような声音で話す彼女を感じたい。
小鳥遊君のことは好き。
でも、あの子のことはもっと好き。
「どうかな……?」
一度振った相手ともう一度会う。
会って話をする。
それがとんでもなく気まずいことくらい、私にだってわかる。
この提案に、彼のメリットは無い。
一度振った相手と話したいなんて想い、普通は無いだろうし、私から何かお礼をあげる事もできやしない。
最近の彼は、勉強を頑張っている。
苦手だからって毎日のように図書室に寄って、予習と復習に力を入れている。
そんな彼の時間を奪う。
何の見返りも無く、ただ、私の我儘のためだけに。
他に頼れる人がいないからって、
本当は自力でなんとかしかきゃいけないのに。
「……」
小鳥遊君は黙っている。
腕を組んで、難しそうに首を傾げている。
簡単に答えなんて出せないだろう。
……いや。普通なら、すぐに断るだろう。
でも、私が好きになった小鳥遊君なら……
あの子が好きになった、小鳥遊君なら──
「わかった」
私たちが好きになった小鳥遊君。
彼は短く、でもハッキリと、そう答えてくれた。




