俺は頼った
新崎さんがよそよそしい。
そう気付いてから結構経つ。
特に理由もなくそんなことをするような人じゃないから何らかの意図があるんだろうとは思うけど、それであれば、俺から無理に距離を詰めたり、今までのように振る舞うのは違う訳で。
だからと言ってこうも他人行儀に接されると、今度は適切な距離感がわからなくなってしまう訳で……
「はぁ……」
部室へと向かう道中、思わず幸せが蜘蛛の子を散らすように逃げかねないため息が漏れる。
もうそろそろ冬休みがやってくる。
いつまでもこのままってのは流石に寂しいし、最近はあのいつもの独り言とか奇行とかもめっきり無くなっている。これもまた寂しい。
故に、俺もいい加減なんとかしたいと思ってるんだ。
しかし原因がわからない。
因果で言うところの因の部分があまりに謎なんだ。
文化祭あたりに何かしらがあったことは明白だけど、詳細なんて聞けるはずもないし……
和泉さんに聞いても「あたしらには普通だけど」なんていって躱されるし、笹塚に聞いても謎にニヤつくだけだし、ミアさんは「ソンナコトより!」なんて言って、オススメのアニメをプレゼンしだすし、石蕗は「潔白を証明してからだ」っつって持参したポリグラフを出してくるし……
他に繋がりのありそうな交友関係と言えば浅見さんくらいだけど、アレ以降彼女の様子もまた随分と変わり、常に誰かと行動を共にするようになっているため、話しかけることすら難しい。
……まあそれでなくても、振り振られの関係だから、話しかけるのもメッセージを送るのも気まずくて出来てないんだけど。
バイトは短期だからもう行く事はないし、特に誰とも仲良くならなかったから、人生の先輩からの意見というのもなかなかに得難い。
休憩中とか、もう少し話しかけてみればよかった。
そんなわけで、とにかく人に相談する事が出来ないデッドロックというか四面楚歌というか、頼れる人が誰もいないというのが現状だ。
と、思い込んでいた。
部室に着いた。
ここにはある人物がいる。
何か現状の助けになる……と言うか、少しでも参考になる意見を聞かせてくれる人はいないか。
落ち着いてそう考えた時、脳内の隅の方に1人だけ残っていたのだ。
頼れる……とはお世辞にも言えないけど、それでももしかしたらと思わせてくれる人が。
「人払いは済んでいるから、安心していいよ」
文芸部の一学年上の先輩。蒼先輩だ。
「ありがとうございます」
ちなみに大紅先輩はデフォで話が通じないので、今回は笹塚の方へやっておいた。
ヤバさにおいても、盲目さにおいても、大紅先輩と比べたらこの人はまだ、まだギリギリ、多分だけどマシな側にいると思う。
保証は無い。
もしかしたら、今からする話の如何では、この人にわずかに残る常識的な部分がハジけ飛び、第2の大紅先輩と成り果ててしまう可能性すらある。
が、他に頼れる人もいない。
新崎さんと話せない現状。
日々のささやかな楽しみが失われている現状を打開出来るとしたら、今の俺にはこの人しかいないんだ。
「それじゃあ、話してご覧」
この話し方も変に大物オーラがある。
つい、余計に緊張してしまう。
彼の対面に座り、深く深呼吸をする。
吸って、吐いて、吸って──
「……まず、俺と新崎さんが付き合っているという点からなんですが──」
* * *
俺と新崎さんが付き合っているという、新崎さんが吐いた嘘の訂正。
現在何故か新崎さんがよそよそしいこと。
その原因に心当たりが全くない事。
「──って感じで……」
先輩は浅見さんの事を知らないので彼女の事は伏せて、目下の悩みのみを俺は話した。
先輩は俺の話しを相槌を打ちながら黙って聞いてくれた。
真剣に相談に乗ってくれてるみたいでありがたいな。
「つまり君は今フリー? 笹塚君の隣なら空いてるよ?」
クソが。油断したらすぐこれだ。
「帰ります」
「ああっ嘘嘘! ほんの冗談だよ!」
やっぱり相変わらずのフリークっぷりだ。
どうして俺とあいつをくっつけてたがるんだこの人たちは。
「次は無いですよ」
「ごめんごめん……でもそうだね。僕は新崎さんについては詳しくないから、あくまでも客観的な意見になるんだけど、いいかい?」
「大丈夫です。先輩の意見を聞かせてもらえれば」
「オゥケイ。
まずはやっぱり、君の無意識下での言動や、悪気の無い言動に傷付いた可能性。誰か他人に対しての君の態度に不快感を感じた可能性なんかが考えられるね」
なるほど、確かにそれなら俺に心当たりが無いのも納得出来る。
流石に学年成績トップ層なだけあるな。関係あるかは知らんけど。
「あと考えられるとすれば、君に理由が無い場合かな」
……ん?
