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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生三学期
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父面談



 スキップで道を進むと落とし穴に落ちる。危ない。だから別の道からゴールを目指す。

 それが大切だと俺は言った。


 ただ、もっと大切なものがあったことを俺は見落としていた。


 それは、選んだ別の道にも落とし穴があるかもしれないと警戒することだ。

 俺はそれを怠った。


 先ほど、俺は階段を下った。駆け足で。

 ややリズミカルに、ダダダダッ、ダダダダッ、ダダダダダダダダダダッと。

 あれもこれも土足でいった。

 ハグ、キス、アイラブユーといった。


 そしてリビングに行って、固定電話の近くにメモを目撃した。

 メモを見るのに夢中になっていた俺は、背後から近付いてくるもう1人の家族に気付かなかった。


 「誰だッ!!!!」


 ガイア顔負けの大声に全身をビクッと硬直させられる。

 ぶわっと汗が吹き出し、ダラダラと垂れる。

 「誰だ」の問いかけに返事を返せないでいると、剛を煮やしたその人物に肩を掴まれた。

 あまりの膂力に、俺はゴリゴリの筋肉マッチョを想像した。

 が、肩を引かれ、向かい合ったその人。


 「お母さん……?」


 声に出た。

 でもそれも仕方のないことだと思う。

 俺は混乱したのだ。

 目の前に女性がいたから。


 その人は面食らったような、胡乱なような、何言ってんだコイツ顔をしている。


 ガイア顔負けのあの声をこの顔で、この細い喉から発したのか……?


 ドッキリか何かだと思った。

 しかしここには俺とこの人の2人だけ。

 お仕事中のお父さんと、おかいもの中のお母さん。


 ならお母さんか?

 いや、さっきの声は誰がどう聞いても男のものだ。

 よく見ると喉仏もある。

 服装はスーツだし、シャツのボタンも左前だし……


 なんて考えていたところで、俺はハッとした。

 今この状況。弁明しないとマズい。

 空き巣とか強盗とか、とにかくそれ系の刑法適用対象になってしまう。

 

 『僕は新崎さんの友人で、彼女を看病していましたが、ご両親に念のため連絡を取ろうと思い、何か無いかと手掛かりを探していました』


 俺は予め用意していたこのセリフを放った。


 「俺は新崎さんの彼女でご両親を寝取ろうと思い探していました!」


 しかし口を突いて出たのはそんな言葉。

 やってしまった。

 『彼女で──』から全てが狂った。

 この壊れた歯車を何とか直そうと頑張ったのに、全部後手後手。

 最終的には取り返しがつかないぐらいまでぐっちゃぐちゃになってしまった。


 目の前にある、白く透き通った肌がみるみる赤くなっていく。


 「何言ってんだキサマッ!!」


 怒り肩でズンズンとこちらに詰め寄って来、胸ぐらを掴まれ、怒鳴られ──

 

 俺はとことん、突然の出来事に弱い。

 そんなことはわかっていたはずなのに、このザマだ。

 そして土下座だ。


 いけると思った。勝ち確BGMが流れていた。

 そんな時に突然の敗北なんて、よくある話なのにな。





 「小鳥遊君もごめんよ……

 顔をあげておくれ……」


 まあそんなのは過去の話。

 騒ぎを聞きつけた新崎さんの仲裁によって、俺は何とか事なきを得た。


 俺は顔をあげた。


 振り乱していたスタンガンは……良かった、テーブルの上に置かれている。


 「俺も上手く説明出来ず、申し訳ないです」


 「いやいや、普通に考えればわかったことなのに、どうも私は妄想癖が治らず……本当、申し訳ない」


 はっきり言う。俺は気にしていない。

 たとえ改造スタンガンを龍槍逆撫の大花火さながらに振り回され、カスった髪が焦げようとも、

 ゲロ以下と罵られようとも気にしない。


 誤解だったんだ。仕方ないさ。


 「りっちゃんもごめんね。

 辛いだろう。部屋で休んでおいで」


 「もー! 


 も、ぉ……」


 と、新崎さんはその場に崩れ落ちた。

 言うまでもなく体調は最悪のまま、恐らくだけど、あまりの大声に目を覚まし、慌てて下りて来てくれたんだろう。

 友達と父親が揉めるなんて、普通に気分が悪いだろうしな。


 「立花は私が連れて上がるから、君はどうかゆっくりしていてくれないか。お詫びをさせてほしいんだ」


 それにしても本当に、理性的で落ち着いた声だ。

 f分の1ゆらぎか?


