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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生三学期
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俺はめんどくさい

 バレンタインデーが今年もやってくる。

 悲しかった出来事を消し去るように。


 内定1社の俺は恣意にふける。



 どうすれば御社の一員になれますか?


 日々の行いがそのまま結果となって表れよう。


 後学のために伺わせてください。そのためにどのような努力をすればいいですか?


 目の前にいる人に誠実であることじゃ。


 なるほど。でも目の前にいる人にだけ誠実というのは、目の前にいない人には不誠実ということになるじゃありませんか。それでは、ゴンさんのように不特定多数を不幸にしてしまうじゃありませんか。


 むべなるかな。やむなしじゃ。


 では、私はゴンさんになればいいんですか?


 左様じゃ。


 ほわぁ……



 とりあえず、人に優しくすればいい。

 優しくされればお礼をしたくなる。返報性の原理だ。相手は俺に助けられ、何かお礼をしようと考えるだろう。

 しかしいざお礼をしようにも、どう動いたらいいかわからない。

 そんなその人への救いの道となるのが、バレンタインデーという大義名分だ。


 こないだお世話になったお礼だよ! 勘違いしないでよねっ! ぷいっ!


 という運びか。

 なるほど、パーペキだな。


 差し当たってまずは、困っている人が居ないかの精査をすべきだろう。


 俺は教室を見回した。

 最後尾真ん中のこの席は教室全体がよく見える。



 ……居ないな。

 えっ居ないか? 本当に?



 ……居ないな。

 まさにヒーローが暇をする。ホークスの理想がここにあるって感じだ。


 皆楽しそうに過ごしている。

 思い思いに次の授業までを過ごしている。



 困ったな。

 このままじゃ俺は内定1社でフィニッシュだ。量より質とは言うけれど、量に質が内包されている場合だって当然ある。

 スルメイカに比べてダイオウイカは大味だとか、コウイカに比べてダイオウイカは大味だとか、そんなことばかりの世の中じゃないはずなんだ。

 時代は令和。

 平成を少し齧った俺は生まれてこの方、ゆとりだのさとりだのと揶揄されてきたが、それでも今の世の中が生き易いことぐらい理解っているつもりだ。

 お菓子の袋詰めで何でもかんでもとがっつくより、好きな物でパンパンにする方がきっと幸せだ。


 ……いや、それとこれとは話が別か。

 この理屈で言うなら、俺は沢山の本命チョコが欲しいということになる。

 そんなのは困る。

 俺は別にハーレムが築きたいわけじゃない。築けるとも思えない。

 それに、義理チョコや友チョコの質が本命に比べて低いとか、よっぽど性根の終わった奴じゃないんだから、気持ちに優劣はつけるもんじゃない。


 なんとなく、ちらっと隣を見る。

 浅見さんは席が近い女子数人と楽しそうに話している。


 「えってかさ〜」


 から始まる、昨日放送されたドラマの話、推しがバラエティでウケてた話、朝寝坊しかけてヤバかったとか、試験が憂鬱とか、のべつまくなしに話題が切り替わる。

 心なしか浅見さんの表情がしんどそうに見えた。

 取り繕うかのような笑顔。愛想笑いと言うか、笑わなきゃって気持ちが顔に出てると言うか、無理してるような顔だ。


 御社が言う。


 ここじゃよ。


 俺が言う。


 でも、私の気のせいかもしれないです。



 ここでパッと会話に入れるような人がヒーローなんだろう。

 でも俺はそうじゃない。


 休み時間はもうすぐ終わる。この時間は長く続かない。

 それに、浅見さんの今の交友関係は文化祭以降に築かれたものだ。

 そしてそれはきっと、彼女が自分の意思で選んだもの。

 文化祭から多少の時間は経っているけど、それでも以前の浅見さんは、とても友達がいるような人には見えなかった。

 となると今のこの状況は、対人関係に慣れが無いが故に起こっているとも考えられる。

 ここは、自分の力で乗り越えなきゃいけない関門のようなものなのだろう。


 と、声をかけない自分を正当化し終わったところでチャイムが鳴った。


 ほぼ同時に先生がドアを開けてやって来ると、教室は少しのざわつきを残しながらガタガタと音を立てて、皆一様に正面に向き直る。



 そもそも。

 そもそもだ。


 俺はこの人をフッてるんだから、これぐらいの事で干渉するのは変だろ。

 心配なのは確かだけど、だからって急に優しくして、新しい世界へ飛び込んだ彼女の足を引っ張るなんてゴミだろ。


 浅見さんのことは心配だ。

 思いの外女子力の高い彼女から、どんなかたちでも良いのでチョコを貰いたいという煩悩だってある。


 けど、それはなんか違う気がする。

 俺の満足のためだけに人の気持ちを利用したくない。

 それをやったら、俺は問答無用でクズの烙印を押される。

 誰かに押されなくても俺が押す。


 てか、人付き合いについては以前、出来る限りのレクチャーを済ましている。

 相手は浅見さんと言うか状態2だったけど、記憶は共有されてるんじゃないか? 

 俺に教えられることは全て教えた。いわゆる免許皆伝状態だ。

 浅見さんは、さる達人の若かりし頃と違う。刀の一太刀を背中で受けて、浅見流の看板を掲げるような小僧っ子とは違うけど、それでも、師に教えられることはもう何も無い。その事実は変わらない。

 つまり、俺に出来る事は何も無い。

 浅見社から内定は貰えない。


 うん。俺は新崎書店からは内定を貰ってるんだ。内定1社でも良いじゃないか。十分じゃないか。

 それにもしかしたら、和泉商事や、ミアコーポレーションからも貰えるかもしれない。笹塚への下賜のついでとか、皆にあげるからとか、そんな理由で貰えるかもしれない。



* * *



 下校中も俺の頭は働き続けた。


 俺は浅見さんと付き合うルートへは進まなかった。

 それによる弊害について、考え出したら止まらなくなったからだ。


 イエスと言わなかったから、普通の友達でいることにも難儀する。

 ふとした言動にウッとなり、相手へのアクションがワンテンポ遅れる。

 一度タイミングを逃してしまうと、もう次の動きが出来なくなる。

 頭が変に冷静になるんだろう。湯水のように言い訳が湧いてきて、助け舟を出そうとすることすら億劫にさせてくるんだ。


 ……仮に、

 仮に、こうなることを事前に知っていたとして、俺はイエスと答えただろうか。


 多分、答えた。


 でも答えていたら、きっと、新崎さんとのプレゼント交換は無かった。

 もし浅見さんと付き合っていたら、クリスマスはきっと彼女と過ごしただろうし、替わりに何か特別な思い出を作れたかもしれないけど……


 いや、何かを選ぶ上じゃこんなことは大前提だし、『もし』なんて言い出したらキリがない。


 俺にとって浅見さんは、どんな人なんだろう。

 彼女というのは少し違うし、友達かなとは思うけど、なんかしっくりこない気がする。


 いや、友達。友達だよ。

 最近になって久々に話せた、ただの友達だ。




 我ながらめんどくさいな。

 いちいち名前を付けないと安心出来ないとか。





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