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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生三学期
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新崎さんは情報過多

 気が付いたらここに居た。

 どこかって? なんて、言うまでもないってな。

 まあ気が付いたらも何も、一旦家に帰って、ドラッグストアに寄って、そうしてここまで来たんだってな。

 明確な意思と意図を持って。

 ってな。


 「ふぅーー……」


 それにしても緊張するな。

 お見舞いと、いつぞやのお礼と。


 俺はインターフォンを押した。

 家の中からピンポーンと聞こえる。


 少しの間を置いて、ガチャッと鳴って、


 「はい」


 と、少し鼻声。

 それでも直ぐに彼女のものとわかる声。


 「ッ……!」


 と、声にならない声。

 向こうの様子がありありとわかる。

 いくらクラスメイトとは言え、友達とは言え、ボサボサ頭で接したくはないのだろう。


 「……待ってて」


 と、少し長めの間を置いてから聞こえ。

 ガチャッと切られ、ものの1分。


 ドアが開いて、その人は姿を現した。


 「いっいええぇええい! ウェウェルカム〜〜〜〜」


 どうして彼女はクラッカーを持っているんだろう。

 俺は真っ先にそう思った。その矢先、パーンと鳴ってクラッカーの中身が飛び出した。

 ドアの目の前に居た俺にはクラッカーの中身が全部かかった。

 あのぴろぴろしたカラフルな紙くずをぶっかけられた。

 そういうフェチの人垂涎の光景だ。


 その人は、これまでの心配が吹き飛ぶほどに元気そうだった。

 乱れた前髪。発熱した顔。おでこに貼られた冷えピタ。

 首から上はまさに病人そのもの。


 しかし、問題は首から下である。


 袈裟懸けに裁断されたように、左右で色の違うパジャマ。

 まるでまもちゃんの私服だ。

 そして縁が光る星形のサングラスに、付け髭。

 『一日巡査部長』のたすき。


 どうしてピンクジャージじゃないんだ。


 情報過多。

 情報過多の検索結果だ。


 「ケホッ……さあ、あがって」


 あっ、ちなみにここは新崎さんの家だ。


 新崎さんは何事もなかったかのように俺を招いた。


 「お邪魔します」


 俺は俺でそれに応じた。

 こうも手厚い歓迎をされると、人違いであって欲しい気持ちを禁じ得ないけど、どうやら新崎さん本人で間違い無いようだ。


 玄関へ入って、つい周囲を見渡す。


 以前訪問した時と変わらない内装。

 変化した点を強いて挙げるなら、壁にかけられているポスターやタペストリーが冬仕様に変わっていることくらいか。

 季節が冬だったり、雪が印象的な作品が多いな。

 流星の双子とか、よく知ってるな。あれOPの人気が一人歩きしてるイメージだけど、普通に面白いよな。

 少し若く拙いざーさんの演技もキくんだよな。


 「ご両親は?」


 「おとさんは、今日はかいしゃで……おかさんは……おかいものって言ってたかな」


 茂野吾郎かよ。


 いや、そんなことはどうでもいい。

 声がしんどそうだ。結構しっかり風邪を拗らせてる感じだ。


 「一人の時にごめんね。これプリント」


 俺は一枚の紙を差し出した。

 内容は目を通してないから知らないし、HRは先生の話を聞いていなかったから、これがなんのプリントなのか俺は知らない。


 「ありがとう」


 これで要件は終わりだ。

 病人の家に長居するものじゃないし、帰ろう。


 「それじゃ」


 俺が玄関ドアに手をかけた。

 そこで来るのがタイミングの妙と言うやつ。


 クイッと袖を引かれた。


 振り返ると勿論新崎さん。

 それ以外いるわけがない。


 「新崎さん……?」


 受け取ったプリントごと俺の袖を掴んでいる。

 両手だ。

 おかげでプリントはぐしゃぐしゃになってしまっていた。


 「……いで……」


 いで……?


 いで……みつ……?


 「かえら、ないで……」


 俯いていて顔が見えない。

 けど、袖を掴む力はビビるほど強い。


 「あっ、と……」


 ここで気付き。


 「あっ……」


 これはいわゆる、お見舞いイベントではなかろうか。


 学園もの、主にラブコメで見られる展開。

 風邪で弱った異性の姿に思わずキュンキュン。

 ベッドに寝かすも連れ込まれ、あわやちゅっちゅというところで寝落ちられ、うおーとなるオチ。


 「かえられたら……わたせない」


 わたせない。

 わたす。わたさない。


 と言えば、そうだよな。

 チョコだよな。


 正直、今日は諦めてたんだけどな。

 インターフォンも、普通に親御さんが出てくるもんだと思ってたし。


 チョコは欲しい。

 そりゃ欲しいに決まってる。

 決まってるけど、こうも体調が悪いなら、一刻も早く横になって静養して欲しい。


 ただ、袖を掴む力が強い。

 相手は病人だから振りほどくわけにはいかないけど、そもそもそんなことが叶いそうにないくらいに強い。


 「もらって」


 新崎さんはそう言うと、ソーラン節のにしん漁師もかくや、幕内力士もかくやの力で俺をドッコイショからのソーランした。


 「っづぁ!」


 思わず尻餅をつく。

 ケツが3つに割れた。


 「まってて」


 次期大関、新崎関は右手のドアを開けると、その奥へふらふらと消えて行った。

 その足取りは泥酔した兄ちゃん姉ちゃんを思い出させた。


 俺は新崎さんの帰りを呆然と待った。

 恐らくリビングだろう部屋。奥にはキッチンがあるんだろう。

 そこにある冷蔵庫でチョコを冷やしているんだろう。

 どんなチョコなんだろう。

 滋養強壮。疲労回復。チョコにはそんな効果があるそうだけど、健康体の俺よりも、風邪を引いている新崎さんが食べた方が良いんじゃないかな。


 ぼーっとしながら帰りを待つ。


 待って、


 待って、


 「新崎さん?」


 あまりの帰りの遅さに、俺は思わず立ち上がって、ドア越しにそーっと様子を窺って、


 チョコを片手にぶっ倒れた新崎さんを発見した。


 「うっ、うわぁぁああああっ!」


 駆け寄って、新崎さんを仰向けに直し、手首に人差し指と中指を当てる。


 「し、死んでる……!」


 死んでないけど。

 これ、一回やってみたかったんだ。


 「って、それどころじゃないな」


 呼吸が荒い。かなりしんどそうだ。

 冷えピタは……見当たらない。

 汗をダラダラにかいている。

 拭くもの……ハンカチくらいしかないな。


 「とりあえず部屋に運んだ方が良いか」


 1人になると独り言が増えるの、なんでだろう。


 「なんでだろう……っと!」


 生まれて初めて人を持ち上げた。

 それも、お姫様抱っこでだ。

 理に適ってると言うか、女性1人を抱えるにあたって、これが一番過ちが無いんだ。やってみて初めてわかった。


 チョコは落ちないように新崎さんの胸に乗せた。

 勝手に持っていくのは違うと思った。


 新崎さんは軽かった。

 神とも云われる蟹に体重の10分の9を奪われたわけではらないだろうに、びっくりするほど軽かった。

 新学期の教科書の方が重いくらいだった。





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