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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生三学期
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俺はやった

 「はぁ……はぁ……」


 苦しそうな寝息が部屋に響いている。

 ベッドに横にした新崎さんの呼吸だ。


 俺は濡らしたハンカチで彼女の汗を拭う。

 冷えピタの替えがどこにあるかわからないから、応急処置だ。


 汗を拭うと、新崎さんは少し楽そうになったように見えた。

 安心し、ふぅと一息。腰を下ろす。

 座りながら彼女を見ていた。

 看病らしいことは大して出来てないけど、容体が急変したりしたら、流石に救急車の1台や2台は呼ばなきゃとか、目が覚めた時に1人は寂しいだろうとか、そんな色々な理由があって、俺はここに残っていた。


 「うっ……はぁ……」


 それにしても辛そうだ。

 ただの風邪でこんなに苦しそうになるか……?


 「もしかしたらインフルかも……」


 そんな不安が頭を過ぎる。

 誰か人を呼ぶべきだろうか。


 一番頼りになるのは、新崎さんのご両親だ。

 しかし、連絡を取ろうにも、肝心の連絡先がわからない。

 新崎さんのスマホのロックは突破出来ないし、倫理的にも不正アクセス罪を犯すわけにはいかない。

 リビングになら名刺や連絡先に関するメモとか何かしらがあるかもしれないけど、他人の家のリビングを物色するなんていう強盗みたいな真似も出来ない。


 ここから動かない理由を並べる。


 理由という皮を被った言い訳のようにも思える。


 いや、そうは言ってもだ。

 もし物色のタイミングでご両親が帰ってきたら?

 俺は上手く説明出来るか?

 いいや出来ない。

 足ガタガタさせながらセリフ噛みまくってロクに話せないのがオチだ。


 誰かが新崎さんを見てないといけない中、ここには俺しかいない。

 だから動くわけにはいかないのに、わざわざ他の理由を挙げてまでこの場に留まろうとするとのは、きっと、心のどこかでは動いた方が良いと思っているからだろう。


 留まるか、動くか。

 その2つの狭間でどうしたらいいかわからず、結局、時間を無為に過ごしている。


 それを少しでも意味のあるものにしようと、俺は再度新崎さんの額を拭った。


 ……こういうところなんだろうな。


 いざという時は頭より身体を動かすべきなんだ。

 今のうちにご両親に連絡を取って、事情を説明して、看病の役目を引き継ぐのがベストなんだ。

 でも俺にはそれが出来ない。

 

 不器用な人間が頑張って踏み出した一歩でも、その苦労は他人には伝わらない。

 そして、不幸と言うのは得てしてそういう時に舞い込んでくる。


 リビングを物色している所を新崎さんのご両親どちらかか両方かに見られ、誤解され、上手く弁明出来ず通報され、新崎さんにも窃盗犯と軽蔑され……


 と、そんな最悪な未来が予想される。

 しかしこうしてこの場に留まっていれば、弁明するまでもなく、看病をしていると認識してもらえる。

 だから動かない。

 動けない。


 目の前で誰か他人が倒れても知らんぷりをする人が多いのは、それだけ行動したが故の失敗を経験した人が多いからなんだろう。

 俺だってその内の1人だ。


 成功体験なんて万に一つだ。

 そしてその程度の成功は、それまでの9999の失敗の前じゃ、何の意味も成さない。


 動いたとて、成功した時の見返りは無い。

 むしろ失敗した時の跳ねっ返りが倍増する。

 こんなギャンブル、誰がやる?





 俺がやる。


 「よし」


 これぐらい言い訳を並べればもう十分だろう。


 一級フラグ建築士の俺のことだ。

 ここでなんの逡巡もせずに「ご両親と連絡を取って新崎さんを助ける!」なんて覚悟を決めて行動を起こしてみろ。

 さっき言ったことがまんま起こって、下手すりゃお縄だ。


 しかし策士俺。ここですぐに動かず、情け無い胸の内を晒し、言い訳をハンマープライスした。

 何故なら弱音を吐き、それでもやると決意した次の展開は、壁を突破する覚醒イベントが起こりがちだからだ。


 つまり俺は今、フラグはフラグでも、失敗ではなく成功の方のフラグを立てたのだ。

 一級フラグ建築士がデザインし建立した、ぶっとくて硬く固く堅い芯を持ったフラグだ。


 その覚醒イベントを意図的に引き起こすためには、こうして一度バッドに入る必要があったのだ。

 足元ってのは勢いと調子に乗っている時ほど瓦解する。

 だからこそ、一度冷静になれるかが肝。ここでふるいにかけられる。


 ゴールテープをくぐるために調子よく進んできた道を外れる度胸こそが、これからのヒーローに必要な素養さ。


 「さて、」


 新崎さんは眠っている。

 眉間に皺を作って、ひどく汗をかいている。苦しそうだ。


 これから俺がやるべきこと。

 それは、人を呼ぶこと。

 新崎さんのご両親に連絡をとる。

 スマホはロックを突破出来ない。

 この人の事だ。パスワードを『114514』にしている可能性は十二分にあるだろう。

 が、それを試すのは出来れば最後がいい。

 プライベートを覗くのは普通に良くないから、まずはリビングを物色させてもらう。

 リビングもプライベートな空間だけど、運が良ければどこかの棚にご両親どちらかの名刺とかがあるかもしれない。

 壁にかけられコルクボードに連絡先を書いたメモが留めてあるかもしれない。

 目に付くところをサクッと漁って連絡先を入手するのが理想だな。


 無いなら無いで……まあ、仕方ない。せいぜい新崎さんの汗を拭う仕事に従事するさ。


 「はぁーー……」


 心臓がバクバクしてきた。

 なにも難しいことをするわけじゃないのに、何の成果も得られないかもしれないという可能性に緊張する。

 フラグだなんだと粋がってみても、その通りにいく保証なんてない。

 連絡先が見つからなかったら、新崎さんを起こしてスマホのロックを解除してもらったって良いんだ。

 気が引けるけど仕方ない。体調の悪い新崎さんを起こすのと、人んちのリビングを物色するアンチモラルな行動を天秤にかけて、軽かった後者を選択しただけだ。


 って、ああもう、いつまでグダグダ言い訳するつもりだ俺は。

 いいからさっさと動け。人んちの物色なんて勇者は何万回もやってんだから大丈夫だよ。それに俺は壺なんて割らないんだ。今更ビビんな。


 「すぅーーーー……」


 クソ。ここが笹塚んちだったらバカ気楽なのにな。


 「はぁーーーー…………よし」


 深呼吸をして少しは落ち着いた。

 俺は意を決してドアを開いた。





 それから10分後──



 「じゃあ、本当にあの小鳥遊君なんだ?」


 「だから、そう言ってる! 写真も見せたのに、何でこんなことするの! ばか!」


 「ごめんってりっちゃん! だって制服じゃないし、マスクしてたら顔だって……ね?」


 頭の上で、新崎さんとその父が口論をしている。


 新崎さんは鼻声で大きな声を出している。


 しんどいだろうに、俺を庇ってくれている。


 俺はと言うと、フローリングとキスをしている。


 別に殴られたわけじゃ無い。

 自主的に土下座しているだけだ。

 案の定誤解された。さながら即堕ち2コマだな。


 「ばか! キライ! もう一緒にアニメ見てあげない!」


 「あああごめんよりっちゃん! 僕だって慌てて帰ってきたらから、まさか友達が来てるなんて思わなかったし!」


 どうやら俺は特級フラグ建築士だったようだな。



 さて、何から話そうか。




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