 「じゃあ……はい……」


 だからだろう。思わずそう答えてしまった。



* * *



 新崎さんのお父さんはリビングに戻ってくるなり居住まいを正し、俺の土下座なんて足元にも及ばないような、それはそれは完璧な土下座を披露した。


 『完璧』


 なんてチープな形容詞だろう。

 しかし困ったことに、彼の土下座はそうとしか形容のしようのない、本当に完璧な土下座だったのだ。

 完璧な土下座がどういうものかなんてわからないのに、そう思わずにはいられなかった。


 「まずは、小鳥遊さんへの非礼をお詫びいたします。

 誠に申し訳ございませんでした」


 そして呆気に取られる。

 所作も言葉遣いも美しい気がする。

 そういうのの講師でもしているんだろうかと思った。


 「……あっ、いや、顔を上げてください。

 僕もテンパってしまって、結果、その、ご迷惑を……」


 「いえいえ! 事情を聞きもせず声を荒げたのはこちらです! 小鳥遊さんは何も悪くない!」


 「いえいえ!」


 「いえいえ!」


 「いえいえいえ!」



 キリがなくなり、お互いフッと吹き出し、空気が和らいだ。

 俺たちはテーブルに移動し、俺は促されるまま椅子に座る。

 向かい合って座って、



 「立花は、静かな子だったんだ」



 新崎さんのお父さんは、中空を見つめながら、ポツリとそう言った。


 「今もどちらかと言うと静かな方じゃないですか?」


 「まあ、やんちゃな方ではないかもね。

 でもね、昔の立花はそれはもう静かで、大人しくて、自分から友達の話なんてしたこともなかった。

 好きな作品の話になると自分から口を開くし、話出したら止まらなくなるのにね。

 何て言うか、人付き合いが苦手そうで、あまり友達が出来るタイプじゃないんだなって思っていたんだ」


 そう聞くと、今とあまり変わりがないんじゃ……?

 友達もいるにはいるけど、別に多いわけじゃないと思うし……


 「でも中学2年生の辺りかな。聖子ちゃん、知ってるかい?」


 聖子ちゃん。

 交番勤務の婦警さんの話でないなら、そして、新崎さんの周囲の話であるなら、1人だけ知っている。


 「和泉さんですよね?」


 「そう。彼女と出会ってから、立花は少しずつ変わっていった。

 晩御飯の時に聖子ちゃんの話をしたり、たまにうちに連れて来たりと、それは些細なものだったけど、今までのあの子からは考えられないような変化だった」


 新崎さんのお父さんは慈しむように目を細めた。

 人の変化というのは胸が熱くなる。

 アニメや漫画で何度も見た。

 あの時のあのキャラクターと同じ表情。


 創作物と言うものは凄いな。

 ちゃんと現実と同じリアクションなんだから。


 「そして、夏休みの少し前くらいから、新しい名前があの子の口から出るようになったんだ」


 「……俺ですか」


 「そう。

 君の話は毎日のように聞いていたよ」


 それは何と言うか……恥ずかしいな。

 高校生ってもう、新しく出来た友だちの話なんてあんまり親にしないだろ。普通。

 ダウナーっぽいのに、大人しめなのに、怖いものに興味津々だったり、好きなものに真っ直ぐだったり、そういう小学生みたいな──って言うか、若干子供っぽいところ、ギャップあるよな。

 だからそれが別にどうってわけでもないんだけど。


 「隣の席でしたからね。仲良くなれて良かったです」


 「あ、それ! 席が離れちゃったって、残念がってたよ」


 新崎さんのお父さんは朗らかに笑った。

 なんか、この親にしてあの子有りって感じだな。

 静かで落ち着いている人だけど、テンションが低いってわけじゃない。

 似てる。


 「まあそれはそれとして、」


 その一言を皮切りに、新崎さんのお父さんの空気が変わった。

 机に肘をつき、口元を隠すように手を組む。

 惜しむらくは眼鏡が無いことと、冬月がいないことだろうか。


 「君は、うちの大切な一人娘とお付き合いをしているのかね……?」


 ……ふざけてる場合じゃないかもしれない。

 彼の後ろに鬼が見える。

 その鬼が冬月のポジに──って、だからふざけてる場合じゃない。


 この人はどうだ? どんな人だ?

