なんとやらは突然に
騒がしくも楽しく、しかし全く休まらない休憩が明けた。
今日はこれからラストまで、俺と新崎さんの2人でこのエリアを切り盛りするんだ。
まるで、ピクルに会うため米軍基地へ潜入した時の烈海王のようにお客をスニーキングする新崎さん。
恐る恐る一歩を踏み出して前進を続けるお客が俺のいる道まで辿り着いたら、新崎さんはその背後に壁を立て、退路を断つ。
俺は暗闇で孤立したお客の前に突然現れたかのように姿を見せ、ナイフをギラリと光らせる。
怯えたお客にじわじわと詰め寄るまでが俺の仕事。その先は新崎さんの管轄となる。
新崎さんは外へと繋がる壁を外して、お客を救出するのだ。
俺たちの主な業務は以上の通り。とてもシンプルなもの。
故に、慣れてくるとその効率は上がり、動作はどんどんと淀みなくなっていく。
──死ぬかと思ってちょっと濡れちゃった。
……御満足いただけたようで何よりだ。
それにしても、相変わらず順調だな。
午前同様、お客をさんざっぱら恐怖させた俺は、この調子でラストまで走り切ろうと改めて決意した。
が、これがいけなかった。
フラグが立ってしまったのだ。
「ほう。小慣れて来たな」
午後2人目のお客。
暗闇の向こうから、随分と耳に覚えのある声が聞こえた。
「浅見さん?」
豆電球の灯りがぎりぎり及ばないところにいるためか、俺からは制服のスカートがぼんやりとしか見えない。
「ああ。折角なのでな、来てみた」
浅見さん。もとい、状態2。
美術班として、徹底的にディテールに拘ってくれた彼女のおかげでこのスラムは完成した。
そう言っても過言ではない。
俺は、彼女は功労者の1人として、この出し物を楽しみに来たんだろう。と思った。
お客を楽しませるために、俺に出来る事。
「……」
それは、役に徹する事だ。
じわじわ じりじり
すり足のよりに足を上げず、少しずつ詰め寄る。
ナイフを光らせ、えっこれ大丈夫なの? と思わせるくらいに徹底して、恐怖を与えていく。
午前のお客もさっきの変態も、少しずつ後退り、恐怖に顔を歪めていった。
……しかし逃げない。
浅見さんなら悲鳴をあげて逃げ出しそうなものだけど、状態2だからか、微動だにしない。
やがて、ここが無法地帯であればとうに殺傷済みの距離まで接近した。
俺はヤベェ奴感を出すために、フシューフシューとマスク越しに喋る敵キャラのような呼吸音を出している。
インカムを付けた新崎さんが、このフシューフシューのピーク、つまり「今! 殺り行く!」となったタイミングに合わせて壁を外す段取りだからだ。
そしてそれには、お客の怯え切った表情や悲鳴が必要不可欠。
場合によっては通報されるような悲鳴の直前でないと駄目なのだ。
要するに、まんじりとした状態2を前に、俺は、フシューフシューのピークを持って来れなかった。
「悪いな。2人きりで話したい事が有るんだ」
こうも真っ直ぐに見つめられては、応じるほか無かったのだ。
『大丈夫?』
インカムから新崎さんの声がする。
俺は咳払いを一つした。
事前に打ち合わしておいた、「YES」のサインだ。
問題無い。今まで通りフシューを待て。と。
まあ、そうは問屋が卸さなかったんだけどな。
「なあ、小鳥遊」
そして状態2は、じっと俺を見つめたまま、事も無げに言った。
「お前の事が好きなんだが、お付き合いをして呉れないか?」
言われて、呆けていた。
弾かれたようにハッとして、口をついた
「えっ!?」
に対しての、状態2の言動。
「此れ以上、ワタシに言わせるのか?」
からの、ハグ。
呆けていた。
が、突然夢から覚めたようにハッとした。
ハグは続いていた。
締めるようなぎゅっと。
当たる。
何がとは言わないけど、ぎゅっと。
「好きなのだ。お前が」
倒置法……
柔らかい。
いい匂いがする。
顎に当たる彼女の髪の毛は、思いの外ふわふわとしていた。
胸元に押し付けられた彼女の顔の温度は高かった。
「あっ、えっ……」
声にならない鳴き声が漏れた。
心臓がバクバクと痛い。
思わず抱きしめ返そうと腕を伸ばした。
その瞬間だった。
バァン!
と大きな音がしたかと思うと、目の前と、耳元から、
「こっち」
そう聞こえた。
新崎さんの声だ。
俺が覚えているのはここまで。
あとはなんだか、胡乱だ。
確か、仕事はちゃんとしていた。
元から単純作業だし、これは特に問題無かったはず。
誰からも怒られてないと思う。
胡乱だけど。
あと、売り上げは良かったと思う。
櫻田君と卜部さんが嬉しそうにしていたような気がする。
胡乱だけど。
帰りはいつものメンツだったかな。
笹塚の声が耳に残っている気がする。
言わずもがな。
そして、気が付いたら俺はここにいた。
玄関に突っ立っていたのだ。
「狭い所ですが」
目の前には新崎さんがいる。
新崎さん。
知らない玄関と、新崎さん。
あっここ、新崎さんちか。
……えっ?




