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となりの新崎さん  作者: 桜百合
一年生三学期
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俺は夢を見た

 「はぁ……」


 どうしたって溜め息が漏れる。

 漏れてしまう。

 穴の空いた風船から空気が漏れるように、それが当然と言うように。


 そして、蜘蛛の子を散らすように。


 先ほど、俺はある人物から、ガツンと喰らうような一言を貰った。



 ──まだ1年生ですから巻き返す余地は十二分に残っていますが、進路のことを考えるなら、今のうちから気合を入れておいてもいいかもしれないですね。



 と。


 誰に?


 担任に。


 「はぁ……」


 どうにも年内にやった期末テストの結果が、相対的に見てあまりと言うかかなりと言うか……まあ、芳しくなかったらしい。

 個人的には今までとそう大差無かった結果だっただけに、あの先生の発言からはかなりのガチ臭がする。ほかほかと湯気が湧き立っているかのようだ。


 俺自身勉強は好きじゃない。

 というか好きな奴を知らない。

 新崎さんと和泉さんは普通に問題無く、笹塚は平均前後をウロウロとしているから矢が立つこともない。

 意外なのはミアさんと石蕗だ。

 いかにも英語以外の科目、特に国語が苦手そうな見た目のミアさんは、むしろ英語以外が高得点だ。逆に英語は赤点ギリ。

 まあそれでも、オリヴィアよりはマシな人とは言えるか。


 そして石蕗の野郎。あいつの成績は面白くもなんともない。ただ平均より少し上なだけの男だ。

 勉強より遥かに大事だろう人としてのブレーキやネジに重大な不備を抱えている点を加味するなら、総合点は俺よりもかなり下だろうに……これだから学校は。

 ガイガイ音頭を踊られたところで裁きようが無い。この現状は司法国家の敗北と言わざるを得ないだろうな。



 それでもこと学校というこの環境下においては、勉強が出来ない俺よりも、そこそこに出来る石蕗の方が評価されるという現実は変わらない。

 だから石蕗はとっくに下校しているというのに、俺は陽が沈み切ったこんな時間まで図書室に残り、特別課題と向き合わねばならない。


 「はぁ……」


 もう数えていない。

 何回目かもわからない溜め息が出る。


 広い広い図書室は、いつの間にかぽつんとがらんとなり、もう誰も残っていない。皆帰ったんだろう。

 さっきまで入口の方で参考書を広げていた女生徒が帰宅したのを最後に、今ではもう俺と図書委員の2人きりだ。

 彼女も早く帰りたいだろうけど、ごめんよ。まだ数問残っているんだ。


 ちなみにこの特別課題だが、実は新崎さんが指揮をとって用意してくれたものである。

 彼女は担任から暗に「焦れよ」と釘を刺されて落ち込んでいた俺を見かねたようで、新崎さん、和泉さん、文化祭以降少し話すようになった櫻田に、その恋人の卜部さんの4人が協力して作ってくれたプリントなのだ。


 そのため、これをやらずに逃げ出すことは出来ない。

 うちのクラスでもトップクラスに勉強の出来る人たちが協力して作り上げてくれた、年度末テストへの超対策プリント。無下には出来ない。


 出来ないが、これには10問ある設問の他に、もう一つだけ問題があったのだ。

 それも、致命的でどうしようもない、そんな問題がだ。


 「とけなぃ……」


 俺の頭じゃ、この問7は解けない。

 7、8、9、10……あと4問もある。


 何だよマジ。何で今7問目なのに、残りは3問じゃないんだよ。

 7問まで来たなら残りは3だろ。7+3は10なんだから。

 残り4問もあるんじゃ、これは全部で11問あることになるじゃないか……


 ……ああ、駄目だ。頭がしゅわしゅわしてきた。


 思わず机に突っ伏してしまったが、これはどうだろう。

 二度とこの身体を起こす事は叶わなような脱力感、倦怠感、疲労感。


 そんなものに襲われた。

 そんなものに襲われた俺はどうだろう。

 こんなもの、目を瞑ってしまうしかないだろう。


 もう何も考えたくない。考えられない。


 ぼんやりと、どこでもないどこかが視界に映っている。多分入口の方だろうけど、よくわからない。



 小鳥遊。大丈夫か?



 ふとそう聞こえた。

 後ろからだろうか。気配がある気がする。


 じゃあ夢か。

 よかったな。俺がどこぞのサーティーンなら、後ろに立つ者を排除する本能が働いていた事だろう。


 まあそれはそれとして、聞き覚えのある声だけど、誰かは思い出せない。

 いや、じっくり考えればわかるとは思うんだけど、こんな風に勉強にやられてしまった頭で、それも夢の中じゃあモヤがかかってしまってよくわからない。



 おい、聞いているのか。



 威圧的な口調。

 少し前までよく聞いていた気がするけど、よく思い出せない。

 誰だったっけ……ああ、考えがまとまらない。不思議だ。夢の中なのに頭が痛い……


 「もうむりしぬ……」


 俺は掠れた声で返した。

 もはや囁くような声しか出なかった。


 声の主が誰なのか、確認しないといけない気がした。


 なのに、身体が言うことを聞かない。



 ……やれやれ。人を呼んでおいて遣るから、ちゃんと帰れ。


 聞こえてたのか。

 あれが聞こえるって、それめちゃくちゃ近くないか?


 てか、ひとって……人?


 まじか。誰かに迷惑かけちゃうな。


 ……いや、


 「夢ならいいか……」



 たわけめ。



 何かが頭に触れたような、何かが頭を触れたような、そんな感覚を最後に俺の意識は途切れた。





 「た、小鳥遊君、大丈夫?」


 声がかけられた。

 肩をゆすられ、意識がはっきりしてくる。


 「あ、おはよう……? それとも、こんばんは……?」


 ……寝てたのか。

 いや、寝てたか。何か夢を見ていたような気もする。


 「おはよ……」


 顔を上げると、そこには浅見さんがいた。


 浅見さん……浅見さん?


 「浅見さん!?」


 一気に意識が覚醒した。

 そうだ、俺は年度末テストの対策プリントをやっていた。

 なのに、うわぁ……寝てたのか。申し訳ないな……


 「う、うん……なんか、わ、私も奥で調べ物してたら寝ちゃってたみたいで……

 も、もう遅いし、良かったら途中まで一緒に帰ろうよ」


 奥……って言うと、第二書庫だったりするだろうか。


 「そうだね。帰ろっか」


 「う、うん」



 ──あっ、思い出した。さっき夢で聞こえた声、あれは状態2の声だ。

 浅見さんの別人格の声。

 文化祭以降、一度も聞けなかった声だ。


 ……マジか。夢に出てきたか。



 まあ、あれからめっきり話してなかったし、第二書庫で相談に乗ったり、些細な雑談をしたりという日常が終われば、そう言う事もあるか。


 なんか、もっとたくさん話せば良かったな。

 返事をして、後ろを振り返って、顔を見て話せばよかった。

 状態2にはもう2ヶ月も会えてない。

 きっと、これからも会えないだろう。


 勿体無いことしたな。

 聞きたいこともたくさんあったのになぁ……





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