 娘の事、新崎さんの事を溺愛しているのは確かだ。

 ただ、その溺愛っぷりと今の質問は、化学反応を起こす。

 それによって、


 『だにぃ! うちの娘と付き合うだなんて、身の程を弁えんかっ! この不届き者がぁっ!』


 タイプと


 『だにぃ! うちの娘を選ばないだなんて、この節穴がぁっ!!』


 タイプに大別される。


 彼はどちらだろうか。


 この間2秒。

 普通に時間がかかっている。

 これ以上無言でいるのはマズいと思った俺は、反射のように答えた。


 「付き合ってはませんが、気にはなっています」


 嘘ではない。

 付き合ってる事にはなっているけど、でもそれはあのヤベー先輩2人からの粘着をなんとかしようと、新崎さんが一計を案じてくれた結果にすぎない。

 気になっていると言うのも、あの独り言と奇行に対してだ。


 てかそうだ、あなたの娘さん、授業中に変な事ばっかやってますよ。成績は俺よりかなり良いけど。


 「……」


 沈黙だ。

 沈黙が流れている。

 新崎さんのお父さんは何かを考えているのか、こちらと言うか、俺の後ろを見るように、じっと遠い目をしている。


 「……」


 俺も、自分をカバーするようにあれこれと付け加えようとしたけど、タイミングを逃してしまった気がして、つられるように黙ってしまった。



 「そっか。

 正直にありがとう」


 沈黙が終わった。

 朗らかな顔で笑っていた。


 「いえ、異性がお見舞いに来たんですから、気になるのは当然だと思います。

 下心は……チョコが欲しかったと言うのはありますけど、体調を考慮して今日は受け取るつもりも無かったので……えっと、だからその……」


 あああ 何が言いたいのかわからなくなってきた……

 とりあえずワンチャン狙ってるとか、ダウンしている新崎さんにあんなことやこんなことをしようって思惑が無い事を伝えたかったんだけど、ままならなさすぎてヤバい……!


 「だからその、何もしてませんし、するつもりもありませんので、ご安心を……」


 必死にそう弁明し終えた。

 すると新崎さんのお父さんはまた、朗らかに笑った。


 「ハハッ、そっか。

 試すような真似をしてごめんね。立花から聞いていたまんまで、安心したよ」


 一体何を聞いていたのか……

 何か不名誉な事を吹き込まれたりしてないと良いけど……


 「伝わったなら良かったです。

 それじゃあその、今日のところはお暇します」


 言ってハッとした。

 一個伝え忘れていた。


 「あとその、娘さんの部屋にスポドリとかウィダーとか置いてあるので、起きてこられたら伝えておいてもらえると助かります」


 「うん。いいよ」


 新崎さんのお父さんは、これまた朗らかに笑ってそう言った。

 さっきのあの鬼と同一人物とは思えないな。

 こんな優しそうな顔をしながら、あんな声を出すんだから。


 玄関まで見送ってもらい、外に出る。

 結構良い時間だ。

 普通に暗い。

 思ったより話し込んでたみたいだ。


 それにしても良い人で良かった。

 家族が第一な印象だけど、曲がった人じゃないから、ちゃんと会話が出来て良かった。


 むしろ俺の方が受け答えも辿々しくて、返事に困らせてた気さえするな。



 帰路に就きながら、会話をさらうように思い返す。

 全部を覚えているわけじゃないけど、優しく丁寧な所作や言葉遣いを反芻した。

 普通に参考になったからだ。

 そうして別れ際のものまで思い返した時、一つの返答が引っかかった。


 俺は、スポドリとかウィダーを新崎さんにも渡してほしいと言った。

 新崎さんのお父さんは、『いいよ』と答えた。


 引っかかる。

 普通、わかったとか、伝えとくよとか、そんなふうに答えないか?


 『うん、いいよ』


 いや、返事としては普通なんだけど、何なんだろうな。

 喉に魚の小骨が刺さった時みたいな、ちょっとした違和感がある。


 「……いや、気にしてもわからないな。いいや」


 気にはなるけど、詮方無い。


 俺はその疑問を脳のどこかへぽいっと放り、家路を辿るのだった。




 「あっ、チョコ」


 新崎さんの部屋に置いたまま──じゃなかった。

 そうだ、新崎さんのお父さんが「溶けるとよくない」って、冷蔵庫に仕舞ったんだった。


 今日は貰えなくても仕方ないって思ってたけど、一度は受け取れそうだっただけに、少しあれだな。

 なんか、勿体無い気がするな。

 仕方ないんだけどさ。

 焦らされたような気持ちが少しだけ、ほんの少しだけ。





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