「と言うと?」
「彼女は君と同じようにアニメや漫画が好きなんだろう?
例えば、好きなキャラクターが死亡したり、好きな作品が完結したり、好きな原作のアニメの出来が酷かったり。アンチスレの意見に憤懣やる方なくなってしまっていたりと、落とし穴はそこら中にある。上げ出したらキリがない」
なるほど。確かにそれなら俺に理由はない。
「原因に俺が関係していない場合ですね」
「だね。
ただもしそうなると、事態の解決は彼女次第ということになる。
もうろくに口をきかなくなって一ヶ月になるんだろう?」
「そうですね。そうなります」
「となると、彼女の抱える問題は現在進行形である可能性が高い」
「現在進行形……?」
「例えば、毎日更新されるWEB小説の展開が鬱でしんどかったり、毎日顔を合わせる誰かが、嫌いなキャラと似ていたり、逆に好きなキャラと似ていたり。
前者は嫌悪感から、後者は緊張から。
オタク的に考えるなら、そんなところじゃないかな」
……この人、単純に地頭が良すぎないか?
何で少しの情報からそこまで推察出来るんだ?
相談相手ガチャURじゃないか……?
「なんでそんなに病めるオタクの解像度が高いんですか?」
「アンリがいるからね」
「ああ……」
一発で納得してしまった。
今日今この瞬間まで、俺はこの人の事を常識と非常識を股にかける存在だと思っていた。
これは認識を改める必要があるな。
この人はあれだ。常識と非常識の狭間で反復横跳びをするタイプの人だ。
「とりあえず、僕から言えるのはこんなところかな。
どうだい? お役には立てたかい?」
「それは勿論……その、とても助かりました」
「それは良かった。
じゃあ報酬は……」
「ええ。許可します。尊厳破壊もある程度は黙認します」
「本当かい!? いやぁ助かるよ、ありがとう!」
俺と笹塚の濃厚BLに、俺の方からも認可を下ろす。
これが今回相談に乗ってもらうことに対するお礼だ。
先輩は余程嬉しいのか、その場でくるくると小躍りしている。
俺としても今回は出血大サービスだ。
流石に有益すぎたのもあり、財布の紐がかなり緩くなってしまった。
実在する人物かつ同じ部活の後輩相手に、どうしてそこまでの熱量を……とは思うけど、今回は素直に助かったから、俺としても削れる身は削って、少しでも報いないとな。
すると突然先輩は旋回をピタッと止め、ピッとこちらを指差した。
「よぉし、尊厳破壊までおまけしてもらったから、最後に一つアドバイスをしよう」
「アドバイス……?」
蜻蛉でも捕まえようというのか、指先をくるくると回しながら、先輩は言葉を続ける。
「雲外蒼天。叫ぶ為に息を吸え」
「うんがい……?」
「僕はこれからアンリを迎えに行くから。またね」
「ああ……はい。ありがとうございました」
うんがいそうてん……四字熟語かな。あとで調べるか。
先輩はにこりと微笑むと、そのまま部室を後にした。
あんまり颯爽と帰っていくもんだから、俺は先輩が鍵を閉め忘れていることを指摘出来なかった。




