新崎さんの部屋で
文化祭の1日目が終わっていた。いつの間にか。
ひょんなことから午後の記憶の殆どをフォゲットザフォゲットによって失ってしまった俺は、気付いたら見知らぬ玄関に立っていたのだ。
「どうしたの」
「えっ、あっ……」
まるで幻のようだ。頭がふわふわする。
目の前には新崎さんがいて、勝手知ったるという様子で階段を登っている。
「おいでよ」
状況が突飛すぎて訳がわからない。
「うん」
それでも俺はとりあえず、彼女の後について行くことにした。
綺麗な廊下。
綺麗な階段。
その至る所に貼られているのは、親の顔程に見た記憶のあるキャラクター達が描かれたポスターやタペストリーだ。
きっと、家族ぐるみでアニメや漫画が好きなんだろう。
良いご両親なんだろうな。
うちは兄と姉こそそういうのに詳しいけど、両親はそこまで明るくないから、理解を得るのが難しかった。
「こ↑こ──ン"ンッ……ここ、私の部屋。適当に寛いでて」
階段を登って左の突き当たり。そこが新崎さんの部屋らしい。
ドアにかけられたネームプレートには、一時期流行った立体っぽく見える字体で『六花』と書かれている。
……あれ、新崎さんの下の名前って『立花』じゃなかったっけ。
立の字が気に入らなかったのかな。
「お茶入れてくるから」
「あ、ああ……ごめん。ありがとう」
新崎さんはトテトテと階段を下っていく。
扉を開けるだけ開けて、プライベート空間に踏み込まれる事に抵抗が無いみたいだ。
とりあえず深呼吸をしよう。
人生初の女子部屋。粗相はいけない。
新崎さんは何度か俺の部屋に来ているから、きっと、信頼してくれているんだろうけど。
「失礼します……と」
瞬間、なんか良い匂いがした。
一歩。
たったの一歩。
廊下とこの部屋と、まるで、別世界のような。
「おお……」
凄い。なんかよくわかんないけど、良い匂いだ。
あんまりスーハーするのは気色悪いから控えるけど、純粋に良い匂いだ。叶う事ならずっと嗅いでたい。
浅見さんもそうだけど、女子って本当に良い匂いがするから不思議だ。
人類の神秘だな。
部屋の内装と言うか、それも素晴らしい。
壁一面の本棚には漫画本やBlu-rayがパンパンのパンに詰まっているし、壁や天井にはポスターにタペストリーに、額に入ったサイン色紙まである。
まるで夢のような空間だ。
フィギュアもきちんと整頓されて、俺の身長くらいあるガラスケースに飾られている。
有名どころからマイナーなものまで、津々浦々みたいな、マジで隔てないな。
「あっこの本! マジかよもう絶版なのに!」
「うわ、これ発売初日に爆速で売り切れた限定版じゃん。よくこんなの持ってんな」
「はぁ? このミスプリントのやつ、プレミアだろ確か」
凄い。本当に凄い。
俺自身、この年齢にしてはアニメや漫画に詳しいと思っていたし、グッズも限りあるお小遣いを上手くやりくりして、満足のいくラインナップを揃えている自信があった。
でもなんか、これはもう、格が違う。
親御さんのご協力もあるんだろうし、中にはこの部屋にあるだけで、所有権自体はご両親にある物もあるんだろう。
でも、それにしたってだ。
ここまで質の高い『好き』で埋められた空間、俺には作れる気がしない。
作品を言い訳に使ってる俺には、到底無理だ。
「凄いでしょ、これ」
いつの間にか、背後に新崎さんがいた。
手にはグラスが2つ乗ったお盆を持っている。中身は麦茶だろうか。
「うん。圧倒されたよ」
「殆ど親のだけどね」
言って、新崎さんは俺を座るよう手で促す。
新崎さんの座椅子の対面に敷かれた座布団の上に腰を下ろすと、配膳された麦茶を一口。
こういうのは冷がお腹を通る感覚が良い。
「ご両親もアニメとか好きなんだ?」
「うん。だから色々あるの」
「へぇ〜」
部屋のどこを見ても、アニメや漫画に関連した何かしらが映る。
にゃんこ先生の枕、リムルのクッション、組屋鞣造が作っただろうい〜いハンガーラック……
新崎さんが抱いてるのは、ツチノコぼっちのぬいぐるみか。
いい部屋だなぁ……
って、いやいや、そうじゃないだろ。
聞かないとだろ。この状況を。
「えっと……ごめん、俺文化祭の途中からちょっと記憶が朧げで」
「うん」
「何でここに居るのか、よくわからなくて……」
そこまで言うと新崎さんは察したのか、「ああ」と小さく漏らした。
「小鳥遊くん、途中から元気がなかった。
だから、元気になってほしくて、私の部屋、漫画とかグッズとかあるし」
「なるほど……」
元気がなかった。か。
浅見さんに突然あんなことを言われて、気が変になってたとは思うけど……
「まだしんどい?」
新崎さんの表情はどこか不安げだ。眉尻が下がってる気がする。
また迷惑をかけてしまったな。
いや、今回は心配もか。
「ごめんね。もう大丈夫だよ」
流石に言えないよな。
浅見さんに好きぎゅーされて動揺しちゃったぽよ。なんて。
「疲れてただけだよ。もう大丈夫」
俺は努めて平静を装い、本当に大丈夫っぽく言えたと思ったんだけど、
「……そう」
新崎さんの表情に、影を落としてしまったような気がした。




